72.クランは一歩、歩みだす
わたくしは、弱い。
皆さんが望むわたくしであろうとしてしまう。
そうだから……わたくしは、学園に姿を見せることにした。サンウェン様に会いに行くのだ。再び「約束」をするため。
「サンウェン様」
「クラン? 大丈夫なのかい?」
エステルお兄様までやってきた。
「体調は問題ないわ。用事があって……」
「そうなのか。またな」
「ええ」
「それで、クラン? 何のようだ?」
「再び『約束』をしようと考えまして。期限が切れるころでしょう?」
「あぁ、そうだな」
「今日は金曜日ですので、3日間分『約束』してください」
「分かった」
そして、「約束」してくれた。
「それで、なぜ学園に来なかった?」
「何がですか?」
とぼけてみる。
「生徒会室に来なかっただろう」
「あぁ……そうでしたね。しばらく、休むかもしれません」
「そうなのか? ではそう伝えておく」
早く帰らせてほしい。こんなふうに余計な会話をして、「約束」して、その人の人生をくるわすのだ。
それを学んだのに……。会話を楽しむ自分がいる。
「あ、エステルお兄様に家には帰らないと伝えていただいても?」
さっきまではいたエステルお兄様は、いつの間にか他の場所に移動していから、伝言という形にすることにした。
「分かった。伝えておく」
話を変えることでさっさと切り上げる。
これって、「約束」なのかしら?
まあいいでしょう。サンウェン様ならきっとあれを守ってくれるから。そして、あれは一時的な「約束」なのだから。
そして、また、寮に戻った。
姿を見せたのだから、一部の人はわたくしのことを見つけたはずよね。それだったら皆さんの望みはかなったことにはなるはずよ。多少曲解したのは認めるわ。
だけど、さっきのように無駄な会話で、「約束」をしてしまいそうになる。だからわたくしは会話しないほうがいい。今回したのかもしれなかったことは、大した影響もなさそうなものだから、助かったわ。
そういえば、メリーナが仕事の仲介を頼みたい、と言っていたわね。
聖女の仕事なら……。覆面として活動するから。だから、喋らなくても問題はない。最悪、筆談でも……。これは普段から使えそうなことだけどね。
ともかく、聖女の仕事だったら、今のわたくしでもできるかもしれないのよね。
だから、やってみようと思った。
「メリーナ様にこの手紙を渡しといてくれる?」
「分かりました」
「クラスの中に多分いると思うわ。よろしくね」
「かりこまりました。……お嬢様が少しは人と関わる気になってくださったのですね」
「え? どうでしょうね?」
わたくしもあまり自分がどんな心情なのか理解できていないもの。ただ……なにもしないというのはひどく気持ちが悪い。それだけは言えるわ。
放課後。
「クラン様! 仕事を持ってきましたよー!」
メリーナ様がわたくしの部屋にやってきた。
「メリーナ様、わたくしの友人に仕事を持ってきてくださり、本当にありがとうございます」
「あ、そうでした……ごめんなさい」
「分かったならいいわ。早く仕事内容を教えて頂戴」
「はい、たくさん持ってきましたよー!」
「え……そんなにはいらないのだけど。あ、紙で持ってきてくれたのね。見せて」
「分かりましたー」
中身を見る。
『給金:金貨40枚』
目を疑ったわ。この仕事、お金がちゃんと出るのね。考えてみればそうよね。神殿とはいえ無償で聖女の貸し出しなんて贅沢なことするわけがないわ。
『内容:治療院の中のこちらが指定した患者の治癒』
そして内容は意外と簡単そうだったわ。
「これ、明日受けるわ」
「これを? 本当にいいの?」
「ええ。初めてには丁度いいわ」
「そうかな? 結構重病者も多いし、大変だよ?」
「重病者がいるの? それならより助けないよいけないわね」
「ちゃんと聖女だね〜」
「それは……褒めているのかしら?」
「うん! もちろん!」
「まあいいわ。しばらく学園を休むつもりですし、仕事をするにはちょうどいいわね」
「クラン様、学園を休むの?」
「ええ。……事情があるのよ」
「そっか、それなら仕方がないね……」
「そうなのよ」
そう、これは仕方のないことなのよ。
「あ、そうそう。仕事の受注とかってどうやるのかしら?」
「明日は私がやっておくよ! その後方法を教えるね。じゃあ明日、この治療院の前に私がいるから来てね」
「分かったわ。顔を隠したり、聖女に見えない服装でもいいわよね?」
「あぁ……まぁいいんじゃないでしょうか? 能力はあるなら多少は見過ごされるはずだよ。こんど、聖女の認定証もらってくるね」
「助かるわ。名前は……そうね。偽名でもいいのかしら?」
「いいよー」
「じゃあ……」
クランを変えるとどうなるのでしょう?
クラネア、とかかしら? だけどそれだとバレそうね。クレアとかはどうかしら? ……意外と良さそうだわ。そうしてみましょう。
「クレアでお願い」
「クレア? 了解! じゃあまた明日!」
そう言ってメリーナ様は帰っていった。
「お嬢様、明日は出かけるのですか?」
「ええ」
「仕事なのですね」
「そうよ。……今日ここで気づいたことはわたくしが許可するまで言ってはダメよ」
「もちろんでございます」
これはれっきとした「約束」のはずよ。
これで数日間は「約束」しなくても問題ないわ。
「そこでお願いがあるんだけど、外套を買ってきてくれない?」
「変装……隠れるのですね」
「そうよ」
「分かりました」
長年のメイドを信用して、服装は任せることにした。




