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決戦~前編~

 アイゼッツォンの館、その一室でメイドを殴り倒し、ティーポットに怪しげな瓶から液体を注ぐ女がいた。


「ふふふ、この媚薬を飲めばこの私をきっとアイゼッツォン様は愛してくれるに違いないわ。ああ、なんて素敵な未来なのかしら!!」


 オカマスキーから薬を受け取って、闇に落ちたトリートリシアである。


「そうはさせませんですのよ!!」


 そこに放たれる鋭い蹴り!! トリートリシアは持参の斧でがっちり受ける。


 蹴りを放ったのはイスミアである。館でこいつらは何をやっているのだろう。


「む……!?」


「以前は不意を食らいましたが、そうは行きませんわよ!」


「しかし、やらせるわけには行きませんの、大事な大事なお兄様を、あなたのような後ろ暗い友達に渡すわけには行きませんの!!」


 この兄弟案外両思いであった。


「む、何か物音がしたような」


「どうかしましたか? アイゼッツォン様」


「いや、気のせいだろう。馬車を走らせてくれ」


 しかし、この戦いは無為である。


 そもそもこのお茶、今から出かけるアイゼッツォンは決して飲むことは無いのだろうから。





(みんな集まったかな?)


 ロードフリフの呼びかけに子飼いの兵士たちは首肯する。


「おう、来とるぞい」


「問題ない、準備完了だ」


 デーブとアイゼッツォンも頷いた。二人の横に妖精が現れる。


「守勢妖精です」


「攻勢妖精っす!」


 妖精たちはくるりと回って守勢妖精はデーブに、攻勢妖精はアイゼッツォンについた。


(手練れ二人には僕のアドバイスは余分だろうから、妖精をつける。大方のルートは叩き込んであるから何でも聞いてくれ)


「おお」


「うん、これは助かる」


(今回は一人も逃がさないのが目的だから、僕の子飼いは正面からと下水からの二か所を攻める。二人は前回同様屋敷から直接行ってくれ)


「分かった」


 デーブが頷くと、ロードフリフから作戦開始の合図が出された。





「あんら、あいつら攻めてくるつもりよん」


「なんでやてーーー!? まだこの金貨わいの金庫に収めてまへんのに!?」


 慌ててずた袋に金貨をしまうゼニババロスにオカマスキーは言った。


「悠長に数えてるからよ。まぁ、そりゃあ、あれだけ派手に動いてたらサルだって嗅ぎつけるわ。でも、色々防御には当てたからしばらくは持つだろうし、最終的には負ける気はしないわよ」


「そうでっか。しかし、守ってばかりでは勝てまへんで」


「兄さんも金儲け以外も考えはするのね。大丈夫よ、チェスのルールって知ってる?」


「そりゃあ、多少は」


 オカマスキーは窓ガラスから、次々と侵入してくる兵を見下ろし言った。


「最終的にどんなに追い詰められても、キングを取ったやつが勝つのよ」


 オカマスキーがニヤリと笑う。さながらサメのようだった。





「いーっひっひっひ、ここに聖女がいるってことかぁ」


「そうでガリね、結局家に戻ったでガリね」


 目の下にクマを作って人相がさらに悪くなったエロッスとガーリックはデーブ邸の前で笑っていた。部下も少数ついていて、彼らはたいまつを持っている。


「こ、この棍棒があればもう怖いものなしでガリね」


 ガーリックは棍棒を振り回すと、庭の草が唸りを上げて吹き飛んだ。


「いーっひっひ、俺もこのバールが寝るときだって手放せねぇぜ」


 バールが黒いオーラを放っている。明らかに異界の、それも邪悪な武具だった。


「おらぁ!! この前は家の中に入ったからひでぇ目に合わせられたが、今回ばっかりはそうは行かないぞいーっひっひ!!」


「家の外に出てこないと、この家に火を放つでガリよ!!」


 たいまつを持った部下がそれを誇示する。


 しばらくすると、家の中からマイヤーが一人で出てきた。


「メイド一人でガリか?」


「いーっひっひ、メイドさんが出てくりゃ問題ねぇ。家の前ならトラップもねぇからな!」


 二人は武器を振り回す。やる気満々のようだ。というより、明らかに武器に洗脳されかかっている。


「まったく、致し方ないですね」


「頑張って、マイヤーさん!!」


 上の窓からニノンも応援する。ニノン自身は自覚がないだろうが、それだけでマイヤーに加護が与えられたことをマイヤーは自覚した。


「いーっひっひ、罠がなくてメイドさんが一人この人数相手にどうするって言うんだ」


 笑うエロッスにふっと嘲り笑いを見せ、マイヤーが言う。


「馬鹿にしないでいただきたいですね。何のために私が冷蔵庫を空にしたと思っているのですか?」


「やった、今日はあれ皆凍らせちゃっていいんだよね!」


 フルリラと他氷の妖精が飛び出す。他にも、かまどに住んでいる炎の妖精。要所に光を灯す光の妖精、掃除をしてくれている手伝い妖精などもいる。


「いーっひっひ、妖精程度に何ができる、やっちまえ!」


 ここに、小さな戦争が始まった。





「よし、ここに侵入経路を繋いだ。ここからはもう逃げられない。ふふふ、やはり僕の立てた計画は完璧だな」


 ロードフリフは水晶玉の横でチェスボードを動かし、作戦を練っていた。彼は天才的な勘だけで作戦を練る天性の軍師だ。それに、神術による念話を組み合わせ、万軍を操ることができる。この程度の作戦は、赤子の手をひねるようなものだ。


「すごいわねぇ、ロードフリフさん」


 横にいるのは思い人であるフランティスカ。長時間の作戦になるのでお茶などを入れてくれている。


「はっはっは! 幸せだなぁ!!」


 彼は今、順風満帆だった。失敗する確率があると言えば、それは調子に乗って失敗することであろう。案外あるような気がする。





 直された門から入るアイゼッツォンとデーブ。門はより強固なものに作り替えられていたが、アイゼッツォンはサクッと切り裂いてしまう。


「ここ、何かいます」


 守勢妖精が呟くと皆が頷いた。もはや妖気にも近い殺気は、素人でも気が付くことだろう。


「ククク、来おったか……待ちわびたぞ」


「イエモンか」


「知り合いかの?」


「以前やりあったことがある」


 そこに居たのは、もはや異形の生命体のような妖刀を二振り構えた、綾鷹井衛門之介であった。だが、目つきはエロッス達ほど狂ってはいない。いや、彼は元から狂気に近いところにいたので、これほどの武器を手にしても影響は少なかったのだろうか。


「この妖刀を手にしてから、貴殿とやり合いたいと思っていたぞ。こちらに向かって来たのは僥倖であった。……拙者、自分より強いものを斬ってみたい」


 妖刀から黒い殺気が溢れだす、もはや、可視できるほどだ。


「どれ……」


 デーブは構えを取るが、アイゼッツォンが前に立つ。


「デーブ君は行きたまえ、私はこの怪物を止める」


 言うや否や切りかかってきた井衛門の刀を剣が止める、瞬時に十七回。火花が散って空気が揺れた。


「速い、流石、疾いな」


 井衛門はニタリと笑う。その剣速は以前戦った時よりも格段に速くなっていた。


 さらに切り結び、剣戟を打ち鳴らす二人をよそにデーブは奥へと進む。


「加勢しないのですか? 見たところ互角ですが?」


 守勢妖精が尋ねると、デーブは顎をさすって答える。


「あれだけ速いと加勢はあんまり意味ないのじゃ。何よりアイゼッツォンは不器用でな。剣を速く振ることだけに特化したもんじゃから、コンビネーションとかさっぱりじゃ。なに、攻勢妖精は一撃一撃の威力を上げてくれる妖精じゃ。そのため手数の多いアイゼッツォンとの相性は良い。何とかなるじゃろう」


「分かりました、では急ぎましょう」


 デーブと守勢妖精は剣戟の音を後ろに聞きつつその場を後にした。





 ワンニャンコの部屋に奴はいた。


 黒ローブの痩せぎすた男が、片手にピンク色の結晶を持って控えていた。ちなみに犬猫はいない。


「来たか、そろそろ来るとは思っていたぞ」


「まぁ、アレだけ怪しかったら何か来るわな」


 黒ローブのあまりの自信満々さに、デーブは訝しんだ。


「前は完封させられたお主じゃが、前とは違うっぽいの」


「アレから私は、準備に追われていたのでな。苦しかったぞ? しかし得る物もあった。この世界では殺しても人は死なず、術式によっては結魂晶を作る時に意のままに操れるのだな?」


 魔術師は指を鳴らすと地下からゾンビやスケルトンが続々出てくる。その全てが異形の武具で武装していた。


「……『この世界』ということはお主、異界の魔術師か」


 異界の魔術師は嗤う。


「ああ、私は異界でやりすぎてな、この世界に飛ばされた。だが敢えて良かったぞ。この世界では供物にできるもので溢れた豊かな世界だ」


「……蒐集神の世界の人間。蒐集神の信徒か?」


 異界の魔術師は首を振る。


「あいつは物欲の神だ。信仰などモノの役には立たんよ。だから、この世界の無償で支払われる神の力に驚いた。神一つで世界はこんなにも格差が出るのだな」


 デーブはイビルデッドに取り囲まれていく。


「マズいですよ、これ、デーブさん」


 守勢妖精の警告に、デーブは笑った。


「大丈夫じゃ。最後の質問じゃ、加護を盗んで、聖女を攫ってなんとする?」


「勿論、供物にする。神の力なんて言う希少なものが手に入るとは思わなかった。蒐集神もさぞ喜び、さぞ強い対価を与えてくれるだろう。聖女も同じだ、無制限に神の力が呼べるのなら、手に入れておかない理由がない」


 異界の魔術師はピンク色の結晶体を大事そうに握る。デーブはその様子と辺りのイビルデッドを見まわし、言った。


「その割には、使っておらぬようじゃが?」


「使う必要はない。大きな力をむやみに使っても補充が利かぬのでは意味がない。貴様には異界から喚んだ武具と、死兵どもで十分だ!」


「ケチが大怪我につながらんと良いな」


「やれっ!!」


 死兵は武器を振り上げデーブに襲い掛かってきた。





「凍らせるよ凍らせるよ凍らせるよ―――!!!」


 フルリラは目についた人間を片っ端から凍結させていく。直撃すれば氷漬け、直撃しなくても足や手が凍る危険極まりない冷気を振りまく。


「ひゃっほー! 零度に保たなくって良いってサイコー!」


 フルリラは冷蔵庫の妖精に使うには強力すぎる妖精だ。大型冷蔵庫に使うので強いものをと思ったら思わぬ妖精が捕まったのだ。


 他の氷の妖精も足元を滑らせたりして頑張っている。炎の妖精は炎を吐き、光の妖精は目を潰し、お掃除妖精は紐で縛りあげていた。


「いーっひっひ、あの妖精をやれ!!」


 エロッスが黒いオーラを出しフルリラにまとわりつき動きを止める。


「に゛ゃっ!?」


「任せたガリーっ!!」


 そこにガーリックの棍棒が振り下ろされる。


「しまった!?」


 声を上げるマイヤー。


「フルリラちゃん危ないっ!!」


 目を瞑るニノン。


 がきぃっ、と音がして、ニノンはこわごわ目を開けた。


「どうも、間に合ったようだな」


 中華鍋を振り上げたスケルトン。ホネロックがそこには立っていた。


「なんだガリ!?」


「いーっひっひ!! 邪魔しようってのかホネロック!!」


「その、通りだ!! 今の兄さんたちは、この俺の兄さんではない!!」


 いちいちポージングをしながら言うホネロック。


「この俺の筋肉で片を付けてやる!!」


「……いや、お前さ、もう筋肉ないじゃん?」


 口調も忘れてエロッスが突っ込んだ。全員が頷く。


「し、しまったぁあああああああああ!!!」


 ホネロックが吠えている間にフルリラは距離を取った。


「はい、マイヤーさん。タバスコと唐辛子で作った特製目つぶし爆弾です」


「あらロミオさん、ありがとう、助かるわ」


「しかし、あの中華鍋、この棍棒を受け止めたからただの中華鍋でないガリよ!!」


「ふっ! この中華鍋は俺が大枚はたいて買った『聖なる中華鍋』だ!! 焦げ付きもせず、よく火が通り、料理がおいしくなる!!」


「いーっひっひ、そいつはお高そうだな!! このバールでぶち抜いてやるぜ!!」


 今ここに、やたら規模のでかいのか小さいのか分からない兄弟喧嘩が始まった。





 何千合という打ち合いを繰り返し、互いに息一つ乱れていない。一人は絶え間なき鍛錬。一人は執念というべき妖刀の意志により行われる所業だ。


「どうやら速さでは互角のようだな!! 疾風剣のアイゼッツォンよ!!」


 威力では妖刀の方が圧倒的に上なのだろうが、鍛えに鍛えた名剣と攻勢妖精の力により互角にまで引き上げられていた。


「なるほど、速さ比べで私に追いついてきた人は初めてだ。褒めてやろう」


「だが……切り結んで分かったが貴様には技がない!! 力がない!! この勝負貰った!!」


 二刀の巧みなコンビネーションがアイゼッツォンを襲う。


(これを受けても二重三重の切り結び、なるほど、剣を落とそうという腹か。確かに私にはそれを回避するほどの技量はないよ)


 アイゼッツォンは、笑う。ニタリと、楽しそうに笑う。


「じゃあ、もっと速くならねば」


 そう言い、片手で剣の鞘を外し放り投げた。何を隠しているのか読めない井衛門はそれを避け、いったん距離を取る。


「鞘を捨てるとは、勝負に勝って帰る気が無くなったか? この勝負、貴殿の負けだ」


 そう、歴史の名剣士のセリフを真似て井衛門が言い捨てた時。鞘が地面に落ちた。


 ばぎっずぅん!


 床板を割ってその下に鞘は沈下する。その後、地響きが鳴った。


「家に帰れば似たような鞘はまだあるからね。別に執着はないさ。さて、これで足が軽くなった」


 言うとブレスレットを外す。これも床に落ち床をめり込ませた。最後にネックレスを投げ、これが重い音を立てると、首を二~三回鳴らし。


「全て外すのは数年ぶりだ。自分でも速度の調整が利かないかもしれないが、まぁ大丈夫だろう」


 にたりと笑う、真の剣鬼の目をしていた。





(機会があったら不意を打てって言われたけど、あんな化け物相手にどう不意を打てって言うのよ)


 デーブは武器を持ったゾンビと互角に戦い始めている。一撃ごとに地響きが起こる重い一撃だ。


(あんさん何か武器貰ってんでっしゃろ? それで何とかなりまへんか?)


(あたしは前後不覚になるようなものは貰ってないの。ワンニャンコを倒したのも結局はあの黒ローブよ)


 ゼニババロスの言葉にオカマスキーは爪を噛みながら答えた。


(見てたらええんではおまへんか? 優勢でっせ)


(そうね、とりあえずは様子見かしら。共倒れしないかしらね)





「どうしたどうした、防戦一方だぞ?」


「むぅ、こいつらそこらのゾンビとは格が違うのぉ」


「お助けします! 守勢妖精がお助けします!!」


 守勢妖精は忙しく飛び回って、デーブに当たる剣や槍を弾いていた。


「これはちょいと不利じゃのぉ。守勢妖精、使っても良いかの?」


「……む、仕方がありませんね」


 守勢妖精は顔を顰めたが、状況判断はできる、これはほどなく敗れるだろう。何しろ二十体からのイビルデッドが武器により達人以上の腕を持って襲い掛かって来るのだ。


「何の相談だ? 命乞いか? させてはやらんがな」


 異界の魔術師は嗤う。


「違うわい。ちょいと隠し芸の話をしておっただけじゃ」


「ほぉ、何かできるとでも?」


 デーブは自信満々に懐から、金貨を一枚取り出した。


「お前さんの真似ができる」


 そして投げると、呪文を唱え、神速のデブがゾンビを一体貫く。


「なぁっ!? 魔術だと!!」


「まだまだ!!」


 財布を取り出すと、空中に投げ、中身がばらまかれそれが消滅。烈火のごとく次々と死兵を屠っていく。


「こちらこそまだだ!!」


 白い結晶体を片手で一掴み取り出し投げ捨てる異界の魔術師。それらは異形の悪魔となってデーブに襲い掛かった。


「見たところもう金は無い!! 蒐集神の掟だ。財の差で勝ったな!!」


「そうじゃな。財力の差でワシの勝ちじゃ」


 デーブは上に手をやると空間を捻った。そこに、大穴が開きそこから金貨の雨が降ってきたのだ。


「この穴はワシの金庫につながっとるわい。使うとマイヤーにお仕置きされるんで滅多に使わんがの!!」


 金貨の雨を浴びつつデーブがとてつもない速度で、パワーで突っ込んでくる。


「ゴールデンスプラーッシュ!!」


 悪魔と死兵が、もろとも消えた。



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