第七十二幕 ナーシャは誓う
誰もその場から動かない。
「今のお前たちに、彼らは一体どんな目を向けている?」
「なぜそんなことを、」
「嘘偽りなく、答えろ」
ヒカゲの右眼の石が、赤く輝く。まるで、咎められているかのように。そして二人は恐る恐る、ヒカゲの指差す方を見る。そこには・・・。
敵意に満ちた目を向けるナンシェ。
怯えが見え隠れしている目を向けるルガ。
しかし、やはりナーシャの方を見ない。
「なぜそのような目を向けているのだ⁈」
「私たちはあなたたちのことを思って、」
わけがわからないといった声をあげる二人。
「わからないのか?」
ヒカゲは静かに問いただす。
ピズマは呆然と佇み、クリナは口に手を当てる。
そしてふと、ナーシャの方を見た。
決意を胸に、目を輝かせ、真っ直ぐ二人を見つめるナーシャの姿を。
その姿を捉えた二人は目をつり上がらせた。
「やはり、お前がいるからか!」
「ナーシャのせいだと?」
ナーシャを守るようにして、前に出る。
「そうです!あなたがいなければ、この子たちが部外者に依頼することも、親戚からバカにされることも、わたしたちがこの子たちにこんな目を向けられることもなかったはず!全てはあなたが元凶です!」
クリナは言い放った。ピズマも頷いた。
それが、家族として、ナーシャと二人を分かつ言葉だったと知らずに。
「そうか」
ヒカゲは目を閉じた。
「あくまで、お前たちはナーシャのせいにするんだな?」
「当たり前だ。ナーシャがいなければ、今頃家族で幸せに暮らせていた」
ナーシャは、もうこの想いは届かないとわかり、俯く。
ナンシェは目を逸らしら拳を震わせた。
ルガもナーシャと同じように、そして悲しそうに俯いた。
見ていたフィロスも嫌悪の目を向け、ヒスイは威嚇をし、ティナは悲しそうな顔をする。
「そうか」
何を言っても、この二人は変わらないことを感じたヒカゲはポツリと呟くと、クルリとナーシャの方を向いた。
「ナーシャ」
ポンッと頭に手を置く。突然のことにナーシャは何をされているか、わからなかった。
そのままゆっくりと手を動かし、撫でるヒカゲ。
「ヒ、ヒカゲ様?」
ナーシャは恥ずかしいやらわからないやらで、頭を撫でられてると、気づくと顔を真っ赤になった。
「ヒカゲ様、何を、」
「なぁ、ナーシャ」
いつもと違う声に、顔を上げる。
そこには、慈しみの目をむけて、微笑むヒカゲの顔があった。
ナーシャは目が離せない。
「ナーシャ、俺と共に世界を旅しないか?」
「え?」
目を見開く。
何を言われたか、わからなかった。
「君さえ良ければ、俺の、」
「家族になってくれ」
ポロポロッ
「あれ、これは」
ナーシャの目から涙が零れ落ちた。
ヒカゲは慌てる。
「嫌ならいいんだぞ、その、なんだ、」
先ほどと違う、幼い反応ナーシャは思わず笑みを浮かべた。
「ヒカゲ様」
「なんだ」
「私は戒めの羽根を持っています」
「だからなんだ、そんなこと関係あるのか?ならばその羽根ごと俺はお前と共に背負おう」
「私は料理ができません。メイドとしては欠陥品です」
「料理以外は素晴らしいのだろう?だったらそこでカバーすれば良い」
「私は攻撃できません。防御することしかできないのです」
「フィロスはともかく、ティナはまだ幼いし、ヒスイも力がわからない。それに俺自身、魔法を使うことが出来ない。だからこそ、俺の家族を守るために、力を使え」
ナーシャ問いかけに、ヒカゲは丁寧に答えていく。その言葉一つ一つがナーシャの心を和らげていき、心を温めていく。
「ヒカゲ様」
ナーシャは今度こそ、ヒカゲから一歩離れ、跪く。
『私の名はナーシャ・アストゥーク。これより私の心も身体も貴方様のもの』
ヒカゲとナーシャの下に魔法陣が浮かび上がる。
『例えどのようなことがあろうと、貴方様の為だけに生き、貴方様の為だけに死ぬ盾となり剣となりましょう。これは古より伝わりし、魂との契約。貴方様に仕える為の許可を頂きたく存じます』
ヒカゲはするりと左手を差し出した。
『俺の名はヒカゲ・アカツキ。これより、ナーシャ・アストゥークは俺の家族となる。勝手に死ぬことなど許さない。俺たちと共に生き、共に世界を見て回ろう。例え、世界が敵になろうとも、俺は、俺たちだけは最後までお前の味方でいることをこの場で誓う』
すると、ナンシェとルガが魔法陣の近くに立つ。
『ナンシェ・アストゥーク』
『ルガ・アストゥーク』
『『我らはこの誓いを見届けるもの。仕える方のために全てを尽くし、全てを捧げることに祝福を送ろう』』
すると、魔法陣の光が二人を包み込む。
「ナーシャ」
「はい」
「返事をもらっていない」
「はい」
「ナーシャ、俺の家族になってくれるか?」
「はい、もちろんです!主様」