21.シャーロットの罠
「いやあ、無理を言って悪かったね」
石畳の道を走る馬車の中、俺の向かいに座った憲兵隊長がにこやかな顔で話しかけてくる。
「いえ……それよりも、事情は馬車の中で話すと仰ってましたよね。そろそろ聞かせていただいても?」
「ああ、そうだったそうだった。ときにカミシロトウマくん――」
「俺の名前は燈真。神代が姓で燈真が名前です。面倒でしょうからトウマで構いません」
「そうかね。シャーロットのやつが常にそう呼ぶので、てっきり私もそうしたほうがよいのかと……」
「シャーロットですって?」
「おや、気付いていなかったのかい? それこそさっき私が自己紹介したとき、ちゃんとアルファードという姓を名乗ったはずなのだが」
いきなり思いもかけない名前が出て驚いたが、そういえば最初に出会ったときにシャーロットが名乗ったファミリーネームも確かに同じものだった。つまり、このおっさんはシャーロットの親類ということか。
「もしかしてあなたは、シャーロットのお父さん?」
「いやいや、違うよ。私はあの子の叔父だ。彼女の父親は、この国の将軍である私の兄だよ」
「将軍……」
なんてことだ。いいとこのお嬢さんだろうとは思っていたが、まさかあのお転婆娘が一国の将軍の娘だったとは。ということは、もしや今回の招致はシャーロットが積もりに積もった恨みを晴らすため、一族の権力を使って俺を始末しにきたということか?
「いやぁ、兄上に逆らって家を飛び出していた姪っ子がいきなり帰ってきたかと思ったら、旅先で出会った素敵な殿方を我が国の騎士団に推挙したいなどと言い出すから驚いたよ」
「はぁっ!?」
「シャーロットから聞いていないのかね?」
「聞いているも何も……初耳なんですけど」
「……そういうことか」
「どういうことですか! 1人で納得してないで教えてください!」
「ああ、すまんすまん。ならば順を追って話そうか。まず2日前の夜遅くのことだが、とある人のことで大事な話があると言って、あの子が突然私の家にやってきたのだ」
「その『とある人』ってのは、もしかしなくても俺のことなんでしょうね」
「そうだ。あの子は旅先で知り合ったという君のことを褒めに褒めていたよ。とても強く、立派な青年だとね。そして、ぜひ君と結婚を前提としたお付き合いをしたいと言いだした」
「け、結婚んん!?」
あの女、なんてことを言いやがる。よりにもよって結婚だと? 一体どういうつもりかは知らないが、そのキーワードだけで今回の事態がどれほどヤバそうなことか、不安感が倍増したぞ。
「とはいえ、我が家はこの国でもそれなりに格式ある家門でね。ただの庶民をいきなり婿に迎えたいなどと言っても当主である兄上が認めない。そこでまずは君に我が国の騎士となってもらい、そのうえで交際するならば文句はないだろうということで……」
「俺を騎士として召し抱えるよう、あなたを通じてこの国の王様に推挙してくれと?」
「あのお転婆だったシャーロットが、まさに恋する乙女のようにしおらしくなって懇願するのでね。私もそれならばと国王陛下に話を通した」
このおっさん、そんな嘘八百に騙されたのかよ。貴族のボンボン、しかも長男でもないから少し天然なのかもしれないが、俺にとっては迷惑も甚だしい。
「それで、俺はこのまま国王様にお目通りして騎士に任じられると? 騎士の称号ってのはそんな簡単に手に入るものなんですか」
「いや、さすがにどこの誰とも分からぬ者をいきなり騎士として召し抱えるなど、陛下はもちろん貴族の誰も認めはせんよ。君にはその称号に相応しいかどうか、陛下の御前で力を示してもらう必要がある」
「力を示すって……具体的にはどうやって?」
「陛下は武術や剣術をこよなく愛するお方でね。君が異世界からの来訪者で、変わった格闘術の使い手らしいと話したところ、ぜひともそれを見てみたいと仰せになったのだ。そしてその相手として、騎士団の誰かと戦わせてみようと仰られた」
あいつ、俺が異世界からやって来たことも知ってたのか。そうか、どうして黄金都市のときにも俺の行き先が分かったのかと思っていたが、さてはアリサさんの店で俺たちが話していたことを盗み聞きしてやがったな。
「で、その戦いで俺がそれに相応しい実力を示せば、騎士団への入団を考えようってことになったわけですね」
「うむ」
なるほど、武器を持ってきてもいいというのはそういうことか。あの女、なかなか俺に復讐できないもんだから業を煮やして、別の方法で恥をかかせようと一芝居打ったってわけだ。結婚のことに関しては、俺が負けた時点で幻滅したとかなんとか言ってご破算にしちまえばいいという考えなのだろう。
「おそらく君は何がなんだか分からないという反応をするだろうが、構わず強引に連れてこいと迎えに行く前にシャーロットが言っていたのだが……。なるほど、ようやく合点がいったよ。あの子はまだ君に恋心を打ち明けていなかったのだね」
「『合点がいったよ』じゃありませんよ。それって俺の気持ちや都合を完全に無視してるってことでしょう。それを強引に拉致してこいだなんて、不自然だとは思わなかったんですか?」
「それに関しては私も少しおかしいと思ったのだがね。いずれにせよ陛下が君と会ってみたいと言われた以上、その時点でこの会見は決定事項になってしまったのだよ。すまないが付き合ってくれたまえ」
「仮に試合で俺が勝ったとして、騎士団への入団は辞退させてもらえるんですか?」
「なんと、騎士の称号が欲しくないというのかね? 爵位の中では最も低いとはいえ、さらに手柄を立てれば領地を持つ身分になれるチャンスもあるというのに」
「俺は元の世界に帰るために旅をしているんです。ですからこの世界の栄誉には興味がありませんし、領地なんかもらったところで責任が取れません。もちろんシャーロットのこともね」
「そうか……それは残念だな。もしも陛下が君のことを気に入ってしまわれたら辞退するのは難しいかもしれないが、そのときは私からも掛け合ってみよう」
「お願いしますよ」
「それにしても残念だ。結婚するとなればあの子も家に戻って落ち着いてくれるだろうと思っていたのだが」
この叔父さんとやらはまだ話の分かる人のようで助かるが、それにしてもえらいことになってしまった。俺がこの状況を切り抜けるためには騎士団との試合に勝ち、なおかつ王様には気に入られないようにしなければならないということだ。
……いや、待てよ? よく考えたら勝つ必要はどこにもないんじゃないか? そうだ、確かに負ければ『異世界の武術ってのも大したことないな』と思われるだろう。だが、それがなんだというのだ。俺の世界でなら他流試合で負ければ流派の名誉を汚すということもあるだろうが、所詮この世界は俺にとっていずれ去り、そして二度と訪れるはずのない場所だ。それこそ『旅の恥はかき捨て』でいいじゃないか。
よし、適当に戦って負けちまおう。いくら騎士団といったって、降参した相手の命まで取らないだろう。体のどこかをちょこっと斬られるぐらいなら、後でティナに治してもらえばいい。うん、それが一番波風の立たない方法だ。俺はそう決意し、どうやって負ければ自然に見えるか、頭の中でシミュレーションし始めた。
2
「さあ、着いたよ。ここが国王陛下のおわすクルーガー城だ」
シャーロットの叔父さんがそう言ったところで馬車が止まり、御者によって扉が開かれる。
馬車から降りた俺の目に飛び込んできたのは、首を目いっぱい上に向けないと見上げられないほど大きな城だった。それこそシャーロットと出会ったときに訪れた、一領主のものにすぎなかった廃城とはまるで別物だ。
「うわぁ、町のほうから見ていたときも大きいと思ってたけど、近くまで来ると凄いですね」
後ろから別の馬車でついてきた3人と1匹もぽかんと口を開け、俺と同じように城の大きさに驚いていた。とりあえず彼女たちにも事情を説明しておかないとな。
「……というわけでだ、どうやら俺はこれからこの国の騎士団と一戦交えないといけないんだとさ」
城の中に通され、控え室へと続く廊下を歩きながら今回のことについて説明する。3人とも最初は呆気にとられたような表情をしていたが、最後のほうではフリージアさんとリーリアが腹を抱えて笑っていた。
「あっははは! またとんでもないことに巻き込まれちゃったわねぇ。あの子、ある意味ほんとにトウマくんのこと好きなんじゃない?」
「ていうか、むしろ好きすぎでしょ! あー可笑しい」
「2人とも、他人事みたいに笑わないでくださいよ! ほんとに気が重いんですから……」
「あれ? 騎士団との決闘なんてトウマさんだったらノリノリでやりたがると思ったのに、意外ですね」
「アル……お前、俺を戦闘狂の殺人マシーンかなんかだとでも思ってんのか。俺が積極的に戦うのは自分に火の粉が降りかかったときか、誰かを傷つけるやつによほどムカついたときだけだよ」
そう、今回のことにあまり気が進まないのはそのせいもある。元々俺はこういう試合というものがあまり好きではないのだ。
そもそも試合というものは勝者と敗者を明確に分けるものだ。それに勝つということは、相手がそれまで積んできた努力や精進を否定することにも繋がる。相手がどれほどその道に全てを懸けているかによっては、ときに殺し合いで命を奪うよりもそいつの全てを踏み躙ることにもなりかねない。だからこそ、俺は試合というものがそれほど好きにはなれなかった。
もちろん戦う双方が同意の上で試合場に立つ以上、文字通りお互いの力を『試し合う』ための試合を否定するつもりはない。俺と亮がいつか試合の決勝で戦おうと誓ったのも、最高の舞台で最高の力比べをしたいからだ。だが人前で勝敗をつけて勝者が称えられ、敗者が貶められるような見世物としての側面にはやはり疑問が残る。
今アルにも言ったように、武術というのは自分や自分の大事な誰かを守るための手段であって、自分よりも弱い相手にマウンティングして悦に入るためのものじゃない。武術の名前に『道』を付けて『空手道』とか『柔道』と称するのも、本来はその精神によるものだ。修行のための『道』という概念がなければ、試合で憎くもない相手を殴ったりできるものか。
「で、どうすんの? 試合に勝っちゃったら騎士になってあの子と結婚させられちゃうんでしょ? かといって負けちゃったら、あの子の思惑通り王様の前で恥をかかされるわけだし……」
「適当にやって負けるつもりだよ。俺の目的は元の世界に戻ることだからな。恥なんて知ったこっちゃない」
「さっぱりしてるわねぇ。ま、今回はそれがいいかもね」
さっぱりしているというよりも、それで面倒ごとが1つ減るならそのほうがいいというだけだ。そもそもあんな万年生理中みたいな女と結婚させられるぐらいなら、一生独身でいたほうがまだマシだろう。
「……? トウマさん、向こうに誰かいるみたいですよ」
リーリアを帽子の上に乗せたティナが、何かに気付いたように呟いた。
皆と喋りながら後ろ向きに歩いていたので気付かなかったが、振り返ってみると確かに人影がある。近づいてみると、そこいたのは頭部以外を仰々しいフルプレートの甲冑で覆い、腰に煌びやかな剣を下げた青年だった。
「あんたは……?」
「ようこそ客人。僕はこの国の騎士団の1人、エドワード・ラクティスだ。団長から君たちを控え室まで案内するよう仰せつかった」
エドワードと名乗った青年はそう言うと、顎を斜めに上げて見下すような目でこちらを睨んできた。肩まであるサラサラの金髪と青い瞳は、いかにも貴族のおぼっちゃんといった印象を抱かせる。
「そりゃどうも。じゃあ、さっそく案内していただけますかね」
「フン、こっちだ」
エドワードは振り返って廊下を歩き始めたが、部屋に着くまでの間もずっと「陛下は一体何を考えておられるのか」とか、「どうしてこのような庶民を……」といった言葉を、こちらに聞こえるか聞こえないかギリギリの音量でグチグチと呟き続けていた。
騎士団の1人ということは、俺が今日戦う相手の仲間なのだろう。ならば俺のことが気に入らないのも無理はないが、それにしたって初対面の相手にその態度は少々失礼が過ぎるってもんじゃないか?
俺は控え室の前に着いたところで、エドワードに少し話を聞いてみることにした。本当に騎士団に入る気などさらさらないが、そもそもお互いの印象がこんなにも険悪ではコミュニケーションにも支障が出る。
「ここだ。あと半刻(1時間)経ったらまた呼びに来るから、それまでに準備を済ませておけ。中には侍女も数名いるので、必要なものがあれば命じるといい」
「あの……」
「なんだ」
「なんか俺、随分と嫌われてるみたいですけど……。騎士団では他の皆さんもそんな感じで?」
「当たり前だ! 我ら誇り高き騎士団に庶民が入団するかもしれないというだけでも噴飯ものなのに、そいつが我が国の剣技を児戯にも等しいなどど言い放ったと聞かされれば、嫌悪を抱かぬ者などいまい!」
「は!? 俺はそんなこと一言も口にした覚えはないんですが……。一体誰がそんなことを?」
「とぼけるな! アルファード将軍のご息女であられるシャーロット嬢から聞いているぞ!」
あ、あのアマ……俺が恥をかくどころか、確実に殺られるように騎士団のほうにもあることないこと吹き込んでやがった。もしかしてこれ、かなりヤバいんじゃないのか?
「まあいいさ。我らの剣が本当に児戯に等しいかどうか、すぐにその体に教えてやることになるだろうからな。せいぜい命乞いの台詞でも考えておくがいい」
エドワードは皮肉っぽい笑みを浮かべると、踵を返して行ってしまった。
ヤバい、マジでヤバい。騎士団の人たち完全に俺を殺る気だよ。本当に命乞いの台詞を考えたほうがいいんじゃないのかコレ。
「……トウマさん、どうします?」
「こりゃすぐに『参りました』と言って見逃してもらえる雰囲気じゃないな」
「こうなったら本気でやってみるしかないんじゃない? それこそ今は自分に火の粉が降りかかってるときだし」
確かにリーリアの言うとおり、こうなったら後先考えずに全力で戦うほうがいいのかもしれない。騎士同士の決闘というやつは相手に傷を負わせたらそこで終了という作法も聞いたことがあるが、エドワードの剣幕を見る限り、やつらが試合中の『事故』を装ってこちらを殺しにくることも十分に考えられる。
ああ、それにしてもあのヒステリー女のせいで胃に穴が開きそうだ。これまで経験してきた試合では感じたこともないほどのプレッシャーに、俺は今にも押し潰されそうだった。




