鬼畜メイドの夜
夜の屋敷、窓明かりしかない中、忍び足で裏口に忍び寄る二つの影。
「いーひっひ、泥棒の血が騒ぐなぁ」
「そうでガリねぇ」
「よし、ガーリック、俺が裏口をこいつでぶち壊す、そのあとメイドさんをくんずほぐれつして金庫の在処を聞き出すぞ」
裏口に回ると、木製の扉が見えた。
「よし、表側は確かに厳重だが、裏はそうでもねぇ。あれなら一発二発で壊せんだろ」
バールを構えて扉に向かおうとした瞬間、エロッスはすっころんで一回転し、うつぶせに地面に落ちた。
「ぎゃっ!?」
ついでにカーンと、手を放したバールが頭に落ちた。
「何やってんでガリ、エロッス兄さん」
「なんか、何かに躓いて……草が輪っかになってんじゃねぇか、なんだ、どこかのガキがやったのか? ちっくしょう」
気づかれないため明かりはつけれない。再び立ち上がると今度は二人でこけた。得物が互いの頭に落ちる。
『ぎゃあっ!?』
「なんなんだこりゃ、ったく」
「エロッス兄さん、あれ見てよ」
転んだ視点から目を凝らすと、庭一面の草が結んである。なるほどこれは嫌でも転ぶ。
「……軽いホラーだな」
「エロッス兄さん、帰ろうでガリ?」
「帰ってられるかい!! よし、俺は表に回る、お前は裏へ行くんだ!!」
ホネロックの店に二人はやってきた。
「よぉ、お二人さん。今日はずいぶん遅いね。何か食べていくかい?」
「今日は鼻の調子が悪いんじゃ、とびっきり臭いの強いものが食いたい」
「物知りのロミオとんこつ一丁、チャーシューマシマシで」
「へい、ポージングのホネロック兄貴」
「あの、何か怪しいところがあったみたいですけど……本当に寄り道して大丈夫なんでしょうか?」
不安げなのはニノンである。どうやら一目でオカマスキーが悪人であると察したらしい。
……普通の感性を持っていれば察するだろう。
「大丈夫じゃと思うんじゃがのう、あのオカマなんか抜けてる気がして。ニンニク入れとくれ」
「はいニンニク追加―!」
「お主もなんか食べんか? あんまり食ってないじゃろう」
ニノンは首を振って鼻紙でチーンと鼻をかむ。
「いえ、私あんまり食欲ないれふ」
「それも無理はないか。ところでズズーッ! ホネロック、お前さん一応一端の悪じゃったよな? オカマスキーってオカマに心当たりはないか? ズゾーッ!」
出てきたラーメンをすすり始めたデーブにホネロックは答える。
「食うか喋るかどっちかにしろよ。知っているか、物知りのロミオ?」
「知ってますよ。田舎でスリやかっぱらいの頭領してたワルです。知らないうちにこっちにやってきてたんですね」
ロミオの話を聞いてホネロックがデーブに振り向く。
「だ、そうだ」
「ズズーッズゾゾーッ!」
「食うのやめて答えろよ!?」
「替え玉」
「替え玉一丁―――!!!」
「あ、あの、デーブ様。悪い人って今」
「まぁ、何をしてるか分からんからのぉ。噂とかないか?」
「替え玉お待ち、そうだな。ここ最近お前んちを嗅ぎまわってる奴がいるとは聞いてるな」
それを聞いてニノンは慌てる。
「大変、お家、マイヤーさんしかいません!?」
「大丈夫じゃよ、お代わり」
「早いな!? とんこつ一丁―!!」
「で、でも……」
ズズーッと麺をすすってデーブは答える。
「心配せんでもええ、替え玉一丁、チャーシューも」
「注文するか声をかけてやるかのどっちかにしろよ!!」
「屋敷の中であの女に勝てるやつはおらんわい」
デーブの前にまた、替え玉の皿が置かれた。
「ひっひ。よし、表門は確かにデカいが、なに、鍵は普通だ、ちょろっと開けてやるぜ」
エロッスは鍵穴をのぞき込もうとして、やめた。
「これで普通なら鍵穴から毒針で失明だもんな、俺だってセオリーくらいわかるぜ。ひっひ……」
言いかけた瞬間、玄関に穴が開いて地面が消失した。
「ぎあああああああああっ!?」
そこにいるのは、数匹の丸々と肥えたワニ!!
「ワニ、ワニなんで!? ロープ、ロープっ!?」
あわてて手探りでロープを引くと、手ごたえがなくなり、上から落下音が聞こえた。
「あ、神様」
エロッスは十字を切った。
「何やら水音が聞こえたが、雨でガリか?」
耳を澄ませながらガーリックは言った。
「まぁ、裏口は……なんだ、開いてるガリよ。可愛いところあるでガリね」
ガーリックは思いっきり開けて、瞬間、炎に包まれた。
扉を開けるのと同時に紐が引かれ、壁にかけてある南の島に住んでいる部族のお面が火を吹いたのだ。
「あちちち!! 水!! 水!!」
台所の流しに水が溜まっていたので、ガーリックは燃えている頭をそのまま流しに突っ込んだ。地面には、小樽が三つほど転がっている。書いてある文字は……。
『油』
台所窓から裏庭にかけて、明るく照らし出された。
「ひぃっひぃっ、やっと出られた……ここは、食堂か」
「あ、エロッス兄さんでガリか?」
よろよろと台所から食堂へガーリックが出てくる。
「おめぇは、ガーリックか? なんでぇ、黒焦げになって」
「エロッス兄さんこそ、尻にワニ付けてどうしたんでガリ?」
エロッスは慌ててワニをガスガスと叩いて始末した。
「ひっひ、ちくしょう、あのメイドとやらもうこうなったらタダじゃ置かねぇ!!」
「そうでガリね!! 行くでガリよ!!」
ホールへ向かう扉に手をかけようとしたときエロッスがそれを止めた。床をバールで叩く。
「待ちな、ガーリック。よし、扉の前に罠はないな? ゆっくり慎重に扉を開けるぞ。ドアに鍵はかかってねぇタイプだから」
そう言って、ドアノブを握った瞬間、エロッスの手から針の山が生えた。
「ぎやあああああああああああっ!?」
「うわ、すげぇ、ウニみたいでガリよ!?」
ドアノブから大量の針が生えてエロッスの手を貫いた。
「く、くそうっ!? ひーっひーっ!!」
「こうなったら蹴り破ってやるでガリよ!!」
蹴り破り、ドアの向こうを警戒して、頭を出すガーリック。
「向こうは燃えてないみたいでガリ」
上から、バケツが落ちてきてガーリックは頭を強打した。
「が、ガーリーック!? ひ、ひぃっ!? こりゃなんだ!! バケツが中身まで全部鉄でできてるじゃねぇか!? これはただの鉄塊だ!?」
ゴロゴロと転がるガーリックをエロッスは揺さぶる。
「ガーリック、生きてるか、ひっひっひでぇ、頭が割れてるじゃねぇか!? 中身は入ってないから問題ないな!!」
「死ぬかと思ったでガリよ!!」
「もうあの女生かして返さねぇ!! 天国まで連れてってやるぜ!! いーっひっひ!」
二人揃って踏み出して、同時にワイヤーに引っかかって正面に倒れる。そこには大量のマキビシが撒いてあった。
『ぎゃああああああああ!!!?』
泥棒達の絶叫がスラムに響き渡る。
「ふっふっふ、良い悲鳴ね」
二階の自室で紅茶を飲んでいた、マイヤーがカップを置く。
月は出ていない。今日は女神の加護が薄い日。
「こんな月のない夜は、きっと悪人は助からないでしょう」
眼鏡を釣り上げ、表情の見えない彼女はゆっくり立ち上がった。
一方そのころ泥棒達。
「ううっ、ひっひ、ひでぇ。こんなことをするのは鬼か悪魔だ」
「もうイヤでガリよ、帰りたいでガリよ」
半分泣きながら、マキビシを自分の体から取って地面に放る。
「あら、もう泣きごとですか? この家に入った根性の割に情けない」
階段の上から挑発するロングスカートのメイドさん。マイヤーさんは自信満々に眼鏡を釣り上げ笑みを浮かべた。
「ひっひっひ、ここまで来て引き返せるか!!」
「エロッス兄さん、もうイヤでガリよ、引き返そうでガリ」
「馬鹿野郎、これをやったのがただのいたずら小僧ってんならまだ許してやらんでもねぇがいやらしいメイドのお姉さんだぞ!! 後悔するほど縛り上げてアハンウフン言わせるってのが男の本懐だろうが!! いっひっひ!!」
いかにも怖がってなさそうに、マイヤーが答える。
「あら、怖い」
「いーっひっひ! そこで待ってろ!! 今からお前をズッコンバッコン俺様のテクでメロメロにしてやるからな!!」
「そうでガリよ!! こう見えてもエロッス兄さんはまだ童貞でガリなんだから!!」
エロッスはバールでガーリックをぶっ叩いた。
「痛い!?」
「馬鹿、そういうことは言わなくていいんだよ!! 相手がビビらねぇだろうが!! ひっひ、行くぞ!」
そう言い、階段を一段ずつ登っていくエロッスとガーリック。慎重に罠がないか足元を確かめ登っていく。
「いーっひっひ、もうタネ切れのようだな、そこでおとなしくしていたら……」
「あら、そうかしら?」
壁を叩くと、そこが開きレバーが一本現れる。
「ちょっと待って」
「待ちません」
にっこり笑ったマイヤーがレバーを引くと、階段が坂になった。しかもやたらよく滑る。
「うわあああああっ!?」
滑り落ちていくガーリック、下にはマキビシがある。
「ぎゃああああああああ!!!?」
「ガーリーーーックッ!! ひーっひ、ちくしょうッ、いたっ」
エロッスは痛む手を推して必死に両手で手すりにしがみつく。
「こ、このっ! ひぃっひぃっ」
「そこで~、これです」
マイヤーはサメのように笑って壁の別の場所を叩くと、レバーがもう一本。
「ちょ、ま、や、やめっ、ひ、ひぃっ!?」
手すりに、電撃が走る。
「あひひひあばばばばびびぶ!!?」
手すりをつかんだまま壊れたように踊りだすエロッス。そしてそのまま転落。
「ぎゃああああああああ!!!??」
ガーリックの上に転落し、ガーリックに刺さっていたマキビシがさらに深く刺さり悶絶。
「さらに、もういっちょ、はいっ」
ガゴンともう一本レバーを引く、階段前の床が開き、二人はそのまま落下していった。
「ひぃっひぃっ。どうなってやがるんだこの屋敷は」
頭から蛇を生やした……もとい、噛みつかれたエロッスは、這う這うの体で道を歩いていた。どうやって地下から出たかは覚えていない。
「エロッス兄さん、もうやだ、もうやだでガリよぉ」
泣きながら、尻にワニを生やした、いや、やっぱり噛みつかれたガーリックはとぼとぼと歩いている。お互いずぶ濡れの、血みどろだ。
「ひぃひぃ、もう、帰る、帰るぞ。何だてめぇ!! 前見て歩け!!」
どんっと、二人がぶつかったのは……ソフトクリームを胸に落としたデーブであった。
この日、二人はこの世の地獄を知ることになる。
また、実質被害としては物件二棟が全壊になったことは伝えておこう。
最後の箒掃きを終えて、ピカピカになった屋敷を見て一つ汗をぬぐう。
「よし、完璧ですね」
「今戻ったぞい」
「旦那様、お帰りなさいませ」
デーブはマイヤーの様子を見て、少し渋い顔をする。
「お主が今頃掃除をしているということは、何かやらかしたようじゃな。ニノンを表に出しておいてよかったわい。心に傷がついてしまう」
ニノンはハテナマークを浮かべ、首を傾げる。マイヤーは笑顔で答えた。
「あら、何のことでしょう?」
「まぁ良いわい、何か甘いものを頼みたいんじゃが、昨日のアイスは残っとらんか?」
マイヤーはデーブを見据えて、笑顔で言う。
「それですが、旦那様。今日は何を食べておいでで?」
「出先であんまり食えんでの。ちょ、ちょっとラーメンを」
「『ちょっと』ですか?」
この後、とんこつラーメン七杯、替え玉八杯、味噌ラーメンまで三杯食べたデーブは着座させられ怒られるのだった。
ニノンはなんとなく雰囲気で彼女には逆らわないでおこうと心に決めた。