詐欺師VS詐欺師&自室軍師
ロードフリフはベッドに埋まってため息をついていた。
「ロードフリフ様、ディナーの時間になりましたが」
「食欲がない」
「それでは下げるようにコックに言い渡しておきます」
「ああ、放っといてくれ」
執事は下がっていく。
結局融資の件は断れなかった。ロードフリフという男はここぞというところで優柔不断なのだ。しかし、好きな女の頼みも辛い。このまま、事業が始まってしまっては彼女に申し訳が立たない。
「というか、どの面を下げて会いに行けばいいんだ!!」
「ロードフリフ様」
「うるさいな、ディナーは要らないって言ったじゃないか!!」
「いえ、そうではなく」
「放っておいてくれと言っただろう!?」
執事はごほんと一つ咳をしてから言い放った。ここで引き下がってはその後減給の危険性があるからだ。
「ですが、ミス・ジオーネがおいでになってますが?」
「なんだと!?」
ロードフリフはがばっと起き上がった。
「や、やぁ。まさか昨日の今日ならぬ今日の今日に訪れるとは思いもしないで。本当に大したものは用意できないのだが……食前酒はお飲みですか? なら、一番良いワインを開けさせましょう」
ワインのコレクションが少ないのが残念である。アイゼッツォンの言う通りに貴族のたしなみ程度には用意しておくべきだった。
ちなみに今は精一杯の晩餐を用意させ直している最中である、コックがぼやいていたのはこの際無視することにしている。
「ああ、いえ、おかまいなく」
「ワインは苦手ですか?」
「いえ、むしろ好きですが、夕飯どころではなくなると思いますから……できれば準備も辞めさせるとよろしいかと」
ロードフリフは首を傾げた。とりあえず着座を促し、執事に茶の用意をさせる。コックは辞めてやろうかと思った。
「何か、大事なお話なのですか?」
「はい、スラムの件についてですが」
ロードフリフは分かっていても心臓を抉られたような気持だった。何とか持ち直して言葉を吐き出す。
「あ、あれは、大丈夫ですよ。資金提供も受けた所です」
「銀行からの融資を受けて?」
「……ああ、はい。大手の銀行ですから安心だと」
「契約書は、書きましたか? できれば窺っても」
ロードフリフは何らかの違和感を覚えつつも、契約書を引き出しから引っ張り出した。自分の手元にあるのは写しなのでそんなに重要な書類ではない。
「はぁ、写しですが」
「契約日が明日ですね」
「はい、契約に必要となる担保の預け入れが明日なので。担保も現金ですが借り入れる金額に比べたらごくごく少額なので私財で十分に足ります」
「そのお金は手元にあるの?」
何を聞いているんだとロードフリフは思ったが、そこは素直に答えることにした。
「ええ、金庫に入れてありますよ」
「んじゃあ、まだ大丈夫ね。ギリギリ反撃できる」
だんだん、ロードフリフも訝しげになっていく、だがそれ以前に。
(この人、こんな喋り方していたっけ?)
と思っていた。
「ああ、置いてけぼりにしてゴメンね。最初に言ってしまえばゼニスキーってやつは詐欺師なの、あなた騙されているの。分かる?」
「ば、馬鹿な!? ゼニスキーさんは確かに、品性のかけらもなく、悪い噂しか聞かないが……む」
いくら鈍感なロードフリフと言えども、流石にこれには気が付いた。フランティスカは大きなカバンから一枚の紙を取り出した。
「これにサインしてもらえる? 別に偽のサインでも構わないから」
「ふむ」
インクとペンを取り出しカリカリとサインするロードフリフ。紙は普段使われる藁紙ではなく上等なものだった。公式文書などで好まれている。
「んで、これを、こう」
インクが渇くのを確認すると。フランティスカは紙をぺり、と、二枚に剥がした。
「こういう手品。二枚目見てみてよ」
「なっ!?」
二枚目の紙には、ありえない利率が書かれていた。しかも染みたインクは一見普通にサインしたのと変わらないように見える。
「詐欺師の常套手段なのよね、これ。でも、これをするってことは、相手は実際に現金を持ってるってことなの」
「……君は何を言ってるんだ?」
「騙し返しましょうって言ってるのよ。やられっぱなしは嫌いでしょう?」
フランティスカは女神の笑顔で悪魔的に笑った。
「いやはや、よもや一日に二回呼び出されるとは思いもしなかったでんな」
酷い西方訛りを無理やり標準語に直そうとしているような言葉を発しつつ。ゼニスキー・ゼニババロス男爵は席に着いた。頭取も一緒だ。
「ええ、すいません。ですが、ちょっと私は外せない議会があるので席を外してもよろしいですか? あとのことは秘書が行います」
「……? ま、ええでっしゃろ」
ゼニスキーは少しやりづらさを覚えたが、もう契約書は持っている。今持ってきたのは上一枚。要するに偽の契約書だ。ここからどう進んでも騙しおおせる。ついでに事業の利権が得られれば大万歳なのだが、と思ってたところだ。
「では失礼します」
ロードフリフはこの場をフランティスカに任せて後を去った。フランティスカは持って来ていた、いかにも仕事のできる秘書官風の衣装に身を包んで眼鏡をしていた。
「では、説明させていただきます。このたびは申し訳ないのですが別口の融資先が見つかりましたので、この件をお断りさせていただきたく思いまして」
「はっはぁっ!? なんでやねん!?」
思わず声を荒らげさせるゼニスキー。いくら契約書を持っていても、金が貸せなかったら利率をふんだくるのは難しい。裁判で『貸した』『貸してない』の水掛け論をするのがオチだ。その手の手っ取り早くない稼ぎ方は、ゼニスキーの一番嫌いとするところであった。
「そそそ、それはいくらなんでもあんまりとちゃいまっか?」
狼狽えるゼニスキーに。フランティスカは金袋を置く。
「はい、ですので違約金として初回の金利をお渡ししようと思います」
ゼニスキーは完全に固まった。
(まずい、まずいでっしゃろ。これは、ここで小銭掴んでも全く意味がないというか赤字でんがな)
「い、一体、どこに融資協力が出たのでっか? そんなに利子が安いのでっか?」
「いいえ、利子はむしろ高いですわ。ただ、そこは一時金が出るので、やはり先立つものは少しでも先に欲しいというか。ほら」
と、彼女はカバンを開けるとそこにはたっぷりの金貨があった。
(表面だけ本物であとは偽物だけどね)
フランティスカは心の中で舌を出す。表面の金貨は借り物だ。デーブから借り受けた。
「一応、契約書を見せていただいてもいいでおまっか?」
「はい、こちらになります」
見せたのは、正式な契約書だ。むろんこの計画が終わったら破く予定なのだが。
「ちょ、ちょっとトイレに行ってきま。おい、ついてくるんやで」
「は、はい」
二人はトイレに連れ添った。
「ふん、馬脚を現すのが早いこと。場数が違うっての」
フランティスカは紅茶を一気に飲んでニヤリとほくそ笑んだ。
(問題は、契約書の『下』にあった書類がどんなものか分からないことなのよね。絶対今回は持ってないでしょうけど、できれば押さえておきたいわ。押さえれば相手を叩きのめす証拠にもなるしね)
(それならば、何とかなるかもしれない)
そう思い返して、自室の隣にある。より堅牢な作りの部屋にロードフリフは入った。
「そう、これが僕の特技だ」
置いてあるのは二つの水晶玉、壁にはびっしりと作戦メモや地図が張ってある。
「“自室軍師”と呼ばれた僕の特技は伊達じゃない」
そう言い、自分の武器に手を触れた。
「はい、こちらロードフリフ直下部隊」
(はい、ではこちらの指示通り進んでください)
ロードフリフは念話の神術により、百人までと同時に会話することができる。その言葉は会話として脳に伝達されるが、実質にはノータイムなので言葉よりも優秀だ。
(では、三十名部隊はそれぞれ別の指示を出すのでその侵入経路から侵入。作戦指示に従ってください)
三十名の部隊はロードフリフの子飼いである。慣れていても彼の能力に怖気が走った。ロードフリフは三十人、いや、百人までと全く同時に別々の内容で会話することができるのだ。
「なんでこれを議員として生かせんのじゃ」
とはデーブの談である。
目を瞑って集中しているロードフリフは自室で完全に無防備である。そのため、前衛に出るより後衛で指示を出していた方が彼には向いていた。戦争時には百人の部隊長に指示を出し、部隊長が百の兵に指示を出すことで、一万の兵を動かすことまでできたという。この国の常備兵は六千なので十分すぎるくらいだ。
「では行くよ。作戦開始」
部下たちは、ゼニスキーの屋敷の中へと散っていく。
静かに、そして一方的な掃討戦が始まろうとしていた。
「ど、どうするんです?」
大男は雇われの役者だ。こんな状況での胆力はない。そもそも胆力がないからこんな仕事を請け負ってしまったのだ。
「どうするもこうするもありまへんがな。こちらも一時金を出すしか無いでっしゃろ。そのくらいの金を持って来てて正解やったで」
「え……? 良いんですか?」
「利子でそのくらいの金ははした金になるんやからええやろ。先行投資やで。この商売が消えて無くなるほうが怖いからな。ほな行くで」
大男は、何か嫌な予感がしたが、彼もまたそれを助言するほどの給金は貰ってないのであった。
「二十二番、見張り片付けました」
雇われていたのはゴロツキばかり、こちらは元正規兵でしかもロードフリフの支援がある。負ける要素がなかった。
(分かった、奥に二人配置されているから二十番と合流して事に当たってくれ。まだあちらはこちらに気が付いていない)
まさにぞっとする才能だ。ロードフリフは未来予知に近い戦略才能があり、敵の動きを手に取るように知ることができる。二十番もきっと、敵の隙を取って移動しているだろう。
鍵の開く音がした、玄関から入り二十番と合流する。右の部屋に二人いた。不意を突く必要はない、正面からの戦闘だ。
「なっ、なんだ、この野郎!?」
(敵はナイフに頼りまっすぐ体当たりをします。左に避けると相手の意識の外に出れます)
ノータイムでアドバイスが飛んでくる。『これ』だ。ロードフリフは細かい一兵一兵の動きまで『予測』できる。兵たちを視覚にしているにせよ、とてつもない才能だ。
左に避け、隙だらけの側頭部に警棒を叩き込む、それだけで戦闘は終わった。二十番も同じようにしている。
(では、書類を探してください。そこにある可能性は低いですが)
「金庫のようなものがありますが」
(開錠班を呼びます。中にある金品には手を付けなくていいです。我々は強盗ではない)
彼はロードフリフが悪党でなくて本当によかったと思う。ロードフリフは世界を動かすに値する能力を持っていると評価するからだ。
「……と、言うわけでうちの方でも一時金は用意させていただきまっせ。幸い現金は持って来ていまっから今すぐ払えま」
ザラッと、金貨袋を取り出す頭取役。
(これだけあったら遊んで暮らせるなぁ)
などと思うが、今これを持って逃げるだけの胆力は彼にはない。何より役者として成功したいのだ。
「あらまぁ、しかし、あちらはもう契約が……」
「してまったんでっか!?」
「それはもう、一時金もいただいていますし。ただ、最初のお金をお借りするのが明日の予定ですので契約書は明日の日付になっておりますが」
「そ、それならあっちを呼びつけてうちみたいに契約書切り替えてしまえばええんちゃいまっか? 何ならこっちはもうちょい利率を下げまっせ」
「まぁ、魅力的。確かに大金ですからねぇ」
(しめしめ、もう『契約済みの』契約書はありまっから別に変更書類書いても痛くも痒くも無いでおまっからな)
「では、主人はいないですが、せめてそちらの契約書類を作ってしまいましょう。今までの書類は返していただいてもよろしいですか?」
「そうやな。おい」
「あ、はい」
頭取役から偽の書類が渡される。それをフランティスカはひとしきり確認してから。『無効』の判を押した。
「では、こちらの一時金受け渡しの書類にサインを」
「用意が良いでんな」
「デーブさんと作成したときの写しですので、同じものが使えました」
そこに数字だけ書き入れ、ゼニスキーがサインする。その後、頭取役から金袋を渡される。
「では、明日からの契約でゼニスキーさんはこの屋敷に立ち入らないこと、これでよろしいですね?」
「は、なんのことでっしゃろ? わいが入れへんと金が渡せまへんで?」
「はい、別にいりませんので」
フランティスカは笑顔で答えた。書類の上面を剥いで、二枚に変える。
「ななな、なにをするんでっかー!? それは立派な詐欺なんやで!?」
「私詐欺師ですから。書面に残した結果、『一時金を受け取る』のと『あなたが今後関わらない』書面、確かに受け取りました」
顔を真っ赤にさせたゼニスキーは。席を立ちあがり、指を突きつけながら言う。
「ほ、ほな、わいからも言わせてもらいまっけど、こっちも書類は二枚!!」
「その書類というのはこれかな?」
書類を持ってそこにロードフリフが現れた。
「僕らはもうこれ以降関わらないほうが、君のためだと思うけど。それともこれを持って裁判所に向かうかい?」
「は、ななななな、はばばばばばばっ!?」
ゼニスキーは泡を吹いて倒れた。
そのころ、ゼニスキーの屋敷。
「所でよ」
二十番が言う。
「ああ、同じことを思ってたぜ」
二十二番が答える。
『屋敷に開いたこの大穴、なんで開いてるんだ?』
屋敷はずいぶん風通しがよくなっていた。何か巨大な生物が通っていったようにしか見えなかった。
「くそっ! このままでは済まさへんで!! おい、御者!! もっと飛ばさんかい!! こうなったら直接あの家襲ったる!! メンツの問題や!!」
「は、はい!!」
頭取役をその場に置いてきてゼニスキーは馬車を走らせていた。
「まったく、けったくそ悪い。小バカにしおって!!」
「あ、何か、何か向かってきてますが!?」
「構わへん、轢いてまえ!!」
「きぃさぁまぁがああああああああ!!!」
「あん? なんや、あれ、人間か?」
「貴様がアイスの恨みかーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
張り手一閃、ゼニスキーは星となった。
「もう完全に逆恨みだと思うんだけどなぁ」
フルリラはそう呟いたのだった。なお、御者と馬はなんとか逃げたらしいとは付け加えておく。




