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25.決着、そして――


 1


 はたから見れば棒立ちになった俺の顔目がけ、騎士団長の右拳が伸びてくる。それがヒットするまであと10センチというところで、俺は左足を半歩引いて体を後方に反らした。

 拳が俺の顔を追ってくる――さらに体を反らす――まだ追ってくる――しまいには天を仰ぐように首まで反らす。

 もうこれ以上スウェーバックできないというところまで体を反らしたところで、ようやく相手のパンチが伸びきった。だが俺の下半身は元の場所に残ったままなので、このままでは後ろにひっくり返ってしまう。そうならないためには何かに掴まって体を支えるしかないのだが……。

 ふと見ると、そのためにちょうどいいものが目の前にあった。両手に余るほど太く、頼りがいのありそうな騎士団長の腕だ。


「シッ!」


 俺はのけ反った体勢のまま、両腕で抱きかかえるように騎士団長の腕を掴み、右足で床を蹴った。

 ハイキックで顔面にカウンターを入れようというのではない。それよりもさらに高く足を跳ね上げ、伸びきった腕の肩に振り下ろす。さらにその勢いを利用して今度は左足で床を蹴り、ジャンプしながら相手の腕を跨いだ。先ほどクラウスさんの槍でもそうしたように、相手に背を向ける格好だ。

 このままぐるりと前転しつつ相手の首に脚を引っ掛け、倒れ込むと同時に腕を極めればサンボの『首刈り十字固め』になる。だが俺はそうしようとはせず、さらに勢いをつけて蛇のように絡みつきながら相手の腕を引っ張った。そして――


 ―― ごがっ!! ――


 相撲で力士同士の頭が激しくぶつかったときのような音がして、騎士団長の顔が大きく後ろにのけ反った。俺が胸に抱えた自分の左足を伸ばし、下からあごを蹴り上げたのだ。


「…………っっ!」


 もの凄い手応えだった。あごの骨が砕けたような感触こそなかったが、首の筋繊維がぶちぶちとちぎれるのが足の裏を通じて伝わってきたような気さえする。

 これこそ俺が使える中で最大の破壊力を持つ技、『旋風つむじ』だ。捕えた相手の腕を跨いで螺旋らせん状に絡みつつ、体育座りのように抱えた足を一気に伸ばしてあごを蹴り上げる。この蹴り方は空手の中でも最も破壊力があるとされる後ろ蹴りと同じものだが、さらに自重と腕を引き込む力がカウンターになることで凄まじい威力を生むのである。

 とはいえ、この技は誰に対しても使えるわけじゃない。例えばアルのようにひ弱な体格の相手では俺の体重を支えきれず、技に入ろうとした時点で双方が地面に倒れ込んでしまうだろう。これは俺の重さを一瞬なりとも支えられる強い足腰と腕力を持つ者――すなわち自分よりも強く、そして自分よりも大きい相手を倒すために編み出した技だ。


(勝った!)


 最高の技が最高の角度で入ったことで、俺は勝利を確信した。実際のところ、蹴られたときの反動でがくりと下を向いた騎士団長は白目を剥いていたからだ。

 これであとは勢いのまま着地して、鼻や眼窩がんかを骨折している相手が顔から床に突っ込まないよう支えてやるだけ――そんなふうに思ったのがいけなかった。まだ勝負がついていないのに勝ったと思い込むのは油断、そして試合の最中に自分よりも強いはずの相手を気遣きづかうなどというのはおごりに他ならない。

 そして、そんな甘ちゃんに相応ふさわしい幕切れが訪れた。最後の力を振り絞ったのか、騎士団長は俺がしがみついたままの右腕を高く持ち上げ、床に向かって叩きつけてきたのだ。

 ジェットコースターのように景色が加速する。

 受身をとる余裕はなかった。時間の余裕ではなく、思考の余裕だ。あまりにも信じられないことが起こったせいで、俺の思考は停止してしまっていた。


「――マジかよ」


 そうつぶやいた次の瞬間、俺の視界は墨でも浴びせられたように真っ暗になった。


 2


「…………っは……!」


 目を開けると、視界に見慣れない天井が飛び込んできた。いや違う、これはさっきまでいた控え室の天井だ。


「トウマさん!」


「トウマさんっ!」


 ティナとアルが今にも泣き出しそうな表情で俺の顔を覗き込んでいる。その光景とふわふわした感触で、俺はようやくベッドに寝かされていたことに気がついた。


「…………そうだ、試合は?」


 そう言いつつ、いつも寝床から起きるのと同じように体を起こそうとする。だが次の瞬間、首と背中にもの凄い激痛が走った。


「んぐぅぅっっ!?」


「こらこら、まだ起きちゃ駄目よ。首の骨は大丈夫だけど、かなり強く頭を打ったうえに肩の骨にもヒビが入ってるらしいから」


 視界の外にいたフリージアさんが近くまでやって来て、俺の怪我の具合を説明してくれた。どうりで目が覚めるような痛みだと思ったら、肩甲骨までイッてたのか。

 首も折れてはいないという話だが、酷いむち打ち状態なのは間違いない。肩の痛みに耐えながら腕を曲げて触ってみると、俺の首周りには木でできた桶の底をくり抜いたようなコルセットがはめられていた。


「い、っつつつ……。俺、どうなったんですか? 特に最後、相手のあごを蹴り上げたあたりから記憶が飛んじゃってるんですけど……」


「そこまでは良かったんだけどね。あの団長さん、あそこからあなたごと腕を持ち上げて床に叩きつけたのよ。それで君は気を失っちゃったってわけ」


「そうか……じゃあ、試合は俺の負けってことですね」


「あれを負けと言っていいかどうかは微妙だけどね。団長さんのほうもその後すぐに倒れちゃったから、引き分けってとこじゃないかしら」


「先に意識が落ちてたんなら俺の負けですよ。でも、あれで仕留めきれなかったのか……」


「どうしてあの技で団長さんを倒せなかったのか、分かる?」


「分かりません。あの蹴りは角度もタイミングも完璧だと思ったんですけど」


「やっぱり。相手に背を向けてたから見えてなかったのね」


「……? どういうことですか?」


「あのとき、団長さんは空いたほうの手を自分のあごとトウマくんの足の間に入れて防御したのよ。だからその分だけキックの威力ががれちゃったんでしょうね」


 そういうことか、それであごの骨が砕けたような硬い感触がなかったんだな。確かにあの技は捕えたほうと逆の腕は自由になったままだから、下から蹴りが跳ね上がってくることに気付いてしまえば防御できるだけの余裕がある。

 となると、敵の腕に絡みつくときの回転方向が悪かったのだろうか? 敵のあごを下から蹴り上げるため、右腕を捕えたときは左に回って左足で蹴る形にしたんだが。

 仮に回転方向を逆にすると蹴り足も逆になり、『首刈り十字固め』ではなく『飛びつき逆十字』のような形で外側から腕を跨ぐことになる。これだと相手にとっては死角から蹴りが飛んでくるので防御は追いつかない、もしくは俺の足や腰が邪魔になって手を挟めないという利点はあるものの、蹴れるのはあごではなくこめかみ――即頭部だ。こうなってしまうと手で防御されなくても効果がいまいちだし、後ろ回し蹴りのような軌道で後頭部を蹴るにしても密着しすぎているので大した威力は出せないだろう。

 うーん、やはり技ってのは実戦で使ってみると色々問題点が見えてくるな。あの『旋風つむじ』にはまだまだ改良の余地がある。


「ま、でも王様は大満足だったみたいよ。凄く面白いものが見れたって。ご褒美に何がいいか、もし希望があるなら何でも言えっておっしゃってたわ」


「マジっすか」


「だからね、トウマくんの代わりに私が言っておいてあげたの。『アウラの涙』に関しての情報が欲しいって」


「えっ!?」


「確かにこの王都ならたくさんの情報が集まるけど、信憑性のないただの噂なんかも多いしね。だけど国家レベルの調査なら、かなり確実な情報が得られるはずよ」


「おお、さすがフリージアさん! グッジョブですよ!」


「でしょー♪ トウマくんの頑張りを無駄にしないために考えたんだから」


「それも大事ですけどトウマさん、少しはご自分の体のほうも気にしてください。私、本当に心配したんですからね」


 さっきまで悲しそうな表情をしていたティナが、珍しく怒ったような顔で俺を責めてきた。確かに彼女の回復魔法があるのを当てにして、今回は少々無茶をしすぎたな。


「う、うん……心配かけて悪かったよ」


「少しじっとしててくださいね。すぐに私が魔法で治療してあげますから」


「――――ちょっと待ってティナ! 治療ストップ!」


「えっ? で、でもその怪我では……」


「ごめん、ちょっとだけこのままでいなくちゃならない用事があるんだ。アル、悪いんだけど肩を貸してくれないか。これから騎士団長に会いに行くから」


「えぇっ!? い、一体何をしに?」


「男同士の話。死力を尽くして戦った者同士の『けじめ』ってやつだよ」


「わ、分かりました」


「ってわけだから、ティナたちはここで待ってて。すぐに終わるから」


「は、はい……気をつけてくださいね」


 そうして俺は侍女の1人を案内に立たせ、騎士団の連中がいる部屋へと向かった。


 3


 前を歩くアルの両肩に自分の手を置き、寄りかかりながらゆっくりと廊下を進む。歩行訓練をする赤ん坊か年寄りのようだが、戦っている最中に分泌されていたアドレナリンはすでに切れてしてまっているので、こうしていないと痛すぎてとても歩けない。


「ヴェルファイア様はこちらの部屋におられます」


 メイド姿の侍女がある部屋の前で立ち止まり、ドアの横に立ってかしこまる。

 そこは兵士が訓練中に負った怪我などを治療するための医務室だった。そうか、あの人もかなりのダメージがあるはずなんだから当然だな。


「ありがとう、あんたはここでいいよ。帰りは俺たちだけで部屋に戻れるから」


「かしこまりました。それでは……」


 彼女はそう言って俺たちに一礼すると、すたすたと廊下を戻っていった。さて、まずはドアをノックしないとな。


「アル、すまんが俺の代わりにノック頼む」


「はい」


 ―― コンコン ――


「誰だ」


 アルがノックすると、ドアの向こうからエドワードの声が聞こえた。


「俺です。神代燈真」


「なんだとっ!? 貴様、何をしに来た!」


「構わんエドワード。入ってもらえ」


「は、はい……」


 そんなやりとりが聞こえた後、医務室のドアが開いてエドワードが顔を出した。まるで親のかたきでも見るような目をしている。

 アルに手を引かれながらよたよたと部屋に入ると、そこにはベッドの上で上半身を起こしたジェラルドさんがいた。両目の間に割り箸で作ったような添え木をし、大きなガーゼを当てて折れた鼻筋を治療した跡が窺える。さらに首にも俺と同じようなコルセットが巻かれ、動かないよう固定されていた。

 部屋の中にはエドワードだけでなくクラウスさんもいる。この2人は治療が必要なほどの怪我はしていないはずだが、おそらく団長の付き添いも兼ねているのだろう。


「…………」


「…………」


 ジェラルドさんと無言で見つめ合う。お互い自分がどれだけ相手を痛めつけたのか、落ち着いたところでじっくりと確認しているかのようだ。


「貴様、一体なんの用だ! また我々を侮辱しに来たのか?」


 2人の間に流れていた沈黙を、やたらと攻撃的な口調のエドワードが破った。


「負けた俺がなんであんたらを侮辱できるんだよ。っていうか、用ならこれで半分は済んだ」


「何?」


「試合の記憶、最後のほうが飛んじまってるんでな。俺がどれぐらいお宅の団長さんを痛めつけてやったのか、顔を見ときたかったんだよ」


「き、貴様……やはり我々を愚弄しに来たのではないか!」


「やめないかエドワード。それで少年、君は自分の治療もそこそこに、わざわざ私の酷い顔を見にきたというわけかね」


「いや、逆に俺のほうもあんたに顔を見せときたかったんだ。多分あんたも最後の記憶が飛んでるだろうと思ったし、敗者の泣きっ面を拝むのは勝者の権利ってもんだからな。これで半分だ」


「フフ、変わった男だな君は。で、もう半分の用件とは?」


「あとは……お礼かな。いい試合ができた、そのお礼だよ」


「礼だと?」


「ああ、あそこまで本気で、全ての力と技を振り絞って戦えたのは多分あれが初めてだった。そういう意味ではあれが俺のベストバウトってやつだ。今もまだ……いや、時間が経てば経つほど高揚感が湧き上がってくる。負けはしたけど最高の気分だよ」


「フ……そうか。確かに私も悪い気分ではなかった。しかし、1つだけ分からないことがある」


「なんだい」


「君ほどの者が、ここにいる2人と戦ったときにはどうしてあんな戦い方を? 君の実力ならば、あのような真似をしなくてもこの2人に勝てただろうに」


「いやいやいや、そりゃ買いかぶりすぎってもんだよ。まともにやったら俺なんかがこの2人に勝てるもんか。俺があんたといい勝負ができたのだって、そっちが素手で戦ってくれたからさ。それに俺がああいう手を使ったのは……」


「ぜひ聞かせてくれ。どういう意図があったのか」


「俺が汚い手を使ったんなら、もしあんたらが負けたとしても騎士の面子メンツとやらがさほど傷つかないと思ったんだよ。ま、最終的に自分の得意分野で真っ向から叩き潰されたんだから、結局は無用の気遣きづかいだったみたいだけど」


「…………ふ、ふふふ……ハハハハハハハハ! ……うぅっぐ!」


「団長!」


「団長! しっかりしてください!」


 ジェラルドさんはいきなり高笑いしたかと思うと、突然口元を押さえて顔をしかめた。どうやら笑ったときの衝撃が痛めたあごや首に響いたらしい。


「うぐぐ……はは……そうか、我々は大きな勘違いをしていたようだな」


「だ、団長? どういうことですか」


「考えてもみろ、自分が卑怯者の汚名を着てまで他人の名誉を気遣きづかうことのできる人間が、これから戦おうとする相手を貶めるようなことを言うものか。お前は彼が我々を愚弄したとシャーロット嬢から聞かされたと言っていたが、それは何かの間違いに違いない」


「…………」


「ああ、やっと分かってもらえたか。そうそう、あのお嬢さんとはちょっと色々あってね」


 良かった、これで騎士団連中の俺に対する誤解は解けたようだ。エドワードは公衆の面前で恥をかかされたのでまだ不満があるようだが、クラウスさんのほうはにこりと笑って俺に頷いてくれた。


「悪かったな少年よ。我々にも色々と誤解があったようだ、許してくれ」


「いいさ、あんたと最高の試合ができたことで全部チャラだ。いや、あんたと戦えたことだけでも、この世界に来れて良かったと思えるよ。本当に……本当にあれは楽しかった」


「フフ……」


「ふふっ」


 ジェラルドさんが俺に向かって右手を伸ばす。俺はアルの肩を借りてゆっくりと彼に近づくと、肩の痛みを堪えながらがっちりとその手を握り締めた。

 今回登場した『旋風つむじ』という技は、関節技を主体としたロシアの格闘技『サンボ』の『首刈り十字固め』から作者が思いついたオリジナル技です。

 サンボは柔道と違い、足への関節技や立った状態からの関節技があるのが特徴なのですが、もしも首刈り十字や飛びつき逆十字を仕掛ける最中に打撃技を混ぜたら……という発想からこの技は生まれました。腕をこちらに引っ張りこむ力と自重で落ちていく力に対してカウンターになるよう足で蹴り上げるので、実際にやったら冗談抜きで首がヤバいことになると思います。

 とはいえ作中で書いたとおりまだまだ穴も多く、使える状況も限定された技なので改良版が登場するかどうかは未定です。最終回までに改良と使えるシチュエーションを思いついたらいいなあ……。

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