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23.クルーガー城御前試合(その2)


 1


 クラウスと呼ばれた痩せっぽちの槍使いは、右手に槍を持って小脇に抱え、左足を後ろに引いた半身の構えで幽鬼のように佇んでいた。

 まずはさっきやったように相手を挑発することから始めてみよう。目の前にいる男の特徴といえば、細身のくせにやたら手足の長いナナフシのような体つきと、角刈りをそのまま上に伸ばしたようなトサカ頭だが……。


「あんた、クラウスさんだっけ。なんだよその髪型、ホウキじゃあるまいし。逆立ちして床の掃除でもするのかい?」


「少年、言っておくが私に挑発は通じんよ。エドワードのような小僧と一緒にしてもらっては困る」


 ちっ、さすがは大人というべきか。狙いがバレバレだ。

 剣はともかく槍と戦うのは初めてだ。ここは慎重に――


 ―― ヒュッ ――


「うおっ!?」


 風切り音を感じて思わず頭を傾けると、左耳のすぐ傍を槍の切っ先がかすめていった。十分に間合いをとっていたつもりだったのに、まだ近いのか?


「フフ……」


 俺が攻撃されたのだと気付いたとき、すでにクラウスさんは落ち着き払った顔で槍を引き戻していた。速い。ボクシングのジャブのように反応するのも難しいほどのスピードではないが、伝統派空手の試合で飛んでくる突きと比べても遜色そんしょくない速さだ。


「まだまだいくぞ! それ、それ、それぃっ!」


 一撃目と同じ、片手での突きが無数に飛んでくる。

 槍での突きは剣の突きよりもさらに見えにくい『点』の攻撃だが、この動きは空手の順突き(※ 半身の構えから前のほうにある手でくり出す突き)とほぼ同じものだ。これなら左右に身をかわし損ねても、相手の踏み込みに合わせてその分下がれば避けられる。そう思っていたとき――


「ぬぉっ!?」


 額のあたりに異様な気配を感じ、俺は体を思い切りのけ反らせた。スウェーバックなどという鮮やかなものじゃない。ただ後ろにひっくり返って尻餅をついただけだ。


「――っ!」


 素早く横に転がりつつ立ち上がったが、眉間に何か熱いものを感じる。大きく間合いをとったまま慎重に拳でそこを拭うと、そこにはわずかに血が付いていた。どうやら額を少し斬られたらしい。


「今のをよくかわしたな少年よ。褒めてやろう」


「そりゃどーも。けど、相手を殺すのは反則じゃなかったっけ?」


「いや、君ならば避けると思っていたさ。そこを狙うと知らせるために、わざと思い切り殺気を込めたからね」


「あの異様な気配はあんたの殺気かよ。つーか、そんなもんをあれほど鮮明に感じたのは生まれて初めてだわ」


 軽口を叩いてみたが、今のは本当に驚いた。絶対に当たらない距離だと思っていたのに、槍が自分の予想より15センチも長く伸びてきたのだ。おそらく突く瞬間に力をわざと緩め、槍を手の中で滑らせることでさらに間合いを伸ばしたのだろう。最初に俺が間合いを読み違えたのも、多分このテクニックによるものに違いない。


「さすが、プロはやっぱ違うな。こうなったら……」


 ―― ダッ! ――


「むっ?」


 俺は手に持っていた武器をホルスターにしまうと、そのまま真横にダッシュして目の前の敵から逃げ出した。横へ走り出すのは振り返る手間がない分、相手に気付かれるより一瞬早く逃げる体勢に入ることができる。狭い道や路地では無理だが、こういう広い場所で逃げるときには有効な方法だ。


「ま、待て少年! 逃げる気か!」


「ここまでおいで、だぜ! ホウキ頭のおっさんよ!」


 背中に槍を投げつけられないようジグザグに走りながら壁のほうへと向かう。壁際に数名いた一般の兵士たちは俺が『そこを空けろ』というジェスチャーをしながら近づいていくと、慌てた様子で左右へと広がった。


(ここだ!)


 靴底をすり減らしながら急停止し、壁を背にして振り返る。小走りで俺を追ってきたクラウスさんは自分の間合いに入る直前で再び槍を構えようとしたが、俺の背後にあるものを見てその動きをピタリと止めた。


「き、貴様……!」


「どうしたよ、突いてこないのかい?」


 俺の背後にあったのは、たたみ3畳分はあろうかという国王の肖像画だった。もしも槍で突こうとして俺がそれをかわせば、背後にあるその絵を傷つけてしまうことになる。


「少年よ、随分と卑怯な真似をするではないか。我が国王の肖像を盾にするとは」


「卑怯? 寝言こいてんじゃねえよ。あんたらは戦場で本物の国王に敵が迫ったとき、そいつらの盾に王の肖像が描いてあったら攻撃を躊躇ためらうのかい」


「――――! ……なるほど、確かに君の言うとおりだ。ならばっ!」


 クラウスさんは意を決したように槍を構え、俺の胸を狙って力強い突きをくり出してきた。だが、やはりさっきまでより遅い。きっと本人も無自覚なのだろうが、どこかに王の肖像を傷つけることへの躊躇ちゅうちょがあるのだろう。俺が狙っていたのは、まさにこの中途半端な一撃を誘い出すことだ。


「ヒュッ!」


 俺は左足を半歩横に踏み出して身をかわしつつ、胸の前で右手を時計回りに振った。空手でいう『け受け』――本来は敵の攻撃を手刀(小指側の手首)で引っ掛け、掴んで引き込みながらカウンターをとるための受け技だ。それを使って槍の穂先を体の中心から逸らしつつ、のほうを掴んで右腋に抱える。


「ぬぅっ!」


 俺はさらに左手でも槍を掴んで体重をかけ、その先端を床に押さえつけて動かせないようにした。こうなってはよほど漫画じみた馬鹿力でもない限り、槍を掴んだ人間ごと持ち上げたりはできない。


「くっ……ぐぅぅぅ…………」


 同じ高さでの引っ張り合いなら力比べになるのだろうが、下に体重をかけられては引っこ抜くこともままならない。それならいっそのこと槍を放り出してしまえばいいのだが、クラウスさんはそうしなかった。槍使いとしてのこだわりか、それとも武器への依存ゆえか。いずれにせよ、そのせいで使い手自身が隙だらけだ。


「しぇあっ!」


 俺はがら空きになった相手の顔を目がけ、左のハイキックをくり出した。斜めになった槍に寄りかかっているのでそれほど体重は乗らないが、その分勢いをつけて鋭くあごの先端を蹴り抜く。


 ―― ゴッ! ――


「…………っか……!」


 クラウスさんの顔が斜めに45度傾き、目の焦点がおかしくなる。あごに横から衝撃が加わったことで脳が揺さぶられたはずなのだが、それでもなお彼は槍を放そうとはしなかった。


「……まだ意識あんのかよ。ならもう一丁!」


 クラウスさんのあご蹴った足を下ろさず、そのまま魔女がホウキに乗るときのように槍を跨ぐ。そして俺は床に左足を下ろしたその勢いで、今度は右の後ろ回し蹴りでもう一度彼のあごを打ち抜いた。


 ―― スパァン! ――


「…………!」


 二度までもあごを蹴り上げられ、脳震盪のうしんとうを起こしたクラウスさんがぐにゃりと床にひざまずく。そして彼はあらぬ方向を見つめたまま、ほうけた顔で床に倒れ伏した。

 もしもこの人の武器や手足がもう少し短かったなら、近すぎてローキックかミドルキックしか入れられなかっただろう。そしてそれだけなら、少なくとも彼はまだ戦いを続行できただろう。

 しかし今まで槍使いとして有利に働いてきたであろう、彼の長いリーチが今回ばかりは災いした。俺と彼との間合いは、上段の蹴りを当てるのにちょうどいい距離だったのだ。


「それまで! 勝負ありだ」


 階段の上から騎士団長が決着を宣言する。

 クラウスさんは別の騎士に助け起こされ、盛んに頭を振りながら退出していった。ほんの10秒前後とはいえ完全に意識を失っていたのに、最後まで槍を手放さなかった執念には感服する他ない。


すげぇな……」


 今回はたまたま勝負に勝つことができたが、俺は彼ら騎士団の強さに正直感動していた。やはりどんな世界でもプロというやつは凄い。もしも卑怯な手を使わずまともに戦ったら、俺はあと5年修行しても彼らに勝てないんじゃないだろうか。

 それに何より、俺の使う技がこの世界の人間に知られていないことも大きなアドバンテージになっている。さっき使った投げ技にせよ今の掛け受けにせよ、そういう技を持っていると知られるだけで警戒され、それらが使えないよう戦い方そのものを変えられてしまうこともあるのだ。


 2


「さてと、そろそろおいとましますかね」


 すでに投げ技も受け技も打撃技も見せた以上、城にお招きいただいた王様への義理は十分に果たしたといえる。

 また次の相手と戦えなどと言い出される前に、とっととこの場から退散することにしよう。そう思った矢先――


「少年よ」


 またも騎士団長が俺に声をかけてきた。


「……もしかして、まだ戦えなんて言うんじゃないでしょうね?」


「恥を忍んで言わせてもらうが、そのとおりだ。もう一度、あと一度だけ戦って欲しい」


「そう言われるんじゃないかと予想はしてましたけど、さすがに3連戦は勘弁してくださいよ。体はそれほど疲れちゃいないけど、刃物相手で精神のほうが削られました」


「相手は私自身が務める。本当にこれで最後だ」


「余計にですよ。こっちはもう小細工のタネも尽きてるってのに、それを見計らって真打ち登場とか冗談じゃない」


「安心しろ、無理な願いをしているのは百も承知だ。だからこそこちらは最大限の譲歩として、君の得意な分野で戦おうと思う」


 そう言うと同時に、騎士団長は肩にある留め具を外してマントを脱ぎ捨てた。それだけでなく、左右にいた別の騎士たちに手伝わせて甲冑までも脱ぎ始めている。


「私は一切の武器、防具を使わん。ただ己の肉体のみ、格闘術だけをもって君と戦う。それでどうかね?」


 このおっさん、ほんと人の話を聞かないな。鉄仮面みたいな顔のくせに、自分が勝つまでジャンケンをめようとしない子供みたいなところがある。


「……これで本当に最後、後腐れなしですよ」


「恩に着る」


 仮にここで断ったとしても、この調子だと騎士団の連中が第2第3のシャーロットになりかねない。しかも彼女のように個人的に追ってくるならまだいいが、騎士団総出で追っ手などかけられたら旅どころじゃなくなってしまう。

 どうせ最初は負けるつもりでいたんだ。殴り合いなら死にはしないだろうし、これもいい経験だと割り切ってやろう。


「名乗っておこう。私はこの国の騎士団長ジェラルド・ヴェルファイアだ」


 俺のいる場所まで下りてきた騎士団長が名乗りを上げ、アンダーシャツを脱いで上半身裸になる。するとあらわになった彼の肉体美に、俺はもちろん後ろで見ていたギャラリーまでもが思わずため息を漏らした。それほど人間離れした大きさというわけでもないが、筋肉と筋肉の間に刻まれた溝――ボディビルでいうカットの深さが半端じゃない。まさに鋼のような肉体というべきか、この人がいきなり「3分でこの城を平らにしてみせようか?」などと言い出しても冗談に聞こえなさそうだ。


「む……少年、何をしている?」


 俺は腰に下げていた武器のホルスターを外すと、それを離れた場所に放り投げた。さらに手足の防具と胸当てを外し、靴まで脱いで同じように放り投げる。


「武具を身につけないのは私が勝手に定めたルールだ。君がそれに合わせる必要はないのだぞ」


「いやぁ、そこまでカッコいい真似されたら、こっちも合わせないと男がすたるってもんでしょ。それに、前の2人には随分と汚い手を使っちゃったんでね。素手で相手をしてくれるっていうなら、最後に正々堂々の技も披露しときますよ」


「フフ……そうか。ならば正々堂々殴り合おう!」


おうっ!」


 相手との身長差は15センチ以上、体重差はたっぷり20キロ以上あるかもしれない。普通なら正面から殴り合えるような体格差ではないが、それを何とかするのが技というものだ。

 騎士団長が両拳を持ち上げてボクサーのように構える。それに対し、俺は腰を落として真っ向から受けて立つ構えをとった。

 今回登場した攻撃技は基本的なハイキックと後ろ回し蹴りのみでしたので、代わりに『掛け受け』について解説したいと思います。

 基本的な中段受けは体の中心から外側、もしくは外側から中心へと前腕を動かして攻撃を弾きますが、そのとき相手に向くのは手の甲のほうです。それに対して掛け受けは手のひらを相手のほうに向けた状態で円を描くように攻撃を受けるのですが、窓を拭くような動きというか、要は映画『ベスト・キッド』で主人公ダニエルがワックスがけさせられてたときのアレだと思ってください。

 あとは作中でも書いたように手首のあたりで相手の突きや蹴りを引っ掛け、袖やズボンの裾なんかを掴んで手前に引っ張りながら、空いている手でカウンターを食らわせるというのが基本的な使い方になります。

 警察が主催する女性向けの痴漢対策訓練などでも、掴まれた手を振りほどく技をよく護身術として教えますよね。実はあれにもこの『手刀で引っ掛ける』という技術が多く使われているので、基本を理解すると色んなパターンで掴みを外せるようになりますよ。

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