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15.武器と防具を買いに行こう(前編)


「がはっ……」


 太陽に温められた地面の熱が頬に伝わってくる。

 俺は今、鍛冶屋の前で車に轢かれたカエルのように地面に這いつくばっていた。一体どうしてこのようなことになったのか。

 事の始まりは数分前――



 俺たちがやって来たのは、フリージアさんの行きつけだという鍛冶屋だった。腕のいいドワーフ族がやっているという話で、その人が鍛えた武器の頑丈さは折り紙つきなのだとか。


「ちわーっす」


 店に入ると、すぐ目の前に長い黒髪の小さな少女がいた。おそらく10歳ぐらいだろうか? 上半身は胸にサラシのような布を巻いているだけのほとんど裸で、目つきは悪いがなかなか可愛らしい女の子だ。

 少女はこちらをじろりと見たものの、「いらっしゃいませ」という挨拶はない。てっきり店の関係者ではなく客の1人かと思ったのだが、他に誰もいないので俺はその子に訊ねてみることにした。


「お嬢ちゃん、店の人はどこにいったか知らない?」


「ちょっ、トウマくん!」


「え? …………おわぁっ!?」


 後ろにいたフリージアさんが慌てた様子で声をかけてきたかと思った次の瞬間、俺は宙を舞っていた。いきなりズボンのベルトを掴まれて、まるでゴミ袋でも捨てるかのように放り投げられたのだ。

 そして俺は店の外まで吹っ飛ばされ、空中で1回転して地面に叩きつけられた。うつ伏せに落ちるときの基本どおり両腕を八の字にして顔と胸を打たないよう受身をとりはしたが、いきなりだったので思った以上に効いている。


「い、っててて……なんだ今のは。誰に投げられた?」


 俺の間合いにいたのはあの少女だけだ。ということは、140センチもないような小さな女の子が75キロもある俺を持ち上げたっていうのか?


「だーれがお嬢ちゃんだクソガキぃ。ちょっと背がデカいからって調子こいてんじゃねえぞ」


 うつ伏せになった俺の上から意外に低い声が聞こえてくる。顔を上げると、そこには先ほどの女の子がいた。やはり俺をブン投げたのは彼女らしい。


「ちょ、ちょっと待ってアリサさん! その子は私の仲間なのよ。異世界から来た人間だからドワーフ族のこととかよく知らないの。だから、ね? 許してあげて」


 フリージアさんが俺と少女の間に割って入り、俺が異世界人であることを説明してくれた。


「あぁん? 異世界人だぁ? なんだフリージア、珍しいもん連れてるじゃないか」


 アリサと呼ばれた怪力少女は両腕を組み、仁王立ちの姿勢で俺を見下ろしていた。その迫力はとても10代の少女のものとは思えないどころか、かなり前にどこかの寺で見たことのある不動明王か阿修羅像のようだ。


「ふ、フリージアさん、この人は?」


 体を起こし、フリージアさんに目の前の少女が何者なのかを尋ねる。


「この人はアリサ・クラウン。この店の店主で、超一流の鍛冶師よ。(ちなみにああ見えて私より年上なの。ドワーフ族やエルフは見た目が若くても100歳近いなんてことがざらにあるから、軽々しく子供扱いしちゃ駄目よ)」


 フリージアさんが目の前の女性を紹介しつつ、小声で亜人との接し方について注意してくれた。なるほど、そういうことか。知識としては知っていたはずなのに、実際にそんな存在を目にしたことがないのですっかり忘れていた。


「し、失礼しましたアリサさん。自分は神代燈真と申します。今日はあなたの『作品』を買わせていただきたくて伺いました」


「ほう、いきなり失礼なことをぬかすガキだと思ったが……私の作ったものを『作品』と呼ぶあたり、なかなか分かっているじゃないか。いいだろう、好きに見ていけ」


「はいっ!」


 武道の世界で鍛えられた俺は、目上の人間に対する礼儀もかなり厳しく叩き込まれている。職人のプライドを持ち上げつつ丁寧に挨拶したことで、どうやらさっきの失言に対するアリサさんの怒りは治まったようだ。


「じゃあ、とりあえず店の中にあるものを見てみましょう」


「そうですね」


 そうして俺たちは再び店の中に入り、まずは防具のほうから物色し始めた。武器はともかく、防具のほうは既製品で済ませられればそれに越したことはない。


「おっ、これなんかいいな」


 店内を軽く見回しただけで、俺好みの防具はすぐに見つかった。左胸のほうにしかカップのないブラのような形状で、心臓と鳩尾みぞおちをガードする金属製のアーマーと左の肩当てだけを革のベルトで装着するものだ。


「トウマさん、そんなに守る面積の少ないやつでいいんですか? 人間はともかく魔物相手にそれでは危ないんじゃ……」


「俺は元々攻撃を受けるタイプじゃなくて避けるタイプだからな。どうせ熊みたいな腕力の魔物相手じゃ下手に防御したところで無駄なんだ。それなら少しでも動きやすい防具にして直撃を避けたほうがいい」


 ベルトを締めてサイズが合うかどうか試着しながらアルの疑問に答える。うん、俺の胸囲にピッタリだ。

 フリージアさんが持ってきてくれた革の鎧も軽くて悪くはなかったのだが、どうにも腰の前に垂れ下がっているスカート状のアーマーが邪魔だった。ただカッコ悪いというだけではなく、足が上げにくくて俺の得意とする蹴り技の妨げにもなっていたのだ。その点これなら腰周りが自由だし、走るときにも最大限に膝を上げられる。


「あとはこいつと……こいつかな」


 俺が次に選んだのは、両腕をガードする籠手こてと両脚をガードするレガース(すね当て)だった。どちらも金属製なのにプラスチックのように軽く、厚さは2ミリもないのに思い切り力を込めてもひん曲がる気配すらない。おまけに籠手こてのほうにはナックルガードと革製の指抜きグローブも付いていて、これなら硬いものを全力でブン殴っても拳を痛める心配はなさそうだ。


「アリサさん、これってなんの金属で作られてるんですか? 胸当てのほうもそうだけど、めちゃくちゃ軽い」


「ああ、それは私が合成して鍛えた合金製だ。ガイアタイトの強度とミスリルの軽さを兼ね備えてる」


 ガイアタイトという金属がどんなものかは知らないが、ミスリルってのはRPGとかに出てくる銀の一種だったはず。もしかすると、軽くて柔らかい金属に硬い金属を合成して強度を増しているのかもしれないな。

 それにしてもこの店、ベテラン冒険者のフリージアさんがお薦めするだけのことはある。どの防具も見た目以上に頑丈なうえ、多少は覚悟していたはずの重さもほとんど感じないという素晴らしいものばかりだ。


「でもこれって、お高いんでしょう?」


 俺は先ほどから気になっていたことを聞いてみた。手作りの1品モノでこの出来なら、仮に俺の世界だったら10万円で済まないかもしれない。


「まあ、胸当てと手足の防具で8000ジュダルってところだな。なんだ、払えないのか?」


「フリージアさん、俺はまだこの世界の金銭感覚がよく分からないんですが……8000ジュダルってどれくらいの価値なんですか?」


「うーん、そうねえ……大人1人が1ヶ月働いて稼ぐのが大体1万5000ジュダルから2万ジュダルかしら。1人なら1万でも1ヶ月食べていけるけど、親子3人で暮らすなら2万は欲しいってところね」


 その感覚でいくと、1ジュダルってのは大体10円ぐらいか? それなら8000ジュダルは約8万円……。うーむ、月給の半分と考えると高いが、モノの良さを考えると安い気がしなくもないな。


「で、さっき稼いだお金はいくら残ってるんでしょう?」


「魔石が高く売れたからね。雑貨屋で使った分を差し引いてもまだ1万4000ジュダルは残ってるわよ」


「ああ、それなら十分足りますね。けど、あと武器も買わないといけないんだよなあ」


「そういえばそうだったわね。剣は私のお古じゃ駄目なの?」


「剣はもう少し扱いやすくて短い、悪く言えば適当なのでいいんです。だけど本命のやつがちょっと特殊な形状でして……。できればオーダーで作っていただきたいんです」


「特注品か、それなら少し高くつくぞ。どんなのがいいんだ?」


「紙とペンありますか? 絵に描いて説明しますよ」


「ふむ、じゃあこれに描いてみろ」


 アリサさんから羽ペンと藁半紙のような紙を受け取り、自分の欲しい武器を描いてみせる。俺はあまり絵が得意なほうではないが、デザイン自体は単純極まりないので伝えるのに問題はないだろう。


「ここはこんな感じの形で、こっちは俺の肘からここぐらいまでの長さで……」


「なんだ、こんな簡単なものでいいのか? これなら1日もあればできるから、残りの6000ジュダルで作ってやろう」


「できればフリージアさんが使ってるようなデカい剣を受け止めても折れたり斬れたりしないぐらい頑丈なやつをお願いしたいんですが……本当にその金額でいいんですか?」


「誰に言っている? 私は仕事に対して一切の妥協も手抜きもない女だぞ。安い金で請け負ったからといってヤワなものを造るなど、ドワーフの誇りにかけてありえん」


「ドワーフの誇りですか……さすがですね。では、お願いします」


「ふふん、なかなか人を乗せるのが上手いガキだな。いいだろう、ドワーフ族を知らない異世界人とやらにこの世界の技術を見せつけてやる。今から作製に入るから、明日になったらまた来い」


「分かりました」


 こうして武器を作ってもらえることになった俺たちは、その日は宿に1泊して明日を待つことにした。

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