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決戦前だからみんなで食べよう

「ふむ、ちょうど良いことだし。教会に寄ってみるか」


 デーブが食事を終え、満足しない腹を抱えたまま歩いているところで、第二の事件が起こった。


「イビルデッドだ―――――!?」


「なんじゃと!?」


 ゾンビやスケルトン、ゴーストの群れが市壁の向こうからなだれ込んでくる。兵士が守っているのと女神の加護が強いことから、人の多い都市には基本彼らは入ってこない。そういう場所に街を作っているのだ。



「そうじゃったか!? 加護が消えた弊害はこんなところにもあったか!!」


 ゾンビとスケルトンに張り手をかましながらデーブが吠える。この状況は良くない。


 デーブが走り出すと、前からゾンビやスケルトンの群れが現れた。だが、それらは瞬時にバラバラになる。


「アイゼッツォンか!?」


「助太刀する。君は教会へ急ぎ給え」


 流入源になっている門の方へ駆け出すアイゼッツォン。


(間に合った。聞こえるかい? デーブ)


「ロードフリフか!?」


(今、子飼いにも繋いでるから忙しいけど誘導するよ。できるだけ敵の少ない道を案内することにする)


「かたじけない。しかし、教会も強固な建造物じゃ。そこまで急ぐ理由も……」


(それが、あるんだ。なぜか奴らは教会の方を目指している。数が揃えば武器を持っている奴もいるし破られるぞ)


 デーブは通り道をふさいだゴーストを張り手で叩き壊した。人間の体内にある魂で殴れば、ゴーストはすり抜けない。ちょっとコツは要るが基本的な体術だった。


「あいつら、そんなに賢かったかの? むしろなんでそんなに統制が取れとるんじゃ?」


(僕に聞くなよ、奴らがほとんどこの辺にしか湧いていないってことしかわからない)


「いや、お前さんが推理せんで誰が推理するんじゃ」


(僕は寝椅子探偵じゃない!!)


 そこで通信はぶっつりと途絶えた、どうも本当に忙しいらしい。


「ただ今参上に与りました。守勢妖精です」


 ぽん、と音を立てて妖精が飛び出す。ロードフリフは妖精に名前を付ける趣味がない。なのでそのまま守勢妖精と呼ばれていた。


「おお、守勢妖精じゃないか。久しぶりじゃの」


「はい、久しぶりになります。この度は主の急用により私が道案内をさせていただきます」


 守勢妖精は、その場にいるだけで守りが固くなり、戦いやすくなる。これで守りの心配はいらないだろう。


「ふんはーっふんはーっ!!」


 イビルデッドどもをなぎ倒しながら前へ進む。


「ふんっ」


「ちょちょちょっ、ちょちょっ!! 待ってくれ、俺達だよ!!」


「はーっ!!」


 スパーン、前に立っていたスケルトンは砕けた。


「ロミオーっ!! 物知りのロミオーっ!!!」


 粉々になったスケルトンに縋りつくスケルトン。羽帽子がはらりと落ちた。


「お、俺は大丈夫だから、ニノンちゃんの方を、がくっ」


 しゃれこうべはそれだけ発すると気絶した。意外と生きているらしい。


「すまんの、つい敵と間違えてしもうた」


「あとでボンドでくっつけてみる! だが、こっちはそれどころじゃねぇ! 教会が燃えているんだ!!」


「なんじゃと!?」


 見上げると、確かに教会の方に煙が立っている。


「どうしようもなかったから、馬車で逃がしたが反対方向だったから経路だけ案内するぜ!」


「守勢妖精は伊達じゃありません。街の地図は叩き込んでありますから、言われれば分かりますよ」


「おう、守勢妖精頼んだ」


「とりあえず南の方に逃がした! 何とか軍の本隊に拾ってもらおうと思ってな!」


「分かった、達者でな!!」


 デーブは顎をゆすりながら走り、守勢妖精と話す。


「どう思う、守勢妖精」


「出来すぎですね。炙りだされて追われて、逃げやすい方向に逃げさせられて、あとに待ってるのは……罠だと思います」


「じゃな、ちょいと急ぐか」


「“アレ”を使うんですか?」


 妖精は表情を曇らせた。神の使徒としては、あまり褒めて良い行為ではないからだ。





「ふんはーっ! ふんっふんっ。ぜーぜー、や、痩せる……」


 物凄い速度で馬車を追うデーブ。


「見えましたよ。前方三百メートル先に馬車!!」


「また遠いのぉ!?」


 人類とは思えない速度で馬車を追うデーブ。そもそも人類は駆けっこで馬車には勝てない。


「あ、まずいです!! 前方馬車、車輪が破裂しました」


「見えてきた!!」


 確かに壊れた車輪の馬車が転んでいる。御者が必死に応戦しシスターとニノンが逃げていた。


 しかし、ゾンビの手がニノンに伸び、ゾンビはニノンを担ぎ上げる。


「なんでゾンビが人さらいするんじゃ!?」


「私は寝椅子探偵じゃないですよ!!」


 近くまでたどり着いたが、デーブの手が届かない。


「デーブ様!!」


「待っとれ!!」


「デーブさん、後です!!」


 後ろからは、槍を持ったスケルトンが迫っていた。


「かまっとられるかい!!」


 ニノンは目を見開き、そして、地面に落とした聖書を見た。ありったけの思いを込めて、叫ぶ。


「め、女神さまぁ―――――!!!」


 一瞬女性の姿が目に見えたかと思うと光が奔った。





 何も壊れてはいない。それどころか馬車は元に戻り、教会は鎮火し、ゾンビやスケルトンは土塊になり、ニノンの周囲には春が来ていた。


 草木が生え、木にはたわわにリンゴが成り、麦が生い茂り、スイカが実り、花が咲いている。いや、もう夏だか秋だか季節が分からない。もっとも、どれも一年中獲れるものなので、その通りだと言えるのだが。


「あ、あれ?」


 ニノンは草のベッドの上に乗っていた。むろん無傷である。


「今のは、女神じゃったのかの」


「はい、そうだと思います」


 デーブの言葉に、ニノンが頷く。


「女神、案外快活なんですね」


「ステゴロじゃったの」


 女神がニノンを救った手段は、普通に奇跡とかそういうのではなく。


 とりあえず拳でぶん殴っていた。





「……というわけなんじゃが」


「一番に礼に来たわけか、これは済まねぇな」


 ホネロックの店は在庫があったというより、カレーは作り置きを寝かせる作り方なのでデーブはカレーを飲んでいた。


「というよりアイゼッツォンやロードフリフは復旧に追われておるわい。話せそうなのがここくらいじゃったと言うわけじゃ」


「そうですか、それは良かった」


「お前さんもボンドでくっついたんじゃな、良かった」


「ボンドでくっつくんですね……」


 復活した物知りのロミオを守勢妖精は奇異な目で見ていた。


「というかお前さんはいつ帰るんじゃ?」


「とりあえず、デーブさんの作戦会議に参加して帰って来いとのお達しです」


 デーブはラッキョウを齧りつつ答える。


「と言ってもな、イビルデッドの行動理念なんてちょいとわからんわい」


「ああ、でも」


「何か分かるのか? 物知りのロミオ」


 ホネロックの言葉にロミオは頷く。


「あいつらは悪意の集合体ですから、普通は目の前の物を破壊して殺そうとするらしいんですが、その悪意の方向性を変えるって話を何かの本で読んだことがあります」


「悪いことなら意図通りにやらせる、と。それが今回はニノンの誘拐じゃったか」


「デーブさんあんた心当たりあるかい?」


 お代わりを貰いつつデーブは首を振った。


「流石に無いわい」


「って、言うか、そのニノンのお嬢ちゃんは?」


「聖女としてまともに奇跡が使えるようになったから引っ張りだこじゃ。一時的にとはいえ加護を呼び戻せるようになったんじゃからな。しかしあれでは街が回復する前に過労死してまうぞい」


 お代わりの皿を重ねてデーブは言う。


「とりあえずワンニャンコを当たろうと思うのじゃが。裏社会のことには詳しかろう」


 それにはホネロックが首を振る、カラカラ鳴った。


「そいつは辞めといたほうが良いぜ。今ワンニャンコは行方不明。代わりに黒ローブの怪しい奴が居座ってて部下は顎でこき使われていて、腕利きを募っているらしいぞ」


 一瞬、ホネロック以外の時間が止まった。ホネロックは首を傾げる。カランと鳴った。


「それじゃーーーーーっ!? というか、そこまで怪しいのをなんで放っておいたんじゃーーーーっ!?」


「寝椅子探偵じゃなくっても一発で分かりますよ!?」


「ホネロックさん脳味噌残ってますか!?」


「流石にロミオに脳味噌のことは言われたくねぇよっ!?」


 総突っ込みである。


「だが、確証はないぞ?」


「確証がなくともワンニャンコの仇討ちって言えるわい!! とりあえずぶん殴って損のない相手じゃ!!」


「じゃあそう言うことで主様に伝えますね」


 守勢妖精もポンと消えた。


「よし、ワシも準備を整えるぞい」


「何か手伝えることはあるか?」


「骨が何をするんじゃ」


 デーブはさらっとそう言った。





「……というわけで失敗に終わったみたいよ」


 オカマスキーが目の前の男に報告する。


「ふむ、良い副産物だと思ったが、この世界では聖女相手には役に立たないのか。覚えておこう」


「で、どうするのよ?」


 オカマスキーはいささか不機嫌だ。首元に香水を振りかける。


「それなりに腕の立つのを集めたのだろう? なら、それを使って作戦を立てろ」


「ワタクシ、命令されるのは好きじゃないんだけど」


「嫌いでも命令だ。お前は俺の下にいることを忘れるな」


 オカマスキーはあからさまに舌打ちした。


「……まぁ、貰った『武器』もあるし何とかしてみるわ」


「ああ、女神の加護を無限に供給できる聖女は、できる限り抑えておきたいからな」


 言うと男は手の中にあるピンク色の結晶体を弄んだ。手よりも大きな程度のものだ。


「いつも持ってる透明なのと違うけどそれは?」


「これか、これは女神の加護そのものだよ」


 男はニヤリと笑う、オカマスキーは明らかに渋い顔をした。


「最初からそれを使えばいいじゃない」


「小鳥を狩るのに大砲は使うまい? 何より、これはこれ一個きりだ。もっと有意義に使うか、増やして使うべきだな」


 オカマスキーはしかめっ面のままで部屋を出た。






「どうでっか?」


 ゼニババロスがオカマスキーを迎える。ゼニババロスは金貨に囲まれて数えつつ幸せそうにしていた。


「どうもこうも、あの奪った女神の加護とやらをなんとかしないと、ぶっちゃけ手出ししようがないわね」


「そうでっか、まぁ、わいは食べ物を買い占めて売るだけで物凄い金が仰山手に入るから構わへんのでっけど」


 オカマスキーは椅子にドカッと座りながらゼニババロスを見下ろす。


「その金だっていつ取られるか分からないわよ。現に人を集めるのに大分金を使ってるじゃない」


「あれ……もったいないでんなぁ。もうちょっと節約してくれはると助かるんでっが」


「下水道で助けてもらったのは良いけど、色々弱み握られちゃったわね。不意打ちでワンニャンコはあっさり倒せたのがよかったのだけど……逆に力の差を見せつけられちゃったわ」


「話やと一発やったとか?」


 オカマスキーは懐から結晶を取り出しつつ答える。


「そう、これを放り投げたら一撃よ。一撃」


 ぽんぽんと手の上でお手玉した。


「ひぃ、そんなもん手軽に扱わんどくれや。それどないしたんでっか?」


「そりゃ盗んだのよ。ちょいと懐から失敬して。あのピンク色の奴は常に手に持ってるから盗みようがないけど」


 ゼニババロスは目をぱちくりして驚いた。


「とんでもないことしますなぁ、オカマスキーはん」


「オカマは度胸よ」


 ぽんぽんと結晶を回すオカマスキー。


「まぁ、でも、こんなの持っててもどうしようもないのだけどねぇ」


「というかやめてくれなはれ。心臓に悪い」


 オカマスキーはバカ口開けながらケラケラ笑った。


「大丈夫よ、小心者ねぇ兄さんは。たとえハンマーで殴ったってヒビ一つ入んないわ」


「やったんでっか?」


「オカマは度胸よ」


 言いつつ、懐に結晶を収める。


「まぁ、だけど、逆に言うと盗んだ甲斐が無かったわね。だってワタクシが持っていても意味がないんだもの」


「逆転の目はない、ということでんな」


「しばらくはあのクソ野郎の下について機会をうかがうしかないわね。今回使えるコマは全部使うわよ。出し惜しみはしないわ」


 オカマスキーは舌打ちをして香水を振りまいた。





「さぁ、デーブ様、召し上がってください」


 ハンバーガーにフライドチキン、フライドポテトにステーキにハニートースト。エトセトラエトセトラ。でかい食卓には所狭しとデーブの大好物ばかりが並べられていた。スーパーメイドマイヤーの面目躍如である。どうやって作ったのかさえ把握できない。


「な、なんじゃ。ワシこれから死ぬわけじゃないぞ」


 流石のデーブも困惑している。


「これからニノン様のために頑張るのですから、報酬の前渡しです。冷蔵庫を空にしたのでぜひ頑張ってくださいね」


「ふむ……」


 ごちそうを前にしたが、デーブに元気がない。原因を知っているだけにマイヤーは悔しい思いをした。


「やぁ!!」


 バーンと扉を開いてきたのはホネロックだ。後ろにロミオもいる。


「ホネロック、どうした?」


「というかお屋敷に鍵はかけていたのに何で!?」


 驚く二人の前に、後ろに隠していた少女を突き出した。


『ニノン!?』


「どうしたんじゃお前ら!?」


 ホネロックは自慢げに言う。


「人攫いは得意だからな、いっそ攫って来た」


「何やっとるんじゃお前ら!?」


 だが、デーブとニノンは顔を合わせる。聖女服のニノンは少し疲れた顔を、目いっぱいに綻ばせて言った。


「デーブ様……!」


 デーブに縋りつくニノンを撫でながら、デーブは言う。


「よし、ニノン。少し痩せたか? 食おう、食うか!」


「はい!!」


 マイヤーも交えて楽しい夕餉が始まった。


 それは、大変幸せそうで、ホネロックもこれが正しい状態なのだと思ったのだ。



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