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デブと養女とハンバーガー

「親父さん、ベーコンエッグバーガーを一つ」


「はいよ」


 親父さんの手によって、分厚いビーフパティとベーコンが脂を踊らせながら焼かれていく。この店は肉々しいのが特徴である。それが彼のお気に入りだった。


 片手でパンにこんがり焼き目を付け、それを挟みこむ。野菜は入れない。注文をつけずとも店主は多めのマスタードとケチャップを注ぎ、紙袋に仕舞った。


「はいよ、お待ちどう」


「ふぉふぉふぉ、これが良いんじゃよ。いただきまーす」


 男は雑踏の中でひときわ目立つ。かなりの巨体、言うなればデブであった。その男がヨダレを垂らしながらハンバーガーを受け取り、かじりつこうとした時のことであった。


「おい、誰かその子供捕まえろ!! ちっくしょう!!」


 どん! と男に別の男がぶつかる。その衝撃で、いかにも美味しそうに仕上がっていたハンバーガーはデブの口に入ること無く地面に落ちた。


「う、うぉおおおおおおおおおおおおお!!!???」


 吠える、吠えるデブ。


「お、お客さん。これもう一個作りますんで」


 親父さんの言葉にデブは滂沱の涙を流しながら答えた。


「このハンバーガーはこの世にこれ一つしか存在しないんじゃー!」


 三秒ルールを適用しようにもスラムの汚い地面に落下してしまった。これは取り返せない。


 一方、ボロをまとった少女は逃げていた。靴も履いておらず、足は怪我だらけだ。いかにも売られた少女だと分かった住民は、関わらないようにと道を開ける。


「はっはっ……」


 呼吸が苦しい、ここには味方はいない。泣きそうになる目を必死に拭って足を進めるが、足は限界で、もつれ、倒れてしまう。


「ようやく捕まえたぜ!」


 いかにも悪そうな男が、その腕を掴む。もう抵抗する気力も湧かない。最後に見た太陽が、黒く、陰った。


(……?)


 少女は訝しむ、あんなに青空だったのに、なぜこんなに太陽が覆われているのだろうと。よく見ると、立派な服を着たデブが飛んでいた。それはもう、軽々と。


 どすんっ!!


 しかし、音は重たい、住民は何事かと注視する。少女も注視する。そして少女を捕まえていた男も注視する。


「そこの貴様、許されん、決して許されんことをしたな!!」


 吠えるデブの怒りは、計り知れない、鬼の形相で歯をギリリと聞こえるほど噛み。その歯からは蒸気となった吐息が立ち上がっている。


「ひっひいっ!? だ、旦那、俺がナニをしたって言うんだ。こ、このガキのことか、何、このガキは悪さをしたから」


「そんなこと聞いとらんわーーーーー!!!!!」


 デブの張り手一閃! 男は空中に放り出され、地面に五回バウンドしてから雑踏の奥に消えていった。


「ふしゅー、怒りの百万分の一くらいは収まったわい」


 どすどすと、デブは重い足を揺らしてハンバーガー屋台に戻ろうとする。


 その裾を少女が握った。





「……旨いかの?」


 少女は首がちぎれんばかりに頷きながらハンバーガーを飲み込む。あまりに口に頬張りすぎて喉を詰まらす。


「ほれほれ、コーラを飲むのじゃ」


 デブはコーラを少女に押し付ける、少々むせ返りながらもそれを啜る少女を見て、デブはため息を付いた。


「とほほ……こんなことならポケットの小銭だけではなく、ちゃんと財布を持ってくるのじゃった」


 急にハンバーガーを食いたくなったのはほんの十分前のことだ、取るものもとりあえず駆けつけたので少女に奢ったら金がなくなってしまい、結局自分は食えてない。


 なので、盛大な腹の虫が鳴った。少女の動きが止まる。


「……あの」


 少女がハンバーガーを突き出す。デブは、笑顔でそれに齧り付いた。


「ふぉふぉふぉ、やっぱりここのベーコンは最高じゃのお!! さぁ、まだ食うのじゃ。君はそんなに痩せていてはいかん、女性はふっくらであるべきじゃ」


 食うに困るなどということは、この豊食の世界において滅多に無い。彼女は食わされなかったのだろうとデブは判断する。


「ぷぅ」


 少女がお腹を膨らませてため息をつく。


「ハンバーガー一個で悪いの、あいにく持ち合わせがなくての」


「いいえ、もうおなかいっぱいです。ありがとうございます」


 少女はたどたどしい言葉でしゃべる。眠くなってきたのだろうか。


「それは良くない、ワシなど十個は食うぞ」


 デブの言葉に少女は微笑む。実際そうなのだろうと考えた。


「所に少女、名はなんという。少女と呼ぶのも心苦しい」


「私は、ニノンです。……あの、あなたは」


 デブは顎を撫でながら「ふぅむ」と頷き。


「ワシか、ワシはデーブ・デーブじゃ」


 そう言って、かなり怖い笑顔で言った。





「戻ったぞー」


 デーブが戻ってきた家は、スラム街に建っているとは思えない、大豪邸であった。


「二つ申し上げたいことがございます旦那様」


 メイドのマイヤーがこれを迎える。


「まず一つ、その子はいかがなさったので?」


 疲れ果てて眠っているニノンをデーブは小脇に抱えていた。


「うむ、拾った。適当にやっといてくれ」


 言いながらデーブはマイヤーにニノンを預けた。


「はい、畏まりました」


 マイヤーはこれには反論しない。主命に疑問を抱くような真似はしないのだ。


「もう一つ……今度は何をお食べになりましたか?」


「待て、未遂じゃ」


 デーブは一歩下がりながら言う。脂汗が流れる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。


「そんなわけ無いでしょう? いつもいつも体重管理はきっちりなさって下さいとあれほど申し上げたではありませんか!」


 デーブはそれ以降しばらく耳にタコが出来るほど小言を聞くことになるのであった。





 ニノンは、ベッドで目を覚ました。見たことがない天井というより、星のようにきらめくガラスが散りばめられた天蓋だ。


 驚いて起き上がろうとするが、あまりに慣れない柔らかすぎて広すぎるベッドの中では起き上がれず沈み込むばかりで起き上がることが叶わない。


「わっぷ、わっぷ!?」


 ベッドの中で溺れることしばし、ニノンは全てを諦めた。脱力してベッドに身を任す。


「あ、目が覚めましたか?」


 それを覗き込むメイド服姿の女性。三つ編みの黒髪で女性として豊かな体つきが特徴だった。ちょっとメガネがきつい印象を与える。


「あの……」


「大丈夫ですよ。私はデーブ様付きののメイドでマイヤーと言います。ニノン様のことはお伺いしています」


 そう言いながらマイヤーは、体を起こしてやり、汚れた頬を濡らしたタオルで拭き始めた。


「少し冷たいですからね。足が染みるかもしれませんが後でお風呂にも入りましょう。淑女たるものきちんと綺麗にしておかないと。後、綺麗にしないと傷が化膿してしまいますし」


「あの……私は」


「はい、調べはついています。ニノン様は戦災孤児で人さらいにさらわれ、この街にやってきたんですよね?」


 その言葉に激しく驚いたのはニノンだ。


「え、な、なんで!?」


「旦那様は友達が多いんです。ニノン様には宜しければこのままこのお屋敷で暮らしていただくということになっています」


 ニノンは、あまりのことに驚くばかりだ。


「わ、私が、ですか?」


「はい、この街にいる人は、皆幸福でなければならないというのが、旦那様のお考えです」


「あの……そのデーブ……様は」


 マイヤーは、しばらく真顔で固まり。ドアまで行きそのドアをガチャリと開けて廊下を三度確認する。そして叫んだ。


「あの人はまた買い食いに行ったーーーー!! もうっ!!」


 ニノンは、この時本気でビビっていたという。





「なんじゃとーーーーーー!!!!」


 その時、デーブはハンバーガー屋台の前で吠えていた。


「ええ、見ての通りで」


 ハンバーガー屋台は見るも無残に破壊されている。


「何があったんじゃ一体」


「それがさっきのやつともう二人やってきて、デーブさんのことを聞くんですよ。それで断ったらいきなり暴れだして」


「ぬぬぬ……悪かったの。これで店を直してくれ」


 デーブはハンバーガー屋に財布を投げてよこした。


「この恨み、晴らさでおくべきか」


 鬼の形相にハンバーガー屋の主人も受け取らざるを得なかったという。





「それで、私のところに来たというわけか。こういうことは議員のロードフリフのほうが得意じゃないかい?」


 デーブに話しかけているのは金の長髪を櫛ですいていた。名はアイゼッツォン。侯爵の地位を持っている。


「あいつはダメじゃ。警官を動員して街をひっくり返しかねん。そこまで大事にはしたくない。あれはあれで血気盛んで良い若者なんじゃがな」


「三人で戦争をしていた時代が懐かしいな」


「ワシ、辛いの食べれない」


 デーブが出されていた皿を避ける。メイドがすかさずそれを下げた。


 アイゼッツォンとデーブは同じ戦争で将軍をやっていた経歴がある。ロードフリフは一階級下だった後輩だ。


「君も望めばもっと偉くなれただろうに。なんでまたあんなスラムに屋敷を建てたのだい?」


「ワシ、魚嫌い」


 デーブが出されていた皿を避ける。メイドがすかさずそれを下げた。


「あそこは飯が旨いんじゃよ。ワシはB級グルメが好きなんじゃ」


 女神は人に様々な加護を与えてくれる。多種多様な料理はそのうちの一つであった。聖句として女神は人々に料理のレシピを伝えるのだ。


 かなり偏った神であると誰もが思っている。


「……まぁ、人の趣味は追求しないでおくよ。それで、聞いていた話だが人を使って見つけた。スラム街の端に潜伏しているらしいね」


「どうやって食ってるんじゃろうな」


 カチャカチャとローストビーフを切るデーブにアイゼッツォンは答える。


「まぁ、食うだけならパンならどこでも手に入るだろうけどね」


「人はパンのみにて生きるにあらずじゃ。やっぱ肉も食いたい」


 デーブの軽口にアイゼッツォンは笑いながら言った。


「そう言うのは君だけだと思うよ。それからもう一つの頼みだけど」


「……む」


 三度デーブのフォークが止まる。


「君は甘いものは大好物だったと思うけど」


「このデザート、ひよこの形していてだな」


「ああ、綺麗だね」


 デーブはプルプルと震えながら言う。


「……可愛くて食えない」


 アイゼッツォンはとうとう吹き出した。





「おお、磨いたら随分可愛らしいではないか。何をしておるんじゃ?」


「あら、旦那様。昼食はどういたしましたか?」


 マイヤーの言葉に、デーブは頷き。


「アイゼッツォンのやつの所だが、あそこは上品すぎて食べた気がしない」


「……軽いものを用意しますね。何かやることはないかと聞かれたので、麦を刈ってるんです」


 小麦はどんな荒れ地にも勝手に生え、種を残す。しかし手入れをしないと穂が腐り、病気になることもあるのでこうやって刈り取るのだ。病気の麦を食べると病気になってしまう。


「そういえば、庭の麦も随分手を入れていないのぉ、次から次へと生えるもんじゃから」


 麦は刈り取っても翌日にはまた穂をつけ始め、木の実や果実はいくらもぎ取っても次々と実をつける。そのため、どうやっても食うに困るということはないだろう。


「ええ、どうしてもというので適当な服を与えて刈り取らせているのですが」


 ニノンは、ボロをまとって汚れていた時と違って。磨くと夕焼け色の小麦野原のような金髪をして、白磁のような肌をした少女だった。遠目に見ても可愛らしい。鎌でせっせと麦を刈っている。


 ニノンはデーブの姿を確認すると、深々と頭を下げた。


「あのっ、ありがとうございます。私精一杯」


「いや、精一杯するのは別のことじゃ。麦は人を呼んで刈り取れば良い。ところで怪我はどうなったのかの?」


「秘薬が倉庫にあったので使用しました」


 デーブはちょっと渋い顔になりながら答える。


「あれちょっと高いんじゃが、まぁいいか」


「ところで、彼女をどうするのです? メイドの手は足りてますよ」


「マイヤー女史が何でも一人でこなすスーパーメイドなのは知っとるが、そんなことのために拾ったりはせんわい。アイゼッツォンの所に行って家庭教師とダンスの教師を雇った」


「あらまぁ」


「……??」


 マイヤーは口元を抑えてひとしきり頷き、ニノンは分からず首を傾げている。


「うむ、これからニノンはひたすら勉強とダンス、マナーの訓練をして淑女の星を目指すのじゃ!」


 あさっての方向を指差すと、真っ昼間なのに星が見えた。


「それはこれから忙しくなりますね、ドレスとか作ったら華やかでしょうか?」


「あ、あの、お二人共嬉しそうですけど、わ、私どうなるんです?」


「そうですわね、旦那様のお言葉ではちょっと分かりにくいでしょうから私が代弁を。ニノンさん、あなたはここの家の娘になったのです」


 たっぷり三十秒、ニノンは鎌を取り落としてから固まった。


「何じゃ、あんまり嬉しくなさそうじゃの」


「そりゃ、今の段階ではなんとも言えませんよ、旦那様」


「い、いいえ! あの、私、精一杯頑張り、頑張りますから!!」


 混乱して口をパクパクさせているニノンの頭に、デーブは分厚い手を置き。


「なにはともあれ昼飯じゃ。今日は何じゃ? カレーがいいのぉ」


「サンドイッチです。ホットサンドにしましょう」


 マイヤーは冷たく言い放った。




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