43.再会
1
「シャーロット! おいシャーロット返事しろ! 緊急事態だ!」
指輪に描かれた魔法陣に向かって声の限り呼びかける。
『ああもう、こんな夜更けにうるさいですわね! 一体なんの用ですの!?』
2人が離れすぎているとラジオの周波数を合わせるときのようなノイズが走るかと思ったが、そんなこともなく指輪からはシャーロットの声がクリアに聞こえてきた。よかった、ちゃんと通じたみたいだ。
「お前、今どこにいる? 王都まで何日ぐらいで帰れる距離だ?」
『い、いきなりなんですの?』
「緊急事態だって言ってるだろ。王都まで全速で何日かかる?」
『私のほうはあなたと別れてから西のほうを一回りして、今はトライアンフとクライスラーの国境付近に戻ってきたところですわ。そうですわね……馬を潰すつもりで走らせれば王都まで10日というところでしょうか』
「よしっ! それならギリギリ間に合うかもしれない」
『だから、まずはどういうことなのか説明しなさいな!』
「ああ、悪い。実はな…………」
俺はさっきの兵士たちから聞いたことをそのままシャーロットに伝えた。あと数日のうちにアクレイムからトライアンフの六騎将が出陣し、クライスラーの王都エスペランサに向かって侵攻するという話だ。
『…………それ、本当ですの? トライアンフが王都に攻め込もうとしているなんて……』
「実際にアクレイムの兵士を締め上げて吐かせた情報だからな。間違いないと思う」
『分かりました。すぐに王都へ戻ってこのことをお父様や国王陛下にお伝えしますわ。半月も猶予があれば少しは備えができるでしょうし、奇襲されるのが分かっているだけでもかなり被害は防げるはずです』
「ああ、そう思ってお前に連絡したんだよ。親父さんやアンディに何かあったら俺も嫌だからな」
『……とりあえず今回はお礼を言わせていただきますわ。私の家族を気にかけてくださって…………その…………』
「ん? なんだって? 急に声のトーン落とすんじゃねえよ」
『もう! なんでもありませんわよ!』
ひときわ大きな金切り声が響いたかと思うと、それ以降指輪からは何も聞こえなくなった。どうやら通信が切られたようだ。
「あーもう、なんなんだよあいつ。まあ、これでとりあえずあっちのほうは大丈夫だろう。問題は亮のほうだな……」
「普通にお城を訪ねればいいんじゃないですか? もしもその将軍が本当にトウマさんのお友達のリョウさんなら、きっと喜んで会ってくれると思いますけど」
「それはどうかしら? 普段ならともかく今は出陣の準備で忙しいでしょうから、まず取り次いでもらえるかどうか怪しいものだわ。それに奇襲の情報を漏らさないよう国中がピリピリしてるときだし、下手をすると密偵と勘違いされて捕まっちゃうかもよ?」
「それは避けたいところですね。かといって、どうすりゃ俺がここに来てるってことを伝えられるのか……」
「皆、何をそんなに悩んでんだ? そんなの簡単なことだろ」
シルヴィがきょとんとした顔で首をかしげる。
「なんかいい方法があるってのか?」
「さっきのおっさんたちが言ってたけど、そのリョウってやつは6人いる将軍の中で最初に出陣するんだろ? だったらそのとき城門の前で待ち伏せしてればいいんだよ。将軍っていうぐらいなら一番目立ってるだろうし、見えたら近づいて声かけてやりゃいいじゃん」
「いやいや、軍隊のド真ん中にいる将軍にそんな簡単に近づけると思うか? それにまだ城内にいるうちに出陣を止めろなんて言ったりしたら、亮はともかく他の連中に囲まれてそれこそ牢屋入りだぞ」
「なんだよトウマ、そいつが出陣するのを止めたいのか?」
「当たり前だろ。亮のやつが何を考えてこの国の将軍なんてやってるのか知らないけど、戦争しに行くってことは人を殺しに行くってことだぞ。友達が人殺しになろうとしてるなんて、普通に考えて誰が歓迎するんだよ」
そう、俺が一番引っかかっているのはそこだ。
俺は自分でもシャーロットが言うとおりの野蛮人で乱暴者だと認めてはいるが、もちろん人を殺したことなどない。今までどんなにムカつくクソ外道に出遭っても、必ず半殺しまでで止めてきた。それはただ日本の法律を守ろうと心がけてきたからではなく、自分の魂を汚さないためだ。
昔、俺が預けられていた寺の住職はよく『業』の話をしてくれた。人の運命や宿命――生まれつきの境遇や病気などの不幸も、全ては前世から背負った『業』の報いであり、人の物を盗めば『人の物を奪うことができる人間』、人を殺せば『人を殺すことができる人間』というレッテルが魂に刻まれてしまう。そして来世においてもまた『そういう生き方をしなければならない不幸な宿命』を背負って生まれてくる。だからこそ悪いことをしてはいけないのだ――と。
そんな宗教的な倫理観は個人的なものだとしても、単純に考えたって人の命を奪うという十字架は重い。そもそも俺のようにクソ野郎を見るとついカッとなってしまう人間ならともかく、あいつは他人を殺したいほど憎めるようなやつじゃなかったはずだ。
その亮が国の職務とはいえ、なんの罪もない人まで殺すような戦争に加担するなんて俺には信じられない。逆に本当だとすれば、なおのことブン殴ってでも止めてやらなければ。
「でも、軍隊の出陣を止めるってただ会うより難しくないか?」
「そうだな、さっきも言ったとおり亮が俺の話を聞いてくれたところで、まず他の連中が黙っちゃいないはずだ。最悪そいつらから逃げなきゃいけないことも考えると、こりゃ確かに難しいぞ……」
「あ、そうだ!」
そのとき、アルが何かをひらめいたかのように手をポンと叩いた。
「アル、何かいい方法を思いついたのか?」
「ほら、ここに来る前に渡ってきたあの橋、あれを使ったらどうでしょう? あそこならシルヴィさんの言った作戦が使えるかもしれませんよ」
「橋って、あのちょっと欄干の部分が壊れてた石橋か」
「ええ、あの橋って僕たちの乗ってるような馬車だと2台通れるかどうかギリギリぐらいの幅だったじゃないですか。あれなら大勢で一度に渡れないし、人の列もかなり細くなると思うんです。ですから橋の上で待ち伏せて、軍隊が来たら馬車で通せんぼしちゃいましょう。後は先頭の兵隊さんに誰だと聞かれたら……」
「なるほど、そこで俺の名前を出して取り次げって言えばいいのか」
「そうです。それでリョウさんが説得に応じて兵隊さんたちを引き揚げてくれればいいですし、逆にもしトウマさんが説得に失敗したら、そのときはティナさんの魔法で橋を壊しちゃえばいいんですよ」
「おいおい、えらく乱暴なやり方だな」
「でも、そうすれば後から来る兵隊さんたちは僕らを追ってこられませんよ。それにここからクライスラー王国へ向かうには必ずあの川を渡らないといけないんだから、仮に説得が失敗したとしても橋を修理するまでの時間は稼げます」
「うん……確かにそうだな。いいぞアル、かなり冴えてる」
「えへへ……」
「そうなると、すぐにこの城下町を出たほうがいいわね。さっきのおじさんたちには今日のことを黙ってるように言っておいたけど、あんなの当てにできないわ。もしも私たちが奇襲作戦のことを知ったのがバレたら、すぐに追っ手がかかって逃げられなくなるわよ」
「ですね。こりゃベッドで寝てる場合じゃないや」
せっかくゆっくり休めると思ったらとんだことになってしまったが、この世界に亮がいるとなればそれどころじゃない。俺たちはすぐに宿を引き払い、夜の街に馬車を走らせた。
2
上手く城下町を脱出した俺たちは橋の近くの森に潜伏し、トライアンフ軍が出陣してくるのを待つことにした。
予想していたとおり城門では止められたが、そこはフリージアさんがベテラン冒険者の手管というものを見せてくれた。まず冒険者ギルドの依頼で夜にしか採れない薬草を探しに行くという理由をでっち上げたのだが、彼女は俺たちと出会う前にギルドで事務をしていた経験を生かし、城門に着くまでのわずかな間に依頼書まで偽造していたのだ。今からエスペランサへ早馬を飛ばしたところで対応が間に合うはずもないと高を括っていることもあったのか、門番は少々訝りながらも俺たちを通してくれた。
それから3日後の朝――
「トウマさん、出てきました! トライアンフ軍です!」
望遠鏡で城門を見張っていたアルが叫ぶ。
「いよいよ出てきたか……。よし、皆は馬車の中に入っててくれ。もしも俺が亮の説得に失敗したらすぐ逃げられるように、ティナは橋をぶっ壊すための魔法の準備を頼む」
「はいっ」
川の北側にある森を出て、橋の半ばあたりで馬車を止める。このまま真っ直ぐ渡りきれば南へ逃げられるし、橋を落としてしまえば追ってくることもできなくなるはずだ。
「うぉぉ……来た来たぁ。軍隊の行進なんて生で見るのは初めてだけど、凄い迫力だな。ぱっと見ただけでもありゃ数千人はいるぞ」
―― ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ…… ――
一糸乱れぬリズムを刻みながら槍を抱えた歩兵が行進してくる。川にさしかかる少し前に手慣れた動きで隊列を細く絞ったそいつらは、橋のど真ん中で佇む俺に向かってゆっくりと近づいてきた。
橋の真ん中にただ1人立って軍隊を止めようなんて、まるで三国志演義の張飛になったような気分だ。だが俺にはあんな大軍を前に「我こそは劉備玄徳の義弟張飛だ! 曹操、正々堂々と勝負しろ!」なんて啖呵を切ってのける度胸はとても持てそうにない。
俺は突進しようとする猛牛のように何度も石橋を踏みしめながら、震えそうになる足に必死で力を込め続けた。
「止まれい!」
最前列の中央にいた小隊長らしき兵士が声を上げ、高く槍を掲げる。すると橋を渡りかけていた兵士たちが揃って足を止め、その後に続く連中もぴたりと行軍を止めた。
「旅人か……行軍の邪魔だ。どけ!」
古代ローマ人のように立派な髭を生やした小隊長らしきおっさんがこちらに槍を向け、俺たちにさっさと橋を渡れと促してくる。俺はその言葉を無視して一度深呼吸すると、へその下に力を込めて腹の底から声を張り上げた。
「あんたらの将軍、成島亮に取り次いでもらいたいことがあるっ!」
「何っ?」
「俺は神代燈真! この名前を伝えるだけでいい、亮に取り次いでくれ!」
「馬鹿な、これから出陣というのに貴様のような旅人の戯言などに付き合っていられるか! 踏み潰されたくなかったらさっさとどけい!」
「いいから取り次げって言ってんだよ! 俺もあいつと同じところから来た異世界人だ!」
「な……!」
髭面の兵士は話を聞く気もないようだったが、俺が『異世界人』という言葉を口にした途端に意外そうな反応を見せた。やはり亮のやつが異世界人であることは末端の兵士たちにも知れ渡っているらしい。
―― ザワ……ザワ…………ざわ…… ――
前列のほうにいて俺の言葉が聞こえた兵士たちの間にざわめきが広がる。それを見た髭面の兵士は「少し待て」と言い残し、軍の中央へと走っていった。どうやら上の者に報告するようだが、無事に亮まで話が通ってくれるだろうか?
それから数分ほど経っただろうか、横に6人の列で並んでいた兵士たちが両端の2列だけを残してぞろぞろと引き返し始めた。そして左右の列に残った兵士たちは橋の中央を向き、貴人を迎えるときのように恭しく槍を掲げる。
「…………!」
橋の中央を馬に乗った何者かが歩いてきた。1人ではなく、後ろにもう1人ついて来る者がいる。
前を歩く白い馬に乗っていたのは、鳥を思わせるような白銀の鎧に身を包んだ青年だった。女のように端正な顔立ちに、ガラの悪い連中に舐められないように脱色しろと俺が勧めた金髪――あの顔を見間違えるはずもない、亮だ。
「亮!」
俺は思わず叫んでいた。あの空手大会の日に別れて以来、約半年ぶりの再会になる。
「亮、俺だ! 燈真だよ!」
すぐにでも駆け寄りたいのだが、さっきまで力みすぎていたせいか足が上手く前に出ない。代わりに口を動かし、亮に向かって大きな声で呼びかけた。
「燈真……」
亮は5メートルほどの距離まで近づいたところでやっと俺の名前を呟いた。信じられないものを見たかのような表情で、ゆっくりと馬から降りてくる。
「燈真っっ!」
亮がいきなり駆け出し、まるで恋人に再会した女のように抱きついてきた。
「おいおい、俺にはそっちの趣味はねえぞ」
「燈真……本当に燈真だ。まさかまた会えるなんて……。一体どうして君がここに?」
「ははっ、それはこっちの台詞だっての。あの大会の翌日にこの世界へ飛ばされてから、俺はずっとお前に会うために元の世界に戻る方法を探してたんだぜ。それがまさか同じ世界に来てるなんて思いもしなかったよ」
「そうか……僕も同じ日にこっちへ飛ばされてきたんだ。学校へ行く途中に工事現場の傍を通ったら、上から鉄骨が落ちてきてね。潰されたと思った次の瞬間に目を開けたら……ってわけさ」
「ま、俺も似たようなもんだ(ドブを跳び越えようとして嵌まったってのは恥ずかしいから言わないでおこう……)」
「後はどこへ行ったらいいか分からなくて困っているところを彼女に助けられたんだ。紹介するよ、魔法使いのメリッサだ」
亮はそう言って後ろにいた少女を紹介してくれた。




