第六十八幕 その頃神殿では
ナーシャは今、自分の家であるアストゥーク家の自分の部屋にいた。
数時間前ーーーーーー
目が真っ赤になるくらいお互い泣いた二人。
ナンシェは全能神のもとに向かい、妹の話、そして自分自身の話をしようと神の間に向かっていた。
今まで自分の中に霧がかかったようにモヤモヤしており、妹のことを思っているにも関わらず、自分の意思ではないかのように、それこそ自分のことなのに自分を外側からみている感覚に陥っていた。
なぜなのかわからないが、とにかく今はこれからのことを全能神に説明するためにナンシェはナーシャの手を引いて神の間まで来ていた。
ちらりとナーシャを見ると、ナーシャは不安そうな顔をして、ナンシェの手を握っていた。ナンシェがこちらを見ていることに気がつくと慌てて笑顔を繕おうとしているのを見て、ナンシェは首を振り、安心できるようにニコリと笑った。
「ナーシャ、安心して。どんなことになろうとも、私はあなたの味方よ」
ナーシャは視線をウロウロさせていたが、決意したかのように、ナンシェを見た。
「姉様、私・・・」
ギギギィィィィ
ナンシェが何かを言う前に、神の間の扉が開いた。
「来ましたね」
ナンシェはしっかりとした足取りで中へと入っていく。それを見てナーシャも慌ててついていく。そして、全能神の前で頭を垂れた。
「久しぶりの姉妹でのお話、どうでしたか?」
全能神はタイミングを計り、労わるような声色で、ナンシェに問いかけた。
「はい、あの場にて話をする場を設けてくださり、誠にありがとうございました」
次に全能神はナーシャの方を向く。
「貴女が《希望》の妹君ですね」
まさか自分に振られるとは思わず、ナーシャは慌てながらもしかし、しっかりと問いに答える。
「は、はい、私はナーシャ・アストゥークの妹、アストゥーク家次期当主、ナンシェ・アストゥークと申します」
全能神の姿はベールに包まれているため、どのような顔をされているのかわからず、ナーシャの背中に冷や汗がつたう。
「貴女たちがなにに巻き込まれてしまったかまではわかりかねますが、その羽根、戒められた者の証」
ナーシャはぐっと唇を噛む。まだ、この羽根がなぜ黒いのかわからないため、どう説明をすれば良いのかわからなかった。
「本来ならば戒められた者の証を持つ者は、このサンクギオにおいて、処罰の対象となる」
するとナンシェがナーシャの前に出る。
「お言葉ですが、」
「まぁ、最後までお訊きなさい」
ナンシェのセリフを遮り、全能神は言葉を続ける。
「貴女の妹、そして今回の事件のことで、少し疑問に思うことができ、それはこれから必要となる疑問でもあるため、そのきっかけに気づかせてくれたということもあり、今回の処罰はあの不思議な者の願いにより、決まりました」
「「不思議な者?」」
ナンシェとナーシャは処罰と聞きながらも、全能神の決めた処罰ではないことに疑問を抱く。
「そう、此度勇者と間違えたあの者。確か、ヒカゲという名前でしたね」
ヒカゲという名前にナーシャの身体がぴくりと反応する。
「その処罰については後ほど伝える。本日は色々とあり、疲れていると思いますので、全員1日ゆっくりとおやすみなさい。特に《希望》はまだまだ妹君と積もる話が多くあると思うので」
全能神のお茶目っけのある言葉に全員が顔を見合わせる。
「さぁ、おゆきなさい」
7人の聖天使たちは、その場で一礼すると、部屋を出て行った。
「さて」
全能神は先ほどの報告を思い返す。
『どうやら勇者は男2人女2人のようです』
『また、護衛に双子の男が2名』
『勇者たちはまずこの世界に必要なカード登録をしようと中央国へと向かっております』
『しかし、勇者たちの他の種族に対する態度は目に余るものです』
『勇者たちはその護衛や人間族のものたちの言葉を鵜呑みにし、傀儡となりかけていることは確かです』
「本当に今も昔もなにも変わりませんね」
全能神は冷めた声で呟く。
「あのようなことがあったにもかかわらず、この世界は同じことを繰り返そうとしています」
しかし、全能神は先ほどの不思議な者の姿を思い浮かべた。
「どうやら今回の異世界召喚にはイレギュラーがあった様子。さて、あの子は一体何者なのやら」
「だが、それによりもしかしたら、何か良い方向に向かうのか、さらに悪い方向に向かうのか、それはこれから確認していかなければなりません」
「まずは、あの子から受けた“お願い”を叶えなければなりませんね」
全能神は困った顔をしながらも、自分でも気付かぬうちに、口がつり上がって嬉しそうにしていることを誰も指摘することはなかった。