32.新たなる地へ
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アンディがイジメっ子たちに勝利してから1週間後、俺たちは世話になったアルファード家を出た。クライスラー王に集めてもらった情報を基に、北にある属国のトライアンフ王国へと向かうためだ。
トライアンフは元々魔王が現れ、そして勇者に倒された土地だという。そこなら『アウラの涙』だけでななく、アルの父親も見つかるかもしれない。
「お待ちなさーい!」
早朝に王都を出て数時間――俺たちが北へと続く街道を歩いていると、後ろのほうから人の声と馬の蹄の音が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に嫌な予感がしながらも振り向いてみると、やはり追って来たのはシャーロットだった。しかも1人ではなく、見慣れない執事さんを2人連れている。
「ふぅ、やっと追いつきましたわ。あなた、私に黙って出て行くとはどういうおつもりですの?」
「どういうも何も、たまたまお前が寝坊してただけで、親父さんやアンディにはちゃんと挨拶してから出てきたよ。つーか最初から『アウラの涙』の情報が入ったら探しに行くって言ってたじゃん。むしろどうしてお前がここに来たのかが分からないんだけど」
「自分のことしか考えていないからですわよ! ティナさんが仰っていたように、私もあなたの旅にかこつけてもう一度家を出るという話だったでしょう?」
「ああ、そうだったそうだった。スマンな、完全に忘れてたわ」
「まったく……あなたたちが出発したのに気が付かなかったら、また家を出て行くタイミングを逃がしてしまうところでしたわ」
「アンディはあれからちゃんと学校に通えてるようだけど、もう世話は焼かなくていいのか?」
「ええ、まあ……。認めたくはありませんけど、あなたのおかげでアンディは身も心もたくましくなりましたから。お父様もこれでアルファード家は安泰だと仰っていましたわ」
「で、後顧の憂いがなくなったお嬢様はまた家を飛び出してきたと。そういえば後ろにいる2人は? アンドレさんとオスカルさんはどうしたんだよ?」
「あなたに噴水に落とされたときに思ったのですけど、あの2人は体が大きすぎるせいでいざというときにノロマで困りますわ。見てのとおり私はここから馬で旅をするつもりですから、屋敷でもなるべく身軽な2人を連れてきましたのよ。グリ、グラ、ご挨拶なさい」
「どうも、グリです」
「グラと申します」
シャーロットの後ろにいた2人が馬を降り、俺たちの前に立ってぺこりと頭を下げる。
なるほど、言われてみればアンドレさんやオスカルさんよりはいくらか細身だ。しかしそれはあくまでその2人に比べての話であって、おそらく90キロ以上はありそうなレスラー体型なのは変わらない。
しかも2人ともメルヘンな名前に対し、厳つい見た目とのバランスが取れていないという点においてもアンドレさんやオスカルさんと同じである。グリさんのほうは角刈りの髪を真ん中だけ残して両サイドをスキンヘッドにしたモヒカン、グラさんのほうは真ん中だけを剃って両サイドの髪を残した逆モヒカンで、どう見てもアニマルとホークという名前のほうがお似合いだ。あの家にはプロレスラーみたいな見た目のおっさんしか雇わないしきたりでもあるのか?
「でもさ、なんでわざわざ馬に乗ってまで俺たちを追って来たんだよ。家を出るだけならどこでも別の方向へ行けばよかったのに、もしかして俺のこと本気で好きになった?」
「じょ、冗談じゃありませんわ! あなた、ご自分が私に何をしたかお忘れですの!?」
「えーと、最初に会ったときは脛にゲンコツくらわせて、再開したときには助けてやったけどお前が漏らして、その次に会ったときは逃げただけだし……。ああ、最近は噴水に落として尻叩きってのがあったな」
「どういう神経をしてたらそれで自分が好かれるなどと思い込めるのです。あまりふざけたことを仰るとその脳天に杭をぶっ刺しますわよ」
「怖いこと言うなおい」
「まあ、私がこちらに来たことは結果的にあなたのためにもなるでしょうけど……」
「?」
「私もあなたの探し物を手伝ってさしあげると言っていますのよ。あなたにはさっさと元の世界に帰っていただかないと、私も落ち着いて冒険ができませんわ」
「そういうことか……」
「とはいえ、あなたと一緒に旅をするなんて真っ平ごめんですからね。目指す方向は同じですけど、あくまで別行動ですわよ」
「ま、俺もそのほうが落ち着くけどな」
「それともう1つ、これを渡しておこうと思いまして」
そう言ってシャーロットが胸元から何かを取り出す。彼女の手のひらの上に乗っていたそれは、大きさの違う2つの指輪だった。
「これってまさか……」
「そう、あなたと私の婚約指輪ですわ。あなたが忘れていったので、届けるようにとお父様が」
「やだよそんなもん。なんかはめたら呪われそうだし。そもそも空手家はその手のものを身につけないんだ。指輪をしたままじゃ何かを殴ったときに指の骨が折れるから、咄嗟にパンチが出せなくなるしな」
「本当なら私だって嫌ですわよ。指にはめなくても結構ですから、とにかく持っておきなさい」
「なんで?」
「その指輪、縁の部分が回せるようになっているでしょう。刻印の入っているところを半周させて、表に描いてある魔法陣が完全な形になるようにしてごらんなさい」
シャーロットの言うとおり、指輪の真ん中には六芒星の端が欠けた魔法陣が彫り込まれている。そして縁の部分を半回転させてみると、裏側に彫ってあった刻印が魔法陣の欠けた部分をぴったりと埋める形になった。
「……こうか?」
「『どうです、ちゃんと聞こえますか?』」
「うおっ、なんだこれ? お前の声が指輪からも……」
「この指輪は持っている2人がどんなに離れていても話せる魔法がかけてありますのよ。なんでも風の精霊に言葉を届けてもらうとか」
「なるほど、それでお互いに通話が可能ってわけか」
うーむ、やってることはスマホや携帯と同じなのに、これはいかにも相手を縛り付けておくためのアイテムって感じだな。俺の世界でもメールやラインが来たらすぐに折り返さないと浮気を疑うやつがいるけど、これにも似たような執念を感じる。
「とちらかが先に『アウラの涙』を見つけたらこれで連絡しましょう。そうなればお互い晴れて自由の身ですからね。他にも探索して見つからなかった場所の情報を定期的に交換すれば、お互い同じ場所を探して無駄足を踏むこともなくなりますわ」
「OK、そういうことなら持っておくよ」
「それでは、私たちは先に行きますわ」
シャーロットは再び馬に跨り、2人の執事さんたちとともに北へと走り去っていった。やれやれ、これでしばらくはあの騒々しい声を聞かなくて済みそうだ。
「さて、俺たちはまずどこに向かおうかな。これから行くトライアンフのこと、誰か詳しく知ってる?」
俺がそう言ってみたものの、3人と1匹は顔を見合わせるだけで誰も返事をしない。少なくとも冒険者のフリージアさんなら行ったことぐらいあると思っていたのだが。
「ごめんね、私も詳しくは知らないのよ。というより、あそこは数年前に復興したばかりの国だから」
「そうなんですか?」
「大昔に魔王が現れてからは人よりも魔物のほうが多かったらしいわよ。実質魔族の領土だったと言えるぐらいで、今でも各地に魔族や亜人の集落が多いんだって」
「じゃあ、アルの親父さんが魔王を倒したおかげで復活した国ってわけか」
「そう言われるとちょっと照れますね……。昔あった国はとうに滅んでましたから、クライスラーの王がご自分の弟君を王に立てて復興させたそうですよ」
「『らしい』に『~だそうだ』……か。つまりは皆伝聞でしか知らないってことね。じゃあとりあえずこのまま街道沿いに行って、町を見つけたらそこでまた情報収集だな」
「そうね、それが一番堅実な方法だと思うわ」
今の話を聞く限り、あまり裕福な国でもなさそうだな。亜人はともかく魔族も多く住んでいるというのなら、少し気を引き締めたほうがいいかもしれない。
「よし、それじゃあ行ってみるか」
出発前に聞いた話だと、トライアンフの領内までは徒歩で2週間ほどかかるらしい。昔の感覚を当てはめると鎌倉から京都までといったところだろうか。
シャーロットのように馬ならもっと早いのだろうが、こっちは4人分の食料や荷物もあるのでそうもいかない。俺は長旅になるのを覚悟して、背負った荷物樽のベルトをぐっと締め直した。
2
それから約半月――俺たちはついにトライアンフの領内に辿り着いた。
大荷物のせいで思ったよりも時間がかかってしまったが、ちゃんと整備された街道沿いには小さな村や水場も多くあったので、それほど辛い旅にはならなかったのが幸いだ。しかしこの先もっと不便な場所に行く必要があるかもしれないことを考えると、少し金を貯めて馬車の1つも買ったほうがいいかもしれないな。
「北国だから寒いかと思ったけど、そうでもないんだな」
「今はちょうど夏が終わったばかりですからね。けど、この地方は10月の半ばあたりから急激に寒くなるらしいですよ。それこそ雪が降ってくるぐらいに」
「マジかよ。じゃあ防寒用の装備もどこかで買わないとな。さて、ここからどっちへ行くかだけど……」
眼前に広がっているのは果てしない草原と岩山――俺がこの世界に来て最初に見た光景とほぼ同じものだ。『ここよりトライアンフ領内』と書かれているらしい立看板の手前で街道は途切れているが、ここから最寄りの町へはどうやって行けばいいんだろう?
「おっ、なんか向こうにテントみたいなのが集まってる場所があるぞ」
辺りを見渡しながら行き先に悩んでいると、だだっ広い草原のど真ん中、木の柵に囲まれた一角に無数のテントが張られている場所あった。
テントといってもキャンプで使うような小さなものではなく、俺の世界のモンゴルで使われているゲルによく似たものだ。テントの外には多くの馬や羊がいて、青々と茂った草をむしゃむしゃと美味しそうに食べていた。
「なんか遊牧民の集落って感じだな……って、ええっ!?」
しばらく集落の様子を眺めていた俺の目に、とても面白い光景が飛び込んできた。軽やかに馬を操る集団がこっちに近づいてきたと思ったら、そいつらのほとんどがライオンだの狼だのといった獣の顔をしていたのだ。中には人間らしい顔をしている者もいるが、その人たちにしても耳や手は獣のそれっぽい。
「あれって……全員亜人なのか?」
「あれは亜人というよりも獣人ね。女の子は耳や尻尾以外ほとんど人間と変わらないんだけど、男は全身が毛に覆われて獣に近いほど立派って言われるのよ」
リーリアが俺の横に浮かびながら説明してくれたが、俺が驚いたのはそこじゃない。なんで半獣半人の、それこそワーウルフとそう変わらない連中が馬なんかに乗ってるんだという点だ。
「あの人たち、馬に乗る必要あるのかな? あの豹頭の人なんか、下手したら自分が四つ足で走ったほうが速いんじゃないのか」
「こらトウマくん、失礼なこと言わないの」
フリージアさんはそう言うが、豹だのチーターだのといったスピード自慢の猫科猛獣が馬に乗っている姿はシュール極まりない。インドのヒンドゥー教で祀られているガネーシャみたいな象頭の人にしても、速さはともかく「お前は人を乗せる側だろ」とツッコミを入れたくなる。
「おや、客人とは珍しいな。君たちは旅人かね?」
馬に乗った集団が俺たちの前で停まり、先頭を走っていたライオン頭の獣人が話しかけてきた。
やはり百獣の王というだけあって、ライオンであるこの人がリーダーなのだろうか? うーん、亮にDVDで見せてもらった昔の特撮ヒーローと話してる気分だ。
「ええ、ちょっと探し物をしていまして。これからどこへ行くべきか迷ってたところなんですけど、変わった家の集落を見かけたんで立ち止まってたんです」
「そうか、あれは我々の住む集落だ。ここで出会ったのも何かの縁、よければ立ち寄って休んでいくといい」
「いいんですか?」
「我々は季節ごとに牧草を求めて旅をする流浪の民。だからこそ1度の出会いを大切にする」
やはりこの人たちは遊牧民だったらしい。そういった人々に共通していることなのか、生活様式だけでなく旅人をもてなす心も俺の世界の人たちと似ているようだ。
それにしても――だ。顔が猛獣なので見た目はおっかないが、なんか凄くいい人たちみたいだな。フリージアさんの言うとおり、ちょっと失礼な感想を抱いてしまったことを反省しよう。
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
「実はな、明日は年に一度の祭りがあるのだ。もし急ぐ旅でないのならそれも見ていくといい。観衆は多いほうが盛り上がるからな」
「へえ、それは楽しそうですね。けど明日までご厄介になってしまってもいいんですか?」
「構わぬよ。外の者、それも他の国から来た人間は久しぶりだからな。そちらの話も聞かせてくれればありがたい」
「そんなことでよければ喜んで」
初めての場所でどこへ向かえばいいか悩んでいたところに、思わぬ道標が見つかったかもしれない。俺は彼らの申し出をありがたく受け、一晩の宿を借りることにした。




