泣いた王様
『泣いた王様』
むかしむかし、ある王国でのお話。その王国は小さいけれども、とても豊かな国でした。たくさんの作物が実り、街には歌声が溢れ、人々は絶えず幸せに満ちた笑顔を湛えていました。そんな幸福な王国に、ついに待ちに待った王子様が生まれました。王妃が満月の夜に身篭った王子様は、太陽がさんさんと照りつける晴天の日に生まれました。王子様の誕生に人々は幸福の絶頂に至りました。そんな人々の幸せを物語るように、王子様が生まれて以来王国はずっと晴天が続きました。毎日空は真っ青に晴れ渡り、夜には眩い星々と月、オーロラが光り輝くのでした。人々は、王子様がお日様に愛されていると考えました。太陽は人々に豊かな恵みを与えてくれるので、人々は感謝の気持ちを込めて、王子様にたくさんの作物を捧げました。国で暮らす全ての人々の愛情を一身に受け、王子様はすくすくと育っていきました。「雨が降らない王国」と「太陽に愛された王子様」の噂は世界中に広まり、次々に観光客が訪れ、王国はますます繁栄していきました。
しかし、いつまでも雨が降らないので人々はしだいに困っていきました。雨が降らないとそのうち飲み水も干上がってしまうし、作物も育たなくなってしまいます。人々は次第に暮らしが貧しくなっていきましたが、幸せな王子様はすくすくと育っていきました。幸せのために生まれてきたような王子様は、どんなことがあっても笑顔を絶やしません。幸せな王子様は、貧しい人々が困っていると、外国からもらった水と食べ物を分け与えてやりました。悲しんでいる人を見ると、その人のために愉快な笛を吹いて慰めてやりました。人々は幸せな王子様に大変感謝しましたが、本当は皆、王子様のせいで雨が降らなくなったことを知っていました。
王国に雨が降らなくなって何年も時が過ぎ、幸せな王子様も立派な王様になりました。お父さんが死んでしまった時も、彼は笑顔を絶やしませんでした。王様は相変わらず一日中幸せそうに笑っていましたが、貧しさを極めた王国の人々はやり場のない怒りを抱えていました。そんなある日、お城にやせ細った女の人がやってきました。女の人は食べる物が無く、家族も家も失ってしまったのでした。王様は彼女を哀れに思い、自分の城に引き取ってやりました。外国からもらったたくさんのご馳走を振舞い、なけなしの水で体を清め、高級なドレスを着せてやりました。その女の人はみるみるうちに美しい娘になりました。王様はその娘に恋をしました。王様はすぐに娘に自分と結婚するように言いました。しかし、娘はこう言ったのです。
「優しい王様。しかし、私は自分ひとりの幸せなどほしくありません。今、この国に雨が一滴も降らないことで、人々はとても苦しい思いをしています。私もそんな一人でした。王様、あなたは私を介抱し、たくさんのご馳走を振舞い、こんなに美しいドレスを着せて下さいました。私は今とても幸せです。けれども、私は願わくば全ての人々が幸せになってほしい。ちょうど、あなたがお生まれになった時、この国は幸福の絶頂であったと聞きます。幸せのためには、笑顔とともに涙も必要なのではないでしょうか。幸せとは与えるものではなく、分かち合うものではないでしょうか。ですからどうぞ、これ以上私に与えることをおやめください。そして、この国で起きている悲しみに目を向けてください。私はあなたの涙を見ないと、あなたと結ばれることはないでしょう」
王様は困ってしまいました。王様は幸せのために生まれ、幸せのために育ち、幸せのために王様になったのです。自分ひとりの力で、全ての人々を助けることなんてできないということも知っていました。けれども、娘は悲しみに目を向けろというのです。王様には分かりませんでした。
その日から王様は変わりました。来る日も来る日も、机に向かって勉強を始めたのです。それだけでなく、世界中から学者を募り、雨を降らせる方法を考えました。けれども、いつまで経っても王国に雨が降る気配はありません。王様は娘と結婚したい一心で、あきらめずに勉強を続けました。王国はすっかり干上がり、王様自身の暮らしも貧しくなっていきました。もはや、王国の中で笑っているのは王様たった一人でした。王様が何を言っても、何をしても、人々は王様に憎しみの目を向けました。
そしてある日、とても悲しいことが起きました。娘が城の庭を散歩している途中、見知らぬ男に殺されてしまったのです。娘を刺した男はこう叫びました。
「悪魔の娘め! わしらが骨と皮だけになって必死に畑を耕している時に、こいつはのうのうと城で豪華な暮らしをしていた。この娘も王様もなんと愚かなことか! もはやわしらの食い物は、同じ人間の肉と血しか残されておらんことを、お前達は知っているのか! 生まれたばかりの自分の子供を食った親の気持ちが、お前達に分かるのか!」
喚き散らす男の姿は、この世で最も恐ろしいものでした。王様には全く分かりませんでした。なぜ人が人を殺すのか、なぜ男が娘を殺したのか、なぜ娘が動かないのか。たくさん勉強したので分かるはずなのに、結局王様には何も分からなかったのです。
だから、とうとう王様は泣きました。この世のものとは思えない獣のような声で、王様は泣き叫びました。王様の泣き声は国中に響き渡りました。その声を聞いた人々も、一緒になって泣きました。国中の人々の泣き声が満ち溢れ、空に黒い雲が立ち込めました。王様はもはや地獄の底で悪魔が吼えるように、目玉を見開き顎が外れるほど大きく口を開けて、血を吐くように低く叫び続けました。そのうちぽつぽつと雨が降り始め、やがて怒涛の勢いで大粒の雨が王国に降り注ぎました。けれども、王様も人々も泣き続けました。どれだけ雨が降り注いでも、誰も泣くことをやめませんでした。人々は泣きながら次々に叫びました。
「どうしてこうなってしまったの? 太陽に愛された王様。どうしてみんなが笑顔になってはいけなかったの? どうしてみんなが泣かなければいけないの? どうして王様が泣かなければいけないの? 私達はどうすればよかったの? 一体何が一番悪かったの?」
人々がどれだけ泣き叫んでも、狂った王様は獣のように吼え続けるだけでした。雨はやがて嵐に変わり、竜巻や洪水も起きました。そして、王国はたった一日で水に沈んでしまいました。王様も人々も悲しみを湛えたまま、海のそこへ沈んでいったのです。
このお話は、むかしむかしにあった本当のお話。実は、その王国は今も海の底にあるんですって。こないだも雨が降ったのは、その王様が泣いたからなんですって。太陽に愛された王様…… 太陽は、王様を見放してしまったのかしら。深く冷たい海の底で、王様は何をしているのかしら。あなたが大きくなったら、ぜひ彼に会ってみて。満月の夜、王国は海の底に……
【後書き】
比較的に、象徴的で分かりやすいお話かと思います。個人的に、物語の中に教訓を入れたりするのは苦手なのですが、自分の中ではキーとなる物語であるだけに、どうしてもメッセージを込めてしまいました。相変わらず「満月」のキーワードが登場しますが、今回は王様の出生に関わっています。どこか浮世離れした王様。ラストの地獄の咆哮…… 王様の正体は、いったい何なのでしょうか? 色々想像してもらえるとありがたいです^^