第七十三幕 ナーシャ旅立つ
光が収まり、ヒカゲとナーシャの左の手の甲には、鎖と白と黒の羽根の刺青が刻まれていた。
「これが私と主様の魂を結ぶものです。これが刻まれている限り、決して裏切ることも、嘘をつくこともできない、我が家に代々伝わる魔法となります」
「なるほど。さて、ナーシャ。初めのお願いだ」
「なんなりと」
「ではまず、主様呼びは禁止だ。これからは名前で呼ぶように」
ポカンと口を開けるナーシャ。
「しかし、これは仕えるものとして、区別を」
ヒカゲはため息をつくと、指を輪っかにして額の方へと近づく。そして・・・
ビシッ!
デコピンをした。
「?⁉︎」
「どこの世界に、家族に対して主様と呼ぶ奴がいる。様をつけても構わないから、名前で呼んで欲しい」
額を摩り、見上げると、そっぽを向き、明らかに拗ねているヒカゲの顔があった。
ナーシャはまた、可笑しそうにクスクスと笑うと、腰を折る。
「かしこまりました、ヒカゲ様」
「あぁ、これからよろしく」
ナンシェとルガは嬉しそうに顔を見合わせる。
「ふざけるな!」
しかし、その空間に水を差される。
「このようなことは無効だ!すぐに解除をさせる!」
「そうですわ!主人を人間族とすることなど、ましてや戒め持ちをメイドとして、送り出すことなどあってはならないのです!」
「「では、最高神様からの命令ならばどうされる?」」
ドアの方から声が聞こえた。そこに立っていたのは紫の羽根を持つ聖天使、《慎重》と《忠実》が立っていた。
「どういうことですか?」
二人は顔を見合わせ、頷くと、手紙を取り出した。
【 最高神より命ずる 】
ナーシャ・アストゥークはこれより、ヒカゲ・アカツキと共に、この先にある世界を見て回りなさい。
何人たりとも、邪魔をさせることは許しません
「そ、それは、」
クリナは言葉が出ない。
「まぁ、最高神様がこの命令を出そうとも、魂の契約を覆すことができない」
「怒りで我を忘れ、そんなことも忘れたとは、嘆かわしい」
ピズマは気まずそうに目をそらす。
「最高神様の命は絶対」
「そもそも、当主となるルガ・アストゥークを鍛えなければ、意味がない」
「ナーシャ・アストゥークは戒めの羽根を持つもの。本来であれば、即座に報告をするのが定め」
「それに背いたお前たちは、この後神殿へ来てもらう。措置はその時に話すとのことだ」
二人の顔が青くなる。
「そ、それだけは、」
「お願いします!」
しかし《慎重》と《忠実》の目は、冷ややかに二人を捉える。
「みっともなく、言い訳をするな」
「先程、お前たちがこの広間にいた時から、我らは目で見て、耳で聞いていた」
「言い逃れはできない」
「来てもらおう」
『『搦めとる枝』』
枝が無数に広がり、ピズマとクリナを搦めとる。
二人は枝を切ろうとするが、切った分だけ生えてきて、彼らを搦めとる。
逃げられないと悟り、二人は力なくうなだれた。
「「ルガ・アストゥーク」」
「は、はい!」
突然名を呼ばれたことに、動揺する。
「最高神様から、これよりアストゥーク家次期当主は、ルガ・アストゥークとなる」
ルガは目を見開く。
「なので、《希望》にはなるべく、ルガ・アストゥークといる時間を増やし、立派な当主となる手助けをせよとのご命令だ」
「「二度とこのようなことが起こらぬように、心してかかれ」」
こうして、ピズマ・アストゥークとクリナ・アストゥークは、連れていかれた。
「ルガ」
あまりにもことが進みすぎて、呆然としていたルガは、ナーシャに呼ばれ振り返る。
ナーシャはなにかをルガ名前に差し出した。
「これは、」
手の中にはアストゥーク家次期当主となるための証のネックレス。
「本来ならば、私が死んだ時に、あなたの手に渡るはずだったもの。だけど私にはもう、必要ない。最高神様の命を受けたのだから」
ネックレスとナーシャを交互に見比べる。
ナンシェを見ると、微笑みながら頷いている。
「いいのですか?」
「もちろんです。何故なら貴方は私の自慢の弟なのですから」
そうして、今度こそルガはしっかりとネックレスを掴んだ。
「はい!姉様たちに負けぬよう、立派な当主となります!」
ルガの姿は、ナーシャが見た中で、1番輝いていた。
「それでは、失礼した」
「邪魔したな」
「お、おじゃましました!」
門の前まで来たヒカゲたち。
「ああ、こちらこそ、迷惑をかけたな」
「好きで突っ込んだことだ。気にするな」
「いえ、本来であれば、家のことは家で解決しなければなりませんでした。それでも、僕の依頼を受けてくださっていただき、ありがとうございました」
「・・・これから大変になると思うが、頑張って強くなれ」
「はい!」
アストゥーク家の家を背に歩き出すヒカゲ。
「それでは、ナンシェ姉様、ルガ、私も行きますね」
そうして歩き出そうとした時。
「ヒカゲ・アカツキ!」
ナンシェが呼び止め、振り返る。
「もし!ナーシャを泣かすようなことがあったら、すぐに私がお前を殺しに行くからな!」
コクリと頷く。
「ひ、ヒカゲ様!」
今度はルガ。
「僕はこれからもっともっと強くなります!ナンシェ姉様とともに、強くなって、大切な人を守れるような、立派な当主となります!」
コクリと頷く。
すると二人はナーシャの方を向いた。
「ナーシャ!もし、嫌なことがあったら、いつでも帰ってこい!私たちはここで待っている!」
「ナーシャ姉様!帰ってきたら旅の話をたくさん聞かせてくださいね!」
「「いってらっしゃい!」」
涙がこぼれそうになる。
だけど、グッとこらえ、そして笑顔で言い放った。
「行ってきます!ナンシェ姉様!ルガ!」
「行ってしまいましたね」
ヒカゲたちの姿が見えなくなり、ポツリと呟いた。
「そうだな」
ナンシェはルガの方を向く。ルガもナンシェの方を向いた。
「さぁ、これから忙しくなるぞ」
「はい!」
「まずは、屋敷の修理からだ」
「はい!」
「そしたら、強くなるぞ」
「ナンシェ姉様、手伝ってくださいますか?」
「当たり前だろう?父様や母様のような人ではない、立派な当主になるのだろう?」
ルガは大きく胸を張る。
「はい!僕はヒカゲ様のような体も心も強い人になりたいです!」
フッと笑い、家の方へと戻って行くナンシェ。
「ならば、私もその手伝いをしよう。頑張るぞ」
「はい!」
こうして二人は、今までにないくらい、晴れやかな気持ちで、屋敷の中へと入って行った。
夕方ごろ とある場所ーーーー
そこには暗くてよく見えない。
「行ったか」
「はい」
クックックと愉快そうに笑う声がこだまする。
「あの時、まさか異世界召喚を行うような奴はもういないと思っていたが、本当にやる奴がいるなんてな」
「しょうがないよ。今のあの国じゃ、今までやらなかったのが不思議なくらいさ」
「だが、そのおかげで見つけることができた」
「そうだね、今まで誰もいなかった。僕たちの興味を引く人なんて」
「種は巻いたのだろう?」
「勿論さ、あの人には堕ちてもらわないと、深い深〜い闇のそこまで」
「この世界に来なければ、我らの興味を引くことはなかっただろう。可哀想に」
行っていることとは真逆に、愉快そうに口を釣り上げる者たち。
「さぁ、これからもっともっと我らの気を引いておくれ」
「僕たちは待っているよ」
「ヒカゲ・アカツキ」
舞台の上には、また新たに役者が登場した。
新たな役者に、みんなが喜ぶ。
しかし、カーテンの向こうに小さな影が潜んでいることをまだしらない
これにて、ナーシャ編は終わりです。
さて、次回はどんな話が綴られるか、お楽しみに(*´꒳`*)