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2014年/短編まとめ

アクアマリン

作者: 文崎 美生

数日前のこと。


不良同士の喧嘩に巻き込まれた日があった。


と言うか不良にナンパをされたのだ。


その際に何か知らないけど不良同士がいざこざを起こし始めて、目の前で喧嘩勃発という流れ。


あれは壮絶だった。


人の殴り合いなんて初めて見てしまったため、完全に腰が抜けていた。


そこで現れたのはまたしても不良。


不良なのに髪は黒なのか、とか場違いなことを考えていたのを覚えている。


ギャーギャーと喧嘩をする不良の間に入り、一発ずつぶん殴り沈めた不良。


一般人の私から見ても強いんだってことはわかった。


そして彼はへたりこんでいる私を振り返り「立てるか?」と声をかけた。


腰の抜けてる私は無理です、と首を横に振ったのだが、彼はそれを見てグイっと私の手を引き持ち上げたのだ。


持ち上げたというのは勿論私の体のこと。


それもお姫様抱っこなんて可愛らしいものではなく、俵担ぎという持ち方でだ。


ありえないと思った。


色々なことが。


そして彼は人の目の多いところを避けて、私をとある公園に連れてきた。


ぽすん、と割と優しく公園の備え付けベンチに降ろしてくれたのは意外だった。


そしてポケットから取り出したハンカチを、私に差し出し「巻き込んで悪かったな」と謝罪をした。


そしてそのまま公園を出て行ってしまったのだ。


猫の刺繍がほどこされたハンカチは、不良が持ち歩くには可愛すぎる。


いや、そもそも不良がハンカチを持ち歩く物なのだろうか。


そして私はその日以降、彼に借りたハンカチを持ちナンパされた場所と公園を行き来することになったのだ。


だから数日経った今日も、ハンカチを握り締めてベンチに座っている。


「お姉さん綺麗だね」


ふっと遠目の声が聞こえた。


それは公園の出入り口からで今度は不良ではなく、若い青年が女性をナンパしていた。


え、どうしよう。


女の人は困っているかもしれない。


けれどあの間に入るのは正直怖い。


考えあぐねた結果として一番無難なことに、すぅと息を吸い「お巡りさーん」と叫んでみた。


すると青年が軽い舌打ちをしてその場を去る。


ちょっとだけ離れたところに立つ私を見て、女の人は優しく微笑んだ。


「助けてくれてありがとう」


ニコっと笑う目の前の女性は妖艶だ。


大人らしいシルエットの体にクッとしまったスーツが良く似合う。


全体として黒を基調としたスーツだが、普通のスーツではなく小さなフリル等があしらわれた可愛いものだ。


さらりと流れる黒髪に目を奪われていると、女性はもう一度お礼を言う。


私は「あ、いえ…」とどもってしまう。


でも女性は大して気にした様子もなく「お礼がしたいわ」と言い始めた。


正直そんな大げさなことでもない。


むしろ私はあの間に入るのが怖くて遠くから声をかけただけなのだから。


お茶を奢ってくれるという女性の誘いを断ると、少しだけ考える素振りを見せた。


そして手を打ち、小さな鞄からお守り袋のようなものを取り出した。


「じゃあ、これあげる」


ふふっ、と笑う女性。


何だろうと思い袋の中身を覗くと石が入っていた。


「三月の誕生石はアクアマリン。積極的になれるパワーを持つの」


コロンと私の手のひらの上で転がったアクアマリン。


それを見つめる私を見て笑う女性。


頑張ってね、と手を振って公園を後にする。


何を頑張ればいいのだろう。


残された私は貰ったアクアマリンを見つめた。


そもそもこれは貰って良かったのだろうか。


アクアマリンを袋の中へと戻し、公園に設置された時計を眺めた。


午後四時過ぎ。


何だか今のことで妙に緊張してしまい疲れた。


今日はもう帰ろうと公園を出る。


明日も彼を待つために公園に寄ればいい。


そう思い自宅への帰路を進む。


何だかガヤガヤと騒がしく人混みができている。


何だろうく首をかしげると怒声が聞こえた。


不良同士の喧嘩か。


数日前といい今日といい、最近はそんなに不良が多いのだろうか。


または私の運がないだけか。


回り道をしようとして足を止める。


喧嘩をしている中に彼がいたからだ。


まさかこんなところで会うとは。


できれば喧嘩をしていない時が良かった。


しかも徐々に騒ぎを聞きつけて人が増えてきている。


これは本当にお巡りさんを呼ばれるよ。


『積極的になれるパワーを持つの』


女性の声が聞こえた気がした。


どんどん野次馬が集まってくる中お巡りさんを呼びに行く人。


そんな中を割り込んで行き、喧嘩中の彼に抱きついた。


ビクンッと体をこわばらせる彼。


でも私はそんなことを気にする余裕なんてない。


彼の腕を掴み無理やり走らせる。


人混みを掻き分けその場から距離をとっていく。


どれくらい走ったのだろう。


息が苦しくなりその場で立ち止まり、膝に手をつく。


腕を離された彼は息を整えながら私を見た。


そして「あっ」と声を上げた。


私が誰だか分かったようだ。


息も切れ切れの私は片手でポケットからハンカチを取り出す。


それを彼に差し出せば戸惑いぎみにそれを受け取った。


「あ、あの、ありがと…ございました」


はぁっ、吐息を吐き出してお礼をすると彼は私の顔をまじまじと見つめた。


そしていきなり吹き出した。


くつくつと肩を震わせて笑う彼。


何がそんなに面白いのだ。


「お前、これ返すためだけにあの喧嘩の中飛び込んで来たのか」


笑いながらそう問いかけてくる。


私は眉を寄せながらそうだと言うように小さく頷く。


すると大声で笑い出す。


堪え切れないといった様子でお腹を抱えて。


何だか傷つく。


でも彼の顔は生き生きとしていた。


不良とは思えない純粋な笑顔。


「いや、サンキュ」


まだ笑いが止まらないのか、笑いながらハンカチを見せてくる。


「いえ、私こそ。先日は助けていただきありがとうございました」


ペコリと頭を下げるとこれまた意外なものを見るような顔で目を丸くした。


そしてポンポンと私の頭を撫でた。


優しい優しい手つきだった。


きっと彼は根っこは優しい不良だろう。


良く分からないのだけれど。


じっと彼の顔を見上げる。


不良にしては珍しい黒髪に端正な凛々しい顔立ち。


しっかりと筋肉のついた体で喧嘩は強そうだ。


いや事実強いだろう。


そして楽しそうに笑う無邪気な子供のような笑顔。


ほわんと心の中にまぁるい何かが浮かび上がる。


それに後押しされるように私は改めて彼の名前を聞くのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後、きゅんっとしました★☆ [一言] 作者さんは、不良さんが好きですか?(笑) 悪そうに見えて、純粋で優しいとか憧れますよねー。
2014/07/09 01:22 退会済み
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