第五十三幕 ナーシャの記憶
第五十三幕(^ω^)
今回はナーシャとヒカゲの幕だぜ
カーヌとサロン、そしてアモルは突き破られた窓から、ヒカゲの腕を掴んで飛んでいる、白と黒の羽根の天族の姿を見た。
「誰だろう、あの天族は」
「見たことがないが、あの異世界人を守るために防御したのは、あの者で間違いないだろう」
「・・・」
「どうだ、勇者は捕まえたか?」
後ろを振り向くと、《希望》の聖天使、ナンシェが立っていた。
「いえ、逃げられました。白黒の羽根を持ったフードを被った者に」
「白黒の羽根?」
ナンシェの頭に一人の人物が浮かぶ。しかし、他にもそういった天使は何人かいる。その考えを打ち消そうとしたが、あの異世界人に一度関わっているのも確か。
「ナーシャ・・・」
確かめなければと、ナンシェは顔を歪め、バサリと白い羽を広げる。
「何処に行くの?」
「私がその勇者の後を追う」
何を言っても聞かないと判断はしたのか、カーヌはため息をついて、広間の方へ身体の向きを変える。
「わかりました。しかし、無理はしたいように。私たちも全能神様にご報告した後、向かいます」
ナンシェはコクリと頷くと、その逃げた方向へと飛んでいった。
一方、ナーシャはとりあえず、下町の方へと飛んでいった。
「もし運が良ければ、転送魔法がある場所に、その方々がいるかもしれません。そういった場合、見つけやすい場所はこの下町です」
上から見た天界・サンクギオの下町は、空が海のように見え、一層街の建物の白さを引きだ出せていた。
その街の姿は、地球にあるギリシャの街を思い出す。
「聞いてもいいか」
「どういたしましたか?」
「どうして姉と仲が悪い?」
突然の質問に反応が遅れたナーシャ。そんなナーシャを見て、ヒカゲは首を振った。
「いや、急にすまない。答えたくないなら、いい。ただ、何故なのかと思っただけだ。深い意味はない」
ヒカゲはそう言うとまた、下町の風景を見始めた。
その様子を見て、ナーシャは暫くしてポツリポツリと話し始めた。
「・・・昔は、仲が良かったのです」
「そうなのか」
「はい、昔は良く私と一緒に遊んだり、昔から私に厳しかった両親から私を庇ったり、戦う術を教えてくれたり。とても楽しかったんです」
「そうか」
少しだけ、幼い顔をしたナーシャを見て、ヒカゲは余計なことを言わずに、相づちを打つ。
「しかし、姉が聖天使として選ばれてからは、会う機会が殆どなくなりました。それからです。あの時を境に姉は私の知る姉ではなくなり、今の状態になりました」
「あの時?」
ヒカゲは首を傾げた。
「実は私、その時の記憶がないのです」
ヒカゲは目を見開く。
「何故か聞いてもいいか?」
「いえ、それは」
ナーシャが口ごもる。ヒカゲはまずいことを聞いたかと慌てて、大丈夫だと伝えようとした。
「そうではないのです。その、その時の記憶が、ないのです」
「ない?覚えていないのか」
「はい。何故かその時の記憶だけが一切残っていないのです。姉が冷たくなった理由も、羽根が片方黒くなってしまった理由も」
「すまないな」
「いえ、私が話したかっただけですから。それでも、あの時のことを少しでも思い出すことができれば、何故姉があのようになってしまったのか、わかるかもしれません」
ヒカゲはふとあの屋敷のことを思い出した。
「あの屋敷にいたのも、そのためか?」
ナーシャはコクリと頷く。
「実は私も何故あの屋敷が気になるのか、わからないのです。しかし、何かとても大切なことを忘れているのです。何かとても私にとって大切な、何かを・・・」
「記憶を取り戻したいのか」
「はい。その時の記憶は、もう少しで思い出そうとすると何故か、自分の心の奥底に隠れてしまう。だからいつかきっと思い出してみせます」
ヒカゲが見たナーシャの瞳に、その思いが嘘ではないとわかった。
「もし、何か助けがいるならいつでも力を貸す。君には助けてもらったからな」
ヒカゲの言葉を聞いて、ナーシャが嬉しそうに笑った。
「ありがとうござい、」
しかし、ナーシャがお礼を言う前に、肩に乗る
ライオンが後ろから何かを感じ取り、低く唸る。
「どうされたのでしょうか?」
「誰かがこっちに、」
「見つけたわ。この愚妹」
しかし、気づくのが遅く、その言葉とともに、ガシリとヒカゲを掴んでいた腕を握っていたのは、ナーシャの姉、ナンシェだった。
「ね、姉様」
ナーシャの顔がサァと青くなる。
「お前は毎回何故、私の仕事の邪魔をする」
ナンシェの手に力がこもり、ミシリとナーシャの腕が悲鳴をあげた。
「そうだな、異世界人ことは後回しでもいい。いつでも始末することができる。それよりもお前がその羽根で、人前に出てきたことが、問題なのだ」
ナンシェの眼には、ナンシェしか写っておらず、ヒカゲのことを見ない。そのことにヒカゲは、不審に感じる。
「今すぐにその異世界人の手を離せ」
しかしここは、空の上。下町があるとはいえ、まだ全体が見えるくらい高くにいる。手を離したとなれば、魔法が使えないヒカゲはただでは済まない。
「そ、それはできません」
「そうですか。なら、」
ナンシェがヒカゲに向かって、手をかざす。
「今この場で、あなたの目の前で殺してもいいのですよ」
ナーシャがなかなか手を離さないのを見て、ヒカゲは手の力を緩めた。
「ヒカゲ様!」
「手を離せ、ナーシャ」
ナーシャはそれでも力を緩めない。
「《浄化する矢》」
それを見ていたナンシェはナーシャに向かって、光の矢を放った。その矢はナーシャの腕に突き刺さる。
「ぐ、」
ナーシャはその反動で、ヒカゲの手を離してしまった。ライオンは咄嗟にヒカゲの服の中に入る。
「、ヒカゲ様!」
ナンシェに抑えられながら、あまりなも切羽詰まったナーシャを見て、ヒカゲは首を横に振った。そして一言ナーシャが聞こえるように呟く。
「大丈夫だ。まだ、借りがあるからな。必ず会いに行く」
そしてヒカゲはそのまま下へと落ちていった。