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39.涸谷の主


 1


 村人たちの言っていたドラゴンの巣は西へ5キロほど川をさかのぼり、そこから丁字路のように北へ伸びた谷の奥にあった。

 川の北岸は高さが4階建てのビルほどもある台地になっていて、そこに地割れが走って谷になったらしい。だが目の前の川が濁流と化すほど雨が降ったにもかかわらず、なぜか北へと伸びる谷のほうには川が流れていない。奥が行き止まりになった涸谷かれだにの底で、そいつはまさに王者の風格を漂わせながら悠々と眠っていた。


「あれか……デカいな」


 俺は前にエスペランサの道具屋で手に入れた筒型の多段式望遠鏡を目いっぱいに伸ばし、1キロ以上も離れた川の対岸からドラゴンの姿を観察していた。

 この望遠鏡は高い山を登ったり崖を下りなければならないとき、無駄足を踏まないようちゃんと行く先に目的のものがあるかどうか確認するために買っておいたものだ。日本の戦国時代にもすでにあったらしいので、この世界で見つけたときにもさほど驚きはしなかったが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったな。


「谷の左右は断崖絶壁……高さは10メートル強ってとこか。見たところ、あいつの体長も同じぐらいかな?」


 この距離であれだけ大きく見えるということは、実際目の前に立たれたときの迫力は計り知れないものがあるだろう。俺は本物のドラゴンというものを初めて目の当たりにして、奇妙な感動と興奮を味わっていた。


「ティナもちょっと見てくれないか。あいつ、俺の想像だと水を操るとかそういうのじゃない気がするんだけど……」


 武術の世界に限らず、『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』というのはあらゆる戦いの基本だ。そのためこうして偵察に来てみたのだが、俺にはあのドラゴンがどうも噂されているようなものではないように思えた。

 まず水を司る存在であり、雨を自在に降らせるというのは東洋における『龍』であって、厳密には悪魔の化身とされる西洋の『竜』とは違う。それなのにあのドラゴンは蛇に手足が生えたような姿の龍ではなく、もちろん水を操る力の源であるという宝珠も持っていない。かといって悪魔じみた翼を持っているわけでもなく、ガニ股で2足歩行するタイプの西洋竜でもない。いうなれば大きめの恐竜、それもアンキロサウルスにトリケラトプスの頭をくっ付けたような腹這はらばい型のやつだ。

 体長も10メートルはあると言ったが、それは尻尾の先まで含めての話である。あいつが仮に後ろ足だけで立ち上がれたとしてもせいぜい6~7メートル、断崖の上までは首も届かないだろう。それなら地上から攻撃するのは難しくても、左右の崖上から石を落としたり矢を射掛ければ案外楽に倒せるんじゃないだろうか。


「どうだ?」


「……そうですね、トウマさんのおっしゃるとおりです。あれは天候を操るような力を持った、いわゆる『神竜』の類ではありません」


「やっぱり……」


「口から炎を吐くぐらいはできると思いますが、どちらかというと古代竜……。はるか太古の昔から存在する『古き者』のようですね」


 俺は最初からそんな超常の存在が天候を操ってるなんて話は信じていなかったが、これでほぼ確定だな。そもそもあれだけの体型を維持するのにわざわざ人間1人を、それも1年に一度だけ喰ったからといって腹の足しになるはずもない。やはりあいつが腹を空かせているせいで川が氾濫するなんて話はただの迷信で、生贄いけにえなど捧げなくとも自然に雨は止むのだろう。


「そうか、やはり俺たちの思ったとおりだったんだ。それならもう遠慮なんかする必要はない。俺たちであのインチキドラゴンをぶち殺して、年寄り連中の目を覚まさせてやろうじゃないか。なあ、皆!」


「「おおぅっ!」」


 村の若者たちはそれ見たことかと力を得て、ドラゴンを退治すべしと気勢を上げている。いやいや、それならそれで村の年寄り連中に事情を話せば、肝心な生贄いけにえの風習自体は止められるんじゃないのか?


「ちょ、ちょっと待ってください皆さん。神に近い力こそ持たないとはいえ、ドラゴンが強大な存在であることは変わりません。無駄な戦いで犠牲者を出すより、このことをちゃんと村長さんたちに話したほうが……」


 俺の言いたかったことをティナが村の若者たちに伝えてくれた。一言一句そのとおりだと思う。


「いいや、あいつらは聞き入れやしないさ。何より、そんなことを認めてしまったら今まで犠牲にしてきた娘たちの死が全て無駄だったことになるからな」


 なるほど、面子よりもむしろ罪の意識がそれを許さないってのはあるかもしれない。だがティナの言うとおり、ドラゴンと戦うならまた新たな犠牲者が出る可能性もあるぞ。カマロさん、そうなったときにあんたは罪の意識に耐えられるのか?


「どうだい旅人さん、俺たちと一緒にやつを倒すのを手伝っちゃくれないか?」


「1つおたずねしたいんですけど、今まであのドラゴンに挑んだ人っていないんですか? 村人でなくてもいいんです。誰かがあいつに挑むのを目撃した人とか、それでどうなったかを知ってる人はいませんか? あいつがどれほどの力を持ってるのか、まずそれを知らないことには対策も立てられませんし」


 手を挙げるように促して周りを見回すと、人垣の後ろのほうで手を挙げる人がいた。見た目は30代前半といった感じで、若者グループの中でも年長者のようだ。


「それなら俺が知ってるよ。ガキの頃、寝物語に母親から聞かされた話でよければだが」


「それでも構いません」


「50年ほど昔の話だが、おふくろが若い頃にアクレイムから騎士様がやって来たらしい。その人はとても勇猛で知られた武人で、ドラゴンの話を聞くとたいそう面白がって自分が退治してみせると言ったそうだ。そして村の者が止めるのも聞かずに谷へ向かったんだが……」


「死体になって帰ってきた。いや、死体も見つからなかった、かな?」


「ああ、数日後に川辺で騎士様が身に付けていた鎧と兜の一部だけが見つかったそうだ。グニャグニャにひん曲がってたんだが、踏み潰されたというよりは熱で熔かされたみたいだったってよ。裏側は真っ黒にすすけてて、きっと騎士様はドラゴンの吐く炎で生きたまま焼かれたんじゃないかって……」


「…………っっ!」


 それを聞いた若者たちの間に戦慄が走る。つい今しがたまで威勢のいいことを言っていたのだが、恐ろしい話を聞かされたことで急に寒気がしてきたらしい。

 俺だって今の話を聞いたらドラゴン退治なんて止めといたほうがいいという気になった。あいつはRPGのゲームなどによくいる炎を吐くタイプみたいだが、鉄の鎧を熔かすなんて普通じゃない。鉄の融点は摂氏1500度以上、煮えたぎるマグマ(約1200度)でさえ熔かせない金属だ。それをあめのように一瞬で熔かしたというなら、あいつの吐く炎は少なくともガスバーナーをはるかに超える高温ということになる。そんなものを体内から吐き出すような化物バケモノ、人間の攻撃でどうやって倒せというんだ。


「フリージアさんはドラゴンについて何か知ってますか? 実は戦ったこともあったりとか」


「ええ、一度だけあるわよ。大きさはあれの半分以下だし、2本足でドスドス歩くタイプのやつだったけどね」


「おお、さすが。で、そのときはどうやって倒したんですか?」


「あのときはえらい目にったわねぇ。まずドラゴンのうろこって、鉄の武器でも刃が通らないぐらい強靭なのよ。仲間の1人が同じドラゴン族の牙で作ったっていう槍を持ってたおかげでなんとか心臓を貫けたんだけど、あれがなかったらパーティが全滅してたかもしれないわ」


「ええっ? そんなサイズの小物ですらフリージアさんが死にかけるほどの強敵なんですか? ヤバいな……こりゃドラゴンって生き物を少々舐めてたかも」


「さっきの話にもあったけど、炎を吐かれたらそれだけで人間は消し炭になっちゃうからね。大きな盾があってもせいぜい1回限りの使い捨てよ。それにあのドラゴンもお腹の下こそうろこで覆われてないみたいだけど、首周りはフリルみたいなのでカバーされてるから急所らしい急所が見えないわ。あれじゃとても攻撃なんて……」


 ああ、やはりフリージアさんでもそう思うか。俺もさっきからあいつに弱点がないかと探っていたが、腹這はらばい状態では攻撃できない腹部と2つの目玉以外に狙えそうなところが見つからないのだ。さっきは崖上から攻撃すればいいと考えたが、それが表面のうろこさえ貫けないのでは話にならない。


「カマロさん、どうします? やっぱりここは村長たちを説得する方法を考えたほうが……」


「……いや、駄目だ」


「どうしてそこまであのドラゴンにこだわるんですか?」


「あいつは今まで何十人、何百人という村人を喰ってきたはずなんだ。俺が小さい頃、大好きだった姉さんもその1人さ……。シーマを守るためだけじゃない、今まで犠牲になった人たちの仇を討つためにも、あいつを生かしておくわけにはいかないんだ!」


 仇討ちか……気持ちは分からなくもないが、それで今生きている人間まで犠牲になったら悲しむ人が増えるだけだろうに。だが、胸の奥で渦巻く憎しみの感情というやつはどうにも止められないのだろう。それもまた理解できる。


「にしてもなぁ、あんな生きた熔鉱炉みたいなやつをどうやって倒したもんか……」


 地べたに座り込み、どこかのトンチ小僧のように座禅を組んで頭をフル回転させる。力で及ばなければ知恵で戦うのが人間だし、それこそが武術の才能に恵まれなかった俺を今まで支えてきたのだ。


(うーん、鉄をも熔かすほどの炎を吐くドラゴン……………………そうか!)


 脳内でホテルの呼び鈴みたいな音が鳴ったかと思った瞬間、俺はやつを倒す絶好の方法を考えついた。要は某漫画の中でとある紳士が言っていた『逆に考えるんだ』というやつだ。

 とはいえ、この方法を可能にするためには少しばかり地形をいじらなければいけない。ティナの魔法なら手っ取り早くやれる可能性もあるが、それを別としても皆の協力は不可欠だ。


「なあティナ、確か大地の精霊に呼びかけて地面を隆起させる魔法とかもあったよな。その規模をちょっとばかり大きくして、地形そのものを少し変えたりはできないか?」


「た、多分できなくはないと思いますが……。それだけの現象を起こそうとするならかなり集中しないといけませんし、呪文の詠唱時間も長くかかります。ドラゴンと戦っている最中にそんな隙があるんでしょうか?」


「いや、魔法を使うのは戦いの現場じゃなくてここさ。ここでティナが魔法を発動させてくれることがあのドラゴンを仕留めるための鍵になる」


「……? よく分かりませんが、とにかくやるだけやってみます」


「ありがとう。よぉし、ティナの魔法が使えるならかなり時間を節約できるな。あとは武器のほうか……」


「旅人さん、なんかいい方法を思いついたのかい」


「ええ、新右衛門さ……じゃなかったカマロさん」


「ど、どんな方法だい?」


「まあまあ、それはちょっと難しい話になるから後で説明しますよ。それより、村の皆さんを指揮して作ってもらいたいものがあるんです」


「分かった。あいつを倒せるならどんなことでも協力させてもらうぜ」


「決まりですね」


 そうして、俺たちはドラゴン退治のための準備を始めた。


 2


 それから3日後、俺たちはいよいよドラゴンを狩るべく動き出そうとしていた。

 時刻は夜明け前――ほとんどの生き物が最も深く眠り、夜行性の生物もそろそろ動きが緩慢になる時間だ。俺とアルはカマロさんとともに西側の崖上に立ち、松明たいまつの明かりが向こうから見えないギリギリの角度からドラゴンの様子を窺っていた。


「よしよし、まだぐっすり寝てるみたいだな」


「ねえトウマさん、あのドラゴンってこの3日間もずっと寝てばかりで、ほとんど動きませんでしたね」


「こんなところじゃ餌になる動物も滅多に迷い込んでこないだろうし、もしかするとドラゴンって本当はそれほど喰わなくても生きていけるのかもな。その代わり普段は無駄なカロリーを消費しないようじっとしてるんじゃないか?」


「フン、どうでもいいさ。どうせあいつも今日で終わりだ。それで旅人さん、そっちの準備は?」


「フリージアさんにはちゃんと作戦の流れを伝えて、東側の指揮も頼んであります。ティナは川の近くですでにスタンバイ済みですし、シルヴィは目がいいから魔法の発動タイミングを知らせる合図を見逃さないよう、護衛も兼ねてティナのそばに。カマロさんたちのほうは?」


「ああ、こっちも準備は万端さ」


「じゃあ、やりますか」


「おう!」


 俺はカマロさんと顔を見合わせて頷くと、持っていた松明たいまつを高く掲げた。そして対岸にいるフリージアさんにもしっかりと見えるよう、腕を大きく回して円を描く。これが作戦開始の合図だ。


「っしゃあ! 行けぇぇ!」


「「おぉぉぉぉぉぉぉ!」」


 カマロさんの号令とともに、俺たちの後ろにある森から大勢の若者が飛び出した。全員が2人1組でロープを持ち、横倒しに寝かせた大きな丸太の後ろにそれを引っ掛けて数人がかりで引っ張っている。

 それは、先端が鋭く削られた杭だった。長さは約2メートル、直径が40センチを超えるような太いものばかりで、雨で濡れていることを考えれば1本あたり300キロ以上の重さがあるだろう。

 地面にもまた滑車代わりの『ころ』となる丸太がいくつも並べられていた。村の若者たちはその上に杭を乗せ、転がしながら引っ張ってきたのだ。


「食らえっ、トカゲ野郎め!」


 吸血鬼を殺すには明らかにオーバーサイズな杭が東西の崖から矢のように飛び出し、下にいるドラゴンの背に向けて投下されていく。そして軽い地響きと轟音の後――


「グゴォォォォォォォォォォォォォォァ!!!!!!!!!!」


 攻撃を受け、怒り狂ったドラゴンの咆哮ほうこうが辺り一帯に響き渡った。

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