19.独りぼっちの王
俺たちのいる地上から7~8メートルほどの高さに、絢爛豪華な衣装に身を包んだ黄金の骸骨が浮いていた。マントにあしらわれた数々の宝石と王冠のおかげで別物だと分かるが、それがなければ俺の爺ちゃん世代がガキの頃に紙芝居などで見ていたという、蝙蝠を従えたヒーローにそっくりだ。唯一違うところがあるとすれば、こいつは首から下までが骨格標本のような体だというぐらいか。
「フハハハハハハハ! よくぞ来たな冒険者たちよ。この黄金都市の王、エルグランドII世が歓迎しよう!」
黄金の骸骨はまたも昔のヒーローを思い出させる高笑いを響かせて名乗りを上げ、普通のトーンでも声が聞こえるぐらいの高さまで下りてきた。姿から薄々予想はしていたが、やはりこいつがここの主らしい。
「あんたが王ねぇ……。で、どんな歓迎をしてくれるってんだ。鯛やヒラメの舞い踊りでも見せてくれるのか?」
「もちろん、お前たちが望むものを与えてやろうというのだ。無限に増え続ける金銀財宝をな」
「無限に増え続ける? それを言うなら『増やしてる』の間違いじゃないのかい。あんたがここを訪れた人間を次々と金メッキしてよ」
「なんだ、気付いていたのか。それならば話は早い。この都市と1つに溶け合い、我が財宝の一部となるがいい!」
「やっぱそういうことか……よっと!」
俺は短剣を振りかぶると、それを空中にいる骸骨王に向けてブーメランのように投げつけた。
金ピカ人間たちによる『歓迎』っぷりを見ても、この王とやらが俺たちに害意を抱いているのは明らかだ。それならば兎にも角にも、こいつを締め上げないことには何も始まらない。
「フン、そんなものが当たるとでも?」
骸骨王はすいすいと空中を平行移動し、飛んできた短剣をあっさりとかわしてのけた。やはりこいつを攻撃するためには、まず地上に引きずり下ろさないといけないようだ。
「ティナ、ちょっと耳を貸してくれ」
「は、はい?」
俺は落ちてきた短剣を拾いながらティナの傍に近づくと、手で口元を隠しながら思いついたことを耳打ちした。この方法ならあいつを地上に引きずり下ろせるだけなく、周りにいる金ピカ人間たちも一網打尽にできるはずだ。
「……どうだ、できるか?」
「そこまで大規模な魔法は使ったことがありませんけど……多分、大丈夫だと思います」
「じゃあ呪文の詠唱時間は俺たち皆で稼ぐから、合図したら頼む!」
「はいっ!」
俺とアル、そしてフリージアさんは3人でティナを守るように取り囲むと、周りにいる金ピカ人間どもを次々と蹴散らし始めた。剣で斬ってもトンファーで殴っても致命傷は与えられないので、とにかくティナに近づけさせないようなるべく遠くへ吹っ飛ばす。
「おいシャーロット、お前らもこっちに来い! そこにいたら巻き添えくうぞ!」
「はぁ!? 気安く私の名前を呼ぶんじゃありませんわよ! それに、私がどうしてあなたの指示などに従わなければいけませんの?」
「細かいことをいちいちうるせえよ! 今は事情を説明してる暇はねえんだ! 早くしろ!」
「もう! なんだと仰いますの?」
俺は金ピカ人間の相手をしながらも骸骨王のいる位置をしっかりと把握し、ティナと打ち合わせた魔法の効果範囲にぴったりと入るよう絶妙に間合いを調整した。やつは手に持った杖を右に左に動かしながら金ピカ人間どもを操っている様子だったので、こちらが無理に攻撃しようとしない限りそこから動こうとはしないだろう。
金ピカ人間たちは次から次へと湧いてきて、すでにゾンビ映画で主人公たちが絶望するであろうレベルにまで増えている。だが、それもこれで終わりだ。
「ティナ、今だ!」
「……我と契約を結びし大いなる水の力、1つ所に集まりて我が敵を押し潰せ! アイシクル・トゥームストーン(氷の墓標)!」
ティナが魔法を発動させた瞬間、空中の骸骨王がいるところよりも高い場所に氷の塊が無数に出現した。1つ1つは冷蔵庫のようなサイズだが、それらがほとんど間も空けずに地上に向かって降り注いでくる。
「何ぃぃっ!?」
それまで悠然と俺たちを見下ろしていた骸骨王が明らかに動揺した声で叫んだ。そりゃそうだ、これだけ大きな物体を文字通り雨のように降らされたら、いくら横に移動して逃げようとしても間を縫って飛べるほどの隙間がない。
「うぉぉぉぉぉっ!?」
骸骨王は氷塊に潰されないよう高度を下げつつ、全速力でこちらに向かってきた。さっきまでいた場所から氷の降り注ぐ範囲の外に出ようとするなら、こちらにしか逃げ場がなくなるよう俺がティナに頼んで誘導したのだ。
―― ズズゥゥゥゥ…………ン!!! ――
落下してきた氷が建物にも当たりつつ地面に落ちる。俺たちの固まっている場所以外にいた金ピカ人間は次々と押し潰されたが、骸骨王だけは辛くもそれを免れた。しかし――
「そりゃあっ!」
「ぬぉっ!?」
―― ゴキンッ! ――
俺は地表近くまで下りてきた骸骨王に跳びかかると、その頭を宙でわし掴みにして後頭部から地面に叩きつけた。さらにむき出しの首の骨に左手のトンファーをあてがい、軽く上にのしかかって動きを封じる。
「き、貴様ら、魔女を連れていたのか。不覚であった……」
「さて王様よ、お互い対等の位置に立ったところでいくつか質問だ。まず1つ目、あんたが金ピカ人間にした連中を元に戻してやることはできるのか?」
「うぐぐ……む、無理だ。やつらに限らず、この都市にある財宝の多くはワシの魔法で人間を変化させたもの。だが仮にワシを殺したところで、一度金や宝石に変えられた者は元には戻らん」
やはり無理か。さっき殴ったときの顔を見ていると少し可哀想だったので、できることなら元の姿に戻してやりたかったんだが。
「じゃあ2つ目の質問だ。この都市であんたが集めた財宝の中に『アウラの涙』はあるか? 俺たちがここに来たのは、あんたが永遠の命を得たって話がそれのおかげじゃないかと思ったからなんだ」
「『アウラの涙』だと? さすがにそれだけはワシにも手に入れることはできなかった。言っただろう、この都市にある財宝のほとんどは、ここを訪れた人間を変化させたものなのだ。ワシが肉体の朽ちた今でもこうして動いていられるのは、死んだ後も財宝を集め続けられるよう魔法で魂を繋ぎ止めているにすぎん」
「そうか……。まあ、それもあんたの姿を見た時点で大体予想してたよ。じゃあ最後の質問だ。人間を財宝に変えるっていうその魔法、この場にいるだけで体がだんだん金や宝石に変わっていくのか? それともあんたが何かしない限りは大丈夫なのか?」
「それは……後者だな。ワシが長年の研究の末に作り出した魔法の秘薬、その粉を浴びせることで人が金や宝石に変わるのだよ。……こんなふうにっ!」
骸骨王はまだ右手に持っていた銀の杖を俺の前に突き出すと、その先端からキラキラと光る妙な色の粉を噴き出した。
「ああ、それも読んでた」
「なっ!?」
骸骨王が目の前に杖を突き出した瞬間、俺は素早くその腕を左腋に抱えた。そのせいで噴射された粉は俺に1粒も当たることなく、背後の地面に空しく落ちる。
武器を持った手を押さえ込んでいなかったのだから、俺は最初からこの手の反撃も十分に予想していた。最後の質問はむしろ、やつが人を財宝に変えるための手口を晒させるためのものだったのだ。
本来なら2つ目の質問を終えた時点でここにはもう用はなかった。もしもここにいるだけで体が財宝化していくのなら早めに立ち去るべきだし、こいつが俺たちを素直に帰らせてくれるのなら無理してとどめを刺す必要もない。
だが最後の質問に対して今の攻撃で答えたことで、こいつはそのどちらも気遣う必要はないことを自ら露呈した。時間制限がなく、俺たちを帰す気もないというならとことん相手をしてやろうじゃないか。
「あんたならよく知ってると思うけど、金ってのは案外柔らかいんだよなあ。それこそ噛んだら歯型がつくぐらいに」
俺はそう言うと、骸骨王の頭を地面に押さえつけたままいきなり走り出した。金の延べ棒が敷き詰められた地面に金の頭蓋骨が擦られ、まるでヤスリでもかけるかのように粉状になって磨り減っていく。
―― ズガガガガガガガガガガガガガガガ…………………… ――
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!? や、やめろぉぉぉぉぉっ!!!」
「あっはははは! あんたの魂がどこに定着してんのか知らないが、頭が全部金粉になっちまったらどうなるんだろうなあ?」
「やめろ! やめてくれぇぇぇっ!」
痛みのせいで魔力が集中できないとかそういうのだろうか、骸骨王の表面から金がポロポロと剥がれていく。
「なんだ、芯まで金属化してるのかと思ったら、普通の骨をちょっと厚めに金メッキしただけかよ」
俺は50メートルほどの距離を楕円状に1往復、つまり骸骨王を100メートルぐらい引きずったところで足を止めた。
すでに骸骨王の後頭部は半分近くも削れ、王冠も外れてしまっている。これで懲りたというのなら、これからは二度と人を財宝に変えたりしないと誓わせて許してやってもいいかもしれない。
「どうだ、まだやるかい?」
「わ、分かった。もうお前たちには何もしない。だから……」
「『俺たち』だけじゃ足りないなぁ。もう二度と人を金銀財宝に変えたりしないと約束するなら見逃してやってもいいんだが?」
「なんだと? 馬鹿な、そんなことができるものか! 財宝を増やすことはワシの使命、ワシの存在意義そのものだ!」
「あっそ。じゃあ頭だけじゃなく、全身砂金とカルシウムの粉末になってどうぞ」
「ま、待て! どうしてだ? お前はなぜそこまで他人のことを気にかける? 自分以外の者がどうなろうと、お前には関係なかろう」
ああそうか、こいつはそういうタイプか。だからこいつはこんな場所で、たった独りでこんなことを何百年も続けていられたんだな。
「確かにあんたの言うとおりだ。家族や友達ならともかく、名前も知らない赤の他人なんてどうなってもいいってやつも世間には多いだろうよ」
「だ、だろう? ならば――」
「けどな、他の人間がいるからこそ成り立つことも色々とあるんだよ。あんたみたいに使う相手もいないのに金を集めて、見せる相手もいない宝石で自分を飾り立てて何をどうしようってんだ」
「――!」
そう、金に限らずただの石コロや綺麗な貝殻にせよ、貨幣経済というものはその価値を共有する相手がいてこそ成り立つものだ。どんなにイカしたファッションだって、カッコいいと言ってくれる相手がいなければただの自己満足にすぎない。
骨だけだから表情はよく分からないはずなのだが、骸骨王は俺の言葉にはっとした顔をしているようだった。やはりこいつは欲に目が眩むあまり、幸せになるための手段と目的が入れ替わってることに気付いてなかったクチか。
「そ、そうだ……ワシはそもそも、この国を未来永劫に栄える千年王国にするために世界中から財宝を集めたのだ。外敵を防ぐために都市を山で囲み、進入者を金銀財宝に変える魔法と永遠の命を得て、さらに国を発展させるはずであった。ワシの喜びは国の繁栄に繋がり、ワシが満たされれば国も満たされるはずだったのだ。それなのにいつの間にかこの国は――」
「国民の1人もいない都市のどこが国だ。そんな場所に独りで君臨して何が王だ。あんたは自分の操る金ピカ人間に囲まれて王様ごっこをしてるだけの、ただの眩しい道化師だよ」
「このワシが……道化……」
この都市に元々住んでいた人たちはどうなったのだろうか。この王に逆らって金や宝石に変えられたのか、それとも国内では価値の暴落したであろう財宝を抱えて他所の国へと逃げ出したのかは分からない。だがそうやって国民が誰1人いなくなってもなお、この骸骨王はただ独りで財宝を集め続けたのだろう。哀れといえば哀れだが、やはりその姿は道化としか言いようがない。
「で、どうするよ。まだ財宝集めを続けるのかい?」
「ワシは……ワシは……」
アイデンティティが崩壊してしまったのか、骸骨王はもはや抵抗する気もない様子でぐったりとしていた。元々人間としての生はとっくに終わっているはずなのだから、ここはとどめを刺してやるのが慈悲というものだろうか?
――だが、その必要はなかった。骸骨王が生きる気力を失っていくのに合わせたかのように、その体がボロボロと朽ち始めたのだ。仏教風に言えば、執着を離れたおかげでようやく成仏できるといったところか。
「おぉぉ……ワシの体が朽ちていく。700年続いたこの黄金の都市が……終わる……」
「終わるのはあんたの長すぎた人生だけだろ。この財宝の山はあんたがいなくなっても残り続けるし、誰かが持ち去ってどこか別の場所を飾ることもあるさ。俺の世界じゃ『金は天下の回りもの』って言ってな、本来お宝ってのはそういうもんだ」
「…………」
「けど、命も同じだよ。人はまた生まれ変わって、どっか別の場所で別の一生を送るんだ。あんたは1つの体、1つの人生に執着してたから、いつまでも同じ場所から進めずに足踏みしてたのさ」
一時は寺で修行させられたせいか、俺は輪廻や転生という概念を信じている。人に限らず、生ある者が死ぬのは古くなった肉体を捨て、嫌な記憶や経験を忘れて新しい気分でやり直すためにきっと必要なことなのだ。
「そうか……そうかもしれんな。冒険者よ、気付かせてくれて礼を言うぞ……」
そう呟くと同時に、骸骨王の骨は完全に土塊となって崩れ落ちた。それと同時に氷の下敷きになっていた金ピカ人間たちも人の形を失い、岩のような黄金の塊へと変わっていく。
「ふぅ、終わったか……。けど、ここまで来て無駄足だったのが残念だな」
地面に座り込み、後ろに両手をついて深く息を吐く。
あの階段を登ってきたことが徒労に終わってしまっただけに、肉体だけでなく精神的な疲労感も大きかった。それにここの財宝を盗みに来て金ピカ人間に変えられた連中は自業自得としても、さんざん人を殺してきたはずの骸骨王が勝手に救われたような台詞を吐いて消えていったのも少々気に入らない。
「ここにあるものを持って帰れば無駄足にはならないんじゃ?」
近くにいたアルが俺の傍にしゃがみ込み、地面に落ちていた砂金や宝石を両手ですくって俺の前に掲げてみせた。おいおい、1つ忘れてることがあるんじゃないか?
「そうは言うがな、ここの財宝ってほとんどは元々人間だったわけだろ。これ、ポケットに入れて持って帰ろうって気分になるか?」
「確かに……ちょっと気持ち悪いかもですね」
「だろ? 盗掘は事情を知らない、俺たちの後に来る連中に任せとこうぜ。あ、そうだ、俺の世界じゃこういうときに言うカッコいい台詞があるんだよ」
「なんて言うんですか?」
「『俺たちのポケットには大きすぎらぁ』ってな」
「あはは、ちょっとキザすぎません?」
「それを全く締まりのないサル顔のヤツが言ってたからカッコいいんだよ。さ、帰ろうぜ。もう今日は風呂入ってすぐに寝たい」
「ちょーーっとお待ちなさい!」
「ん?」
振り返ると、そこにはシャーロットが両手を腰に当てて仁王立ちしていた。そういえば俺のほうもすっかりこいつのことを忘れてたな。アルのことを言えないか。
「あなた、よくもこの私をこれだけ長いこと放置してくれましたわね。用が済んだなら今度はこっちの番ですわよ!」
ああ、そうだった。こいつは俺をコテンパンにするとかいう名目でここに来てたんだ。それにしても面倒臭いなあ……こっちは登山の後に戦いで疲れてんだよ。
「なあアル、さっきの台詞を言ったやつってさ、実はここにあるようなお宝を盗む大泥棒なんだよ。で、お上の手先がそいつを追ってくるんだけど……そんなとき、そいつはどうすると思う?」
「あー……それはもちろん――」
俺はアルにだけ見えるよう人差し指を口に当ててその言葉を制し、ティナとフリージアさんにも目配せをする。そして――
「そう、逃げるんだよぉっ!」
素早く立ち上がって荷物入りの樽を背負い、脱兎の如く逃げ出した。
「んなっ!? ちょ、お待ちなさいっ! 逃げる気ですの?」
「だからそう言ってんだろうが!」
シャーロットが追ってこようとしているが、一瞬面食らったぶんスタートダッシュが遅れている。そのおかげで十分な距離が稼げ、俺たちは一気に黄金都市の入口まで戻ることができた。
「それにしてもトウマくんって、本当に見かけによらないのね。あれだけの財宝をあっさり諦めちゃうのもそうだけど、結構優しいところもあるじゃない」
黄金都市を出て外の階段を駆け下り始めたところで、フリージアさんが不意にそんなことを言った。
「え、何がですか?」
「あの王様のことよ。多分あれ、ただやっつけてもまた復活して同じことを繰り返してたわよ」
「そうなんですか」
「廃城で戦った人形みたいに魔石を核にしてたんじゃなくて、財宝への執念が本人の魔力と結びついて命を保ってたみたいだからね。だけどトウマくんに説得されて心が欲望から解放されたおかげで、やっと眠ることができたのよ」
「俺にはあいつを救ってやる気なんてありませんでしたよ。ただ正論吐いてたらあいつが勝手に昇天しちゃっただけです」
「うふふ、照れちゃって」
フリージアさんはそう言ってくれるが、実際俺はそれほど立派な人間じゃない。本当に優しい人間というのは、俺のように自分が傷つかないために他人と争ったりはしない。俺は他人を傷つけるぐらいなら自分が傷つくことを選べない人間だからこそ、ただ自分のためだけじゃなく、他の誰かのためにも力を振るうことができる人間でありたいと思っているだけだ。
ともあれ、俺があの骸骨王を成仏させたので二度とここで消息を断つ人はいなくなるだろう。そう考えると、俺たちがここに来たこともまるで無駄ではなかったのかもしれない。
「お待ちなさーい!」
シャーロットはまだ俺たちを追ってきている。俺は今の状況からさっきアルに言った大泥棒アニメのオチを思い出し、なんだか笑えてきてしまった。
「あ~ばよ~! お嬢さ~ん!」
体のほうは疲れ果てているが、なかなか悪くない気分だ。俺はアニメの主人公の台詞を真似しながら、モヤモヤした気持ちをぶち壊してくれたシャーロットに内心感謝しつつ走り続けた。




