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26.結婚話をぶち壊せ


 1


「くっふふふふ…………ふふふふ…………」


 騎士団と和解した後、俺はアルの肩に掴まりながら廊下を歩いていた。

 さっきジェラルドさんにも言ったことだが、試合のことを思い出すと自然に顔がにやけてくる。胸の奥から限りなく湧いてくる高揚感に、俺はひたすら上機嫌だった。


「もう、トウマさんってば。何がそんなに面白いんですか」


「なんだよアル、男のくせに分かんねえのか? 俺はな、さっきの試合が楽しくて仕方なかったんだよ。確かに負けたのは少し残念だけど、それでも後悔や相手への恨みなんて毛筋ほども残っちゃいない。あんな凄い相手と力の限り戦えたことがただ嬉しいんだ」


「そんな酷い怪我までしたのに楽しかったとか嬉しいとか、僕には全然分からないですよ」


「俺の国じゃな、男と男が合意のうえで戦うことでさえ『決闘罪』なんて罪になるんだ。公式なスポーツの試合だけは認められてるけど、それだってルールでガチガチに縛られてるうえ仰々しくてめったにやれるもんじゃない。だから俺は男と男が全力でぶつかって、その果てに後るのは純粋なお互いへの敬意だけ……そんな男らしさと爽やかさの極致みたいなシチュエーションにずっと憧れてたんだよ。そしてそれが今日、ついに実現したんだぜ。これが喜ばずにいられますかっての」


「なるほど、それなら僕も少しだけ分かる気がします。そういう男の人同士の世界って、ちょっとカッコいいですよね」


「おいおい、少しだけかよー」


 そんなふうにアルとじゃれ合いながら廊下を歩いていると、横道の陰から1人の女が姿を現した。シャーロットだ。


「おーっほっほっほ! ざまあないですわねカミシロトウマ」


 今日のように貴族が集まる場に出席するとき用の服装なのか、いつもよりめかし込んだシャーロットが心底楽しそうな高笑いを上げる。どうやら負けた俺を嘲笑あざわらうことで今までの溜飲りゅういんを下げにきたらしい。


「うふふ、さっきのあなたの姿ときたら、まるで馬車に轢かれたカエルでしたわよ。どうですの? 王族や貴族の集まる場で、あのような無様を晒した気分はどうですの? おーっほっほっほっほ!」


「ブフゥッ! ぶふっ! だっははははははは! い、ででででで! ば、馬鹿、折れた骨に響くからあんまり笑わせんな」


「な、なんですのその笑いは? 無理に強がったりせず、素直にもっと悔しがりなさいな」


「いやー、悪いんだけどそりゃ無理だわ。こいつとも話してたんだけど、今の俺は最高の気分なんだ」


「なっ!? 何を負け惜しみを! 公衆の面前で恥をかかされて、本当は悔しくて仕方がないんでしょう? 本当のことをおっしゃいなさい!」


「ふっふーん♪ 異世界人の俺にとっちゃギャラリーがどこの何様だなんて話はどうでもいいし、そもそもあの試合を誇りこそすれ恥だなんて思わねえよ。ま、女にゃ分かんねーことさ。な、アル?」


「え、ええ……」


「くっ……くぅぅ……。ま、また女性を馬鹿にしましたわねぇ……!」


 よりにもよって『女には分からない』などという一言で、ようやく得られたはずの達成感を台無しにされたシャーロットが唇を噛む。あてが外れた彼女には少し悪い気もするが、この気持ちに嘘はないのだからしょうがない。

 そうして廊下の交差する場所でわいわいと言い争っていたとき、ふとシャーロットの背後が暗くなったような気がした。俺が気絶している間にそこまで日が傾いていたのかとも思ったが、廊下の奥に見える窓から差し込んでいるのは逆光なので、よく考えると俺の影に隠れるはずはない。


「……んん?」


 何かがおかしいと感じてふと顔を上げてみると、シャーロットの後ろにもの凄い大男が立っていた。縦の長さも横の幅もさっき戦ったジェラルドさんよりデカい。ぱっと見ただけでも2メートル10センチはありそうだ。


「うぉっ!?」


「うわぁっ!?」


 俺とアルは思わず叫び声を上げてしまった。そこにいた男は、体の大きさに対する驚きなど問題にならないほど恐ろしい顔をしていたからだ。

 よく磨かれた石のようなスキンヘッドに顔の半分を覆う炎の如き黒髭、さらに1本1本が天をくかのように上を向いた濃い眉毛は、古いモノクロ映画に出てくる吸血鬼や怪人を思わせる。それだけでも十分迫力があるのに、顔立ちそのものが神社にある狛犬こまいぬみたいにいかついのだから、もう強面こわもてなんてレベルじゃない。これはもはや『怖面こわもて』とでもいうべき顔だ。


「こんなところにおったかシャーロット」


 恐ろしい顔のおっさんがこちらの腹にまで響くような声でシャーロットの名を口にする。その声で振り返った彼女もまた、短く「ひっ!」と悲鳴を上げた。


「お、お父様……」


「お……お父様ぁ!?」


 首や背中が痛むのも忘れ、俺は思わず目の前にいる巨漢を見上げた。このおっかない顔のおっさんがシャーロットの父親だと?


「おお! 婿殿むこどのもおられたのか! ちょうどいい、さっそく我が家に来ていただいて、結婚式の日取りを決めようではないか」


「はぁっ!? ちょ、ちょっと待ってください。俺、その話は間違いだって王様の前ではっきり言いましたよね?」


「ふぁっはっは! それは仮に自分が負けたとき、シャーロットが恥をかかぬよう気遣きづかってくれてのことだろう?」


「ち、違いますわお父様! この男は……」


「なんだシャーロット、お前はこの方を愛しておるのではなかったのか? 冒険者になるなどと言って家を飛び出しおった娘がのうのうと帰ってきたのは、この方と結婚したいがためではなかったのか? ならば何も文句はないはず」


「うぐっ……」


 達磨だるまのようなギョロ目に射竦いすくめられ、シャーロットが押し黙る。うーん、こいつがここまでビビるとは、家を飛び出したくなった気持ちが分からもなくない気がする。


「そ、そうだ! 騎士の称号は辞退しちゃったんですから、俺はそちらの家格に相応ふさわしくないはず。そうでしょう?」


「謙遜することはないぞ婿殿よ。わしは先ほどの御前試合を見て、すっかりお主のことが気に入ってしまったのだ。あのジェラルドを相手にあれだけの戦い、見事であった。騎士の称号などなくとも、そなたは我が家の婿として十分に相応ふさわしい」


「け、けど……」


「んんっ?」


「いえ、なんでもないです……」


 いかん、この人の持つ問答無用の迫力に押されて何も反論できない。このままでは本当にこのヒステリー女と結婚させられてしまう。


「あ、あのっ、トウマさんは怪我をされてますので、先に治療をしてきてもよろしいでしょうか? そちらのお宅には後ほどお伺いするということで……」


 おお、いいぞアル。ナイスフォローだ。今はとにかくこの場を離れて、他の皆と合流してから善後策を考えるしかない。


「ふむ、それもそうだな。では婿殿、改めて明日にでも我が家に来るといい。シャーロットよ、今日はお前も婿殿に付いていてあげなさい」


「は、はい……」


「そうそう、申し遅れたな。わしの名はヘンリー・アルファードだ。だがこれからは義父上ちちうえとでもお義父とうさんとでも、好きに呼んでくれて構わんぞ。ぶわっはっはっは!」


 シャーロットの親父さんはそう言うと、豪快極まりない笑い声を上げながら来た道を戻っていった。

 アルの機転でこの場は切り抜けたものの、これは今後の方針にも関わる一大事だ。俺はシャーロットと顔を見合わせて頷くと、彼女を伴って元いた部屋へと急いだ。


 2


 控え室に戻った後、俺はベッドでうつ伏せになってティナの治療を受けていた。すぐ隣に置かれた椅子にはアルやフリージアさんたちが座っているだけでなく、シャーロットのやつもいる。


「はぁ~、気持ちいいわこれ。癒される……傷だけじゃなく心まで癒される……。もうずっとこのままおフトンの中でティナに癒されてたい」


「現実逃避している場合ですか! 早くなんとかする方法を考えなければ、お父様は本気で私たちを結婚させるつもりですわよ」


「うるせぇ! 元はといえば全部お前のせいだろうが! どうにかして欲しいのはこっちだっての」


「私だってお父様があなたのような庶民を気に入るだなんて思いもしませんでしたわよ! あなたが妙な頑張りを見せるのが悪いんですわ!」


「まぁまぁ2人とも、そんなにカリカリしないの。大事なのはこの状況をどうするかでしょう?」


 フリージアさんが俺たち2人の言い争いに割って入ってきた。こういうときに冷静な視点から話をまとめてくれる年長者がいるのは本当に助かる。


「……ですね。けど打開策といっても、俺には明日までにこの王都を脱出してバックレるぐらいしか思いつきませんよ」


「うーん、そうねぇ。けど、それだとせっかく王様が集めてくれるっていう情報がふいになっちゃうわよ?」


「う、それもあったか……。確かにこんな怪我までして得られた権利なんだから、放棄して逃げるのは惜しいよなぁ」


「じゃあこのと結婚しちゃう?」


「それだけは断じて、絶対に、死んでも断るっ!」


「それはこっちの台詞ですわよっ! 誰があなたのような野蛮人と……!」


「だったらお前もなんかいい方法がないか考えろよ。このままじゃどうにもならなんぞ」


「あ、あの……でしたら、こうするのはどうでしょうか?」


 今まで黙って俺の治療に専念してくれていたティナが突然口を開いた。彼女はどちらかというと口数の少ないほうだが、それだけにその言葉は的を射ていることが多い。


「ティナ、何かいい方法があるのか?」


「はい。トウマさんが『アウラの涙』を探していることはフリージアさんが国王様にお話しましたから、あの場で聞いていたシャーロットさんのお父様もご存知のはすでず。その話を利用すれば……」


「どういうことですの?」


「つまり、トウマさんが『アウラの涙』を見つけるまでシャーロットさんとの結婚は待って欲しいということにするんです。そうすればここに留まって国王様からの情報が集まるのを待つことも、このまま旅を続けることもできます」


「ああ、そうか。トウマさんが『アウラの涙』を探しているのは元の世界に帰るためだから、それさえ見つかれば向こうに逃げちゃえるんだ」


「なるほど、どうしてそれを探しているのかってところさえ隠しておけば、案外いけるかもしれないな。いや、本当にいい作戦だよティナ。というか、この状況を打開するにはこれしかない。シャーロットもそれでいいよな?」


「ええ、もちろんですとも」


「お? なんだよ、えらく素直に乗ってくるな」


「この作戦、メリットがあるのはあなたたちだけではありませんわ。婚約者としてあなたの旅について行くと言えば、私も再びこの王都を出て冒険者を続けることができます。あなた、ティナさんとおっしゃいましたわね? 素晴らしい機転ですわよ」


「は、はぁ……どうも」


 よし、これで方策は決まった。あとは明日シャーロットの家を訪れて、この話を親父さんに納得させるだけだ。


「ねえ、トウマがどうして『アウラの涙』を欲しがってるのか、事情を聞かれたらどうするの? 結婚を後回しにしてまで探すんだから、嘘の理由にしてもちゃんと考えておかないと駄目ないんじゃない?」


 これで大丈夫だと思っていたら、リーリアがいつになく鋭いことを言い出した。確かにこの作戦を成功させるためには、そこが一番の鬼門と言っていい。


「そうか、そこも明日までになんとかしないとな。よし、今から皆でそれ考えるぞ。シャーロットは親父さんが納得しそうな理由かどうか、あの人の性格を考えたうえで判定してくれ」


「わ、分かりましたわ」


 俺にせよこの女にせよ、自由の身でいられるかどうかはこの作戦の成否にかかっている。俺たちはこの先も旅を続けるため、その日は親父さんを誤魔化ごまかすための理由を夜通し考え続けた。

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