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来海冴〈終〉



「久遠寺朋花さんのことよ」


 と問いかける渥美なつきの声はどこか疲れた風で、子供っぽい丸顔も今日は陰がある。

 どうしたのだろう。

 渥美なつきを一組で見るのはあまりない。というか初めてかも知れない。


「久遠寺のことって」


 何だろう。

 昼休み。

 お弁当も食べずに、教室でただぼんやりと空やら校庭やらを見つめていると、声を掛けられた。

 渥美なつきに。

 ――聞きたいことがあるの。

 何やら難しい顔をしていた渥美は開口一番そう言った。

 朋花がどうした。

 久遠寺朋花は四組に所属している私と同じ文芸部員だ。

 クラスこそ違うがよく喋る。部活以外の時間も見かければ立ち話しもする。朋花は口数が多い方ではないが、一度語り出せば饒舌だ。みなあまり朋花のそういう面は知らないらしい。同じ文芸部に所属する忽那瑞希も比較的朋花とは話す方だけれど、そこまでは知らないだろう。

 その朋花が。

 だからどうした。


「あなた確か部活で一緒よね?」


 うん、と答えた。

 だから一体全体。

 それがどうしたというのか。

 聞きたいことがあるのならさっさと本題に入れば良いのに。前置きなんて無駄だ。知らぬ間柄でもない。友人かどうかと聞かれると少し困るが。

 渥美とは中学三年の時に知り合った。同じ中学校だったのだ。三年の時にクラスが同じだった。

 だけれど。

 あまり喋った記憶はない。

 仲が悪かったわけでもないし、機会がなかったわけでもない。同じクラスなのだから意図的に避けようとしない限りは顔を合わせる。

 だけど。

 喋った記憶が、ない。

 いや流石に雑談の一回二回くらいあるだろう。友達ではなくともそれぐらいはする。でも渥美と語り合った記憶は一切思い出せない。

 だから実のところ。

 渥美なつきという人間を、私はほとんど知らない。

 いや。

 他人のことなど絶対にわからない、か。

 友人だろうと兄弟だろうと、親と子だろうと。

 わかるはずもない。


「久遠寺さんが怪我したこと、知っている?」


「……怪我? いや」


 知らない。

 何の話だろう。


「だから、久遠寺さんのこと」


 朋花のこと。


「知らない。朋花が怪我をしたの? でも昨日部活で会った時はいつもと変わらない様子だったけど」


「怪我をしたのは冬休みのことよ」


 冬休み。

 冬休みのことなど知るよしもない。いやどんな時だったとして。

 他人のことなど。

 私は何をしていただろうか。

 自分のことですら曖昧だ。

 勉強していた気もするし、ただ呆けていた気もする。どちらにせよあまり外出はしなかった。

 外は。

 冬だったから。

 厭な気配が――。


「確かに朋花は友人だけれど、プライベートは薄いよ。遊びに行く仲でもないし性格でもない。だから休日に連絡を取り合うこともない。怪我したからっていちいち報告はしないよ」


 それは事実だ。

 学校では喋るが、それだけだ。それがはたして正しい友人関係と言えるかどうかなんて知らない。正しくないなら朋花は友人ではないのだろう。


「だから私は怪我のことは知らない。何が聞きたいのか知らないけど、この先渥美にとって有益な情報が私から入手出来るとは思えないけど」


 そう言うと渥美は、ふうん、と軽く鼻を鳴らすと腕を組んでしばらく思案した。


「それより朋花はどこを怪我したの?」


「左腕とあばら骨二本にヒビ」


 予想していたものより大怪我だ。

 それにしては渥美の口振りはあまりにも淡白である。捻挫だの突き指だの、そういう次元の軽々しさで語る。いや軽いと言っても他人の不幸を楽しむとか、そういう感じではない。声は疲れているけど口調に不謹慎さはない。

 ただ。

 哀しんでいる様子でもない。

 淡々としている。

 まるで大根役者の台詞回し見たいに。

 ――感情が入っていない。


「……渥美は、何が聞きたいの?」


 一体全体。

 この会話の意図は何だ。

 ただ朋花のことを心配しての行動だとは口振りからして思えない。

 渥美は腕を解き、きっ、と私を睨む。


「別に何が聞きたいってわけじゃないけど。むしろあんたは聞きたいとは思わないの? 友達が大怪我したこと、今の今まで知らなかったんでしょう?」


「災難に遭った友人に、逐一その事情を聞かなきゃ友人失格というのなら、私は友人失格だよ。それならそれで良いと思う。それに聞かれずとも答えなきゃ友人失格なら、朋花も私の友人失格だ」


 はあ、と渥美が態とらしくため息を吐く。


「まあ良いわ。あんたをここで糺したところで最悪な状況は変わらないもんね。もう厭な気分なのよ、わたし。あんたと話す前からね。いえ」


 あの娘が怪我を負った時点でね、と呟くように言って、渥美は私に背を向ける。


「もういいの?」


「もういいよ。もう十分。吐き気がするほどね」


 渥美はもう一度ため息を吐いて、


「わたしが探してんのはね」


 犯人よ、と残し去っていった。

 犯人。

 そうか犯人か。

 それが聞きたかったのか。

 ならやはり、前置きせずにとっととそう聞けば良かったのだ。

 ――犯人はね渥美。


「悪魔の子供〈リリン〉さ」


 もう渥美には届かない。

 再び外を見る。

 冬の厭な気配は。

 去った。 



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