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48.救出作戦


 おっさんの手引きで再びアクレイムの町に潜入した俺たちは、亮の処刑場となる教会前の広場を下見に来ていた。作戦の細かい内容は後で考えればいいにせよ、まず処刑に乱入するための経路と逃走経路を決めないことには何も始まらないからだ。


「思ったより大きな教会だな……」


 俺は教会というとてっきりヨーロッパの片田舎にあるようなものを想像していたのだが、そこにあったのはむしろ観光都市にある大聖堂といった感じの立派なものだった。横幅だけでも70メートルはありそうだし、広場のほうはそれと同じぐらい奥行きもあるので、面積は1エーカー(約4000平方メートル)以上にもなる計算だ。

 建物の少し前にはすでに高さ2メートルほどの処刑台が用意されていたが、その上には首吊り用のロープもギロチンもない。おそらくそういった処刑道具が開発される以前のように、処刑人が剣で直接首を斬り落とすやり方なのだろう。


「この広さだと観衆だけで1000人以上は集まるでしょうね。それを四方から取り囲むとなると……兵士たちも300人から500人はいるかしら」


「それだけの人間をかき分けながら処刑台に近づいて、なおかつ兵士たちをいて逃げなきゃいけないのか……うーん、こりゃかなり難しいな」


「もしかすると向こうはリョウさんを取り返しにくる人間がいることを予想したうえで、あえて屋外での公開処刑にすることで僕たちの動きを封じるつもりなのかもしれませんね」


「確かに、これじゃ亮をかっさらってすぐに離脱……ってわけにもいかなさそうだな。そもそもこの広場から南の門までは一直線だから隠れる場所がないし、道幅も広いからあっという間に取り囲まれるぞ」


 処刑場の広さだけでなく、教会の建っている場所も俺たちにとってあまり都合がいいとは言えないものだった。

 俺がこの世界で見てきた町の多くは役所や王の居城を中心として、そこから放射状に伸びた道が蜘蛛の巣のように広がっていた。それに対してこの町は俺の世界の京都や奈良がそうであるように、道を格子状に張り巡らせることで整然と区画整理されている。こういう町は土地勘のないよそ者でも袋小路に迷い込んだりしない代わりに、通りの見通しが良すぎて追っ手をきにくいのだ。特にこの教会は南の門から北へ伸びる大通りのすぐ脇に建てられていて、逃げていくのが追っ手から丸見えという最悪の位置にある。


「それなら細い路地に入ってジグザグに逃たらどうですか? まずは一旦いったんどこかに潜伏して、ほとぼりが冷めた頃にこっそりこの町から出て行くとか……」


「うーん……」


 アルの言うことにも一理あるが、よそ者の俺たちにはその潜伏先を見つけるのがまず難しい。表立って営業している宿屋などはすぐに手が回るだろうし、そもそも治安がいいのか胡散うさん臭いスラム街なんかは見かけない。かといって安全が確保できそうなところをダラダラと探していたら、他の準備が間に合わないまま処刑の日を迎えてしまう。


「いや……待てよ。道場破り式のやり方ならどうかな?」


「なんですかそれ?」


「空手に限らず、剣術なんかでも道場破りってのは難しいものなんだよ。仮に1対1の勝負を申し込んでこっちが勝ったとしても、相手は自分の流派の評判を落としたくないからな。昔は死人に口なしってことで、大勢で総掛かりの末に道場破りを殺しちまうなんてことも多かったらしい」


「うわぁ……」


「だから最初から3本勝負ってことにしておいて、どちらかが1本先取したら次は引き分け、最後はわざと相手に勝たせることでお互いの面子を保つ……みたいな暗黙の了解が生まれたんだけどな。まだそういうのがなかった頃は、道場破りで一番難しいのは勝った後でどう逃げるかってことだったんだ」


「それで、どんな手を使って逃げるんですか?」


「ああ、方法自体は簡単さ。まず道場で一番偉いやつを抵抗できないぐらいボコボコにした後、そいつを人質にして逃げるんだ」


「ええーっ?」


「今回の場合はこの国の王様か、もしくは当日の責任者だな。乱入と同時にそいつを一撃でのしちまって、あとは首筋にナイフでも突きつけながら引きずっていけばいい」


「なんか……まるでこっちが悪役ですね」


「まあ、それはしょうがないだろ。そもそも人の友達に濡れ衣着せて処刑しようなんてほうが悪い。そういやおっさん、処刑の日の責任者は誰か分かってるのか?」


「ああ、別の部隊の知り合いに聞いたんだが、やっぱりガラム・プリウスだとよ。ある意味予想はしていたが、わざわざ王に申し出て自らその役目を買って出たそうだ」


「亮の出世に最後まで反対して、今回のことであいつに濡れ衣を着せた張本人ってやつか……。ふん、そういう相手ならこっちも遠慮せずにぶちのめしてやれるぜ。ちなみにそいつ、腕は立つのかい?」


「いいや、どっちかというと無能に近いな。先々代の祖父あたりは勇猛な武人だったらしいが……むしろ家柄だけで六騎将に選ばれたようなもんだと思うぞ」


「なるほど、だったら余計にやりやすいな。むしろ亮本人をかっさらうより、そっちを先に狙ったほうがいいかもしれない」


「じゃあ次は処刑の瞬間にどうやって乱入するかってことね。トウマくん、それについて何か考えはある?」


「問題は人混みをどうするかってことなんですよね。空でも飛べれば鷹みたいに上から襲い掛かれるんだけど……リーリア、俺を掴んで飛んだりできないか?」


「無茶言わないで! 腕がもげちゃうわよ!」


「ははは、冗談だよ。だけど亮がやってたみたいに風魔法で浮き上がるのも無理だろうし、仮に人間をそんな高くまで浮かせるほどの風を起こしたら、そもそも関係ない人たちまで巻き込んじゃうしなぁ……」


 そう、1000人もの人波を一気にかき分けるとなったら魔法の力でも使うしかない。かといってただの見物人を巻き込むのはできれば避けたいので、巨大な竜巻を起こして警備の兵ごと吹っ飛ばすというわけにもいかないのだ。


「…………」


 冬が近づき、雲に覆われた鉛色の空を見上げてみる。

 ――広い。視界に入るのはどこかの国の議事堂か裁判所のようにも見える教会と、その屋根の上に立てられた十字架のような紋章のオブジェだけだ。


(周囲に教会より高い建物はなし。かといって教会の屋根からバンジーしたところで、少し離れた処刑台の上には下りられない……か。じゃあいっそのことロープを使うのは諦めて、ティナの魔法で人間砲弾みたいに飛ばしてもらうか……って、着地はどうすんだバカ)


 空を見上げたまま色々と頭をひねってみるが、なかなか上手く考えがまとまらない。そうしてしばらく経ったとき、突然頬に冷たいものを感じた。


「冷てっ!?」


 頬を拭ってみると手の甲が少し濡れている。だが雨に打たれたときのような感触はなかった。これは――雪だ。


「あー、ついに冬到来か。これでこの国もしばらくは動けなくなるな」


「ちょっと、1粒や2粒ぐらいで気が早いわよ。いくら北国だからって、本格的に雪が降ってくるのはもう少し先だと思うわ」


 リーリアが空を見上げながら目の前をパタパタと飛び回る。えらく自身ありげな口ぶりだが、妖精というだけあって彼女には風や雲の声とでもいうべきものが聞こえたりするのだろうか?


「そうは言っても、俺たちも早く亮を助け出してこの国を離れないとな。あまり雪が多いようなら馬車も進めなくなるだろうし、木の板で作ったスキー履いて旅するなんてこっちが御免だぞ」


 そう口にしたとき、頭の中で不意にTVで見た映像がフラッシュバックした。そうか、その手があった。観衆や警備兵が邪魔だというなら、自分から退きたくなるようにしてやればいいのだ。


「そうか、そうだよ!」


 急に声を張り上げた俺に驚いたのか、皆が目をぱちぱちとしばたく。


「トウマさん、何かいい方法を思いついたんですか?」


「ああ、この場を埋め尽くした連中が肝を思わず冷やして逃げ惑うようなやつをな。名付けて『モーゼの奇跡作戦』だ」


「なんなんですかそれ……」


「ま、詳しいことは後で細かい打ち合わせをするときに教えてやるよ」


「トウマさん、この城下町から出た後のことはどうするんですか?」


 ティナがふと思い出したように呟いた。そうだ、この町を出てからのことも考えておかないといけないな。


「そうだな……この前は実行しなかったけど、やっぱり町の外にある石橋を崩しちゃおうか。あれがなきゃ最低でも2日ぐらいは俺たちを追ってこられないだろうし、その間に南の草原地帯からクライスラーの領内まで逃げちまえばもう安心だろ」


「トウマくん、あんまり軍隊ってものを舐めないほうがいいわよ。この国の王様が本気で怒ったとしたら、とりあえず渡れるだけの仮橋をいくつもかけて一気に追いついてくるかもしれないわ」


「もうすぐ雪が積もって軍を動かせなくなりそうなこの時期に、わざわざ俺みたいなガキを捕まえるためにそこまでやりますかね?」


「リョウくんへの処分を見る限り、どうもこの国の王様は怒りっぽいというか、今回の戦争自体が子供の癇癪かんしゃくじみてるわ。それ自体は誰かにそそのかされたんだとしても、自分がコケにされたと思ったなら全力で追ってくる可能性はあるでしょうね」


「……カマロさんたちの集落を経由せずに真っ直ぐ南下したとしても、クライスラー領までは5日ほどかかりますよね。ここを出るタイムラグが2日か3日として、追いつかれる可能性はありますか?」


「追っ手の人数や機動力にもよるでしょうけど、国境付近で追いつかれる確率は半々ってところかしら」


「いつも一か八かみたいなことやってる俺が言うのもなんですけど、さすがにそれは笑って流せない数字ですね。さて、その問題はどうしたもんか……」


「なんだ、草原を突っ切って南へ逃げたいのか? それならあたしに任せろよ」


 それまで眠そうな顔で話を聞いていたシルヴィが、突然俺とフリージアさんの間に割り込んできた。


「任せろって……何か策があるのか?」


「へへっ、あたしたち獣人は草原のことなら隅から隅まで知り尽くしてんだぜ。ここの連中をいて逃げるなんて朝飯前さ」


「なんか結局はノープランなんじゃねえかって気がしなくもないが……本当に任せて大丈夫なのかよ」


「トウマにはあたしと子作りしてもらわないと困るからな。そのあたしがお前を殺させるわけないだろ」


「うーん……じゃあ、この町から出た後のことはお前に任せるよ」


「おう! どーんと任せとけ!」


 そう言ってシルヴィは自分の胸をどん――と叩いてみせた。

 こいつが自信満々だと逆に一抹の不安を感じなくもないが、少なくとも俺を助けたいという気持ちだけは本物だろう。ここは仲間として、その心意気を信じてやることにするか。


「よし、あとは細かい打ち合わせだな。戻って色々と準備しよう」


 そうして俺たちは宿に戻り、処刑執行の日に備えることにした。

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