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スモウとスケルトンとカツカレー

「なんか今日はいまいちついてないのぉ」


 デブはスラム街を歩いている、雑多で、暮らすのに苦労している人たち、あちこちでパンが焼かれているところから食うのにまでは苦労してる様子は見えない。


「やぁ、デブの先生! 不機嫌そうにコロッケ食いながらどうしたんだい?」


 トンカチでぼろ小屋を直しているおっさんが声をかけてくる。食はともかく金も仕事もなく、住むにも着るにも困る連中ばっかりだ。


「うむ、メンチカツを買おうと思ったら売り切れててな、トンカツにしようと思ったらさらに売り切れじゃった」


「ハッハッハ、デブの先生には死活問題だな!! リンゴでも食うかい?」


「やれやれ痩せてしまうわい。うむ、貰っておく」


 だが、住むにも着るにも困っていても、悲壮感はなく、気の良い連中であった。女神ウィートが作ったこの豊食の世界では、誰もが食うに困ることはなく、食うに困らなければ特別悪事に手を染めなくても、貧困は辛くはないのだ。


 貧乏でも明るい、デーブはそんなスラムが好きだった。


「コロッケ、ウマウマ」


 それだけではないようだが。


 ザクザクと五個のコロッケを食べ、リンゴも食べて目的地にたどり着く、奥まったところにある掘っ立て小屋だ。生活の跡がある。


「食うに困らなくても悪事の種はある、と」


 金欲しさに悪事に手を染める奴はどこにでもいる。


「ふんはーっ!」


 平手で扉をノックし壊した。




「くっそ、まさかこのスラム街の支配者。デーブ・デーブの所に行っちまうとはなぁ」


 筋肉ムキムキのマッチョ、ハチマキをしているホネロックが筋肉を誇示しながら話す。今の会話の間に三回ポージングした。


「すいません、ポージングのホネロックさん。まさか食わせてないのにあんなに動くなんて」


 羽根帽子の小男、ロミオが答える。


「物知りのロミオ。お前が物知りなのは知ってるが、やっぱ動くときは動くもんだな」


「すみません、ポージングのホネロックさん。あいつ元手がかかってるんですよね……これから売るところだったのに」


「そう、これから売るところだったのだ」


 ホネロックはポージングをしながら怒りを露わにし。ロミオは顎に手をやって考える。


「いっそ、デーブ・デーブのところに行ってさらうか? まだ警察には届けてないかも知れねぇ」


「それは良いんですけど」


「何か知っているのか? 物知りのロミオ」


「はい、俺の知ってるとこだと、デーブ・デーブは東方の格闘技、何って言うんだったかな、の達人で」


「ふんはーっ!」


 ばきぃっ!!


「スモ……ふべぇっ!!」


「扉が飛んできたーーーー!! 物知りのロミオ、しっかりしろ物知りのロミオオオオーーーーー!!! おのれ、何者だ!!」


「ワシじゃ!!」


「そのデブの体はデーブ!! おのれデーブ!! このポージングのホネロック様が……」


 そう言うと、ポージングを維持しながら物知りのロミオを拾い。ポージングのホネロックは地面を蹴った。二人は真っ逆さまに落ちていく。


「逃げる!!」


「うぉおお!! 落ちていきおった。よし、ワシも追う……」


 ミシリという音とともに、底知れない穴にデーブはつっかえた。


「い、イカン、腹、腹がっ!!」


 この隙に二人は逃げるのだった。




「はぁ、はぁっ! 俺様はポージングのホネロック! 筋肉はたくさんついているが喧嘩はあんまり強くない!!」


「はっ……、ポージングのホネロックさん!」


「気がついたか物知りのロミオ、お前が物知りでここの井戸のことを知っていて助かったぜ!」


「ええ、この穴に子供をたくさん連れ込んで後で売るつもりだったんですが、最初にさらった戦災孤児がまさか逃げてしまうなんて」


「言うな物知りのロミオ! こうなったら超強い魔術使いの先生になんとかしてもらおう。超強い魔術使いの先生!」


 声を張り上げると、ローブを着た痩せぎすな男が立ち上がる。


「やれやれ、お前らは騒がしい上に鬱陶しいな。もうちょっと修飾語を切り詰めることは出来ないのか」


「超強い魔術使いの先生! なんか物凄く強そうなデブに目をつけられまして!!」


「だから修飾語を切り詰めろ!! ……仕方ないな、お前たちにも協力してもらう」


『協力?』


「そう、協力だ」




 べきべきと音を立て、床板が破壊されると、同時に、ズドンと地面に重い尻が落ちる。


「おっほーう、いたたたた。ケツが二つに割れてしまうわい。中は大分広いようじゃな。明かりは上から入ってくるようじゃ」


『ぎゃあああああああ』


「む、何やら声が。行ってみるか」


 デーブがドスンドスンと駆けつけると。そこには干からびたホネロックとロミオがいた。


「む、ネタは全部割れておる……と、言うだけ無駄じゃな。そこの貴様はどうやら黒幕じゃな?」


「頭の回る豚もいたものだ。しかし、知ったところでどうしようもない」


 男の横では、不定形だった黒いモヤが次第に形になっていき、巨大なネズミをかたどった、悪魔だ。悪魔と呼ばれるものだ。


「お主、魔術を使うのじゃな?」


 魔術は、異世界の神に捧げ物をした結果受け取られる『邪法』だ。悪とされる。


「そうだ、何か問題でも?」


 痩せぎすた男は、片手で白い結晶を弄んでいた。


「それも生け贄の魔術か。それは蒐集神に送る生贄を結晶化した『結魂晶』しゃな。まぁ、蒐集神は価値のある物以外は受け付けんからそれもやむなし、じゃがな」


 痩せぎすた男は吐き捨てながら答える。


「それを咎めに来たのか? それとも子供を攫ったことかな?」


「いや……」


 デブが構えると、ネズミの悪魔が自然と前に出る。その手の生き物は、だいたい意思疎通に言葉は要らない。


「ハンバーガーの恨みじゃあああああああああああ!!!!」


 張り手一閃、ネズミの悪魔は真っ直ぐ吹っ飛び天井に突き刺さる。


「なぁっ!?」


「スモウの恐ろしさ見たか」


 東方に伝わる格闘技スモウ。ただ突っ込む、ただ投げるそれだけしかしない格闘技だが、無敵最強を誇っている。


「まだだ!」


 痩せぎすた男が呪言を唱え、結魂晶を投げるとそれが消え、炎がデブに突っ込んでいく。


「ふんはぁーーーーっ!!!!」


 しかし、気合一閃炎はデブに当たる前に掻き消える。


「なっ、なんだそれっ!?」


「魔術を気合で消したんじゃが」


「不思議そうな顔すんなよっ!? 反則っていうか常識がねぇよそんなの!? くそっ! もっと強い魔術なら……!」


 新たな呪言を唱えようとする痩せぎすた男。だが、デーブは右足をおもいっきり振り上げ、それを地面につき下ろした。


「どすこーいっ!!」


 デーブの四股踏みにより地面がひび割れ、大地が揺れる。スラムは一時的に大きな地震に見舞われた、震源はデブ。


「うわっ、わわわっ!?」


 無論そんな中で呪言を唱えることなど出来ない。結魂晶も投げる前に取り落としてしまう。そこにデーブがノシノシと歩いてきて。


「これが……ハンバーガーの分じゃーーーー!!!」


 平手でぶん殴った、地面にめり込む男。


「ぐげっげぼっ!?」


 無理やり引き起こし、さらにもう一発殴る。


「これは……メンチカツの分じゃーーーーーーー!!!」


 轟音とともに地面をバウンドして壁にめり込む男。


「ま、待て!? なんか、物凄く謂れのないことで殴られてるような気がする!?」


「待たん!! そしてこれが、トンカツの分じゃーーーーー!!!」


「げぶふぉぉおおおおお!!!」


 アッパー気味の平手で天井に突き刺さる男。その時、地下全体が大きく揺れた。


「あ、こりゃいかん」


 地下室は、完全に崩落し、全てが埋まったのである。





「それで、あれから一ヶ月になるがデーブくんの言っていた痩せぎすの魔術師は見当たらないそうだよ」


「そうですか」


 アイゼッツォンが、マイヤーからの紅茶を飲みながら答える。


「ところで、報告をするはずの主は一体どこだい?」


「先程来ると申し上げられていたのですが……あ、まさか!」


 マイヤーは駆け出す。場所は厨房だ。





 一方厨房。


「良いか? ニノンよ。今日の夕飯はから揚げ、じゃが、アレは揚げたてのほうが旨い」


「はい、デーブ様」


 こっそり影から中に人がいないか見渡す二人。


「よし、マイヤーはいないな、今がチャンスじゃ」


「はい!」


「コラー! 二人ともーーー!!」


 そこにマイヤーが駆けつける。


「やばい、逃げるぞ!! もがもが」


「ふぁいっ!」


 どたばたと逃げ出す二人。


「……んもう。なんで夕飯まで待てないのかしらデーブ様」


「はっはっは、あの子もすっかり元気なようだね、かなり好きにさせてるみたいだが?」


 厨房までやってきたアイゼッツォンは笑いながらその様子を眺めていた。


「……はい、大分デーブ様にベッタリ付いてくれるようになりました。懐いてくれるのは良い事です」


「何か考えがありそうだね?」


 マイヤーはニヤリと影で笑いながら。メガネを釣り上げる。


「あの子がついていると、デーブ様が食べ過ぎるようだと注意してくれるのです。食事回数は減りませんが量は減っているようなので上々です。教育すればそのうちきちんとしたストッパーに……」


「この家は楽しそうで何よりだよ」


 アイゼッツォンは飲み終わったティーカップをテーブルに置き、立ち去った。




「やれやれ、走った走った、痩せてしまうわい」


「から揚げ美味しかったですね」


 二人は、日課の街歩きをしていた。スラムは雑多で古い建物やぼろ小屋ばかりだが活気がある。皆、食うに困ってはいないのだ。


「やぁ! デブの旦那!!」


「おう、お前はホネロックではないか」


「俺のことはポージングのホネロックと呼んでくれ、ムキッ!」


 ポージングを取るホネロック。


「じゃが、お主、ポージングを取る筋肉が無くなっとるじゃないか」


 そう、ホネロックは骨になっていた。正しくはスケルトンである。


「はははっ! 違いない。まさかスケルトンになるとは人生分かんねぇなぁ。完全に死んだと思っただけどよぉ」


 悪人は即死することがあるが、善人は死んでも即死ぬわけではない。その後の人生は保証される。ただ、善人でなければ多少罰を受け、罪の度合いによってゾンビかスケルトンもしくはゴーストになるのだ。肉体があまりに使いものにならない、死後何百年も生きた、などという場合もゴーストにもなる。その後、ゆっくり満足いくまで生きて『そろそろいいかな?』と思ったら転生するのだ。アンデッドが嫌な人はそのまま転生する。


 あまりに清廉潔白な場合、人は死亡しない。だから子供は死なないことが多い。


「ぎりぎり生き残ってよかったではないか。まぁ、ちょいと罪深かったようじゃが」


「でも、まぁ、やり直す機会ができてよかったですよ。やっぱり女神様に祈ってみるものですね」


「ああ、お前のおかげだ、毎日祈っておいてよかったぜ物知りのロミオ」


 天に向かって祈る二人のスケルトン。ハチマキと帽子がなかったらどっちがどっちかわからない。


「……ようにしか見えないんじゃが、なんでかスケルトンが誰か感じでわかるんじゃよな」


「不思議ですね」


 ホネロックとロミオは掘っ立て小屋の方にデーブを案内する。


「何なら一杯どうだい?」


「む、そうじゃのう。一杯だけ貰うか、商売の方はどうじゃ?」


「謙虚だねぇ。旦那のおかげで上手く行ってるよ。……そっちのお嬢ちゃんには、ちょっと無理か。はい、オレンジジュース」


 ホネロックはカウンターからオレンジジュースをニノンの目の前に置く。


「んじゃあ、旦那、何にする?」


「じゃあカツカレーを一杯」


 その後、デーブはハンバーガーまで買食いし、盛大にマイヤーさんに怒られたという。





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