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31.勝利は少年を男に変える


 中途半端な位置でパンチを押し返され、イジメっ子のリーダーは体が開いてボディがガラ空きになっていた。そこへ石のように固められたアンディの左拳が伸びてゆき――完璧なフォームの正拳突きが、急所である鳩尾みぞおちに突き刺さった。


「ごぉ゛ぇっ!」


 イジメっ子のリーダーは両腕で腹を抱え、吐きそうな顔で前のめりにうずくまった。腹筋を鍛えていない人間が鳩尾みぞおちを打たれたときの正常な反応だが、それによって今度は顔面のほうがガラ空きになる。


「もう一丁!」


 俺が叫んだとき、アンディはすでに二撃目のモーションに入っていた。何度も正拳突きの反復練習を繰り返したおかげで、もはや『左を打ったら次は右』というのが習慣化しているのだ。しかも二撃目は相手の少し左にステップし、横から右のスローイングパンチであごを狙う気だ。


「っせやぁぁっ!」


 ―― ばきぃっ! ――


 大きく振りかぶったパンチにもかかわらず、一撃目で悶絶していたイジメっ子のリーダーははそれを避けることができなかった。スローイングパンチは普通なら簡単に避けられてしまう技だが、こうしてダメージを受けた敵へのダメ押しやとどめの一撃には使えるのだ。しかも真横からの攻撃だったので、おそらく相手には見えていなかったに違いない。

 拳が頬を打つときの派手な音とともに、イジメっ子のリーダーは丸太のように地面にぎ倒された。ヒットしたのが顎先あごさきではなかったせいで脳に響くパンチにならなかったのか、まるで虫歯の痛みに耐えるときのようにほほを押さえながら顔をゆがめている。


「はぁっ……はぁっ…………や、やった?」


「ああ、お前の勝ちだ。よくやったぞアンディ」


 俺は隠れていたやぶから出て、アンディの肩をポンと叩いてやった。すでに勝負がついた以上は年長者の俺がいても相手方にプレッシャーをかけるような不公平はないし、残った雑魚ざこ連中がアンディに総がかりなどできないよう睨みも利かせられる。


「ぐぐ……く…………ち、ちくしょう……なんなんだよぉ。アンディのくせに…………なんで……こんな…………」


 今までめきっていた相手に負けるなどプライドが許さないのか、リーダーのガキは泣きそうな顔をしながらもいつくばって立ち上がろうとしていた。その姿を見てアンディはまた少し怯んだ様子だったので、ここで最後のアドバイスをしてやることにする。


「アンディ、この期に及んでまたビビるなよ。相手がまだやろうとしているなら、そのまま追撃をかけて反撃できなくしてやればいいんだ。喧嘩は相手がキレて本気を出してくるのを待つ必要なんてない。むしろそうなる前に、動けなくなるまでボコボコにするのが鉄則だぞ」


「は、はい」


 アンディは再び拳を構え、腰を落として迎撃体勢をとった。立った状態での技しか教えられていないので、相手が立ち上がってきたところを叩こうというのだろう。だが――


「ひ、ひぃっ! も、もうやめろ! 勘弁してくれぇっ!」


 その構えを見た途端、イジメっ子のリーダーは尻餅をついて無様ぶざまに命乞いを始めた。

 多分こいつは典型的な『他の子より少し成長が早いタイプ』で、今までの喧嘩では体の大きさに任せて相手を倒してきたにすぎないのだろう。先ほどのジョニーもそうだったが、相手に殴り返される覚悟も、アンディのように痛い思いをしてまで戦う根性も最初はなから持ち合わせてはいないようだ。

 アンディは今まで恐れていた相手のあまりに情けない姿を目の当たりにして、ただ困惑している様子だった。それまで感じていた恐怖も怒りも忘れ、どうしていいのか分からないといった表情をしている。


「どうだアンディ、思ったよりもあっけなくて拍子抜けしたんじゃないのか?」


「は、はい……」


「これがお前をさんざん怯えさせ、暗い部屋に引き篭もらせていた連中の本当の姿だよ。お前は今までこんなやつらを恐れて、人生まで台無しになるかもってぐらい悩まされてたんだ。今になったら馬鹿馬鹿しくて笑えてくるだろ」


 そう、人をイジメて喜んでいる連中の正体なんて大体こんなものだ。中高生ぐらいまでの不良やDQNがよく口にする武勇伝などはその多くがハッタリで、脅し文句は自分の行動の結果が想像できない馬鹿であるがゆえの出任せでしかない。

 俺がこいつらぐらいのガキの頃、世話になっていた寺の住職に戦いの神である『阿修羅王あしゅらおう』の話を聞かされて、自分もそんなふうに強くなりたいと言ったことがある。だが、そんな俺に住職はこう言った。


「修羅の強さなど本当の強さではない。修羅とは『自分を他人より大きく見せたい』という心の権化ごんげでしかなく、調子に乗って人を見下すときは大海に膝までしか浸からぬほど大きくなるが、一度ひとたび自分よりも強い者に睨まれると、たちまちはすの花に隠れるほど小さくなってぶるぶると震えているのだ。お前はそんなものになりたいのか」――と。


 この手の連中にもそういった修羅の特性がよく現れている。所詮こいつらの強さなど、自分より弱い者にしか発揮できない偽物にすぎないのだ。


「どうする? 勝ったのはお前なんだから、続けるのもここで終わらせるのもお前の自由だぞ。まだ殴り足りないってんなら、もう20発ぐらい殴っとくか?」


「…………いえ、もういいです。トウマさんの言うとおり、なんだか馬鹿馬鹿しくなりました」


「……そうか。じゃあそっちで産まれたての小鹿みたいに震えてる連中にも1つだけ言っとけ。そっちがちょっかいをかけてこなければこっちも手出しはしないから、これ以上自分に関わるなってな。しばらくの間はクラスで孤立することになるかもしれんが、家で引き篭もってても同じなんだから構わないだろ?」


「は、はい」


 アンディは俺にそう言われ、自分をイジメていた他の連中に向かってそれをそのまま宣言してきた。さっき倒したガキが本当にクラスで実力ナンバー1なら、これであの子に喧嘩を売ろうなんてやつはもはや出てくるまい。

 全てが終わってぞろぞろと去っていく連中の顔を見てみると、急に強くなったアンディに復讐されるのではないかとビビっている者、今の喧嘩にドン引きしている者など反応は様々だ。中にはアンディと同じようにイジメられていたのか、よくぞやってくれたと晴れやかな顔をしている者もいれば、中にはたくましくなった彼にキラキラとした視線を送っている女の子もいる。手のひら返しが早いのには少し呆れるが、これなら少し時間が経てば皆も落ち着きを取り戻し、アンディがそこまで孤立することはないかもしれない。

 仮にまた平和な学校生活を脅かそうとする者が現れたとしても、そして皆からハブられて孤独になるようなことがあったとしても、アンディはきっと大丈夫だろう。何が起ころうと、もう彼にはそれをものともしない体と心の強さがちゃんとある。


「よし、帰るか」


「はいっ」


 そうして俺たち2人が屋敷に帰ろうと振り向いたとき――


「アンディっ!」


 シャーロットがやぶの中から飛び出してきて、ダイブするかのようにアンディに抱きついた。


「うわっ!? ね、姉様……」


「アンディ、よく頑張りましたわね。姉様はあなたのことを誇りに思いますわ。ええ、本当に……」


「ね、姉様、苦しいです」


「本当に……本当によく頑張りましたわ。お父様があなたをこの野蛮人に預けるなどと言い出したときはどうなることかと思いましたけど……」


「おい、婚約者婚約者フィアンセフィアンセ。親父さんの前じゃないからって、あんまボロクソ言うなっての」


「うるさいですわよ。姉弟の世界に入ってこないでくださいまし」


「お前なぁ……感謝しろとは言わないけど、その扱いはさすがにどうなのよ」


「そ、そうですよ姉様。僕が強くなれたのはトウマさんのおかげなんですから。ちゃんとお礼を言わせてください」


「あなたがそう言うのでしたら……」


 シャーロットのハグから解放され、アンディが俺のほうに向き直る。そして彼は改まった様子で気をつけの姿勢になると、そのままぺこりと頭を下げた。


「トウマさん、本当にありがとうございました! 僕があいつらに勝てたのは、トウマさんが僕を鍛えてくれたおかげです!」


「はは、出会った頃と違ってすっかり背筋も伸びたし、元気な声も出せるようになったじゃないか。努力して強くなれないやつなんかいない……俺が言ったとおりだったろ?」


「はい!」


 俺が目の前にすっと手をかざすと、アンディは照れ臭そうに顔を伏せて目をつぶった。また頭を撫でてもらえると思ったのだろうか。だがいつまで経ってもその感触がないので、今度はきょとんとした顔で目を開ける。


「言っておくが、頭は撫でてやらないぞ。お前はもうガキじゃなく、立派な『男』だからな。男同士はこうやって、拳と拳を合わせるんだよ」


 俺はそう言ってアンディの前に右拳を突き出した。元の世界で亮とよくやっていた男同士の挨拶だ。


「は、はいっ!」


 アンディは頭を撫でてもらうよりもずっと嬉しそうに、そして誇らしげに俺と拳を合わせた。

 やはり俺が見込んだとおり、この子は周りが思っている以上に『男の子』だったらしい。シャーロットが甘やかしすぎたせいで逃げ癖がついてしまっていただけで、本来は強い心の持ち主なのだ。そうでなければ俺の特訓に耐え抜くことはできなかっただろうし、そもそも俺の申し出を受けることもなかっただろう。自身の臆病に打ちって今回の特訓に挑もうと決意することができた時点で、この子はきっと強くなれると俺は確信していた。


「えぇーっ、トウマさんってばいつも僕の頭を撫でるくせに。それって僕のことを一人前の男と認めてなかったってことですか?」


 ふと大きな声が聞こえたので後ろを振り返ってみると、アルが網で焼いた餅のように頬を膨らませながら不機嫌そうな顔をしていた。ああ、確かにアルの頭は事あるごとに撫でてたっけ。


「ああ、悪い悪い。お前のことはなんつーか……子犬みたいで可愛くてな。ついつい頭を撫でたくなるんだよ」


「むーっ、子犬って子供より扱いが酷いじゃないですか!」


 怒ったアルが俺の胸をぽかぽかと殴りつけてくる。その様子を見て、他の仲間だけでなくシャーロットやアンディも楽しそうに笑っていた。

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