27.アルファード家の人々
1
次の日――ティナの魔法ですっかり怪我も回復した俺は、シャーロットの父親がいるアルファード家を訪れた。
さすが貴族と言いたくなる広い屋敷の応接間には、一体いくらするのか想像もつかないほど立派なテーブルが置かれている。俺たち4人と1匹はそれを挟んでソファーに座り、シャーロットの父親であるヘンリーさんと対峙していた。
「むぅ……そういう事情かね」
「はい! 俺は一度元の世界に戻って、親友と戦わなきゃいけない……これは『男同士の約束』なんです!」
胸を張り、大きな声で元気よく自分の主張を述べる。こういう人に対してモノを言うときは勢いが大事だ。
「うむ、そう言われては認めざるを得んな。『男同士の約束』……それを裏切る者など漢に非ず!」
よし、予想通りの反応だ。これでシャーロットとの結婚話を先延ばしにしておいて、元の世界に戻るための旅を続けることができる。
どうやってこの人を説得しようかと今日の明け方まで皆で考えた結果、結局俺は本当の話をベースにしたうえで、そこに一部だけ嘘を混ぜることにした。他にも上手い言い訳の候補がいくつか挙がったが、これが一番現実味があるという結論になったのだ。
何より下手な嘘をついた場合、この人の目に射竦められたときにビビってボロが出かねない。その点こうして『一度元の世界に帰ります(ただしこっちに戻ってくるとは言ってない)』ということにしておけば、自分も嘘をついているという自覚が乏しいだけでなく、他の人間とも口裏を合わせやすいので本当のことがバレにくい。
「ならば結婚はひとまず先延ばしにするとして、とりあえずは娘と婚約ということでよろしいかな婿殿よ?」
「は、はい。いやー、シャーロットさんのような素敵なお嬢さんと婚約できるだなんて嬉しいなあ」
そう言った途端、ヘンリーさんの隣に座っていたシャーロットがこちらをギロリと睨んできた。あまり調子に乗るなとでも言いたいのかもしれないが、表向きだけでも喜んでおかないと不審に思われるかもしれないから芝居をしてるんだよ。
「よし、それならまず婚約指輪を作らせねばな。最高の宮廷魔導師に頼んで、2人が永遠に離れぬような呪いのかかったものを用意させるとしよう。楽しみにしておるといいぞ、ぶわっはっはっは!」
うわあ……全然欲しくない。というか、そんな恐ろしいもん身につけたくない。
「とはいえ、旅に出るのは陛下から情報を賜ってからであろう? それまではこの家でゆっくりとくつろぐといい。もちろんお仲間たちの部屋も用意させるぞ」
「ありがとうございます。ここは都会で宿代も馬鹿にならなかったし、正直助かります」
「いやいや、礼を言うのはワシのほうじゃよ。家を飛び出して好き勝手しておったシャーロットが帰ってきたのは君のおかげだ。よくぞこの馬鹿娘を連れ戻してくださった」
「そ、そんなことよりお父様、アンディはどうしましたの? せっかく私が帰ってきたというのに、2日前からずっと部屋に篭もったまま姿を見せませんが……」
話の流れが自分に都合の悪いほうへ向きそうだと思ったのか、シャーロットが露骨に話題を逸らした。この口ぶりからすると、アンディというのは彼女の兄弟か何かだろうか?
「うむ、あいつか……。それがな、少し困ったことになっておるのだ」
「話の腰を折って申し訳ないですけど、そのアンディってのは誰です?」
「私の弟ですわ。まだ12歳ですけど、とっても可愛らしいのよ」
そう言ってシャーロットはにこりと笑ってみせた。この表情を見る限り、その弟やらはかなり可愛がられているらしいが……俺にはむしろこの女がこんな穏やかな顔もできるという事実のほうが驚きだ。
「それでお父様、困ったことというのは?」
「実はな、ひと月ほど前からあいつは学校でイジメを受けておったらしいのだ。今はちょうど夏休みに入ったばかりだが、それ以来あいつは部屋に引き篭もって家の外にも出ようとはせん。まったく……アルファード家の跡取りともあろうものが情けない限りだわい」
「なんですって? お父様はそれを黙って見てらしたと仰るのですか! 私がいればアンディにそのような手出しは決してさせませんでしたのに。ああ、可哀想なアンディ……」
うーん、想像以上の溺愛ぶりだな。つーかその子がいじめられるようになったのって、弟に手を出したらどんな仕返しをしてくるか分からない怖いお姉ちゃんがいなくなったからじゃないのか。
「バカモン! 子供の喧嘩に親が出てゆくなど、そんな恥ずかしい真似ができるものか! 男なら自分を迫害しようとする敵など、拳1つで黙らせるものだ!」
「ケンカとイジメを一緒になさらないでください! それにアンディはお父様と違って繊細ですのよ? この男じゃあるまいし、あの子にそんな野蛮な真似ができるものですか!」
シャーロットがそう言い放ちながら後ろ手に俺を指差す。おいおい、あんまり人のことをボロカスに言うんじゃねえよ。今はその野蛮人が自分の婚約者だという設定を忘れんな。
「おお、そうだ! 婿殿よ、よろしければこの家に滞在なさる間、アンディのやつを少し鍛え直してもらえぬか? 騎士団の連中を相手にあれだけ戦える技を持つそなたなら、あやつの師匠としてこれ以上の適任はおるまい」
「いや、今の話を聞く限りじゃ……どうなんでしょう? 武術に限らず、習い事ってのは本人のやる気が一番大事ですからね」
自分が才能のない俺は人に教えるほうが得意なぐらいだが、こればかりは他人に強制されて成し得ることじゃない。俺が親父の教育で強くなったのも、亮が俺の誘いで空手を始めたのも、結局は本人の根っこに『強くなりたい』という意思があったからだ。
「うーむ、それもそうだが……このままではアルファード家の行く末が心配でならん。まあ、お主たちの間に産まれた子に当主の座を譲るという方法もなくはないがな」
「とりあえず本人に話を聞いてみますっ!」
遠回しに断るつもりだったが、シャーロットとの子供などという恐ろしい話をされてはそうもいかない。そのアンディくんとやらにちゃんと家を継いでもらうため、俺は全力でこの問題に取り組む決意を固めた。
2
居候させてもらう部屋へと仲間たちを案内してもらった後、俺はシャーロットと2人だけで弟くんの部屋を訪れた。こういうデリケートな話は部外者に聞かれたくないだろうし、あの親父さんがいては言いたいことも言えないだろうからという配慮だ。
「この部屋か?」
「ええ、まずは私が話を聞きますから、あなたは少し黙っておいでなさい」
「へいへい」
―― コンコン ――
シャーロットが部屋のドアをノックする。
「……誰?」
ドアの向こうから聞こえた声は、まるで女の子のようだった。まだ声変わりするかしないかの時期とはいえ、アンディってのは一体どれほど線の細い子なんだ?
「私です、姉様ですよ」
「姉様! 帰ってきてくれたの?」
「ええ、ですからここを開けてちょうだい」
「……嫌だ。僕はもう、ここから出たくないよ……」
「どうして? 姉さまにも顔を見せてくれないというの?」
「だって……外には僕をいじめるやつがたくさんいるんだもん。それにお父様だって、いつも僕に厳しいことばかり言うし……」
なるほど、外に敵がいるだけなら家に逃げ込めばいいが、家の中にも居場所がないもんだから部屋に引き篭もっちまったというわけか。俺の世界でもままある話だな。とはいえ――
「おいシャーロット、ちょっとそこをどけ。詳しい事情を聞くにせよ、ドアも開けてくれないんじゃ話にならん」
「ちょっ、何をなさる気ですの? 少し黙ってらっしゃいと言ったでしょう」
「何をするって? そりゃもちろん……こうするんだよっ!」
―― ドガァン! ――
言うが早いか、俺は全体重を乗せた後ろ蹴りで部屋のドアをぶち破った。思ったほど分厚くなかったドアは『く』の字に折れて上下に2分割され、それを壁と繋いでいる蝶番も外れて広い部屋の中へと吹っ飛ぶ。
「自己紹介の時間だ! コラァ!!」
「ひぃっ!? だ、誰っ?」
某ヤンキー漫画の真似をしながら部屋に押し入ると、そこにはベッドの上で体育座りしながら子ウサギのように震える少年がいた。アルほどの女顔じゃないが、ナヨナヨした美男子という点では出会った頃の亮を思い出させる。
「ノブ、シゲェ!! てめーらブッ殺……じゃなかった。どうもはじめまして、異世界人の神代燈真です! このたび君のお姉さんと婚約させていただきました! 義兄さんと呼んでも構わないよっ♪」
俺は相手に口を挟む暇も与えず、自分の名前と素性を一気にまくし立てた。なんせ俺は物事を2秒以上待たされるとイライラしてくるほどのせっかちだ。このまま立て篭もり犯の説得みたいな会話をチンタラ続けるほど気が長くない。
「何をやっていますの、このスカタン!」
―― スパァン! ――
「おぅっ?」
漫画だったら頭の上に『!?』という文字が浮かびそうなキメ顔をしていると、後ろからシャーロットにスリッパで頭を叩かれた。ちょっとテンションが上がって悪ノリしすぎたな。
「ああ、悪い悪い。俺の世界じゃこれがドアを蹴破るときの儀式というか、様式美みたいなものなんだよ」
「またわけの分からないことを……いくらなんでも乱暴すぎるでしょう!」
「でも、おかげでちゃんと弟くんの顔を見て話せるだろ? しかしこの子、親父さんと全く似てないなあ……」
「私もアンディも亡くなったお母様に似たんですわ」
なるほど、どうやったらあんなオックス・ベイカー(※ 『世界一悪い顔』の異名をとったプロレスラー)の生まれ変わりみたいな親からこんな美少年が生まれるのかと思ったらそういうことか。だがシャーロットよ、お前のほうはそのキツい目つきと性格に少し親父さんの面影があるぞ。
「ごめんなさいアンディ、この野蛮人のせいで怖がらせてしまいましたわね。でも、もう大丈夫ですわよ。姉様がいますからね」
「姉様……」
シャーロットが弟を抱き締め、弟もまた姉を抱き締める。母親を亡くしてからは彼女がその代わりだったのかもしれないが、確かに12歳にもなってこの甘えっぷりは少々軟弱すぎるな。
「それで君、イジメに遭って学校に通うのが嫌になったんだって? そこまではお父さんからも聞いてるから、イジメの原因のほうについて詳しく話してくれないかな? 俺たちに解決できることかどうかは分からないけど、まずはそれを聞かせてもらわないと」
「えっ?」
「俺とお姉さんは君を助けに来たんだよ。君が大手を振って外を歩けるようにな」
「…………」
「アンディ、話してちょうだい。この馬鹿はそれしかできないけど、こと荒事に関して『だけ』はとても役に立つ男ですのよ」
「さっきからいちいち酷いなお前。人をヤクザか酒場の用心棒みたいに言うな」
「あ、あの……本当に僕を助けてくれるんですか?」
「それは話によりけりだな。俺やお姉ちゃんがイジメの相手をぶん殴って済む話ならそうしてもいいけど、この手の問題は大抵の場合そうじゃないからややこしい」
「わ、分かりました、お話します。実は……」
そうして、アンディくんはようやく事の発端について話し始めた。やれやれ、これでやっと話が前に進みそうだ。
彼の抱える問題を解決してやれるかどうかは分からないが、俺が元の世界に帰ってしまったらシャーロットの家を継ぐという重責はこの子に背負わせてしまうことになる。せめてその責任だけはきっちりと取ってやるべく、俺は彼の話に耳をそばだてた。
今回は戦闘シーンがありませんでしたが、ドアを破るのに後ろ蹴りを使ったのでついでに解説。これは前々回の『旋風』の基本にもなりますからね。
後ろ蹴りというのは様々な格闘技で使われますが、その基本パターンは大体2つしかありません。それは『すくい上げて蹴る』か『突き出すように蹴る』かということです。
すくい上げて蹴るというのは蹴り足の膝を伸ばしたまま、踵を振り子のようにして後ろに蹴り上げるやり方です。背後から刀などで斬りつけられそうになったとき、上半身を前に倒すときの反動で足を跳ね上げ(ついでに背中への攻撃を避け)、相手の肘を下から蹴り上げて武器を落とさせたり、背後にいる相手の股間を蹴り上げるのに用います。
やってみればすぐに分かると思いますが、踵を振り上げるのに上半身がそのまま(背筋を伸ばしたまま)だと足が上がりづらく、威力が出せません。バレリーナのように後頭部に足の裏をつけられるぐらい柔軟性があればそれでも威力は出せるのかもしれませんが、やはり上半身を前に倒すときの反動を使ったほうがいいと思われます。
突き出す蹴りというのは上半身を前に倒しながら蹴り足の膝を曲げて胸に抱え、たたんだ足を直線的に伸ばして蹴るやり方です。(『旋風』で使っているのはこちらのほうです)
横蹴りもそうですが、こうやって突き出す蹴りはかなり体重を乗せることができるので、蹴り技の中でもトップクラスの威力を誇ります。なので今回はドアをぶち破るのに使いました。
この蹴りに威力を持たせるには正対している相手に対して1歩前へ踏み込み、それを軸足にして半回転しながら相手に背を向け、それと同時に蹴り足を抱えて一気に放ちます。最初の踏み込みの勢いをそのまま蹴りに伝えることが体重を乗せるコツなので、こちらの蹴りは最初から背後をとられている場合には威力が発揮しづらいです。(大きく踏み込んで勢いをつけられないため)
作者は相手から先に背後をとられた場合にはすくい上げ式、ただ強力な蹴りを食らわせたいときには突き出し式という使い分けをしていますが、特に後者の威力は凄まじいです。自分と同じ75kgの相手から胸に食らったときには息ができず、カウント7まで立ち上がれませんでした。自分が鳩尾に食らわせたときは相手が吐きました。そしてわずか50kg級の友人が同じ階級の人間にカウンターでもらったとき、彼は30分近く失神したままでした。
上半身を前に倒せばさほど柔軟性がなくても出せるため、簡単ながらも危険な技の1つです。空手でも一般的な技ですので使用禁止は訴えませんが、それで生じた問題については自己責任でお願いしますね。




