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44.決裂――そして


 亮が乗ってきた白馬の後ろには、そいつと対になるかのような黒い馬がいた。蔵の上にはティナと同じようなローブを纏った女の子が乗っている。

 彼女は亮に紹介されると馬から降りて、俺に向かってぺこりと頭を下げてきた。なんというか、ティナよりも少し大人っぽくてかげのある雰囲気の子だ。


「メリッサ・アイシスと申します。どうぞお見知りおきを」


「どうも、神代燈真です。というか亮、お前も魔法使いの女の子に助けられたんだな」


「うん、そうだよ。この世界の言葉も分からなかったし、彼女に出会えなかったら今ごろどうなってたか……。でも、『お前も』ってことは君もなんだね」


「ああ、後ろの馬車にその子も含めて仲間が4人と妖精が1匹乗ってる」


「へえ……なんか本格的に冒険者してたんだね」


「馬鹿! お前との約束があったからこっちは必死こいてあちこち回ってたんだよ。なのに、どうしてお前のほうは元の世界に帰ろうともせずにこんなところで出世してんだ?」


「あ……」


 亮は一瞬驚いたような顔をした後、うつむいて黙ってしまった。『すっかり忘れていた』と言わんばかりの顔だが、それを後ろめたく思っているのも十分に伝わってくる。


「ま、お前は前から異世界転生モノのラノベとか好きだったしな。それが現実になったっていうんだから、テンション上がって他のことなんか忘れちまうのも分かるよ」


「ご、ごめん……。元の世界に帰れる方法があるかもしれないなんて考えもしなかったんだ」


「それに関しては別に気にしてないさ。むしろ問題はお前が今やってることだ。六騎将だかなんだか知らないが、一体どういうつもりだよ?」


「ああ、凄いだろ? 僕、この国で開催されていた武術大会で優勝したんだ。そしたらそれをご覧になっていた主催者の国王陛下が空手に興味を持ってくれてね、あれよあれよという間に武術指南役に任命されて、ついには将軍の座にまで上り詰めたってわけさ」


 なんというか、絵に描いたようなラノベのサクセスストーリーだな。だが、今話題にしているのはそんなことじゃない。


「そんなこと聞いてんじゃねえ! 軍隊引き連れて他国に攻めもうなんて……お前、分かってんのか? 戦争なんだぞ。お前の命令1つで互いの軍の兵士が死んだり、何の関係もない人たちの家が焼かれたりするんだ。そういうことについては考えてねえのかよ?」


「そのことか……別に考えてないわけじゃないよ。ただ、それよりも大事なことがあるってだけさ」


「他人の逆恨みに付き合って人様の国を滅ぼすことに、一体どんな大義名分があるってんだよ?」


 そのとき、亮の目つきが明らかに変わったような気がした。

 暗く、感情を自ら消してしまったかのような濁った目――この目はこいつがイジメにっていたときの、腐ったドブのような目だ。


「……ねえ燈真、君は僕たちの世界をどう思う?」


「世界って……いきなりなんの話してんだ」


「僕はね、僕たちの生まれたあの世界がずっと大嫌いだったんだ。子供の世界では他人をオタクだ陰キャだとカテゴライズして、そのくせ自分が馬鹿だということにも気付かないクズどもがお互いを見下し合っている。大人は大人で職業や財産を比べて、自分は他人よりも上だと思い込みたがっている連中ばかりだ。そんな世の中、腐ってると思わないかい?」


「……それについては俺も思ってるよ。クッソくだらねえってな。けど、だからこそ俺たちは強くなろうって決めたんじゃねえのか。誰にも後ろ指をささせない強さを手に入れて、自分の正義だけは貫けるようになろうって」


「ああ、そうさ。でもね、それが本当にまかり通ると――貫き通せると思うかい? あの世の中はクズどもにこそ優しくて、そういう連中を殴ってらしめればそちらのほうが罪になるんだよ。そんな中で、どうやって自分や正義なんてものを守るっていうんだ」


「…………」


「それができるのは腕力だけで警察にも軍隊にも勝てる世界最強のバケモノだけさ。そんなものは存在しないし、大半の人間は自分よりも大きな暴力や権力に踏みにじられて生きていくしかない」


 亮の言うこともよく分かる。いくら個人が体を鍛えて強くなったとしても、所詮は暴力団や警察といった『組織』の力にかなうはずもない。それに自分を傷つけるやつを殴って黙らせたところで、それも『殴り合いの喧嘩ならお前に勝てる』という子供じみたマウント行為だという点において相手のやっていることと同じなのだ。


「……それで、お前はこの世界で自分の国を作ろうとでも思ったのか? 自分の正義がまかり通る、自分が法律の国をさ」


「そのとおりだよ! このいくさに勝てば国王陛下は今の王に代わって王都エスペランサに移られる。そして空になったこの国は、僕に任せてもいいとおっしゃってくださったんだ」


 本当に嬉しそう表情でそれを語る亮を見たとき、俺は無性に悲しくなった。さんざん親友面をしておいて、俺はこいつがどれほど他人を――そして世界を憎んでいたかなんて気付きもしなかったのだ。だが、だからといってこいつがそんな凶行に走るのを見過ごすわけにもいかない。


「この……大馬鹿野郎っっ!」


 ―― ゴッ! ――


「ぐぁっ!?」


 空手などとは到底呼べない、ただ思い切り腕を振っただけのパンチをほほに食らって亮が尻餅をつく。


「俺たちの世界がお前にとってどれだけ醜く見えてたか、それはよーく分かったよ。いや、俺だってそう思ってるさ。けどな、自分の理想の世界を作るためだからって、悪人でもない人まで巻き添えにしていいわけねえだろ。しかもこの世界の人たちは俺らの世界が醜いこととなんの関係もねえんだ。自分の世界が腐ってるのを変えられないからって、他の世界で八つ当たりしてんじゃねえ!」


「くっ……君は僕が間違っているというのか? 君は……僕の邪魔をするためにここへ来たのか!」


「ああそうだ。お前がやろうとしてることは世間が自分の思いどおりにならないからって駄々こねて、あちこちに当たり散らしながら泣きわめいてるガキとなんら変わりねえよ。いや、畜生じみてるって点ではお前が嫌ってる連中と大差ねえぜ!」


「なんだとっ!?」


「人間はな、どこにいたって我慢して生きていかなきゃいけない。現実と戦わなきゃならねえんだ。俺はそうやって懸命に生きてる人たちをこの世界でもたくさん見てきたし、お前はそんな人たちまで犠牲にしようとしてるんだぞ」


「…………」


「そもそも俺たちの世界じゃ諦めてたくせに、この世界でちょっと上手くいった途端に『実は野望を胸に秘めてました』ってか? 邪魔くせえ法律のない異世界なら自分の理想が実現すると思ってるらしいが、そんな考えの甘ったれが理想の国なんぞ作れるかよ。ここはお前のためだけに用意された都合のいい世界じゃねえんだ! そんな根性なしは、首に縄つけてでも連れ帰って鍛えなおしてやる!」


「…………ふふっ…………ふふふふふ……実に燈真らしいよ。だけど僕の前に立ち塞がるというなら、たとえ君が相手でも容赦しないぞ」


 亮が俺に対して敵意を向けたことで、周囲の兵士たちも色めき立って槍を構える。勢いで思わずやってしまったが、この状況でこれだけの人数と戦っては万に一つの勝ち目もない。こうなったらティナに橋を崩させるという当初の作戦を実行するしかないか?


「待て、お前たちは下がるんだ。彼とは僕が1対1で戦う」


 亮が右手を水平に上げ、兵士たちの動きを制する。


「しかし将軍……」


「いいんだ、そうしないと彼は納得しないだろうからね。中軍と後軍にいる他の将軍たちには、思わぬ邪魔者が現れたので少しだけ待ってもらえないかと伝えてくれ」


「わ、分かりました」


 命令を受けた兵士が身をひるがえして橋を戻っていく。他の兵士たちも亮の少し後ろで壁を作るように整列し、俺たち2人は橋のド真ん中で対峙する形になった。


「燈真、君は道場で一度も僕に勝ったことがないだろう。それで僕を止められると本気で思っているのかい?」


 亮が開いた左手をこちらに向け、右拳を引いて腰を落とす。『今から右のストレートであなたを殴りますよ』と教えているにも等しい構えだが、そもそも間合いが離れすぎているのでおそらくカウンター狙いだろう。


「ああ、だけど俺がなんでもありの喧嘩でこそ本領を発揮するのはお前も知ってるだろ。それに数日前、酒場でここの兵士とちょっとやり合ったんだがな、あんなインチキ空手を教えといて武術の指南役もないもんだぜ。お前、この世界に来て弱くなってんじゃねえのか?」


「ふふっ、それは違うよ。僕が兵たちに本物の空手を教えないのは、『自分が一番強い』というアドバンテージを保つためさ。道場を経営する者は本当に使える技を自分の子供以外に教えない……君が教えてくれたことじゃないか」


「……そうだったな。なら、俺がお前に教えてない技があるってことも分かるだろ」


「それはこっちの台詞さ。僕がこの世界で編み出した新しい空手を見せてあげるよ。まずは……『風神脚』だっ!」


 そう叫んだかと思うと、亮がもの凄いスピードで間合いを詰めてきた。いや、ただ速いんじゃない。足が全く動いていないのに、ホバークラフトのように地面を滑ってきたのだ。


「なっ!?」


「はぁっ!」


 ―― ドボォッ! ――


「ぐほぁっ!」


「トウマさんっ!」


「トウマっ!?」


 間合いが遠いと思って油断していたところに鳩尾みぞおちへの突きを食らい、体が『く』の字に折れ曲がる。そのまま後ろに大きく吹っ飛んだ俺の目に、馬車の荷台から乗り出したティナやシルヴィの顔が見えた。


「くっ……なんだ今の?」


 体を起こしてよく見てみると、信じられない光景が目の前にあった。亮の足の裏と地面との間には数センチの隙間があって、体が宙に浮いていたのだ。


「な、なんだと……?」


「どうだい燈真、これが魔法と空手の融合……名付けて『魔人拳』さ。僕はこの世界に来てすぐに彼女……メリッサから魔法を教わったんだ」


「魔法ってお前……そっちの才能もあったのかよ」


「いや、僕の才能ではどんなに集中しても小さな規模の現象しか起こせなかった。だけど僕は自らの肉体にそれをまとわせることで、空手本来の威力を何倍にも引き上げる技を編み出したんだ。今のは足の裏に風魔法を発生させて推進力にしただけで、腕にはなんの魔法もまとわせていなかったけどね」


「魔法なんてもんを使えるようになっただけで十分才能あるっつーの。しかも『魔人拳』だって? チート能力に憧れるのもいいけど、そろそろ中二病からは卒業しろよ」


「仕方ないね……本当は君を傷つけたくなんかないんだけど、僕にも今の立場ってものがあるんだ。どうしてもここを退かないというなら、少し痛い目にってもらうよっ!」


 亮は立ち上がった俺のほうへ歩いてくると、左のジャブをくり出してきた。続いて右ストレート、そして右のローキック。教科書どおりのコンビネーションだ。

 俺は亮の攻撃をこれまた教科書どおりにさばき、それ以降の攻撃も全て綺麗にかわしてのけた。

 だが、これはいけない。こうしてリズムのいい攻撃がテンポよくさばけているときは、逆に相手が何かを狙っているときだ。


「しぃっ!」


 亮が体重の乗った左ストレートをくり出してくる。俺は反射的に頭を左に振ってそれをかわし、右のクロスカウンターを打とうとした。これなら絶対に決まる――そういうタイミングだった。だが次の瞬間――


「『風刃拳』っ!」


 亮の腕と交差させた俺の腕と、拳が通り抜けた右肩の周囲が見えない何かに切り裂かれた。漫画のように可視化されてはいないが、おそらく腕全体にまとわせた空気の刃で切り刻まれたのだ。


「づあぁぁっ!?」


 一瞬のうちに手甲を留めていた革のベルトが切れ、前腕から首の近くまでがドリルの刃でも当てたかのようにズタズタにされた。手首と肘の腱や血管は革ベルトが身代わりになってくれたおかげで無事だったようだが、あと数センチ顔が右にあったら耳が飛ぶどころか頚動脈まで切られていたかもしれない。


「ぐっ……つつ…………ぐぅぅ…………」


「致命傷にはならないようにしてあげたけど、燈真は本当に我慢強いね。そんな傷、僕だったら悲鳴を上げて転げ回ってるよ」


「へっ……体が痛いのなんていくらでも我慢できるさ。男にとって一番痛ぇのは、自分が無力だってことを思い知らされたときだって前に教えたはずだぜ……」


 そう言いながら破れたアンダーシャツを口でさらに引き裂き、腕の付け根を縛って止血する。正直気が遠くなりそうだが、今も言ったとおり怪我の痛みなんてものは大体気合で耐えられるものだ。


「……もうやめよう燈真。これで分かっただろう? 君じゃ僕には勝てない。大人しくこの場は引き下がって、元の世界には1人で帰ってくれ」


「おいおい、超能力が使えるようになって調子に乗っちゃいましたってか? どこのデコスケ野郎だお前はよ。俺がこんなもんで引き下がる人間かどうか、お前もよく知ってんだろ」


「…………!」


「亮、俺はお前がこの世界でハーレムでも作って楽しくやってるだけなら止める気なんかなかったんだ。お前がここで前向きに頑張って、ただ幸せになろうとしてるなら俺1人で帰ってもいいと思ってたさ。けどな、今のお前は自分だけが幸せな場所を作るためにこの世界の人たちを犠牲にしようとしてる……そんなもん認められるか!」


「僕は自分のことだけ考えてるわけじゃない! 確かに多少の犠牲は出るかもしれないが、僕の国ができれば僕のように虐げられる人間は誰もいなくなるんだ! 悪いやつが正当に裁かれ、善人が不当に傷つけられない国が……!」


 ああ、そうか。亮のやつは悪人を皆殺しにすれば世の中が平和になると思ってるんだ。自分をイジメてたような連中がいなくなれば、それだけで善人が皆救われると……。

 だけどそうじゃない、そうじゃないんだ亮。俺はそれに気付いたんだ、あののおかげで――


「……なあ亮、桜井仄さくらいほのかって女の子を知ってるか?」


 俺の意思とはほぼ無関係に、思わずその名前が口からこぼれ出していた。

 今回は異世界モノを全否定するようなことを書いて申し訳ありません。ただ、どこに行っても嫌なやつはいるし嫌なこともあるものです。

 自分が心身ともに強くなるしかそれを根本的に解決する方法はありませんし、主人公はただ別の場所に行けば幸せになれるという『逃げの心』を責めているのではなく、そのために誰かを犠牲にしようとする心、異世界の人々が都合のいい舞台装置であるかのように錯覚している『他人への甘え』を責めているのです。

 説教臭くて辛気臭い話になりましたが、次回までお付き合いくだされば幸いです。

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