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異人奇譚シリーズ

異人奇譚外伝 ~永久の火~

 ──居酒屋 常夜常夜(じょうや)──


 ラジオが、低いノイズを吐きながらニュースを読んでいた。

『──本日、東雲原子炉が再稼働しました。

 政府は新エネルギー政策の柱として、

 安定供給の実現を強調しています。

 市民からは賛否の声が──』

 ジジッ、と音が途切れる。

 与太郎はグラスを持ったまま、笑った。

 笑い方が、少し苦い。

「また“再稼働”か。

 止めりゃ文句、動かしても文句。

 世の中、燃やしてなんぼなんだがな。」

 提灯の赤い光がゆらりとグラスの酒に映る。

 与太郎は酒をあおって、煙草に火をつけた。

「あっちの世界にも似た話がある。

 火を選んだ男の話だ。

 燃やすのが上手ぇってだけで、生き延びたやつのな。」






 異人奇譚外伝 ~永久(とこしえ)の火~



 ピーッ!ピーッ!

 アラーム音で起こされる。

 俺こんなアラーム音設定したかな。


 目を開けるとなぜかパイプ椅子に座らされていた。

 スポットライトのような光が自分を照らしている。


「高木 蓮。目を覚ましたね」


 機械的なノイズのかかった声が俺に話しかけた。

 夢……、──じゃない。

 背中に回された手首から冷たい感触がする。

 手錠。

 多分そうだ。


「高木 蓮。いや、とりあえずレン君と呼ばせてもらうよ。

 君は高木 蓮 18歳 男性で間違いないね。あっていたら頷いて。」


 なんなんだここ。

 警察……違うよな。

 まさか誘拐された。

 サーッと血の気が引いた。


「あってたら頷いて」


 もう一度聞かれる。

 喉が渇き、唾も飲み込めない。

 恐怖に駆られて静かに頷く。


「ありがとう。これから君はここではない場所にいく。そこで何かしらの選択を迫られるはずだ。その時に君は火と水、又は原子を選んでほしい。もし今あげた選択肢がなければ何を選んでもかまわない。」


 何をいってるんだ。身代金とかそういうのじゃないのか、ほら電話番号とか住所家とか親に電話するから変われとかないのかよ。

 汗が頬を伝う。

 水を飲みたい。


「火、水、原子だ。覚えたね。確実に実行してくれ。」


 するとバンッという音とともにライトが消え辺りは暗闇に包まれた。

 何も見えず、自分の呼吸音しか聞こえない。

 しばらくするとキーンというモーター音がする。


 小さな明かりがこちらに向かって飛んできた。

 まるで蛍のような物が俺の足にとまった。


 それはまるで金属でできた甲虫だった。

 角はない、コロンとしたフォルム。

 まるでカナブン。

 ただその目が青く光っている。


「何を望む……。お前の選択肢は少ない、火、土、力。

 何を望む……」


 人ではない声が小さく響く。

 俺は恐怖からすぐさま答えを言う。


「火……。」


 すると頭の中を膨大な知識が通りぬけていく。

 いくつかの知識は形になり体に染みついていく。

 火と世界と人の関係。

 人間には、わかった後とわかる前で全然違うものがある。

 例えば自転車の乗り方、野球のスイング、彼女とのキス。

 そういったものと同じように、俺は火と人の関係を知った。

 金属のカナブンが光り始め、暴力的なほど明るくなり、世界は真っ白になった。



 目が覚めたとき俺は、簡易的なベッドに横になっていた。

 牢屋だ。

 すぐにわかった牢屋の中に設置されたベッドに寝ていた。

 他にベッドが5つ。

 部屋の端には金属の錆びた水道。

 あとは地面に四角い穴が開いている。


「レン君、起きたね。水が欲しければ蛇口をひねってくれ。」


 俺は水道をひねり水を飲む。

 鉄臭い……。

 我慢して飲み込んだ。

 話しかけた人物はマスクで顔を隠している。

 まるで真っ黒なフルフェイスマスク。

 表情なんて見えない。


「これから言うことをよく聞いてほしい。君が火を選んだのはわかっている。

 よかった。これで君は仲間だ。

 まず最初に説明させてもらうよ。」


 マスクの人物は声の感じから女の人だと思う。

 年齢も若い。

 ただ彼女の話した内容はどうしようもないくらい苦かった。


 曰く、俺は召喚されてこの世界にきた。この世界は深刻なエネルギー危機を迎えており、

 異界の人間を召喚した際に授かる、スキルのようなものでエネルギーを補っている。


 つまり火を選んだら人間火力発電ってことだ。

 もし火、水、原子以外を選んだら廃棄処分だったらしい。

 異界の人間を生かすだけのエネルギーが無駄だから。


「さて、説明が終わったところで職場に案内するよ。我々に火を使っても無駄だよ。

 我々は死ぬけど補充される。また別の人がくるだけ。ただ私は殺されたくない。」


 彼女はマスクをゆっくりととる。

 同い年くらいの女の子だった。

 ただ首から顔の左側に酷い火傷の跡がある。

 それさえなければ青い瞳の美少女だろう。


「もう一度言うね。私は死にたくない。どうか焼かないで。」


 そう言うと彼女は私を職場に案内した。

 漫画喫茶の個室ほどのスペースしかない部屋だった。

 全ての面にタイルをはった部屋の中央に、パイプがつながった丸い球体。


「これに火を点けて。」


 彼女に言われ火を点ける。

 指先に熱が灯り、空気が震えた。

 もうずっと昔からやっていたように、手をかざすだけで球体に火がついた。


「もっと熱く、温度を上げることを意識して。」


 言われたとおりに温度を上げると、前面の壁に数字が映し出される。


【600】


 数字が映し出される。


「この数字があなたの出力。これが1600を超えるようになるまで努力して。

 もう一つ下に数字があるでしょ。」


【600】の下に〔600〕と数字があった。


「これがあなたの出来高の総合計。燃やし続けるとあがっていくの。

 このままベルがなるまで一人で続けて。あと3時間ほどよ。

 水だけが壁の水道から出るわ、あとトイレは部屋の角の穴よ。」


 そういうと彼女は部屋を出ていった。

 3時間後ベルがなる。


 部屋の扉が自動的に開き外に出るように促される。

 他の部屋からも同じように男たちが出てくる。

 マスク達に促され牢屋に戻った。


 牢屋の中では、誰一人口をきかない。

 見渡すと年配の人が多く、白髪が目立つ。目に光が感じられない。

 もしかしたらずっとここにいるのか……。

 仕事部屋と牢屋を行き来する日々が続いたある日のことだ。

 仕事部屋に入ると天井にモニターが付いていた。


 軽快な電子音とともにマスクをかぶった人物が画面に現れる。


「最下層のみなさん、ごきげんよう。最下層エリアから抜けたければ、

 この番組をみながら火を焚こう。」


 なんなんだこれは、あまりにも軽薄で明るい内容にいらつく。


「総出来高ごとに生活が変わってくぞ。まずは食事、次は個室、そのままがんばれば結婚だってできる。最後には子供も作れるぞ」


 総出来高ごとだって……。

 今の暮らしはいやだ。

 毎日誰かの排泄音を聞いて暮らすなんて耐えられない。

 何とかしたい。俺は集中し火の温度を上げる。

 幾日も幾日も努力を続けると火の色が変わってきた。

 赤から橙になった。

 食事がオートミールから定食になり、仕事中に休憩時間を取れるようになった。

 橙から黄色に。

 部屋が個室になったベッドと机があり、区切られたトイレとシャワーがついていた。

 黄色から白に。

 部屋に戻ると最初に会った火傷の跡が残る女性がいた。

 彼女はホムラ。

 部屋は二人部屋になった。

 仕事が終わり部屋に帰るのが楽しみになった。

 会話は少ないが仲はいい。

 食事は彼女が持ってきてくれる。

 身の上話はしない、それだけは約束させられた。

 火は白から青に変わった。

 何年もかかったが、とうとうこの日が来た。

 この夜を忘れない。

 ホムラと俺に子供が出来た。

 ミヤビ。それが名前だ。

 可愛い女の子。

 日々が過ぎ、ミヤビも十四歳になった。

 ミヤビは五歳になってからホムラについてどこかへ出るようになった。

“学んでいる”と言っていた。


 最近疲れて火の調子が悪い。

 色が白になってきた。たまに橙になる時もある。


 髪に白髪が目立つ。


 ある日家に戻るとホムラもミヤビもいなかった。

 それっきりだ。


 火の勢いはますます弱くなる。

 もう白い火は出せなかった。

 橙の火をなんとか灯す日々。


 ある日、火が赤くなると牢屋に戻された。最初と同じ生活。

 生きる希望もなくなる。

 赤い火の出力が500を下回った。


 仕事が終わり部屋を出るとマスク達がいつもと違うところに誘導する。

 周りを見ると同じような年寄りが引きずられていく。

 大きな部屋に入れられた。

 スピーカーから、声が聞こえる。


「供給者の皆様、長年の尽力感謝いたします。」


 声が途切れると共に青い火が上下左右から放たれた。


「ミヤビ、お疲れ様。初仕事どうだった?」


 母さんの声がマスク越しに聞こえる。

 なんてことはない。

 あたしは廃棄処分ボタンを押すだけだった。


「大した事ないよ、ボタン押すだけじゃん」


 あんまり子供扱いは好きじゃない。

 明日からは一人で供給者の世話をする。

 この世界で生きるためしっかりしないと。






 ──居酒屋 常夜──


 与太郎のグラスが空になり、ラジオだけがかすかに鳴っていた。

『──こちらは第七供給区からの報告です。

 本日、供給炉の出力が過去最高を記録。

 市民代表のホムラ氏が、

“供給者たちの献身に感謝を”と声明を──』

 与太郎はゆっくりと顔を上げ、酒をグラスに注ぐ。

 提灯の青が、酒の底で揺れている。

「出力、ねぇ。

 火の出るうちは使われて、

 出なくなりゃ感謝されて燃やされる。

 ……どこの世界も、同じだな。」

 煙を吐く。

 青白い煙が、提灯の光に溶けて消えた。


「あの子は今日もどこかでボタンを押してるのかね。」


 ラジオの雑音がジリジリと鳴り、

 ニュースキャスターの声が遠のいていく。

 最後に、わずかなノイズ交じりの声が残った。


『……出力安定。すべて、正常に稼働しています。』


 提灯が一瞬青く脈打ち、炉のように見えた。


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