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11.悪役令嬢の華麗なる足技

 目の前にいる少女は、まさに貴族のお嬢様といった風体だった。ふわふわの金髪を軽く縦ロールさせた髪型と、あちこちにフリルのついたスミレ色のドレスに身を包んだ姿は、もはや『絵に描いたような』としか表現のしようがない。

 その背後にいる男たちはといえば、1人は中東系の濃い顔立ちに暑苦しい髭を生やした大男で、もう1人は身長よりも横幅のほうが大きそうなスキンヘッドの黒人だ。2人とも高級そうな執事服に身を包んでいるが、デカすぎる図体のせいで前のボタンがはち切れそうになっている。


「あなたたち、冒険者ですの?」


 少女は腰に手を当て、高慢そうな目つきでこちらに問いかけてきた。身長2メートル近い執事服の男たちはその真後ろに立って、いまいち背の低い少女の威圧感を補うかのように俺たちを見下ろしている。


「そうよ、彼は今日が初仕事の駆け出しだけどね」


 リーリアがひらひらと俺の周りを飛び回りながら代わりに答えてくれた。


「やはりそうでしたのね。もしや、あなた方もワーウルフの討伐に?」


「そうだが……」


「それならわたくしたちの邪魔者ということになりますわね。悪いことは言いません、今すぐここから立ち去りなさい」


「はぁっ?」


 少女は突然訳の分からないことを言い出した。この仕事は早い者勝ちの毛皮狩りだというのに、いきなりその権利を自分たちに譲れというのだ。


「この仕事を成し遂げて冒険者としての名を上げるのは、私ことシャーロット・アルファードですわ。みすぼらしい庶民は引っ込んでなさいな」


「いきなり現れて何を言ってるのか分からんが、俺も金が必要なんでな。そう簡単には引き下がれねえよ」


「フン、二言目にはお金お金……庶民らしいですわね。いいですわ、お好きな額をおっしゃいなさい。お金が欲しいなら好きなだけ恵んであげますから、さっさとお帰りになるがいいですわ」


 この女、本当に何を言っているんだ。冒険者が金のために仕事をするのは当たり前だろうに、金を払ってまで仕事だけをやりたいっていうのか。

 待てよ? もしかしてこいつ、さっきまでの俺と同じように今回の仕事について勘違いしているのだろうか? それならば「冒険者としての名を上げる」という言葉が動機として納得がいく。


「そう言われても、こっちは俺が冒険者としてやっていけるかどうかのテストも兼ねてるし。それにアンタのその格好、どう見ても戦うための服装じゃないだろ。そんなフリフリの服着たお嬢様が魔物退治とか……冒険者ごっこならおうちの庭でやってくれよ」


「――――!」


 俺の言葉を聞いた途端、少女がいきなりもの凄い目つきになった。いまにも噛みついてきそうな形相だ。


「……あなたもお父様と同じことをおっしゃいますのね。私が女だからって馬鹿にして……許せませんわ!」


 シャーロットと名乗った少女はこちらにずかずかと歩いてくると、俺の目の前で右手を振りかぶった。女がよくやるビンタを食らわせようというのだろう。


「リーリア、ちょっと下がってろ」


 手で押しのけるようにリーリアを後ろに下がらせた次の瞬間、俺の鼻先で手のひらがひゅん――と空を切った。飛んできた平手打ちを俺がスウェーバックでかわしたのだ。


「なっ……! 乙女の平手打ちを避けるなんて、あなたそれでも男ですの!?」


 やれやれ、女であることを馬鹿にされると怒るくせに、男が女に黙ってやられないと文句を言う。典型的な勘違いフェミ女というべきか、俺の嫌いなタイプだ。

 漫画やドラマなどでもよくあることだが、こういうときに男が女のビンタを避けようとも防ごうともしないのが俺は常々気に入らなかった。女側が男女同権を叫んでいるなら、なんで男が一方的に殴られてやらにゃならんのだ。


「フン、臆病者! あなたも自由な女が怖いんでしょう? 男の仕事、男の尊厳を女性に奪われるのを恐れているんだわ!」


 ふむ、ついさっきも思ったことだが、やはりこの世界ではまだ男尊女卑の思想が根強いんだろうか? それならこのの反骨精神は逆に好感が持てる気もするが……それにしたって少々(こじ)らせすぎだな。


「俺は別に女を馬鹿にしてるつもりはないけどな。大体ウチのパーティには2人も女性がいるし、そのうち1人は俺にとって冒険者としての師匠みたいなもんだ」


 そう言いつつ、後ろにいるティナとフリージアさんに目を向ける。彼女たちはうんうんと頷きながら、特にフリージアさんは「もうその辺にしとけば?」と言わんばかりの目でシャーロットを見ていた。


「大体、どうして俺がお前を恐れる必要があるんだ? 自由な人間を怖がるのは、自分が自由に生きられないやつだけだろ」


「ぐっ……」


 おそらくこのは冒険者になることを親に反対され、家を飛び出してきたご令嬢といったところだろう。俺の言葉が図星だったのか、シャーロットは何も言い返せずにふるふると震えていた。


「……こうなったら力づくでそこをどかせて差し上げますわ。私の華麗なる足技をご覧なさいっ!」


「うぉっと!」


 シャーロットが言い放つと同時に、いきなり俺の顎先に向けてハイヒールのつま先が跳ね上がってきた。彼女が前蹴りをくり出してきたらしいが、さっきのビンタと違ってずいぶんと様になっている。


「ちぃっ! また避けましたわね!」


「おいおい、ずいぶん足癖の悪いお嬢さんだな。言い返せなくなったからって、レディが早々に話し合いを放棄して暴力に訴えかけるなよ」


「お黙りなさいっ!」


 2発、3発と続けざまに俺の顎先をハイヒールが走り抜ける。フレンチカンカンのような前蹴りだけなので食らいはしないが、これだけ鋭い足技をこの世界でお目にかかるとは驚きだ。

 それに何より――速い。俺は軽量級の全日本ベスト8に入る先輩の蹴りを道場で経験しているが、ハイヒールでそれに匹敵する速さの蹴りをくり出すなんてやるじゃないか。


「どうでもいいけど、あんまり高く足上げるとパンツ見えるぞ!」


「ちゃんとドロワースを重ね穿きしてますわよっ!」


 ドロワースというのがどういうものか知らないが、要は見られてもいい下着ということだろうか? スポーツ少女がよく穿いているスパッツか、テニスで穿くアンダースコートみたいなものか? どっちにせよ、スカートの中に見とれている場合じゃない。


「しっ!」


 それまで俺の顎ばかりを狙ってきたシャーロットが、突然低い蹴りを放ってきた。具体的には俺の金的――股間を狙ってきたのだ。さっきまでの蹴りは、そちらに俺の目を慣らすための見せ技だったのだろう。

 しかし、俺はこの蹴りを最初から読んでいた。なぜならこの手の――男を見下して調子に乗っている女というやつは、『男なんてタマを蹴り上げれば1発でしょ?』というのが常套句だからだ。

 さっきのビンタもそうだが、来ると分かっている技を食らうマヌケはいない。俺は素早く反応して足を前後に開き、空手でいう『前屈立ち』のスタンスをとった。こうするだけで前にある脚が邪魔になり、真下から金的を蹴り上げることはできなくなる。そして――


 ―― ごつんっ! ――


たぁっ!?」


 そのとき、シャーロットの足が俺の股間を蹴り上げたと周りの誰もが思っただろう。だが、悲鳴を上げたのは彼女のほうだった。


「~~~~~~っっ!」


 シャーロットは後ろにひっくり返ったかと思うと、すねを押さえたまま涙目で地面を転げ回り始めた。あまりの痛さに声も出せないらしい。


「ト、トウマさん……今、何をしたんですか?」


 それまで俺とシャーロットの争いを後ろで見守っていたアルが、目を丸くしながら訊ねてきた。


「あん? ただ前蹴りを掌底で止めると同時に、もう片方の拳ですねにゲンコツくれてやっただけだよ。『落花はっしょうけ』って技だ」


 これは沖縄の空手に伝わる技である。落花はっしょうけというのは今やってみせたようなものに限らず、防御がそのまま攻撃を兼ねるカウンター技の総称だ。


「お、お嬢様!」


「大丈夫ですか!?」


 後ろにいた執事らしきおっさんたちが慌ててシャーロットに駆け寄る。


「ぐっ……くぅぅぅ…………」


 2人に助け起こされ、シャーロットはようやく立ち上がった。まだ足をひょこひょこと引きずっているが、表情は怒りに燃えているのでさほどのダメージは受けていないようだ。拳を当てたのがいわゆる『弁慶の泣き所』ではなく、その少し上だったからな。


「よ、よくもやりましたわねぇ……」


「いや、お前がいきなり蹴りかかってきたのが悪いんだろうが」


「もう完全に頭にきましたわ! あなたたち、何をぼーっとしていますの。この無礼者をやっておしまいなさい!」


「は、はい」


「かしこまりましたお嬢様」


 シャーロットの命令を受けた執事のおっさんたちが前に出て、肉の壁のように俺を見下ろしてくる。おいおい、いくら俺でもこんなゴツい大男、しかも2人を相手にするなんて無理だぞ。


「あーもう、分かった! 分かったよ! お前ら先に入っていいから」


 俺はとりあえず降参して、シャーロットたちを先に行かせてやることにした。彼女はともかく2人のお供には素手で勝てそうもないし、かといって人間相手に刃物を使った殺し合いまでしたくない。


「私にあれだけのことをしておいて、今さら降参が通ると思いまして?」


「いや、俺はお前の蹴りを防いだだけだっての。大体お前の目的は冒険者としての名声なんだろ? だったらそれに関しては全部そっちに譲ってやるよ。こっちはワーウルフの毛皮だけ手に入ればいいんだ」


「…………」


 シャーロットは今にも俺に掴みかかってこようとしていた2人を制し、こちらを睨みながらも思案を始めた。これ以上俺と争って疲れるよりも、その体力をワーウルフ退治に回したほうがいいかもしれないと考えているのだろう。


「……いいでしょう、こちらとしては毛皮になど興味はありませんし、あなた方は私たちがワーウルフを全滅させた後に死体漁りでもすればいいですわ。ただし、さっきの借りはいずれ必ず返させてもらいますからね」


 思ったとおりだ。やはりこの女、今回の仕事の趣旨を勘違いしている。それならこいつらにワーウルフ退治は任せて、俺たちは後から実利だけせしめればいい。

 俺は仲間たちのほうに振り向くと、3人(+1匹)とアイコンタクトをとってこくりと頷いた。余計なことは言わず、この場は黙ってこいつらの好きにさせようというジェスチャーだ。


「ではアンドレ、オスカル、行きますわよ」


「はい」


「仰せのままに」


 シャーロットたちの一行は城の扉を開くと、周囲を警戒もせずに堂々と上がりこんでいった。言動はともかく見た目だけは育ちが良さそうなお嬢様なので、城の構造などいちいち確認するまでもないのかもしれない。

 というかあの執事たち、見た目に反してあんなメルヘンな名前なのか……。どう見てもシンとブッチャーって名前のほうが似合いそうなのに。


「ふう、行ったか……。とんでもないお転婆てんば娘だったな」


「嵐のような人でしたね……」


「トウマくん、あのが仕事内容を勘違いしてるのに気付いてあんなこと言ったわね?」


 褒めているのか、それとも呆れているのか、フリージアさんがニヤニヤしながら話しかけてきた。


「ええ、ちょっとセコかったですかね?」


「うーん……まあ、そういう交渉術も冒険者には必要なスキルだからね。むしろいい判断だったと思うわよ」


「そう言ってもらえてよかった。じゃあ、俺たちは後からゆっくり行かせてもらうとしますか」


 あのお嬢様はともかく、2人の執事は体つきだけを見ても相当の強者だろう。腰にサーベルらしき剣を帯びているのも見えたが、いかにも怪力そうなあの腕ならワーウルフですら素手でひねり潰してしまうかもしれない。大して強くない俺とアルでさえ5分足らずで9匹を仕留められたことを考えると、それより少し長めに待てばいいかな?

 そして約10分後、俺たちはシャーロットたちの後を追って城の中へと足を踏み入れた。

 今回登場した『落花はっしょうけ』という技は、相手のほうが体重が軽い場合、蹴りの威力がそれほどでもない場合に有効です。

 自分よりも重い相手の蹴りを下手に止めようとすると、手首を痛める場合があるので注意してください。

 また、蹴りの勢いを殺しきれていないと拳のほうが砕かれる可能性もあるので、使うにはしっかりと拳を鍛えましょう。

 本編には受けるほうの手と拳が同時と書いてありますが、実際にはほんの少しタイミングをずらし、止める手のほうを一瞬だけ先に当てるのがコツです。

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