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42.戦争の足音


「いぇあぁぁっ!」


 酔った兵士のおっさんが奇声を上げ、空手というにはどこか珍妙な構えから右の突きをくり出してくる。本来なら食らうはずもないようなパンチだったが、思いもしなかった言葉を聞いたせいで一瞬(ほう)けていた俺はそれをまともに食らってしまった。


 ―― ばちぃっ! ――


「トウマさんっ!?」


「てめぇぇっ!」


 ティナが悲鳴にも近い声を上げ、シルヴィのほうはおっさんに飛びかかろうとするかのように席を立つ。


「待て2人とも、大丈夫だ。こんな腰の入ってない酔っ払いのへなちょこパンチ、全然効いちゃいないよ」


 パンチの入った左頬を手の甲で拭いながらシルヴィを制し、とりあえずテーブルごと少し離れた場所へ下がらせる。

 大していいパンチでもなかったが、逆に今の一撃のおかげですっかり目が覚めた。このおっさんがどうして空手を知っているのか、まずはそれを聞き出してやろう。


「へっ、女の前だからって強がりやがって。俺の空手でボコボコにされてから泣きを入れるなよ」


「ふぅん、それが空手ねぇ……」


 落ち着いて見てみれば、おっさんの構えは空手というにはあまりにもお粗末なものだった。格好ばかりで中身がないというか、むしろ特撮ヒーローの決めポーズに近い。

 何より滑稽こっけいなのは腕の位置だ。左腕は真っ直ぐ前に突き出されているが、右腕は古い漫画に出てくるカミナリ親父が子供を叱るときのようにゲンコツを振り上げている。右腕を引くこと自体は左右の拳を交互に突き出すための構えとして間違ってはいないのだが、こんなに腋が開いていてはがら空きの脇腹を蹴ってくださいと言わんばかりだし、肘まで後ろに引きすぎているせいで顔面への攻撃を防ぐにしても意味がない。


「おら、もう1発行くぞ!」


 おっさんは左足を大きく踏み込み、またも右のストレートをくり出してきた。あまりに遅すぎてあくびが出そうなパンチだが、とりあえず様子見のために相手の踏み込みと同じだけ後退する。


「せいっ! せいっ! えりゃぁぁっ!」


 左、右、左――リズムよくパンチが飛んでくるが、どれも腋が閉まっていないせいで力が無駄な方向へ逃げている。さすがにアホらしくなってきたので、俺は軽く反撃に出てみることにした。


「ちっ! ちょこまかと逃げるんじゃ――」


「ほいっと」


 ―― がつん ――


 俺は大振りのパンチをスウェーバックしてかわしつつ、足の裏――土踏まずのあたりでおっさんの膝をごつんと蹴り上げた。一見地味な攻撃だが、相手の膝が伸びきった瞬間に決まれば関節が外れることもある危険な技だ。


「おわっ?」


 体重の乗った足を蹴られたことでおっさんがバランスを崩し、いつくばるような格好で石畳の床に倒れ込む。軽装とはいえ甲冑を着ているのでどこも怪我はないだろうが、とりあえずさっきの分のお返しといったところか。


「や、野郎っ!」


 地面にわされたことでプライドが傷ついたのか、おっさんが激昂げっこうして立ち上がりざまにパンチを放ってくる。俺はそれに対し、今度はがら空きになった顔を目がけてフック気味に右の張り手を食らわせてやった。


 ―― ばちん! ――


「おぐっ!?」


「ほらほら、顔が隙だらけだぜ。パンチを打つときは必ずもう一方の手で顔面をガードするんだよ。パンチを出すと同時に自分の鼻を触る癖をつけるんだ。こうだよ、こう」


 自分の鼻を触って実演しながら、俺はおっさんに稽古をつけてやっているつもりでそう言った。酔っ払いを本気でぶちのめしてもしょうがないので、相手が自分で彼我ひがの戦力差に気付けるよう遊んでやっているのだ。


「ち、ちくしょう……これでも食らえっ!」


 おっさんは手技を諦めたのか、今度は右の回し蹴りを放ってきた。歳のわりに足がそれなりに上がっているだけでも大したものだが、これまた腰が入っていないので軌道が大回りになって恐ろしく遅い。


「甘いっ!」


 俺は相手の蹴りに合わせて自分も左足を1歩踏み込みつつ、ほぼ密着状態に近い距離まで接近した。台風の目が安全なのと同じく、ここまで近づいて蹴りを受ければわざわざ防御しなくてもダメージは無いに等しい。さらにそうして蹴りの威力を殺しつつ、踏み込むときの勢いを利用して相手の軸足を払ってやれば――


 ―― ガッ! ――


「おわっ!?」


 軸足を刈られたおっさんの体が宙に浮き、大股開きでひっくり返る。俺はその瞬間におっさんの両足首を掴み、自分の足でその股間を踏みつけながら膝をカクカクと揺らし始めた。本来はここで相手の金的を踏み潰すのだが、今回はお遊びなので俗に言う『電気アンマ』というやつだ。


「必殺! 超・電・動・ストンピング!」(カクカクカクカクカク…………)


「のほぉぉぉぉっ!? あひゃっ! ひょほわぁぁぁっ!? や、やめろぉぉっ!」


「おらおら、さっさと降参しないと、いい歳こいて小便ちびる羽目になるぞー」(カクカクカクカク……)


「あひゃひゃひゃひゃひゃ! や、やめろ! 分かった! 分かったからぁぁぁぁぁ!」


「もう参ったするかー?」(カクカクカクカク……)


「するっ! 参った! 参ったぁぁぁ!!!」


「よろしい♪」


 電気アンマから解放してやると、おっさんは股間を押さえながらゼィゼィと荒い息を吐いていた。本当にあとちょっとで漏らすところだったみたいだな。


「よーしおっさん、降参してもらったところで1つ聞きたいことがあるんだが」


「はぁ……はぁ……な、なんだよ?」


「あんたの言ってたその『空手』……誰に習った?」


「誰って……俺たちの大将だよ。この国へ来てまだ半年も経っちゃいないんだが、そのわずかな間に軍を率いる6人の将軍――六騎将の1人にまで上り詰めたお人だ。さらに今は軍の武術指南役も務めてて、俺たちにこの異世界の技を教えている」


「六騎将ねえ……。で、その大将とやらはどうして異世界の武術である空手を知ってるんだ? まさかそいつ自身が異世界から来たっていうんじゃないだろうな」


「ああ、よく分かったな。そのとおりさ」


「――――!」


 それを聞いたとき、俺の脳裏にある想像がよぎった。いや、このおっさんが『空手』という言葉を口にしたときから、俺には妙な予感がしていたのだ。嫌な予感でもあり、いい予感でもある、そんな奇妙な感覚――


「……その、おっさんたちの大将の名前は?」


「ナルシマ・リョウ様さ。この世界じゃ珍しいんだが、異世界人ってのは姓が前に付くらしくてな。リョウのほうが名前なんだとよ」


「……亮……!」


 2


 今日のことは忘れるよう言い含めてから2人の兵士を帰らせた後、俺たちは全員で宿の一室に集まっていた。フリージアさんはあれだけ飲んだにもかかわらずもう酔いは醒めたらしく、いつもと変わらない様子で俺の向かいに座っている。


「トウマさん、一体どうしたんですか? さっきの人たちの話を聞いてから、なんだか様子がおかしいみたいですけど……」


「あのおっさんが言ってた成島亮ってやつは、俺の友達なんだ」


「「ええっ!?」」


 その場にいた全員が頓狂とんきょうな声を上げる。

 そりゃそうだ。異世界との扉である次元の歪みは数百年に一度しか発生しないという話なんだから、同じ時期に同じ町から2人の人間が飛ばされてくるなんてどんなレアケースだよって思うわな。

 いや、待てよ。ティナのお祖母ばあちゃんであるフレイアさんは確か『この世界には他にも似たような場所がいくつかある』と言っていた。ならばあいつも俺と同じ時期に、別の歪みからこの世界へやって来たということか?


「俺はあいつと試合で戦うって約束を守るために元の世界へ帰ろうとしてたんだが、まさかその相手が同じ場所に来てたなんてな」


「おお、じゃあトウマはもう元の世界に帰る必要はないってことじゃん。やったぜ! それなら誰にも遠慮せずにあたしと結婚できるよなぁ?」


「待て待て、そんな単純な話じゃねえよ。まずはそいつに会って本当に俺の知ってる亮かどうか確かめないといけないし、それに……」


「さっきの人たちが言っていたこと……ですね」


「ああ」


 亮のことを詳しく聞くためにおっさんたちをさらに締め上げたところ、全く別の意外な話まで明らかになった。なんとこの国の王は数日後、南のクライスラー王国に攻め込むつもりだというのだ。


「でも、この国の王様ってクライスラー王の弟君おとうとぎみなんでしょ? それがどうして……」


「その弟さんをこの国の王様に据えたのがクライスラー王だけど、本人にはそれが気に食わなかったのかもねぇ。本当は自分にもクライスラーの王位継承権があったはずなのに、体よく北の果てに追いやられたと思ってるとか」


 さすがは大人だけあって、人の心の機微もよく心得たフリージアさんがリーリアの疑問に答える。なるほど、話の筋は通っているな。


「だけど、この国にはあと1ヵ月もしないうちに雪が降ってくるんじゃないですか? 冬がやって来る直前に出陣なんて、補給の問題を考えれば普通はしないでしょ」


「だからこそ、かもよ? 誰もがそう思って油断している今、電撃作戦で王都を急襲して一気に勝負を決めるつもりなのかもしれないわ」


 そうか、だから情報が漏洩ろうえいしないように旅人の出入りを厳しくチェックしていたのかもしれない。あのおっさんたちのように口の軽い連中がいては台無しな気もするが、それも出陣の日まで俺たちをこの国に足止めしておけば済む話だ。


「トウマさん、王都にはシャーロットさんのご家族たちもいます。なんとかしてこのことをあちらに伝える方法はないでしょうか?」


「そうだな、シャーロット本人はともかく、親父さんやアンディのいる王都が戦火に包まれるのは俺も心苦しい。けど、どうしたもんかな。ここから王都までは急いでも20日以上かかるし……」


 そう、仮にこの国をすぐに出られたとしてもそれが問題だ。輜重しちょう隊(※ 食料や荷物の運搬部隊)などもいる軍隊の行進ともなれば馬車1台の俺たちより歩みが遅いにせよ、それでもタイムラグが数日程度では向こうも防備を調ととのえている暇がないだろう。せめて携帯やスマホのように、リアルタイムで情報を伝達できる手段があればいいのだが……。


「ああ、そうだ! アレがあった!」


「わぁっ?」


 俺がいきなり声を上げて立ち上がったせいで、目の前を飛んでいたリーリアが驚いて落下しそうになる。


「もう、急に大声で叫ばないでよ! あれって何?」


「これだよこれ!」


 そう言って俺はシャツの襟を伸ばし、紐で首からげていたものを引っ張り出した。王都から旅立つ前にシャーロットから渡された、2人の婚約指輪だ。


「ああ、それって2人がどんなに離れてても言葉が伝わるんだっけ?」


「そうさ、これでもしシャーロットのやつが王都の近くにいてくれれば、すぐにこの事態を伝えられる」


「お、おい、誰だよシャーロットって。しかもなんでトウマがそんな指輪を持ってるんだよ。もしかしてあたしに隠れて浮気してたのかぁ?」


「話がややこしくなるからお前はちょっと黙ってろ。そもそもあいつとはそんな関係じゃないし、知り合ったのはお前より先なんだから浮気扱いされるいわれもねえよ」


「むー……」


 シルヴィは納得していない様子だが、今はそれどころではない。俺は指輪の表に刻まれた魔法陣が完全な形になるようふちの刻印を合わせると、その向こうにいるはずのシャーロットに大声で呼びかけ続けた。


 久々の技解説。


 今回おっさんが使った構えは、某光の国からやって来た巨人と某石油会社が提携して作った特撮映画の2作目に出てきたものです。

 悪役が使う空手なのでやたらとインチキ臭く描かれていて、ただの正拳突きもいちいち腕を頭の後ろまで引き、拳を大きくひねってから突き出すという大げさなものでした。

 映画の主人公は一度それに敗れたことでビビって戦えなくなり、今は亡きアンディ・フグの道場に入門して勇気を取り戻すというストーリーだったのですが……。作者はそれを見ながら「こんな大振りパンチ、カウンター取り放題だろ」と思っていたので、今回は敵の使うエセ空手として登場してもらいました。


 主人公が言っていた『パンチを打つときは必ずもう一方の手で顔面をガードする』というのは、元々空手ではなくボクシングの技術です。最近のフルコンタクト空手にもグローブをつけての顔面ありルールがあるため、作者はそういう試合用にこの防御技術を取り入れていました。

 ちなみに『パンチを出すと同時にもう片方の手で自分の鼻を触る癖をつける』という練習法は、20年以上前に少年チャンピオンで連載していた『満天の星』というタイトルのボクシング漫画で紹介されていたものです。

 ですが、この技術にももちろん穴はあります。

 ボクシングのガードは大きなグローブをつけていることが前提のため、素手でやるとガードの隙間から拳が入ってくることも多いのがまず1つ。そして何よりボクシングの構えは拳を顔に近づけすぎるきらいがあるため、ガードの上から殴られたときに自分の拳が自分の顔に当たって痛い思いをすることもあるということです。

 素手でやる場合はそうならないよう、パンチを打つとき以外は拳を適度に緩めておくか、顔から少し離しておくのがいいでしょう。もしくはもう少し腕を持ち上げ、拳の部分ではなく肘や前腕を盾にすればいいかと思います。


 最初に使ったカウンターの膝蹴り(膝『で』蹴るのではなく膝『を』蹴る)は、格闘家でなくても喧嘩慣れした人なんかはよく使うそうです。素人は腰を落とさずに(膝が伸びた状態のまま)踏み込んで殴ってくる人も多いため、それに合わせて下からすくい上げるように蹴り上げてやると簡単に膝を壊せるというわけですね。(作中の主人公は本当に手加減していたんだと思ってください)

 しかも技の出がかなり速く、パンチの間合いまで接近していると見えないところから蹴り上げられるため、かなり実戦的で危険な技でもあります。これは真似しないようにしてくださいね。

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