ワンニャンコ・ギャングスター・ファミリー
「というわけで、できれば何とかしてくれると助かるのですが」
「ニノンちゃん……君、たくましくなったね」
ニノンが訪れていたのはアイゼッツォンの邸宅であった。単身訪れて頼みに来たところだ。
「でもこのままだと、その危ないところに二人して殴り込んで、顔からどうにかして、しかもオカマスキーさんたちは命が危ないって言うかなり最悪のシナリオが」
「うん、それで私のところに来た行動力は褒めよう。……で、私にその二人相手に何ができるというんだね?」
ニノンは頷いて答える。
「はい、正面から戦うと怪我人が出て嫌ですので、できれば穏便に済むように誘導していただけると……」
「ふむ、なら、何とかならなくもないか……しかし、彼らがもう向かってるのだったら、手遅れだが?」
「それは大丈夫です。マイヤーさんに今日の食事のことを話して、今お説教してもらっていますから」
ニノンは笑顔で答えた。
「君、本当にマイヤー女史の教育で末恐ろしく育ったね」
彼女の将来を考え、アイゼッツォンは引きつった笑いを浮かべた。
客間に腰を叩きながらデーブがやってくる。
「やれやれ、やっと終わったわい。マイヤーからの説教は腰に来る」
エロッスとガーリックは隅に追いやられており、客間のソファーにはフランティスカだけが座っていた。二人は震えている、何があったのかは神のみぞ知る。
「本当にね。さて、そろそろ行きましょうか?」
「あの、デーブ様」
「ななななな、なんじゃ!?」
マイヤーは眼鏡を釣り上げながら言う。
「その狼狽えぶりから察するに、まだ追及してない余罪があるようですが、ここではまだ問い詰めません。お客様、というよりアイゼッツォン様とロードフリフ様がお越しです」
「なんじゃ、そんなことか、通してやってくれ。そういえばニノンは?」
「先ほど帰ってきて今は疲れていたのか眠っていますよ。休憩が終わったらダンスの練習です。あまり連れまわさないようにしてくださいね」
「そうじゃの」
そこに、アイゼッツォンとロードフリフがやってきた。
「悪いが勝手に通させてもらったよ。珍しい顔ぶれだ。そちらは?」
エロッスとガーリックを指さして言うアイゼッツォン。
「オカマスキーの部下で、エロッスとガーリックじゃ」
「オカマスキー!? 君はあの下品なのとまだ付き合っていたのか!?」
驚くロードフリフにデーブは軽く突っ込みを入れる。
「お前さんが最初に付き合ってたんじゃろうが。何の因果かワンニャンコのところに捕らえられたらしくての。助けて欲しいとのことじゃ」
「正しくは、この間のゼニスキーも同時に捕まったそうよ」
「その話を馬鹿正直に信じるのかい?」
ロードフリフの言葉に対しフランティスカが口添えする。
「嘘じゃないわよ。私さっきゴロツキから大体の事情聴いてきたから」
「流石話が早いなレディ。で、どうするつもりなんだい?」
アイゼッツォンからの質問も答える。フランティスカはこの場ではブレインの一人だ。
「そんなの、デーブが行って、ガーッってやっちゃえば良いんじゃないの?」
だが、今回はあんまり考えてない様子だった。アイゼッツォンは渋面する。
「いや、それは良くないなレディ。相手はワンニャンコ・ファミリーだ。万一にでも負けはしないがあまり禍根は残したくない。デーブ君の商売に支障が出るだろう?」
「あ、そう言えばそうじゃの」
デーブは貧困層の若者を多く雇っている。力と意欲があるからだ。そういう若者は、かつて悪に手を染めていたことも多く、そう考えればワンニャンコの息がかかっている者もいる。
「そうなると、ちょいと厄介じゃの。海の上で暴れられでもしたらちょっと面倒じゃわい」
「確かに、後々の禍根を残すわけには行かないな……なら、攫ってしまえばいいんじゃないか?」
横からロードフリフが声をかけた。アイゼッツォンは内心笑う。彼には今回のことを何も教えていない。
「たまには友人のところに行かないと腐るぞ」
と言い、仕事をしていたのを引っ張り出したのだ。
「攫う? くそ真面目なお前さんからはなかなか出ない単語が出たの」
「僕だって、変な抗争が生まれて市民の安全が脅かされるのは本意じゃない。だからと言ってオカマスキーやゼニスキーといえども助けないのは、人道に反するだろう? 彼らが川に浮かんだら僕だって気分が滅入る」
相変わらずの正義漢であった。全員苦笑する。
「まぁ、ロードフリフの人となりは置いとくとして」
「おい、なんで置いとくんだ」
「作戦はそちらの方がスマートじゃろうな」
「おい、なんで置いとくんだ!?」
わめくロードフリフを無視しながら話は進む。
「そうなると、ロードフリフの『特技』で把握しつつ少数で攫ってしまうのが得策だろうね。あまり戦わない方向で行きたいが、まぁ、少しくらい良いだろう」
アイゼッツォンの言葉にフランティスカも頷く。
「あいつらもメンツってものがあるわ。流石に、正面から喧嘩売られたのなら買わなきゃいけない喧嘩でしょうけど。捕らえた獲物を横から攫われた、なんて話したらメンツ丸つぶれだもんね」
「まぁ、どっちにしろ、フランティスカ嬢にはここでお帰り願おうと僕は思うんだが」
こほんと咳払いをして、ロードフリフが言う。
「切り替えの早い奴じゃの」
「うるさい。これ以上は婦女子の出る幕じゃあないだろう。こんな乱暴な話からは手を引くべきだ」
フランティスカは唇を尖らせて言う。
「あら、ロードフリフさんたらそんなことを言うのね。女性が荒事はお嫌い?」
「いや、そんなことを、言いたいのではなく、その、うん、な。と、とにかくダメなんだ!!」
この場にいる誰もが、ロードフリフの真意を知りつつ、誰もロードフリフに手を貸さないのであった。
ロードフリフ、人生の春である。
カンカン、ギコッギコッギコッギコッ、カンッ。
地下牢では、そんな音ばかりが響いていた。
「何の音でっしゃろ、何の音でっしゃろな、オカマスキー」
「ええい、兄さん女々しいわよ。こうなったらオカマは度胸よ。矢でも鉄砲でも持っていらっしゃい。くそ、それにしてもこんな汚い所で終わりたくないわね」
小デブは牢でガタガタ震えていた。オカマは、何とかならないかと持っていたスプーンで牢を掘り返し始めた。
もう限界常態である。
「……音がやんだわね?」
その代わり、こちらにやってくる靴音が聞こえる。
「あああ、あかん、もうおしまいやぁ」
「狼狽えんじゃないわよ。ったくちくしょう」
オカマスキーはバリバリと頭を掻き、やってくる人物を待った。
浅黒い肌にスキンヘッドの男。そして後ろには猫八匹、犬十一匹。
まさしく彼はワンニャンコ・ギャングスターその人であった。
「くくく、彼らに缶詰を与えていたら遅くなってしまった。すまねぇな」
「永遠に缶詰与えててくれないかしら。なんとなく、シェフの料理でも食わせてそうなイメージがあったんだけど」
オカマスキーの軽口にワンニャンコは真面目に返す。
「いや、人間の食べるものを動物に与えてはいけない。彼らには彼らの健康管理がある。それに彼らは缶詰の開ける音が好きでね、それが可愛くてやめられんのだ。クククク」
声を押し殺して笑う姿に、二人は恐怖が急に冷めていくのを感じた。
「やだ、これ人生のピンチなのに物凄く緊張感無い」
「死ぬ気が微塵も無くなったでんな」
「いや、殺すぞ? 何よりオカマ、お前は犬たちが臭いで怯えている。早急に始末してやる。ワンニャンコ・ファミリーに盾突いたことを公開させてやろう」
懐から拳銃を取り出して構えるワンニャンコ。
「大変です親分!」
「どうした、処刑中だぞ」
普段ならば、主の機嫌は損ねるべきではない。だが、この部下は成すべきことの優先順位がはっきりと分かっていた。
「それ所じゃありませんぜ!! ミケちゃんがゲ〇を吐きました!!」
「な、なんだとぉっ!? お前見ておけ!!」
慌てて、立ち去っていくワンニャンコ。三人は立ちすくんだ。
「な、なんや、助かったんかいな?」
「ミケちゃんが回復するまでは処刑は延期みたいね。またミケちゃんゲ〇吐いてくれないかしら」
その言葉に、部下は煙草の火をつけながら忠告した。
「お前、その言葉は絶対にワンニャンコ様の前で吐かないほうが良いぞ。即死してもおかしくない」
その言葉に、改めて二人は震えあがるのだった。割と別の意味で。
「ロードフリフ、このルートでええんかいの?」
デーブが言う、ロードフリフはこの場にはいない。離れた所から彼は他人と交信することができる。
(ああ、問題ない。このルートならば誰とも会うことなくアジトの真ん中まで行けるはずだよ)
「分かった。どうすればいい?」
アイゼッツォンの言葉にロードフリフが答える。
(二人で今から地下牢へこっそり回る。かと言っても解錠班はいないから扉はぶち破ることになるだろうが)
「デコボココンビのうち片方と組めばよかったんではないか?」
(彼らは彼らで仕事はある。今下水道を回っている。そっちの仕事は嫌いだろう?)
「そうじゃな、何より流石に自分のケツくらい自分で拭いてもらわんとな」
(では、作戦開始だ)
「行こうか、デーブ君」
アイゼッツォンは当たり前のようにドアノブを切り刻んだ。
「相変わらずよく切れるのぉ、その剣」
「剣は普通だよ。私の腕が良いんだ」
(そこから、最奥に進んだところにワンニャンコの部屋がある、地下牢にはそこからしか行けないっぽい。どちらかに捕らえられているだろう)
「そもそも生きとるんかいの」
(血の匂いはしないね。ただ、動物臭くて鼻が曲がりそうだ)
「お前さん、本当にエルフなんじゃよな?」
(うるさいな!)
「そろそろノータイムで突っ込むのをやめてくれ、頭が痛くなる」
(……まぁ、分かった。君たちに戦闘指南は要らないだろう二部屋目に四人いるから気を付けてくれ)
秒でゴロツキたちを倒すデーブ達。仲間を呼んでいる暇もない。
「妙に人が少ないのぉ」
「何かトラブルでもあったんだろうか」
(次の部屋には誰もいないと思う)
同じようにドアノブを破壊すると、そこにはワンニャンコがいた。
「おい、いたぞ、ロードフリフ」
(あ、あれ? 熱源感知と生命感知したんだけどな)
「ああ、それじゃ効かんわい。お主ちょいと平和ボケしとるの」
ワンニャンコは拳銃を一丁構える。
「悪いが、ここからは一歩も通せねぇ」
「いきなりボスのお出ましか」
デーブの言葉に、ワンニャンコは葉巻を咥えながら言う。
「嫌な予感がしたんだが、貴様が相手では雑魚がいくら出てきても無駄だからな。……この間みたいにバーベキューパーティーで帰ってくれるんなら、部下が相手するぜ?」
「いや、ちょいとオカマと小デブに用があっての」
「そうか……この先には通せねぇな。今、獣医さんがミケちゃんを診てくれているんだ!!」
(どういうことなんだ?)
ロードフリフの質問にデーブが答える。
「あいつは我が子のためなら命も捨てる愛の男というわけよ」
「私が行こうか? 銃が相手なら負ける気がしない」
剣を引き抜いたアイゼッツォンをデーブは引き留めた。
「いや、愛のために戦う男にそれは失礼じゃろう。ワシが行く」
「お前と戦うのは、数年ぶりだな。以前の俺とは違うぜ」
デーブとワンニャンコは、同時に跳んだ。
いきなりの六発発砲をデーブは体で受け止める。
「ふんはぁっ!! 効かんわ!!」
体から銃弾がバラバラ落ちる。
「相変わらずの化け物ぶりだ!! だがこれでどうだ!!」
ワンニャンコは至近距離で、腕を折った。上方向に手首と肘の真ん中からぽっきりと折れる。だが、ただ折ったのではない。
「仕込みか!!」
仕込み大砲をデーブのどてっ腹に叩き込む。さしものデーブも吹っ飛び壁に激突した。
コロンと大砲の球が落ちる。
「……仕留めたか、ふぅ」
「ちと、痛かったのぉ」
ガラガラとレンガを払いのけながら立ち上がるデーブ。
(……なぁ、あの大砲、小さな家くらいなら破壊できたと思うんだけど)
「言わないでおこう、なにしろデーブだ」
アイゼッツォンは平然とロードフリフと会話していた。
「これでも効かないのか……ならば」
そう言い、左の大砲で頭を狙おうとした所で、デーブが動いた。
「どすこぉい!!」
張り手の風圧でワンニャンコを吹き飛ばす。
「こっ、のっ!!」
壁に叩きつけられながらも、左手の大砲を発射する。
「そぉい!!」
ごぉん!! と大きな音が響いた。
ゴロン、と次の瞬間、大砲の球が落ちる。頭突きで大砲の球はひしゃげていた。
「もう、終わりかの?」
「ちっ……」
硝煙を上げる腕を元に戻しつつ。ワンニャンコは毒づく。
「こうなったらこの鉄の体のステゴロで!!」
言うと、ワンニャンコは変形した。今までの人間の顔がガシャンガシャンと頭の中に入り、中から機械らしい顔が出てくる。腕も変形し、ゴテゴテした拳に変わった。
(ゴーレムだったのか!?)
「知らなんだのか」
ロードフリフが驚く。ゴーレムは珍しい種族で人間と違いゾンビやスケルトンにはならない。その代わり、パーツを交換する限り無限に生きられるのだ。
それもワンニャンコは戦闘用ゴーレムらしい、道理で強いわけだ。
「喰らえ、この俺のバースト……」
「ワンニャンコ様、ミケちゃんの診察終わりました、食べすぎだそうです!!」
ワンニャンコは、さらっと変形して元に戻った。
「じゃあ入っていいかの?」
「ああ、良いよ」
(なんだこの茶番)
アイゼッツォンと遠くのロードフリフは、何とも言えない顔をしていた。
犬猫の部屋を抜けて秘密の地下へ降り、異変に気が付いたのはその時だった。
「あ、見張りが倒れてら」
「どういうことじゃ、ロードフリフ」
(いや、退路を確保するはずのデコボココンビが、指示を無視してそのまま二人を連れて行ったらしくて)
「……」
「……」
デーブとアイゼッツォンはたっぷり三十秒その場で黙った末に。
「おい、ロードフリフ、指示を止めてやれ」
(え? 良いのかい?)
「市街の下水道は入り組んでいてプロでも迷うことがある。立ち入り禁止になっているのにはそれなりの理由がある」
(……まぁ、そうだね)
その後二週間彼らの姿を見ることはなく、見たのは、病院でボロボロになっている姿であった。




