その言葉は、誰のためですか? ~ワールドチェイサー~異世界侵攻に立ち向かう忖度なしキャスター」
ニュースキャスターが世界を変える?
番組開始まで、あと三十秒。
スタジオの赤いランプはまだ灯っていない。しかし空気はすでに張り詰めていた。モニターの向こう、雲を押しのけるように浮かぶ巨大な円環――正体不明の存在が、世界の空を覆っている。
「八米さん……本当に、このまま行くんですか」
ディレクターの声は震えていた。
「行くしかないでしょう」
八米は原稿を見なかった。いや、最初から原稿など用意していない。
「彼らはもう語り始めている。なら、こちらも黙る理由はない」
五、四、三。
赤いランプが灯る。
「こんばんは。本日は予定していたニュースをすべて変更してお伝えします」
八米はまっすぐカメラを見据えた。
「ご覧の通り、正体不明の存在が地球上空に出現しました。彼らは先ほど、全世界に向けて声明を発表しています」
画面に映る、人に似て人でない存在。
『我々は調停者である。未熟な文明に秩序を与えるために来た』
八米は目を細めた。
「――なるほど」
そして、こう続けた。
「まず聞きたい。その言葉は、誰のためですか?」
スタジオが静まり返る。
「秩序。調停。正義。便利な言葉です。誰も反対しにくい」
八米は笑わなかった。
「ですが言葉というのは、使う側の覚悟が問われるものです。あなた方には、説明する義務がある」
異世界存在は沈黙した。
「沈黙も、立派なメッセージです。視聴者の皆さん、この“間”を覚えておいてください」
その瞬間、円環がわずかに歪んだ。
世界は、一人のニュースキャスターの言葉に耳を傾け始めた。
第二話 信仰は、過去から生まれる
八米が言葉を発するたび、空気が震えた。
照明が揺れ、スタジオの床が低く唸る。世界各地の中継地点から、同じ報告が届いた。
「八米さん……あなたが話すたび、円環が歪んでいます」
異世界側にも動揺が走っていた。
『言語による因果干渉を確認』 『理解不能。言葉は情報であり、力ではないはずだ』
だが一体だけ、古い記録を思い出していた。
『……違う。これは祈りだ』
彼らの世界には、かつての信仰がある。
――空白に語りかける者。
力を持たぬ者が、誰にも聞かれず、それでも真実を語ったとき。世界は、わずかに傾く。
八米は知らない。
若き日、工場事故の放送後。誰もいない廊下で、彼は呟いた。
「これは、なかったことにしていい話じゃない」
誰に届くでもない言葉。それでも引っ込めなかった。
異世界の古文書は記す。
神は姿を持たず、名を求めない。 ただ、語る者が現れたとき、そこに在る。
だから彼らは理解する。
『彼は、神話の再現体だ』
八米の言葉が揺らすのは空気ではない。
現実の前提条件そのものだった。
第三話 希望は、誰のものか
侵攻は止まっていなかった。
円環は静止したまま、まるで八米の言葉を待つように空に浮かんでいる。しかし地上では暴動が起き、人々は叫んでいた。
「言葉で何が変わる!」 「話してる間に、俺たちは殺される!」
その声を、八米は知っている。
控室に、一人の女性が現れた。
かつて工場事故で父を失った遺族だった。
「あなたの言葉は正しかった。でも、正しいだけじゃ父は戻らない」
彼女は八米を責めない。ただ、信じていなかった。
「希望を語る人は、責任を取らない。信じた人だけが傷つく」
八米は、何も言えなかった。
そのとき、別の声が中継に割り込む。
「それでも、俺は救われた」
事故現場で取材を受けた男だった。
「あなたの一言で、世論が動いた。遅かったけど、黙られるよりずっと良かった」
彼は続ける。
「言葉は力じゃない。でも、力を集める“起点”にはなる」
八米は理解する。
希望は武器ではない。 希望は命令でもない。
希望とは、立ち上がる理由だ。
力とは、一人では無力な人間が、言葉を介して仲間になること。
八米は、再びカメラを見る。
「ペンは剣よりも強い」
それは剣を折るという意味ではない。
剣を持つ人間の数を、変えるという意味だった。
世界は今も、彼の言葉を待っている。




