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41.お酒は20歳になってから


 1


 朝日が昇る頃、俺たちは全員西側の崖上に集まっていた。対岸で別働隊を指揮していたフリージアさんは谷の北側から迂回してきて、南の川にいたティナとシルヴィもこちらに合流している。


「おおーっ、トウマがドラゴンにトドメ刺したのかよ? さっすがあたしのダンナになる男だぜ!」


 アルやフリージアさんから戦いの顛末を聞かされたシルヴィが横から飛びついてきて、俺の腕に胸を押し当てる。だから……そういうことされると真っ直ぐ立ってられなくなるからやめろって。


「いや、すでに死にかけてた相手に介錯かいしゃくしてやっただけだから。それよりティナ、俺の体になんか異常みたいなものは感じないか? さっきドラゴンの返り血をもろに浴びちゃったんだけど、俺の世界じゃドラゴン殺したやつには呪いがかかるなんて話もあるからな」


「えっと……多分ですが大丈夫だと思いますよ。特に魔力の残滓ざんしみたいなものは感じませんし、邪悪な気配もありません」


「そうか、そりゃよかった。じゃあせっかくだし……こっちもちょっと試してみるかな」


 腰のホルスターからサイを抜き、その先端で自分の指先を軽く刺してみる。結果はもちろん皮膚が破れ、普通に血が出た。


「あ痛」


「ちょ、何してるのよトウマ?」


「いやぁ、俺の世界にはドラゴンの血を浴びて不死身の体になった英雄のお伽噺ときばなしがあってさ。俺もそうなってんじゃないかと期待したんだけど……やっぱ駄目か」


「そんなことを試すために自分の指を刺したの? バッカじゃない!?」


「そう言うなよ。これも男のロマンってやつだ」


「理解できないわ……」


 リーリアにはそう言ったが、確かにそんな体になっても元の世界に戻ったとき逆に困りそうだしな。まあ後遺症みたいなものがないなら別にいいだろう。


「ありがとう旅人さん、あんたのおかげであのドラゴンを仕留めることができたよ。これでシーマも死なずに済むし、村長たちも迷信から目を覚ますだろう」


 ついさっきまで勝鬨かちどきを上げて勝利を祝っていたカマロさんたちが戻ってきて、目の端に涙を浮かべながら感謝の言葉を述べてきた。婚約者を守ることができて嬉しいのは分かるが、さて……後者のほうはそう上手くいくだろうか?


「うーん、それはどうなんでしょう。本当にドラゴンがこの雨を降らせてたならもうすぐ止むでしょうけど、そうでなかったのならまだしばらくは降り続くかもしれませんよ? それでもし洪水の被害が今より大きくなったりしたら、村長さんたち今度は『お前たちが竜神様を殺したせいだ!』なんて言い出すんじゃないかな」


「う……」


 カマロさんだけでなく、他の若者たちも不安そうに顔を見合わせる。おいおい、マジでドラゴン憎しだけで後先のことは何も考えてなかったんだな。

 俺のほうは自分の旅の都合もあって協力したが、その先のことについても色々と考えていた。もしも本当にあのドラゴンが恵みの雨をもたらしていたというなら、今度はこの地方に深刻な水不足が訪れる可能性だってあるのだ。ここが干上がって木々が枯れてしまったところで俺には知ったこっちゃない話だが、林業を生業なりわいとしているらしい彼らにはそれこそ死活問題だろう。


「ま、やっちまったもんを今さら悔いたところでしょうがないですよ。今回の作戦で少しは下流に流れる水も減らせただろうし、そうならないことを祈りましょ。あ、そうだ!」


「な、なんだい?」


「今回は突貫工事のうえ崩すのが前提だったから適当なものでしたけど、次はここにもっと立派なダムや水門を造ればいいんですよ。それで川に流れる水の量を調節できるようにしておけば、来年また大雨の季節が来ても村が呑み込まれたりはしなくなるでしょ」


「ああ、そうか! 今まではドラゴンを恐れて誰もここには近づかなかったが、これからは俺たちが自由に使えるんだ!」


「それだけじゃありませんよ。逆にもしドラゴンを倒したせいで今度は雨がなかなか降らないなんてことになっても、ここに水を溜めておけばしばらくは持ちこたえられると思います」


「なるほど、この谷はさほど広くはないが、川からここまでの長さと崖の高さを考えれば貯水池としては十分だな」


「いずれにせよ、これからは雨が降ろうと降るまいと、自分たちの力でなんとかしていかないといけませんからね。大丈夫、カマロさんたちの土木技術なら1年もあれば立派なものが作れますって」


「そうだ、旅人さんの言うとおりだよ。これからは俺たちが、人間の知恵と力で自然に立ち向かっていくんだ!」


「この雨が止んだらさっそく準備に取りかかろう!」


「「おおっ!」」


 村の若者たちは次々に希望に満ちた声を上げ、あれやこれやと案を出し合っている。うん、どうやらいい感じに話がまとまりそうだな。


 村長をはじめとして、村に残っている年寄り連中と若者たちの間にはこれからも色々と軋轢あつれきが生じるかもしれない。それは生きてきた時代も経験してきたことも違う以上、ある意味仕方のないことだろう。

 だが時代は変わる。カマロさんたちが今の村長さんたちと同じ歳になる頃にはまた別の問題が起きているかもしれないが、それもまた新たな世代が解決していくべきことだ。それこそが人間――ただ長く生きるだけの『古き者』にはできないことをやってのける、知恵と意思の力を持った生き物なのだから。


 2


 それからしばらく、俺たちは村の復旧を手伝いながら雨が止むのを待ち、小降りになってきたところでアクレイムへ向けて出発した。雲が切れて青空が見えてくるまで結局1ヵ月以上かかったあたり、やはりドラゴンの存在と雨は関係なかったようだ。


「さーて、川のほうはだいぶ静かになったけど……橋とやらは渡れるようになってるかな?」


「そうねえ、ドラゴン退治までしたんだから、その甲斐があるといいんだけど」


 そしてさらに2日後、俺たちはくだんの橋に到着した。石のブロックを組み合わせて造られた立派な橋は欄干らんかんの一部が壊れていたものの、渡るのに支障はないように見える。


「ここ、渡っても大丈夫ですか?」


 橋の傍にいた中年の兵士らしき人に訊ねてみる。


「ああ、数日前までは川が増水して橋の上まで水が溢れてたが、今は少し落ち着いたんで解放しているよ。君たちは旅人かい?」


「ええ」


「うーん、せっかく訪れてもらって悪いんだが、これから1ヵ月ほどの間は宿屋で大人しくしておいたほうがいいよ。この国はしばらくの間、少し騒がしくなるかもしれないからね」


「一体何があるっていうんです?」


「それは私の口からは言えんが……とにかくあまり表には出ないことだ」


 なんだろう。一瞬祭りでもあるのかと思ったが、それならむしろ観光客には楽しんでいってくれと言うはずだ。よそ者がうろついていると危険ということは、よそ者の動きを警戒している者がいるということだろうか。

 ともあれ、俺たちはここに情報収集のために来たんだから引き篭もっているわけにもいかない。あの兵士の言うとおりにするかどうかは、まず町の様子を見てからにしよう。


「おっ、あれかな?」


 橋を渡ってしばらく進むと、大きな城壁に囲まれた町が見えてきた。さすがは一国の首都というだけあって、その規模はクライスラーの王都エスペランサにも劣らない。

 俺たちは町の入口である大門の前で入国審査を受け、長い問答の末にようやく町の中へと通された。持ち物やギルドの登録証チェックがやたらと厳しかったが、さっきの兵士が言っていたように、どうもこの国にはきな臭いものが漂っているみたいだな。


 3


 その日の夜、俺たちは泊まることにした宿の1階にある酒場で夕食を摂っていた。フリージアさんはその辺のおっさん連中と酒の飲み比べをしているが、俺を含めた未成年組は飯がメインだ。


「はぁ、今日は久々にベッドで寝られそうだな」


「にっひひひ、寝られはしても眠れはしないかもよぉ?」


「ダメですよシルヴィさん、女の子は別部屋です。もしも夜中に抜け出してトウマさんのところに行こうとしたら……」


「う……な、なんだよティナ。なんか顔が怖いぞ?」


 凄いな、あのシルヴィが本能的に恐怖を感じている。ティナは滅多なことで怒ったりはしないが、いざ怒らせるとフリージアさんよりも怖いんじゃないだろうか。


「だっははははははは!!!」


「……うん?」


 皆とわいわい食事を楽しんでいると、店の奥のほうから大きな笑い声が聞こえてきた。見れば甲冑を着た兵士で、頭頂部の髪が薄くなったおっさんと若いやつの2人組だ。


「だからよぉ、お前は踏み込みが甘いんだよ。そんなんじゃいつまで経っても強くはなれねぇぞ?」


「え、ええ……そうですね」


 なんというか、タチの悪い上司に絡まれてる新人って感じだな。若いやつのほうはまだ素面しらふに近いが、禿げたおっさんのほうはすでにかなり酔っているようだ。


「おおっ?」


 禿げたおっさん兵士がふとこちらに目を向けたかと思うと、席を立って近づいてくる。なんだ? 俺は酔っ払いというやつが心底嫌いなので、できれば相手にしたくないんだが。


「おうおう、えらくべっぴんの姉ちゃんたちがいるじゃねえか。どうだいお嬢ちゃんたち、こっち来ておじさんにお酌してくれないか。へへへ、こっちの姉ちゃんはえらく露出の多い格好してんなあ」


「あぁん!?」


 シルヴィが口の端から牙を覗かせて威嚇するが、おっさんは馴れ馴れしく彼女の肩に手を伸ばそうとする。

 あー、こりゃ特に鬱陶うっとうしいタイプの酔っ払いだ。この手のやつは話し合いでお引取り願おうにもなかなか話が通じないし、自分が世界で一番偉いと思い込んでるから絶対に我を曲げようとしない。


「待てシルヴィ、手ぇ出すなよ」


 言うが早いか、俺はシルヴィがおっさんをブン殴る前に素早く2人の間に割って入った。

 獣でも人間でも、喧嘩が始まるときは『喧嘩になる距離』というものがある。険悪な雰囲気を察したときは上手く両者をなだめつつ、まずお互いの距離を離すのが名レフェリーになるコツだ。


「悪いねおっちゃん、このらは俺の連れなんだよ。付き合いたいならとりあえず明日以降、役所で手続きを済ませたうえで文通から始めてくれ」


「なんだぁてめえ? 男に用はねえんだよ。ガキはすっこんでやがれ!」


「まあまあ。それよりさ、あっちにすっげぇ美人のお姉さんがいるから、一緒に飲みたいならその人なんかどうかな?」


 俺は通路を挟んだカウンター席にいるフリージアさんを指差し、おっさんをそちらへ誘導しようとした。彼女なら酔っ払いの相手も手馴れたものだろうし、なんなら飲み比べで酔い潰してくれるだろう。


「ああ? そんなババァなんかに用はねえよ! 俺はこっちの若いのほうが――」


 ―― ゴパァン! ――


「ごわっ!?」


 おっさんが言い終わらないうちに横からビールのジョッキが飛んできて、わずかに髪の残った側頭部を直撃した。ガラス製ではなく木製のジョッキなので砕けたりはしなかったが、結構凄い音がしたな。


「なーんか聞き捨てならない台詞が聞こえたみたいだけど……気のせいかしらぁ?」


 ジョッキの飛んできた方向に目をやると、顔を真っ赤にしたフリージアさんがカウンター席から振り返ってこちらを見ていた。その周りには十数人の男たちが口から酒だかよだれだか分からないものを垂れ流しながら倒れていたのだが、まさかこの人、これだけの人数を全員酔い潰したってのか?


「ええ、きっと気のせいですよ! ここにはフリージアさんに失礼なことを言う悪い子なんていません!」


 俺は思わず気をつけの姿勢になってそう言った。前言撤回、やはり怒らせると一番怖いのはこの人だ。


「そうよねぇ、20歳のお姉さんをババァだなんて言う悪い子はいないわよねぇ。そんな子には、この『100人斬りの赤鬼』がお仕置きしちゃうわよぅ」


 フリージアさんは楽しそうに笑いながらそう言うと、また新たなボトルの栓を開けてラッパでガブ飲みし始めた。うーん、あれだけの男たちを潰しておいてまだ飲めるのか。もしかするとあの人の物騒な異名って、剣の腕前じゃなくて酒の強さのことなんじゃないだろうな。


「く、くそ……なんだ? 一体何が起こった?」


 頭に衝撃を受け、床に倒れていたおっさんが頭を振りながら起き上がる。


「ほらほらおっちゃん、ふらついて転んじゃったじゃないか。飲みすぎだよ。せっかく飲んだもん吐き出す前に、今日はもう帰って寝ちまったほうがいいって」


 どうせ酔っ払いは1分前に起こったことも覚えていないやつが多いし、ましてや物事の前後関係など把握できていないだろう。俺はそれをいいことに、おっさんを体よく追い払うことにした。


「そ、そうですね。先輩、もう帰りましょう」


「なんだと!? てめぇもこいつの味方しようってのか! また訓練でヤキ入れられてえのか、ああん!?」


「ひ、ひぃっ!」


 ナンパが上手くいかなかったことで機嫌を悪くしたのか、おっさんが今度は連れの若い兵士に絡み始める。

 ああもう、マジでウザいな。こっちは騒ぎを起こしたくないから大人しくしてやってんのに、こうなったら絞め技で落として強制的に眠らせてやろうか。


「おい若いの、てめえもあんまり調子こいてんじゃねえぞ。俺たちが身につけた異世界の格闘技、空手で痛い目を見てみるか!」


「――っ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は全身に電流が走ったような衝撃を受けた。空手……空手だって?


「うりゃぁっ!」


 おっさんがそれっぽい掛け声とともにそれっぽく構える。俺はあまりの驚きにそれが本物かどうか判断することもできず、ただ呆然とその姿を見つめていた。

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