13.サブミッション・アーツ
メイド姿の人形は果物ナイフを持ち上げ、今にもシャーロットへ向かって振り下ろそうとしていた。このままでは本当にホラー映画の惨殺シーンが繰り広げられてしまう。
「させるかっ!」
俺は横から回り込んで接近すると、棒高跳びのように剣を床に突き立て、それを支えにして低空のドロップキックを放った。全体重をかけ、両足で人形の腰のあたりを蹴り飛ばす。
―― ゴワシャァン! ――
人間と同じ形状をしている以上、中身がスカスカだろうと重心の位置は大して変わらない。軽いメイド人形は勢いよく吹っ飛び、7~8メートルも離れた場所に転がった。
「おい、さっさと逃げろ馬鹿!」
体勢を整えつつシャーロットに向かって叫ぶが、腰が抜けているのか彼女は立ち上がろうとしない。そうしている間に人形のほうが立ち上がり、今度は俺に向かってナイフを振りかぶった。
(ヤバい、間合いを詰めないと!)
短いナイフを相手にするとき、手足を斬られるのと同じぐらい怖いのはそれを投げつけられることだ。相手にとっては武器を奪われる可能性もあるし、10メートルも離れれば避けられなくはないので下手に投げつけることはできないが、こういう中途半端な距離で2本以上のナイフを持っているときにはかなり有効な攻撃手段になる。
それをさせないためには、踏み込んで突かれてもかわせるだけの余裕を持ちつつ、かといって投げつけるには近すぎて意味がないという絶妙の間合いを保つ必要がある。
俺は剣を横に構えて盾の代わりにしつつ、敵の切っ先が自分に届くギリギリの距離まで突っ込んだ。
「クカカカカココこ!」
人形は俺の狙いどおりナイフを投げるのを中断してくれたが、今度は両腕を滅茶苦茶に振り回しながら斬りつけてきた。腕そのものが軽いせいか恐ろしく速く、しかも関節が奇妙な方向に回転したりするので軌道が読めない。
「うわっと! おぉっと! だあぁぁっ!」
駄目だ、接近戦に持ち込んだものの剣が重すぎて防御が追いつかない。こうなったら――
「せぇいっ!」
俺は半歩下がって距離をとり、斬りつけると同時に手を放して剣を相手に押しつけた。持っていても不利になるだけの武器なら、ときにはあっさり放してしまうほうがいい場合もあるのだ。
押しつけられた剣が重しとなり、それを受け止めようとした人形の両手が塞がる。その隙を逃がさず、俺は床にスライディングしながら敵の両足首を右腋に抱え込んだ。
「メイドなら寝技に付き合うサービスぐらいしやがれっ!」
抱えた足首を巻き込みながら膝の裏側を押してやると、人形はバランスを崩して顔から床に突っ込んだ。その衝撃でナイフが板張りの床に敷かれた絨毯に刺さり、やつの手から離れる。
(よし、今だ!)
うつ伏せになった人形の両脚を折りたたんで自分の両脚に絡ませ、その上に座り込むようにしてガッチリとロックする。
さらに俺はやつの両手首を掴み、そのままのけ反りながら天蓋つきベッドのように体を持ち上げて動きを封じた。プロレスでいうロメロスペシャル――吊り天井固めだ。
「どうだ、これなら関節の可動域がどれだけ広かろうと動けねえだろ」
人間なら体を揺すってバランスを崩し、横倒しになって技を外すこともできるロメロスペシャルだが、重さがせいぜい20キロもないこいつにはその脱出方法は使えまい。この体勢では俺もこれ以上何かすることはできないが、とりあえずこいつを倒す方法を考える余裕はできた。
「クカカ……ココ…………カカかかかききキ!」
人形は首だけを180度回転させてこちらを向き、噛みつこうとするかのように口をガチガチと鳴らしている。あまり長いこと見ていたい光景じゃないし、早くなんとかしなければ。
とはいえ、どうやってこいつを破壊する? ボディの頑丈さを考えるに拳や足で砕くのは無理そうだし、剣で叩き潰そうにも俺の力では何度も斬りつける必要がある。
(……いや、待てよ?)
俺は今の体勢から、こいつの関節構造についてふと考えた。
少し前、不思議な力で動く人形が出てくる漫画を借りたときに亮が教えてくれたことだが、本物の球体関節人形というのはゴム紐を内部に通して左右の腕や脚、そして胴体と頭を連結しているらしい。それならこいつもパーツ同士を繋いでいる内部の紐を切ってしまえばバラバラになるのでは?
この世界にゴムが存在するのかどうかは知らないし、もしもこいつのパーツを繋いでいるのが針金を束ねたような太いワイヤーだったら切るのはまず不可能だが、こうなったら一か八か、やってみる価値はあるかもしれない。
俺は人形の手首を掴んでいた手を放すと、その反動で再び床に突っ伏したやつの体を裏返し、その右足を自分の左腋に抱えた。まずはアキレス腱固めで足から破壊してやる。
「ぬうぅっ!」
本来ならこの技は自分の脚を敵の脚に絡めて下に押さえつけ、抱えた足首を下から上に捻り上げてテコの原理で捻じ切るのだが、人間の腱にあたる部分がゴムならば伸びる分だけ効果が薄いはずだ。俺はその可能性を考えて、むしろ引っこ抜くつもりで人形の足を後ろに引っ張った。
「カカカキキカカカカカ!」
人形が拳で俺の脚をめった打ちにしてくるが、ナイフを持っていないなら問題はない。この程度の力で10発や20発ぐらい殴られたところで、ビール瓶で叩いて鍛えた俺の脛はびくともするものか。
「そぁりゃぁっ!」
―― バツンッ! ――
自分の体を限界まで反らせたところで、ギターの一番太い弦が切れたような音とともに人形の脚がちぎれた。
足、球状の足首、脚、太もも――4つのパーツが宙を舞い、さらに右脚と連結されていたもう片方の脚もバラバラになって床に転がる。残骸をよく見ると、2本の脚を連結していたのは直径2ミリほどの金属製ワイヤーだった。
やはりこの世界にはゴム紐というものが存在しないのか、それとも伸びて緩んでしまったり、劣化して切れてしまうことを製作者が嫌ったのか。いずれにせよ、この太さなら俺の力でもなんとか引きちぎれる。
「よしっ!」
両脚が破壊された以上、この人形はもはやズルズルと這い回ることしかできないはずだ。ならばもう放っておいて、さっさとこの場を離れてしまった方がいい。
俺は素早く立ち上がって剣を拾うと、再びシャーロットのほうへと近づいていった。
「おい、いい加減にしっかりしろ! 立って逃げるんだよ!」
「あ、貴方は……」
それまで放心状態だったシャーロットがようやく正気を取り戻し、俺の目に焦点を合わせた。
「いいから急げ!」
「は、はいっ!」
シャーロットが俺が差し出した手をとり、よろよろと立ち上がろうとする。だが次の瞬間、その顔が恐怖に凍りつき、再び彼女は尻餅をついて床に転がった。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
「なんだ?」
異様な気配を感じ、彼女が逃げたのと同じ方向へ素早く転がる。そして、それは結果的に正解だった。俺が前転して離れた直後、それまで俺の足首があった場所をナイフが通り抜けたのだ。
「こ、こいつ……!」
そこにいたのは、両脚のなくなった人形だった。床に刺さったナイフを引き抜き、それを突き立てながら蜘蛛のように移動してこちらに迫ってきたらしい。もしも転がるのが一瞬でも遅れていたら、今のでアキレス腱を斬られていたところだ。
人形は脚がなくなったことでさらに不気味な姿となり、まるで都市伝説の『妖怪てけてけ』みたいになっていた。この薄気味悪さ、本当にホラー映画にも程がある。
「いい加減にしろこの化物がぁ!」
普通ならシャーロットのように気力が萎えてしまうのかもしれないが、俺は元々ホラー映画を見ても『こいつをどうやったら倒せるか?』といったことばかり考えているタイプだ。
あまりにしつこい人形に対して、俺の胸に湧いてきたのは恐怖よりも怒りだった。こうなったら二度と動けないよう、全身バラバラに解体してやる。
「せぇっ!」
俺は這いつくばった人形を飛び越すつもりでジャンプし、上から覆い被さるようにしてやつの両手首を掴んだ。ここさえしっかりと押さえてしまえば、こいつがいくらナイフを振り回そうとしても肝心の手首を動かせない。
さらに俺は人形の体を裏返すと、その右腕を両脚で挟み、あお向けになって床に寝そべった。現代では様々な格闘技で用いられる関節技の基本――腕ひしぎ逆十字だ。
この技は本来、両手に刃物を持った相手にかけるようなものではない。手首を掴んで伸ばしているほうの腕はいいとしても、自由に動かせるほうの手に持ったナイフでこちらの足なり腰なりをめった刺しにされるからだ。
だが、このメイド人形にはそうすることができなかった。俺は股間でやつの右腕を挟んでいるだけでなく、足首をクロスさせて左腕の動きも封じていたのだ。両足の甲が左の手首をペンチのように挟んで床に押さえつけているため、やつは腕を曲げることすらできない。
これこそ俺の親父が編み出した改良型の腕ひしぎ逆十字――その名も『千鳥型逆十字』である。
本来の腕ひしぎ逆十字よりもさらに完璧な十字を描くこの技は、自由なほうの手で自分の首を押さえつけている脚を持ち上げて噛みついたり、伸ばされている腕や肘を自ら殴って相手の金的を押し潰すといった脱出方法を完封することができる。
「自慢じゃないが俺はこの技から相手を逃がしたことは一度もねえぞ。このまま両腕を引きちぎってやる!」
腕ひしぎ逆十字は背筋力の強い者ならブリッジから体を裏返して脱出することもできるが、両脚のないこいつにはそこまで体を反らすことができないだろう。そもそも体を裏返したところで、こちらはそのまま裏十字固めに移行するだけなので同じことだ。
―― ぶぢんっ! ――
またもワイヤーが切れる音がして、今度は腕のパーツがばらばらと床に転がった。だがここで終わりはしない。完璧に破壊すると決めた以上、頭と胴体まできっちりと分割してやる。
俺はもはや芋虫のように動くことしかできなくなった人形の背中に飛び乗ると、その顎を両手で抱えて後ろに引っ張った。とどめは再びプロレス技のキャメルクラッチだ。
「ふんっ!」
下から顎を抱えられては唯一残った武器である歯で噛みつくこともできず、両手でこちらの腕を掴むこともできない以上、こいつに脱出の術はない。俺が背筋を総動員して顎を引いてやると、ついに人形の頭がもげて上半身と下半身が分割された。
―― バチン! ――
今度は薄い金属板に工具でパンチ穴を開けるような音がして、ちぎれた頭部が反動で勢いよくすっ飛んだ。その拍子に何かが首の部分からポロリと落ち、コロコロと床に転がる。
「ん? なんだこりゃ?」
人形の首から落ちたのはコバルトブルーの石だった。野球のボールより少し小さいぐらいだが、結晶の形は刺々しく、アメリカの保安官がつけている星型のバッジを立体的にしたようでもある。
「トウマさん、それです! それが人形を動かす核となってる魔力の結晶です!」
突然、部屋の入口のほうで執事たちを治療していたティナが叫んだ。そうか、これが頭脳や心臓の代わりとなって人形を動かしていたんだな。
俺はすぐ傍に転がっていた剣を拾うと、それを振り下ろして石を叩き割った。すると何か黒い気体のようなものがもやもやと立ち上り、文字通り雲散霧消していく。
「く……カカ……ココ…………」
頭だけになってもまだ口を動かしていた人形がやっと静かになった。どうやら動力源である魔力の供給が断たれたことで、ようやくただの『モノ』に戻ったらしい。
「ふう……なんとか片付いたか」
フリージアさんなら今頃下にいた連中を全滅させているかもしれないというのに、俺のほうは1体相手にずいぶんと時間がかかってしまったものだ。
しかも関節技というものはタイマンだからこそ使えるのであって、もしも下の階のように多くの人形に襲われていたらとても今のような方法では仕留めきれなかった。やはり町に戻ったら買う武器をよく考えないといけないな。
初めての冒険から反省点だらけだが、とりあえず今は生き延びることができたことを喜ぼう。俺はゆっくりと立ち上がると、天を仰いでもう一度大きく息をついた。
作中のオリジナル技である『千鳥型逆十字』は通常の腕ひしぎ逆十字の弱点ともいうべき部分をカバーするものですが、今回は肘をへし折るのではなく腕を引っこ抜くのが目的だったのと、手首の動きまで封じるために少し深め(自分の股間で挟む位置が相手の腕の付け根ぐらい)に技をかけています。
本来はもう少し浅め(相手の肘がくるのが自分のヘソあたり)でないと、体を反らせて肘にダメージを与えづらいかと思われます。
今回登場した関節技はほとんどが有名どころで、ちょっと検索するだけでどんな技かはもちろん、かけ方まで動画ですぐに調べることができます。ですがそういった動画でも大体言われているように、危険なので真似しないようお願いしますね。
特にロメロスペシャルなんかはその体勢を作ること自体が難しい技ですが、キャメルクラッチやアキレス腱固めは誰でも簡単にかけられちゃいますので……。




