12.クレイジー・ドールズ
1
中に入ってみると、そこは城というよりも洋館のような造りだった。正面扉をくぐってすぐのところがホールになっていて、その左右に2階へ上がるための大きな階段がある。
天井の近くにある小さな窓からは日差しが入ってくるが、やはり城の中はかなり薄暗い。さっきまで外でさんざん聞いたワーウルフたちの声もなく、ホールには不気味な静寂だけが漂っていた。
(……ん?)
40メートル四方ほどのホールの真ん中まで来て、俺は妙なことに気がついた。古い廃墟なのだからカビ臭いのは当然としても、床にホコリが積もりすぎているのだ。
もしもワーウルフの群れが棲み家にしているというなら、もっとやつらの生活感とでもいうべきものがあっていい。それなのにホコリにまみれたワインレッドの絨毯には、俺たちや先に入った3人がつけたであろう足跡だけが鮮明に残っていた。
「フリージアさん、なんかおかしくないですか? ここ、長いこと誰も訪れてないって感じですよ」
「そうね……私もそう思うわ」
城の中には外よりも多くのワーウルフがいると思っていたのに、ここに巣食っていたという気配すらないのはどういうことだろう?
ワーウルフがどれぐらいの規模の群れを形成するのかは知らないが、外にいた9匹だけというのはあり得まい。先にやって来た他のパーティやさっきの3人が狩り尽くした可能性も考えられるが、それにしては争った形跡もない。
「ひゃぁっ!?」
「どうした!」
突然リーリアが後ろで叫んだので振り返ってみると、ホールの壁際に半分白骨化したワーウルフの死体が数匹分転がっていた。すでに毛皮が風化しかかっていて何の死体か見分けづらいが、頭蓋骨の形状で辛うじてそれと分かる。
「……これって」
やはりおかしい。損壊具合から見てかなり古い死体であることは間違いないし、冒険者の仕業だとしたら高値で売れるはずの毛皮を剥いでいないのが不自然だ。もしかするとここにはワーウルフよりもっと恐ろしい何かが棲みついていて、さっき倒した連中はそいつに襲われないよう仕方なく外にいたのでは?
俺が目の前の死体に不穏なものを感じていると――
「きゃぁぁーーーっ!」
突然、階段を上った2階のほうから甲高い悲鳴が聞こえた。これはさっき出会ったシャーロットの声だ。
「ねえ、なんかヤバいんじゃないのここ?」
リーリアが慌てた様子で周囲をぱたぱたと飛び回るが、彼女に言われるまでもなくこの場の誰もがそう思っている。どうする? シャーロットたちは放っておいてこの場を離れるべきか、それとも助けに行ってやるべきか?
「と、トウマさん! あれを見てください!」
俺がどうすべきか逡巡していると、アルが奥の暗がりを指差した。
「今度はなんだ?」
視線を2階から1階のほうに落として目を凝らすと、城のさらに奥へと続く廊下から、10人ほどの人間がぞろぞろと出てくるのが見えた。全員がゴシック調のメイド服を着ていて、ゾンビのようにゆっくりとこちらに歩いてくる。
「おい、ここって放棄された城じゃなかったのかよ……」
誰に言うともなくそう呟いてすぐ、俺は恐ろしいことに気がついた。目の前にいるメイドの集団、こいつらは人間じゃない。よく見ると鼻の穴も耳の穴もないうえ、代わりに肘や膝などの関節に筋が入っている。これは――人形だ。
「怖っ!」
俺は思わず叫んでいた。さっきまでワーウルフと戦って魔物という存在にも多少慣れてきていたのだが、動く人形なんて魔物というよりホラー映画のキャラクターだ。しかもこいつら服や髪がボロボロなせいもあって、その気持ち悪さは半端じゃない。
「どうやらこいつらがワーウルフたちを排除した犯人みたいね。トウマくん、剣を構えなさい!」
俺と違ってこういう事態にも慣れたものなのか、フリージアさんは慌てることなく背中に担いでいた剣を抜いて構えた。俺が持たされたものよりもさらに大きい、クレイモアと呼ばれる馬鹿デカい剣だ。
「コ……キキ……コカカカカかカ……!」
唇らしき部分の横に入った筋から口が裂け、人形たちがケタケタと不気味な声を上げる。正直背筋に冷たいものを感じるが、こうなったらやるしかなさそうだ。
「クカカココかカカ!」
こちらを敵と認識したのだろうか、人形たちは背筋を曲げてゆらりと重心を下げたかと思うと、いきなり思いもよらぬ速さでこちらに向かってきた。
「ええい、寄るな気色悪い!」
俺は背負っていた剣をベルトから外して鞘を掃い、目の前に迫ってきた人形に対して袈裟懸けに斬りつけた。踏み込みは十分だ。
―― ドバァン! ――
人形が派手に吹っ飛び、他の数体を巻き込みながらゴロゴロと床を転がる。しかし、斬りつけた俺のほうはほとんど手応えを感じていなかった。ボディの中身がスカスカなのか、人形は意外なほど軽く、剣の重さによる威力が逃げてしまったのだ。
吹っ飛ばされた人形は何事もなかったかのように立ち上がり、再びこちらに目を向けた。おそらくガラス製だろうか、その瞳からはまるで感情が読み取れない。
「こいつら……意外と硬い?」
俺は中学時代、文化祭でお化け屋敷をやったときのことを思い出していた。不気味な人形を作るためにわざとマネキンを壊そうとしたのだが、マネキンのボディは骨折したときに巻く石膏ギブスのように繊維を固めてあり、金属バットでフルスイングしても表面の塗装が剥げるばかりで、なかなか割ることができなかったのだ。
もしもこの人形たちのボディが同じような材質や製法で作られていたとしたら、重さで叩き斬ることを重視したこの剣でも壊せないかもしれない。かといって日本刀があったところで、俺の技量じゃ真っ二つにできるかどうか怪しいものだ。
「「「くケケケケケけケ!」」」
「のわぁぁぁっ!?」
数体の人形が再び俺を目がけて迫ってきた。ワーウルフのような爪や牙がないのが救いといえば救いだが、こんな気味の悪いものに纏わりつかれたらと考えただけでもゾッとする。
「だらぁっ!」
俺は焦るあまり、腰の入っていない横薙ぎの一閃を放ってしまった。こいつらを倒すためには上から斬りつけて叩き潰すしかないと分かっているのに、とにかく遠ざけたいという意識が勝ってしまったのだ。突っ込んできた人形たちはそれで吹っ飛んだものの、やはり吹っ飛んだだけで斬れも割れもしない。
「だぁぁ、くそっ! せめてデカいハンマーでもあれば……」
「トウマくん、腰が引けてるわ! こうよ、こう!」
―― ずばがぁん! ――
フリージアさんが横で叫んだかと思った瞬間、もの凄い音とともに床がビリビリと揺れた。見ると、舞い上がったホコリの中で人形の1体が床に這いつくばり、まるで陶器製であるかのように胴体がグシャリと割られている。
「す、凄ぇ……」
俺よりも細腕なのに、この人はなんでこんなにデカい剣を大上段から振り下ろせるんだ? 異世界人ってのは筋繊維の断面積と出せる力の比率が俺たちと違うのか。
この人がいれば今の状況もさほど恐るべきものではないのかもしれない――そう思って心に余裕が生まれると、俺はふと上の階にいるシャーロットのことが気になった。もしかすると、あいつらもこの人形たちに襲われているのでは?
「フリージアさん、ここ任せていいですか? 俺、ちょっと2階に行ってさっきの連中の様子見てこようと思うんです」
俺はフリージアさんと背中合わせになりながらそう言った。
「え、ええ。私は平気だけど……トウマくんは1人で大丈夫なの?」
「念のためティナを連れて行きます。アルのことはお願いできますか」
「分かったわ」
俺の剣では人形どもを壊しきれなくても、やつらがティナに近づかないよう守ることぐらいはできる。その間にティナが呪文の詠唱を済ませれば、魔法で燃やしてしまうこともできるだろう。細い剣しか持たないアルもフリージアさんに任せておけば大丈夫だろうし、戦力を分割するならこれが一番いいバランスだ。
「ティナ、一緒に来てくれ!」
「は、はいっ!」
俺はティナの手を引くと、ホールにある右の階段へ向かって走り始めた。
2
2階に上がってみると、そこは1階よりもさらに暗かった。ホールには小さな窓から日の光が入っていたが、廊下の壁に掛けられた燭台の蝋燭には当然ながら火がついていないのだ。
こんなにも暗い中をシャーロットたちはどうやって進んだのかとも思ったが、ふと後ろを振り返るとティナが杖を顔の前に掲げ、何やらブツブツと呪文を詠唱していた。
「ティナ、なんの魔法を使う気なんだ?」
「……わが杖に疾く来たりて道を照らせ。『ライトニング・トーチ』!」
ティナが杖を掲げると同時に、その先端が眩く輝きだした。まるで理科の実験でマグネシウムリボンを燃やしたときのような明るさだ。
「おお!」
「これなら暗い場所でも問題ありません」
「助かるよ」
ティナが後ろから照らしてくれるおかげで、本来なら真っ暗ななずの廊下を走って進むことができる。そうやって進んでいくと、ふと鼻先に煙の臭いが漂ってくるのを感じた。この臭い……蝋燭を燃やしたときに出る煙か?
もしも俺の予想が正しければ、シャーロットたちは灯りを得るために壁の燭台を1つ持っていったのかもしれない。その煙の臭いが残っているのだとすれば、それを辿っていった先に彼女たちがいるはずだ。
カビ臭い中に真新しい煙の臭いが漂っていれば、その方向を嗅ぎ分けることはさほど難しくない。そして臭いを頼りにさらに奥へと向かっていた俺たちの耳に、それほど遠くない場所からまたも悲鳴が聞こえてきた。
―― 「…………ひぃぃっ! こ、来ないで! 来ないでぇぇっ!」 ――
間違いない、これはシャーロットの声だ。
「こっちだ!」
目的の場所が近いことを確信して走り出すと、廊下に並んだ扉の1つからぼんやりと明かりが漏れているのが見えた。状況はかなり切羽詰っているようなので、中の様子を確認もせず部屋に駆け込む。
「どうした!」
俺の目に飛び込んできたのは、思った以上にヤバい光景だった。
そこは15メートル四方ほどの書斎らしき部屋で、入口のすぐ近くに2人の執事がうつ伏せに倒れていた。どちらも脇腹に果物ナイフが深々と刺さっている。後ろから不意を突かれたという感じで、傷が脾臓や腎臓まで達していてもおかしくないと見ただけで分かるほどだ。
「おっさんたち、大丈夫か!? しっかりしろ!」
「う、ぐぅぅ……」
「が……ぁ……」
慌てて駆け寄り、意識があるかどうかを確認する。幸いどちらもうめき声を上げたので、まだ死んではいないらしい。
「ティナ、回復魔法って使えるか? ていうか、この世界にそんな魔法はあるのか?」
「あります! すぐにお2人の手当てを……!」
よかった、この深手では仮にこの城から助け出せたとしても町に戻るまで持たなかっただろう。俺も打撲や骨折の手当ては慣れたものだが、さすがに刃物で刺された傷をその場で縫ったりはできない。
「ま、待ってくれ……私たちはいいからお嬢様を……」
スキンヘッドのほうのおっさんが苦痛に顔を歪めたまま部屋の奥を指差す。そちらのほうへ目をやると、でシャーロットがへたり込んだままガタガタと震えていた。
彼女の目の前にはあまり歓迎したくないものがいた。ボロボロのメイド服に身を包んだ白い顔の人形――さっきまで俺たちが相手にしていたのと同じものだ。1つだけ違う部分があるとすれば、目の前にいるやつは執事のおっさんたちに刺さっていたのと同じ果物ナイフを両手に握っている。
「カカカカカかカカカコこコココココ……!」
人形の表情から感情を読み取ることはできないが、その声はまるでシャーロットを嘲笑っているかのようだ。
シャーロットの足元には、初心者マークのような形をした刃がいくつも付いたワイヤー状の鞭が転がっていた。あれが彼女の武器なのだとすれば――なるほど、肉を切り裂く鞭はワーウルフのような生物には有効でも、硬いボディの人形相手では表面を引っ掻くだけでほとんど効果がなかったのだろう。おまけに大剣のような重さもないから、フリージアさんがやったように叩き潰すこともできなかったらしい。
「い、嫌……嫌ぁぁ…………」
シャーロットは必死で後ずさろうとしているが、後ろには俺の背丈よりも大きな書棚があってそれ以上下がれずにいる。しまいには苦し紛れに本を引っ張り出して投げつけ始めたものの、相手に届いてすらいない。
「ああもう、世話の焼ける!」
俺は怪我をした執事たちをティナに任せ、弾かれたように走り出した。




