表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

篠崎夜空〈結〉

『そしてリリスは、彼女の住処を壊して荒野へと逃げ帰った』


――ギルガメッシュ叙事詩より




 冬という季節が来るたび、わたしは子供の頃を思い出す。

 寒さに震えて目を覚ます朝。独りで固いパンをかじる様。悴む指で本を捲った時間。親に捨てられた日、暖を求めて温室に潜り込み、誰かに見つけられるまで薔薇を眺めていたあの朝。

 冬の寒さを感じるたびに、わたしの記憶は子供時代の映像を送り出す。

 厭な日々の映像だ。

 いや。

 わたしが厭な子供だったから。

 誰とも語らず誰とも触れあうこともしなかった。

 厭な子供だったのだ。


『語らないことで守れるものは確かにある。でもね。語ることで守れるものもあるのよ』


 その言葉をわたしは忘れない。今も昔もそして、今後も。

 ――ごめんさい。

 誰への謝罪ともつかぬ。誰への謝罪でもある。

 たとえばわたしが壊したあの子供たち。

 たとえばわたしが狂わせたあの紅い少女。

 たとえばわたしが傷つけたあの探偵。

 たとえばわたしが殺したあの老人。

 たとえばわたしが呪ったあの女性。

 多くの人たちへの言葉。

 ただひたすらに。

 わたしは贖罪の日々を送る。

 吹き付ける冬の風がこの身を切り裂こうとも。訪れるこの季節がわたしを苛めようとも。

 わたしは立ち止まってはいけないのだから。

 見上げる。

 無機質なビル。今のわたしの居場所。

 四階に上がる。

 細い廊下を進み、突き当たれば。

 賽ノ目探偵事務所。

 そこがわたしの新たな世界だ。

 中に入るといつものデスクにはいつもの顔。

 白い肌の青年。


「ただ今戻りました」


 わたしはその青年に深々とお辞儀をしたのちコートを畳み来客用の椅子に腰かける。


「おかえりなさい」


 暖かい声。

 青年は立ち上がりわたしを労った。


「戻って早々申し訳ありませんが、首尾は如何程に?」


 青年はそう言いながらわたしの前に座す。

 華奢なフォルム。柔和な顔つき。


「簡潔に申し上げますと、貴方の予想通りの動きでございます。詳細は報告書にまとめております。ですが恐らく」


「よろしくない状況、ということですね」


 わたしは無言で頷く。

 青年は少し思案したのち頭をかきむしった。癖である。


「ううん、そうか。やっぱり一筋縄ではいかないな。あのくそ爺め。さすがに老獪。手こずらせるな。ならやっぱり、僕が骨を折るしかなさそうですね」


 ううん、面倒くさいな――と青年は椅子の背もたれに深くもたれ掛かり悪態をつく。


「わたしが行きましょうか?」


「いいえ、それには及びません。ここから先は多少荒事も混じるでしょうから、僕が行きますよ。最近は貴女に頼り切りでしたからね。そろそろ動かなければ怠け者になってしまう」


「そう、ですか」


「貴女は少し休んでください。しばらく僕はこの件で動きますから、その間は依頼も受けません。最低五日は休んで頂けますよ」


 五日、か。

 長い。


「大人の冬休みだと思って羽を伸ばしてください。事務は天草さんにお任せしてますから」


 冬休み。

 小さな子等の、短く、そして長い冬の日々。

 彼女たちは。

 何を想っていたのだろう。


「子供は大人になる夢を見るものですよ」


「え?」


 青年は微笑む。


「また、妹がご迷惑をおかけしたのでしょう?」


「……やはり気づいておられましたか」


「当然です。あの馬鹿のやることは今も昔も何一つ変わりませんからね。どうせ渥美くん辺りがまたどたばたやっていたのでしょう。あいつは騒ぎが好きなのです。うるさいところを好む。今回もどたばたと騒ぐ渥美くんの首根っこを掴まえて、余計な自分の首まで突っ込んだんでしょうよ」


 まさにその通りである。

 そしてわたしも。


「貴女も困った方だ。あんな馬鹿の言うことなんか聞かなくても良いのですよ。あいつに関わるとろくなことがない。貴女はさすがに上手く立ち回るが、渥美くんなんかはあいつに関わる度に何かを失ってますよ」


 困った子供たちですよ――と青年は眉を寄せる。

 そうかも知れない。

 でも。


「ご令妹さまは、きっと誰かを救うことが出来る人間なのですよ」


 わたしと正反対。

 わたしは誰を不幸にすることしか出来ない。


「でも、今回の事件に関わった少女たちの闇を払ったのは貴女でしょう」


 わたしはただ伝言を届けただけだ。

 動いたのは渥美さんで。願ったのは久遠寺さんで。決断したのは“彼女”だ。

 わたしは何もしていない。何かを出来る人間ではない。

 わたしは昔々の物語の中にしか登場しない異端者だから。

 いや。

 やはりただの。

 陽炎、か。


「キリンのリンゴ」


 青年は瞳を閉じる。


「今回の鍵はその絵本だったのですね。それは、どんな話なのですか?」


 それは。


「調べて見ますか?」


「ふふ、それは勘弁ですね。僕にはこれから日本一の小悪党退治が待っていますから」


 そう言って。

 若き探偵、賽ノ目虹は事務所を後にした。

 独り残されたわたしは、ただ呆と窓から空を見上げていた。

 もう夜か。

 窓の外は暗い。

 真っ黒で。濃密で。月も星も見えない。

 わたしは立ち上がる。

 やはり立ち止まってはいられない。

 わたしは罪人。

 残りの人生を、贖罪という時で満たすためだけに生きる者。

 立ち止まっては立ち行かぬ。

 さあ。

 行こう。

 あの外界の闇こそが。

 悪魔をも呑むあの夜闇こそが。

 わたしがいるべき本来の世界。


「人の、人ゆえの根深き願望を」


 あの闇へ還すために。

 

 黒より黒いコートを羽織り、扉を開ける。

 わたしは世界の外と内を隔てる垣根。

 誰とも知れぬ誰も触れ得ぬ。

 ――陽炎だ。



 音もなく扉は閉ざされ。

 気配もなくその人陰は去った。

 ただ夜闇だけが残る。

 少女たちの。

 幽かな譚を隠すために。


 ――了

ご高覧ありがとうございました。今作は前作である「少女眩幽譚~夕暮れ遊戯~」と同じく「複数人の少女が生む妖しい物語」というテーマを立てております。さらに前作の「事件・解決・結末」をぼやかしたスタイルも継続しております。これは読者さまの想像を活かすための作りですが、前作と違うのは「作中の犯人」を三人に絞ることが出来るという点です。つまりは読み方によって3ルートのエンディングに辿り着くマルチストーリー仕立てになっております。ちなみに第一と第二のルートは若干イージーではありますが、第三ルートはとても難解になっております。色々想像を膨らませて頂ければ本望ですので、読者さまの中の「それだけのお話」を見つけ出してみてください。一つの解答編であれば少女眩幽譚三章で明かしたいと思います。ご高覧重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ