18.黄金都市エルグランド
「これは……」
岩山の斜面に掘られた階段の終着点まで来た俺たちは、なぜ山の中腹で階段が途切れているのかを知った。下から見上げていたときには気付かなかったが、そこには数人が通れるほどの縦長の穴が開いていたのだ。その穴は天井にも壁にも、そして床にもタイルのような石がきちんと敷き詰められいて、岩山の奥のほうへと続いている。
「向こう側が明るいな。これって洞窟というより、ただの短い通路みたいだ」
「これが黄金都市へ続く道なんでしょうか? けど、どうしてこんな中途半端な位置に……」
「…………もしかすると……」
「何? トウマくん」
「この岩山って横から見ると台地みたいに見えますけど、上から見ると盆地みたいになってるんじゃないでしょうか。自然の力でそうなったのか、それとも人の力で掘ったのかは分かりませんけど」
「つまり黄金都市というのはこの山の上にあるんじゃなくて、くり抜かれた盆地の底にあるっていうのね」
「この先が底なのか、それともまだ下があるかは分かりませんけどね。周囲を岩壁に囲まれた都市って、防衛に便利そうじゃないですか」
「なるほど……今までこの都市を攻めてきた国があったとしても、ここしか入口がないんじゃどうしようもないわね。それに、あの階段を行軍してるときに上から岩でも落とされたらひとたまりもないわ」
「逆の可能性もあり得ますよ。一度は都市の中へ誘い込まれて、全員そこで罠にかかって二度と出てこられなかったとか……」
「確かにそれもあるかも。でも、そんなことをいちいち気にしてたら冒険者なんてやってられないわよ? さ、早く行きましょ」
フリージアさんはそう言って、樽を背負った俺の背中をグイグイと押してきた。ベテラン冒険者だから慎重派かと思ってたら、意外とガンガン行こうとするなこの人。逆にそういう危険に慣れすぎて、もう多少のことではビビらなくなってるんだろうか。
40メートルほどの通路を真っ直ぐに歩いていくと、小さかった向こう側の光がだんだんと大きくなってくる。そして通路を抜けた瞬間、俺たちは全員で一斉に驚嘆の声を上げた。
「わぁ……」
「凄い……」
「はぁー……」
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?!?」
「もう、トウマうるさい! 音が反響して耳が痛いわよ!」
「ああ、すまんリーリア。つい興奮してテンションが上がっちまった。けど、これを見たら誰だってそうなるだろ」
俺たちの前には、目が痛くなるほど眩い黄金の都市が広がっていた。
金、金、金、そして金。ありとあらゆるものが黄金の輝きを放っている。さらにダイヤモンドやサファイア、ルビー、エメラルドと思われる色とりどりの宝石や、玻璃、瑠璃、瑪瑙といった、いわゆる七宝がまるで塵芥の如く、そこらじゅうに散らばっているじゃないか。
周囲をよく見渡してみると、やはり俺の予想していたとおり、ここは直径1キロはありそうな盆地の底だった。元々てっぺんが窪んでいた台地をさらに削って造ったような感じで、内側の岩壁までが溶かした黄金でメッキされている。
天井はステンドグラスのようなものが張られたドームになっていて、上から出入りすることはできそうにない。先ほど通ってきた通路の先が明るかったのは、ガラス越しに差し込んだ太陽の光が都市内の黄金に反射していたのだろう。
「おぉぉぉぉぉ……」
この都市の話を聞いたときにも、俺には目的の『アウラの涙』以外の財宝に対する興味なんてほとんど湧かなかった。俺はこの世界に永住する気などないし、よくある物語などでも異世界から持ち帰れるのはせいぜい手の中に収まるサイズのものが1つだけといった話が多いので、元の世界に持って帰れるとも思っていなかったからだ。
しかしそんな俺でさえ、この光景には心が揺れた。いや、実際にこんなものを目の当たりにして、欲が全く出てこないやつなんているだろうか? 仮に目が『¥』や『$』マークにはならないにしても、少しも興奮せずにいられる人間がいるなら見てみたいものだ。
「あぁっ!」
「?」
俺たちが都市の眩さに見とれていると、後ろのほうから声が聞こえた。高さからして女の声だが、ティナやフリージアさんのものではないし、リーリアとアルは俺の前にいる。
「やっと見つけましたわよカミシロ・トウマ。今日こそあなたをコテンパンに叩きのめしてやるから覚悟しなさい!」
不穏な台詞に嫌な予感を感じつつ振り向くと、そこにいたのはやはりシャーロットだった。こいつまさか、俺たちの後を尾けてきたのか?
「お前……こんなとこまで俺を追ってきたのかよ。今日はもう疲れてるし、そういう気分じゃないんだって。そんなことよりほら、この美しい都市を鑑賞して目の保養でもしようぜ」
「はぁ? この場所がどうかしましたの? ここの主はずいぶんとお金が有り余ってらっしゃるようですけど、こんな趣味の悪い都市を造らせるなんて、センスの欠片も見当たりませんわね」
いたよ、どんなお宝を見ようが心動かされない人間――金や宝石なんて持ってて当たり前という感覚の持ち主がこんなところに。
「ふん、こんなものが美しいだなんて、あなたの育ちが知れますわ」
「悪かったな。金持ちのお嬢様と違って貧乏性なんだよ」
「あら、確かに私の家はお金持ちですけれど、このようなものに執着したりはしませんわよ。品性というものはお金では買えませんからね。おほほほほ!」
ああ、痛いところを突かれた途端いきなり人に蹴りかかってきたり、オバケじみた人形怖さに人前で漏らすような金持ちの女を見たことあるからよーく分かるよ――と言い返したくなったが、それを言うと本気でキレそうなので黙っておこう。
「お嬢様、今日はそんな言い争いをなさるために来たのではないかと思いますが……」
スキンヘッドの黒人執事がシャーロットのほうを見て呟く。
「そ、そうでしたわ! 先日かかされた恥の恨み、今こそ晴らさせてもらいますわよカミシロトウマ!」
「だぁぁっ? だからやめろって!」
シャーロットは話を聞こうともせず、猛然と俺に襲い掛かってきた。この前のことで懲りたのか、武器は鞭ではなく執事たちと同じ細身のサーベルになっている。
痛い目に遭わせたという点では俺も多少悪いことをした気もするが、動く人形相手にビビって漏らした件に関してはほぼ彼女の逆恨みだ。そんなことで切り刻まれてはたまらないので、俺は彼女に背を向けて走って逃げだした。そのとき――
「!?」
突然、金の延べ棒を敷き詰めたような地面がぐにゃりと歪んだ。足をとられる寸前で軽くジャンプしたので転びはしなかったが、着地した地面も溶けかけたチョコレートのように柔らかくなっている。
「な、なんだ?」
俺が周囲を見回していると、歪んだ地面がいきなりどろりと盛り上がり、だんだんと人の形をとり始めた。
「どわぁぁっ!?」
俺の目の前に限らず、周りでも同じものが何体も立ち上がっていた。全身に金粉をまぶしたような姿は、さながら少林寺の十八銅人といった感じだ。
「金だ……」
目の前に現れた金色の人間は、満面の笑みを浮かべてそう呟いた。さらにそいつだけでなく、周りにいるやつも次々と同じ姿で同じ台詞を口にし始める。
「金だ……金をくれぇ……」「金だ」「金をくれ」「金だぁ……」
「な、なんだこいつら? くそっ、気色の悪い笑顔で寄ってくんな!」
俺は腰のホルスターからトンファーを抜き、目の前にいたやつの顔を横から思い切り殴りつけた。
―― ゴガァン! ――
中に液体の入ったドラム缶を叩いたような音がして、金ピカ人間が横倒しにぶっ倒れる。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」
直前まで笑顔だったくせに、倒れたやつは泣きそうな顔でうめき声を上げていた。こいつ、痛みを感じているのか?
「おい、そっちは大丈夫か!?」
仲間やシャーロットたちのほうを振り返ると、皆も無数の金ピカ人間たちとそれぞれ戦いを開始していた。フリージアさんは大剣を一振りするたびに敵を吹っ飛ばしているが、軽い剣しか持たないアルやシャーロットたちは相手が斬れずに苦戦しているようだ。
俺も試しに手近なやつの肩を短剣で斬りつけてみたが、少し刃がめり込んだだけで深くまで斬れない。純金はもともと固体状でもそれほど硬くない金属だが、切断まで至るには剣の重さや威力が足りないのだ。
しかしこいつら、硬いんだか柔らかいんだか分からない。表情や口の周りは滑らかに動くくせに、斬ったり殴ったりしたときには金属音がする。昔の映画に出てきた液体金属のサイボーグとも違う、実におかしな存在だ。
ともあれ、ゾンビみたいに迫ってくるのを黙って見ている場合でもない。少なくとも殴られれば痛みを感じるようだし、とりあえず目の前のやつらを蹴散らさなくては。
「はぁぁっ!」
―― ガァン! ゴォン! グワン! ガン! ゴン! ゴォン! グワァン! ――
俺は2本のトンファーをブンブンと振り回し、周りにいたやつらの頭部を片っ端からブン殴ってやった。短い部分での突き、長い部分での殴打、棒の部分を腕に沿わせた状態での肘打ち――どれもトンファー本来の、型どおりの使い方だ。さらに昨日アルに見せた超接近戦での足払いから、体勢を崩して倒れようとする敵の顔面に思い切りトンファーを振り下ろす。
―― ゴォォォン! ――
「やれやれ、まるで寺の鐘つきだな。一発ごとにうるせえったらありゃしない」
「痛い……痛いぃぃぃ……」
俺の渾身の一撃を受けたやつはぐにゃりと変形してしまった鼻を押さえ、またも泣きそうな表情でモゾモゾと地面を這い回っている。そのリアクションを見ているとなぜか少し可哀想になってきたが、そのことが俺に恐ろしい想像を抱かせた。
小学生の頃、俺は精神修行と称してしばらく近所の寺に預けられたことがあるのだが、そのとき住職に聞かされた話に六道輪廻というものがあった。人間が死後に行く世界は6種あり、自らの行いで魂に刻まれた業によってどこに行くかが決まるというものだ。
その中の1つに餓鬼界というのがある。物惜しみをして他人に施しをしなかった者や、文字通り金の亡者のような生き方をした人間が堕ちる場所なのだか……。そこに堕ちた亡者たちは他人が持つものばかりを羨み、自分が持っているものの価値に気付くことができない『貪り』の心に囚われているため、こちらが救ってやろうと食べ物や水を与えても、それが炎や薪に変じて身を焼かれてしまうという。
今、目の前にいる連中の姿が俺にはその餓鬼どもとダブって見えていた。こいつら自分たちがすでに金まみれのくせに、なぜお互いではなく俺たちのほうへ、しかも「金をくれ」なんて言いながら寄ってくるんだ? しかもこの痛がりよう……まさかこの金ピカ人間たち、元は普通の人間なんじゃ?
「みんな、無事か?」
俺は少し戻って仲間たちと合流し、全員で背中合わせになって金ピカ人間の集団と対峙した。シャーロットたちも少し離れた場所で3人背中合わせになり、お互いに死角を作らないよう構えている。
「フリージアさん、俺……ちょっと嫌な想像をしちゃったんですけど」
「それって財宝目当てでここに来た人たちが、何かの術にかかって金の人間に変えられたのかも……ってことかしら? 奇遇ね、私も同じことを考えてたところよ」
「仮にそうだとしたら、このままここにいると俺たちも……」
「うわはははははは! その通りだ!」
「!?」
俺が感じた嫌な予感についてフリージアさんと確認し合っていたとき、どこからか突然しゃがれた笑い声が聞こえてきた。
「今の声、どこだ?」
左右を見ても金だ金だと壊れたレコードのようにうめき続ける金ピカ人間しかいない。しばらく皆であちこちを見回していると、ティナが上のほうを見て叫んだ。
「トウマさん、あそこです!」
「!」
ティナが指差した先を見上げると、そこには――黄金の冠に黒いマントを羽織り、銀の杖を持った骸骨の化物が宙に浮かんでいた。
今回はよく勘違いされているトンファーの使い方について少し解説。
トンファーはクルクルと回す勢いを利用して敵を殴るものと思われがちですが、実際には普通の棍棒と同じように『振るときの遠心力』で威力を生み出すものであって、トンファー自体が『回転するときの遠心力』はほとんどオマケです。人間の顎とかなら回転の勢いでスコンと打ち抜くこともできるのですが、硬いものや重量のあるもの、つまり動かないものを殴ったときには反動ではね返され、威力が逃げてしまいますので。
よくAAなどでトンファーを表す記号で図解すると、回転させずに↓━┻側、つまり持っている手の小指側に向けて殴るのが正しいということですね。
クルクル回すのは鮮やかにやると確かにカッコいいのですが、あくまで長いほうと短いほうのどちらを使うかを切り替えるための動きだと思ってください。
とはいえ映画『ターミネーター2』の脱獄シーンでサラ・コナーがやってたように、持ち手の部分を利用して敵の首を絞めたりその部分で殴ったりと、武器の使い方なんてものは本来自由です。必要以上に型に囚われる必要はありません。




