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33.獣人たちの祭り


 1


 その日の夕食は鍋だった。

 久々の旅人ということで、集落の人たちは俺たちをとても歓迎してくれた。顔ぶれがあまりに猛獣ぞろいだったので、正直「今日の食材はお前たちだ!」的な展開になるんじゃないかと警戒もしていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 鍋の具は肉ばかりかと思ったら、草食系動物たちのためか野菜もあり、それどころかシャケマスのような食感の魚も入っている。生活様式からみてモンゴル系の文化かと思っていたが、このあたりは微妙にアイヌっぽいな。


「ふふ、そんなに我々の顔が珍しいか旅人よ」


 大きなテントの中で鍋を囲んでいる面々を物珍しそうに眺めていると、大鍋を挟んで向かいに座っていたライオン頭の族長が言った。


「まあ、俺の世界には獣か人かのどちらかしかいないんでね。両方の特徴を具えた種族なんて、珍しいといえばこれほど珍しい存在もないさ」


「ぶわっはっは! それを言ったらこちらの世界では異世界人などもっと珍しいぞ」


 胡坐あぐらをかいた族長が豪快に笑い、毛むくじゃらの手で自分の膝をバンバンと叩く。


「それもそうか。ていうかあんたら、顔だけじゃなく腕や足まで毛皮なんだな」


「触ってみるか? 肉球はプニプニ、毛皮はモッフモフだぞ」


 わずか2時間足らずの宴席ではあったが、俺はすっかりここの人たちと打ち解けていた。この族長をはじめとして獣人には豪放磊落ごうほうらいらくな性格の人が多く、どちらかというとそういうタイプが好きな俺とはウマが合ったのだ。

 実際のところ俺はさっきからかなり失礼な質問もしているのだが、彼らはそんなことをまるで気にすることなく答えてくれていた。


「それにしても、獣人といっても色んな種族がいるもんだ。ここにいるだけでも犬科に猫科、鹿にウサギに熊か……。これだけ種族がバラバラだと、同種の結婚相手を見つけるのも難しいんじゃないのか?」


「いや、そのようは心配はないぞ。犬と猫だろうが肉食と草食だろうが恋愛は自由だからな」


「え? あんたらってライオンはライオン、狼は狼同士で結婚するんじゃないの?」


「そんなしきたりはないさ。そもそも生まれてくる子の姿は親とまるで違うものになることもあるのだから」


「ええっ?」


「犬と猫のつがいから羊の頭を持つ子が生まれることもあれば、鹿とウサギのつがいから狼の頭を持つ子が生まれることもある。ライオンである私の娘も虎模様の毛並みをしているぞ」


「なにそれ怖い」


「我らの存在はきっと神の思し召しによるものなのだよ。私たちははるか昔からそれを受け入れて生きている」


 確かに実際そうなっているのなら、そういうものとして受け入れるしかないのかもしれないが……それにしたって進化論の否定論者でさえびっくりのデタラメっぷりだな。この世界はアウラとかいう女神が創ったそうだが、一体何を考えてこんな種族を創造したんだか。


「そんなことより旅人よ、お主はなかなかいい体つきをしているな。どうだ、よければ明日の競技に参加してみないか?」


「競技?」


「明日の祭りでは馬術や弓の腕を競う他に、男たち全員が参加する力比べがあるのだ。5人抜きを成し遂げた者には褒美ほうびも与えられるぞ」


「へえ、そりゃ面白そうだ。けど、いくらなんでも象やゴリラと力比べは無理だなぁ……」


「安心するといい、力が強いだけの者が勝つのでは面白くないからな。その競技は地面に描いた円の中で戦うものだが、相手を円の外に押し出すか、転ばせて相手の背中を地面に着けさえすれば勝ちになる」


 それって俺の世界の相撲に近い競技じゃないのか? 馬術に弓術、そして相撲で競う祭り……まるでモンゴルのナーダムだな。やはり生活様式が似ていると、必然的に文化のほうも似てくるのだろうか。


「それならば力の弱い種族でも戦い方次第で勝つことができるだろう? しかも爪や牙、ツノなどで相手を傷つけるのは反則だ。そうやって種族ごとの特徴がハンデにならないようにしてあるのだよ」


 なるほど、よく考えられたルールだ。俺も元の世界じゃ相撲中継を見るのが好きだったし、血生臭いものじゃないなら出場してみてもいいかもしれない。


「じゃあ、やってみようかな」


「おお、そうか。これは明日が楽しみだ」


 思わぬ寄り道になってしまったが、先の見えない旅なのだからたまにはこういう息抜きもいいだろう。

 その夜、俺は久々にベッドで眠れる喜びを噛み締めながら、ぐっすりと睡眠をとって明日に備えることにした。


 2


 次の日――抜けるような青空の下で獣人たちの祭りは開催された。

 草原を駆け回る馬の群れ、そして馬上からまとに向かって弓を射掛ける獣頭の戦士たち。現代の日本ではなかなか見られない勇壮な光景だ。


「いいな、こういうの。いかにも戦士たちの祭りって感じで」


「ああ、トウマさんはこういうの好きそうですよね。でも泥臭いというか男臭すぎて僕はちょっと……」


「おいおい、お前も男のくせにそれはないだろ。あそこにいる女の子たち見てみろ、強くてワイルドな男がカッコいいってキャーキャー騒いでるぞ」


 俺が指差した方向には、戦士たちの競技を眺めつつ黄色い声援を送る猫耳やウサ耳の女の子たちがいた。やはり獣とのハーフみたいな種族だけに『強い男が好き』という価値観なのか、それこそ女みたいな顔にカマキリのようなヒョロヒョロ体型のオカマ野郎ばかりがモテる時代に育った俺にとって、このように強い男が評価される世界というのはうらやましい限りだ。


「ふふ、どうやら楽しんでくれているようで何よりだ」


 声がしたので後ろを振り向くと、そこにはエキゾチックな衣装に身を包んだ族長がいた。


「そろそろ力比べの競技が始まる。お主も上着を脱いで、これを身に着けるがいい」


 そう言って族長が渡してくれたのは、いくつかの革製ベルトだった。

 すでに準備を済ませているやつの格好を見てみたが、どうやら腰と手足に着ける物らしい。まず手首と足首に巻くバングルのようなベルトをはじめとして、腰に巻くベルトからV字型に肩へと伸びるサスペンダーのようなベルトもあって、全部身に着けると古代ローマの奴隷拳闘士みたいになる。


「これは体毛が短い種族の体を掴みやすくするためのものであると同時に、掴んでもいい場所を限定するためのものでもある。ここ以外を掴んで相手を投げたりすると反則負けになるから気をつけろよ」


 なるほど、相撲のまわしみたいなものか。だけどサスペンダーの部分が襟のようになっているので、これなら柔道の投げ技も使えそうだ。


 ―― ワァァァァァァァ…………!!! ――


「?」


 上半身裸になって革ベルトを装着していると、少し離れた場所から大きな歓声が上がった。どうやらすでに第1試合が始まったらしい。


「そういやこの競技、どういう方式で対戦相手を決めるんだい?」


「何も難しいことはない。ただ次は自分だと名乗りを上げるだけだ。それでも5人抜きができる者はめったにいないので、達成すれば必然的にそいつが最強ということになる場合が多いな」


 なんだか戦後すぐあたりまで田舎の神社でやっていたという奉納相撲みたいだな。そういえばあれも5人抜きで米一俵とかもらえるんだっけ。

 準備を済ませて土俵を見に行くと、そこでは昨日見た象頭の獣人と、見た目がほぼゴリラな獣人ががっぷり四つに組んでいた。どちらもパワー系の動物らしく、お互いもの凄い力で相手を投げようとしているのが見ているこちらにまで伝わってくる。


「ぬぅぅぅぅ……」


「ぬっぐぐぐぐ……」


 手に汗握る力比べに観衆も息を呑んで見守っていたが、しばらくすると徐々に均衡が崩れ始めた。ゴリラの体がほんのわずかに右へ傾いてきたのだ。


「ぐぅぅぅぅぅ…………パオォォォン!」


「ぬわっ!?」


 象が叫ぶと同時に、ゴリラの体がごろりと地面にひっくり返った。実に見事な上手投げだ。 


 ―― オォォォォォォォ…………!!! ――


 豪快な決着に観衆から再び大きな歓声が上がる。このヒートアップした空気、俺の大好きな空気だ。


「どうだ旅人よ、次はお主が挑んでみんか? 今ならあいつもかなり疲れているぞ」


「いやぁ、俺の世界じゃ象の戦士に2番手で挑んだやつは瞬殺されるってジンクスがあるんでね。やるとしても3番手以降だな」


「そうか」


 そんなことを言っている間に、象の獣人に2番手で挑んだ豹の獣人があっさりとぶん投げられた。やはり次鋒で出るレオパードは瞬殺される運命だったか。

 そして次に名乗りを上げたのは、なんと鹿の頭を持つ獣人だった。同じ草食系とはいえ、両者の体についた筋肉の量は倍ほども違う。


「トウマさん、あんな小さな人があの大きな人に勝てるんですかね?」


「さあな。だけどこの競技のルールはかなり公平になるよう考えられてるし、やりようはあるんじゃないか」


「始めっ!」


 審判らしき犬顔の獣人が試合の開始を告げると、鹿の獣人は両手を広げて胸から首までを目いっぱいに反らし、相手を見下すかのようなポーズで構えた。おそらく木の枝のように広がった鋭いツノに相手が突っ込んで反則をとられるのを嫌っているのかもしれないが、逆にそのせいで隙だらけだ。


「パオォォ!」


 象の獣人が一直線に突っ込んでいく。だが鹿の獣人は軽やかな足取りで土俵際まで後退すると、組み付かれる寸前に素早く横へステップして相手の足を引っ掛けた。


「うわっ!?」


 象の獣人は鹿の獣人の足につまずき、勢い余ってそのまま土俵を割ってしまった。これをこすい勝ち方とみる者もいるかもしれないが、小兵こひょうがデカブツに勝つための方策としては理に適っている。


「へえ、上手いな。最初の無防備な構えは相手の突進を誘うためか」


 鹿の獣人が勝ち名乗りを受け、観衆に向かって両手を上げる。その姿はどことなく気品を漂わせていて、自分が優れたおすだという自信に満ち溢れていた。


「あいつとなら戦っても面白いかもな。よぉし……」


 俺は観衆の歓声が収まるより早く土俵の中に足を踏み入れ、鹿の獣人に向かって「よう」と声をかけるときのように片手を上げた。喝采を浴びる邪魔をして悪いが、彼が他のやつと戦って疲れてしまう前に勝負してみたかったのだ。


「ほう、君は昨日ここに来たという旅人だね。僕と戦おうというのかい?」


「ああ、お手柔らかに頼むよ」


「ふふ、ではお相手しよう」


 鹿の獣人がにやりと笑い、すらりと伸びた脚を前後に開いて構える。対する俺は両足を左右に開くと、深く腰を落として相撲の仕切りのような構えをとった。

 次回は特殊ルールの相撲対決になります。

 柔道には『寝技にマグレなし』という格言がありますが、投げ技にも打撃技と違ってラッキーパンチがありません。

 才能がモノを言う技術体系の世界にあって、才能ゼロの作者が学校の体育における柔道で幾人もの相手をブン投げてきた(少々ズルい)技を紹介する予定ですのでお楽しみに。

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