オカマスキー・ホモノビッチ
「あんらまぁ~、汚いところねぇ」
ガタイの良いかなりショッキングピンクなオカマがバカ口を開けて言葉を発する。服装は豪華一点張りで仕立ては良いが品はない。
「そうでガリか?」
それに答えるのはボロをまとったガリガリの男。背だけが高いのでほとんど枯れ枝かスケルトンみたいな男だ。
「そりゃそうだよ、いーっひっひ、ネェチャンは綺麗だけどな」
相槌を打つのは、チョビ髭でオカッパ頭の小太りだ。いかにもおっさん臭を漂わせている。
「あんたらもかなり汚いわよ」
オカマは香水を二人に振りまいた、二人は聖水をかけられたアンデッドのようにシオシオになる。
「オカマスキー様、それはやめて下さい、いーっひっひ」
「くさいでガリ」
「あんたらが臭いのよ、それにここも臭いわ。さっさと行きましょう。馬車を出して」
『イエッサー!』
「なんなんでしょうか、あの人達」
それを見ていたのはニノンとデーブだ。二人共クレープを持っているが、デーブのは大きい。
「なんじゃろうな。サーと言われていたからあのピンクいのはどっかの貴族じゃなかろうか」
「貴族様なのですか?」
ニノンの問いにデーブは頷く。ほっぺにいちごクリームがついている。
「うむ、まぁ、貴族だってピンキリじゃがな。わしじゃて男爵じゃし」
「……それは、驚きました」
「お前さんワシを何者と思っとったんじゃ?」
デーブはさして気にした様子でもなく、クレープを飲み込んだ。
「おお、デーブさんじゃないかい」
「麦刈りのじいさん、元気じゃったか?」
こんなスラムの道端でも舗装されてなければ麦は生える。その麦を刈り取るのも一つの仕事だった。麦は刈らねば病気になったり地面が痩せたりする。女神の加護を受け続けるうえでの住民の知恵であった。
「うちの本業は宿屋ですよ」
「あのぼろ小屋まだ立ってたんじゃな」
「あんなのでも無いと宿無し共は苦労するからね。飯は食えても風邪を引いちゃあ意味が無い」
「貧乏は仕方がないな」
ここで互いに笑う。ニノンも何度となくこの街で見たやり取りだった。このスラムは貧乏だが、心が豊かだと彼女は思う。
「ところがな、ちょいと困ったことがあるんだが。デブの旦那は偉かったよな?」
「まぁ、木賃宿の主よりは偉いの」
「うちの宿がな、なんかお上の意向とかで無くなるんだわ」
デーブは顔をしかめる、ニノンが慌てて持ってたクレープを差し出す。食べると笑顔になった。
「お上ということは市議会か?」
「そうなるな。市議会のご意見じゃちょっと続けるのもきついが、しかし宿無しはどこに行けばいいんだろうと思ってな」
それを聞いて、デーブはさらに表情を曇らせる。怖い顔だったのでニノンは慌てて追加のシュークリームを買いに走った。
転んだ。
「あらあら、どうしたんです? 淑女が膝擦り剥いて」
マイヤーさんが出迎えるとニノンはデーブに抱えあげられて帰ってきた、デーブは背中に手が届かないため、抱き上げる格好となる。
「走って転んだんじゃ、薬を塗ってやってくれ」
「まぁまぁ、ニノンさん、淑女がよくありませんよ」
ニノンは半泣きでそれに答えた。
「すいません……」
「今日のレッスンは休ませてやってくれ」
ニノンが何かを言おうとしたところでマイヤーが口を挟む。
「そもそも今日のダンスの教師は風邪でお休みです、その分お勉強をしましょう」
「はい……」
(やっぱりマイヤーは怖いのぉ)
デーブがニノンをマイヤーに預けると、階段の上から声がした。
「やぁ、アットホームな会話を見せてくれたところ悪いんだがデーブ。あまりよくない知らせがある」
階段の上にいたのは、アイゼッツォンだ。
「スラムの『清掃』の話かのぉ?」
「耳が早いね。誰が始めたのか知らないけど、ロードフリフのところに行くべきだろうと思って馬車を用意しておいたよ」
「馬車は椅子が狭いのがのぉ」
「贅沢は言わない」
アイゼッツォンはびしっと言った。
ロードフリフ邸は市街のど真ん中、議会場の隣にある。アイゼッツォンの屋敷ほどは大きくはない。純粋にロードフリフはアイゼッツォンほど偉くはないのだ。
「やぁ! なんだ。久しぶりじゃないか、アイゼッツォンにデーブ」
友好的に迎え入れた男は、エルフの男性であった。緑色の長い髪に眼鏡をかけている、エルフの割には堅物そうな男であった。
「久しぶりじゃな、ロードフリフ」
「早速だが、この計画書は何なんだ? スラムの改築計画だ」
ロードフリフは眼鏡を上げて、その計画書を見た。
「なんだ、僕の計画書じゃないか」
「やっぱお主じゃったか」
ロードフリフは、計画書を掲げて夢見がちに言う。
「素晴らしいだろう!! あの汚いスラムを一斉に排除して、そこに奇麗な公園と図書館を建てるんだ! ついでに児童学校も作る。これにより市街の治安は急上昇するよ」
『お前は馬鹿だな』
ツッコミはダブルで来た。
「いや、分っとったことじゃが、そんなことをしていなくなった人間はどこへ行くんじゃ」
デーブに続いてアイゼッツォンも発する。
「市街には浮浪者があふれ、宿を失った人間が道端とその君が作った公園とやらに横たわることになるんだぞ」
「ぐっ、し、しかしだな」
ロードフリフは、顔をこわばらせて反論しようとする。
「しかも、スラム街にも仕事はある。仕事を無くした人間はどこで稼ぎを入れればいいのだ」
アイゼッツォンの言葉にロードフリフは満を持して反論した。
「それは、公共事業さ。幸いスラム街の撤去にも公園の設立にも雇用は要る。そこで捻出すれば」
「それは良いんじゃが、その金、どこから出てくるんじゃ?」
「ぐっ、それは……未定だ」
肩を落とすロードフリフを前に、デーブはアイゼッツォンに言う。
「ほら、言わんこっちゃない。焦ることはなかったんじゃ。計画が無理じゃと思ったからな」
「君たちは僕を馬鹿にしに来たのか!?」
「だいぶ」
デーブの答えに、ロードフリフはかんしゃくを起こした。
「なんて奴だ! 本当に友達甲斐の無い!!」
「だから私は反対だったんだ。こんな直情的なやつが議員になるだなんて」
アイゼッツォンは辛辣に言うが、それにデーブは首を振って答えた。
「ワシは賛成したぞ」
「そうだったのか、ぜひとも理由が聞きたい」
「こいつは一度痛い目にあったほうが良い」
「だからなんで僕の悪口の話になってるんだ!!」
ロードフリフの叫びに、デーブは振り返って。
「そりゃお前さん、何やろうとしてるか分かってないじゃろう? 下手すりゃ市街が崩壊するぞい」
「ぼ、僕は市民のためを思って」
「そう思うんなら取り下げるんじゃな。多分、警察とか、市民団体とか色々やって来るぞい」
「むぅ……しかし、これは僕一人の計画じゃないんだ。あとで相談することにするよ」
「む、その人物に会うことはできぬのか?」
「夜会に来れば」
デーブは明らかなしかめっ面をした。
夜会は立食会であった。そこかしこで紳士たちが談笑をする、女性はいない。どうやら男性のみの夜会であるようだ。こういう場所ではしばしば政治の話、または顔つなぎがなされる。
「ワシはあんまりこういうのは好きくないんじゃがの」
「メシが美味くないから、だろう?」
アイゼッツォンは、笑いながらワインを飲む。
「あんまり良いワインじゃないな」
「それ見たことか」
渋い顔をするアイゼッツォンをデーブは骨付き肉をしゃぶりながら笑った。
「しかし、協力者って言うのはあれかい? あまり関わりたくはないんだけど」
「ワシだって関わりたくないわい。しかも、二度と忘れられん」
二人そろって、また渋い顔をした。
「あんらまぁ! ロードフリフ子爵じゃありませんの!! また気品に溢れておいでで!! やはりエルフは違いますわね!!」
臭い香水の匂いをまき散らしながら、扇で口元を隠そうとするが隠しきれないほどのバカ口で大笑いするのはオカマスキー、そう、オカマスキー・ホモノビッチという男であった。
「いや、ホモノビッチ男爵。エルフなんて田舎の種族ですよ、お恥ずかしい」
「そんなこと無くてよ! だって良い男はいつまでも良い男ですもの、それでいてずっと若いなんてもう嫉妬しちゃう!」
長身のオカマスキーはひ弱なロードフリフの背中をバンバンと叩く。叩くとロードフリフはげほげほと咳き込んだ。
「きょ、今日は紹介したい友人が……」
「あら、ロードフリフ子爵って友達いたの?」
咳き込みながら背中をさすり言いかけると、辛辣な一言をオカマスキーが言った。
「失礼だな君は!!」
「やだやだ、怒らないでちょうだい、悪気はないわよ!」
「悪気があったら手袋叩きつけてるよっ!!」
「あそこ、すごい騒がしいのぉ」
「あ、こっち向いたぞ」
「逃げちゃいかんかのぉ」
「主役は君だろう、頼むよ」
お互い渋い顔をしつつ見ているとずんずんとオカマがやってくる。
「あんらまぁ!! ウェルウォナット侯爵。アイゼッツォン・ウェルウォナット侯爵じゃありませんこと!?」
「お前の名前噛まんで言えた奴久しぶりに見たわい」
「フルネームのことは言うわないでくれ」
デーブとアイゼッツォンはぼそぼそと語る。そのアイゼッツォンの手をがっしりと握るオカマ。
「ワタクシはオカマスキー、オカマスキー・ホモノビッチ男爵よ。ウェルウォナット侯爵の御高名はお聞き遊ばせてよ。ああ、噂にたがわぬいい男……」
「ででで、デーブ君」
「ワシ、ブサイクで良かったと心底思ったわい」
うっとりとアイゼッツォンを抱きしめるオカマスキーを眺めながらデーブはミートパイを頬張った。
「しかし、名が体を表しまくりじゃの」
しかしオカマスキーの香水の匂いで美味しく感じないので、無理にジュースで流し込む。少しデーブはしかめっ面になった。
「やぁん、もぉ、なんて格好良いのかしら! これで偉いんですからもう、最高ですわね! もうお友達になりましょう?」
「で、できればお断りしたく……」
「アイゼッツォンがすげぇ困ってるの久しぶりに見たの」
口元をナプキンで拭くデーブをここで初めてオカマスキーが見た。
「あんら、えーと、あなたはどちらで?」
「デーブ男爵だよ」
オカマスキーは顔を酷く歪めて、デーブを見下した。
「男爵ぅ? なんで男爵程度が侯爵様とお友達やってんのよ」
「突っ込みどころしかないんじゃがどこから突っ込んで欲しいんじゃ?」
「ワタクシはどっちかって言うと突っ込む方が好きよ!!」
「大声でそういう話をするんでないわ!!」
周囲はひそひそとこちらを噂している。とても良い状況ではない。明日にはゴシップの種になりそうだ。
「彼は私と同格の友人だよ。君はデーブ・デーブ男爵を知らないのか?」
オカマスキーは首を捻って二回ほど考える。
「え!? あれ!? “食楽道”のデーブ・デーブ!? やだ、もっとロマンスグレイのおじさまだと考えてたのにこんなのなのぉ!?」
「お前さん、時々めちゃくちゃ失礼じゃな」
オカマスキーはデーブの禿げ頭をベシンベシンはたきながら、笑う。
「だって、デーブ・デーブって言ったら!! 戦場ではアンデッドの群れを一人で千も倒したと言われ、商売に関しては東や西との流通を築いて海運の王者として名を連ねる街の名士中の名士じゃない! あらやだ、失礼あそばしたわ! まさか男爵なんて思いもしなくて!! ホホホホ! 忘れてくださいね!」
「君ら!! どこまで僕を無視したら気が済むんだ!!」
『あ、ロードフリフ』
総員が、彼の存在を完全に忘れていた。
「やっぱりこのパーティー飯がマズいな」
「僕主催のパーティーにケチをつけるんなら帰って、どうぞ」
かと言っても、正直、都会のワインはロードフリフの口には合わない。エルフは本来森で暮らす種族である。食糧は潤沢なのでお互いの領域を侵犯することは滅多にない。
ロードフリフはエルフとしてはまだまだ年若い。人間の戦に参加して戦功を上げ、貴族の称号を受け取り議員をしているのも、ただの趣味に過ぎないのだ。
「“書類の無駄”は治ったか?」
「僕をその名で呼ぶな!!」
よって、彼の悪口は今デーブが発した“書類の無駄”である。彼は大量の議案を議会に提出しているが、それが実ったことはない。
「アラ、今回の話は良い話よ? あのきったないスラムを新しく、新緑の公園、そう、小動物と鳥が舞い、少年少女が駆け回る土地にするの。街がとても美しくなるわん」
「その心は」
「できることならその利権で私の懐も潤いたいわね」
ぬひひと下品に笑ってデーブに指でわっかを作って見せる。
「馬脚を現すのが早すぎて話にならんわい」
「案外良い人なんじゃないかなこの人って気がしてきたよ」
「ぼ、僕の意見を利用してそんな正義にならないことをするのは許可しないぞ!!」
「あら、まぁ」
すっかり話はしっちゃかめっちゃかになるのだった。