63.クランには、よく分からない
「大聖堂から、大聖女様の到着です!」
その場にいた誰もが耳を疑った。
大聖女様? 治癒をしにいらっしゃったのかしら? それにしては遅いわね。これだったら間に合わなかったかもしれないというのに。
……もしかしてあの短時間でも聖女の存在を感じられたのかしら? あんな短時間でも気付くのかしら……ってわたくしも聖女の存在を大神殿の方向で感じた気がするわ。でしたら皆さんも感じられるのでしょう。迂闊だったわ。
まあ隠し通せばいいだけよ。メリーナ聖女にはバレてしまったみたいだけれど、普段からそんなにバレることは起こらないはず。そして何よりわたくしは聖女として今は存在していない。だからバレるはずがないわ。
「先程、ここに聖女がいて、治癒魔術を使ったみたいなの。誰か心当たりはないかしら?」
「私が治癒してもらいました。聖女様が誰かは分かりませんが……」
お兄様が発言した。
よかった。バレていないわ。
「本当に心当たりはないの?」
「そうですね……私を助けそうなのはクランですが彼女は治癒魔術を使えませんし……別にそうではなくても聖女様ならけがした私を見放さないでしょう」
もう……驚かさないでほしいわ。わたくしの名前を出すからてっきり怪しんでしまったのではないの。
まあこう言われているのだし大丈夫でしょう。
「聖女様ならけがしている人を見放すことはない……ねぇ……。名も出さない聖女が果たしてそうするのでしょうか……」
え? そんなことまで考えるのかしら?
「あの……事情についていけないのですが……」
「あら、ごめんなさいね。実は、本来ここに聖女はわたくししかいないはずなの。なのに、あなたを治癒した聖女がいるのよ、その意味、分かる?」
「ああ、だからなのですね。では、何故私を治癒してくれたのでしょうか? 不思議ですね」
「そうなのよ。それだけの理由でもあるのかしら?」
「すまない、話に参加させてもらってもよろしいだろうか? ……大聖女様、フィメイア王国第一王子、サンウェン・リルトーニアです」
「あなたが? それで、なんの用?」
「その者が治癒してもらった理由の可能性があるものが、思い浮かんだので」
「教えてちょうだい?」
「ここにいる者が優秀だから、ということもあるかもしれません」
「優秀だから、ね。それでもやっぱり足りない気はするのだけど……それに、しばらく待っていたら聖女がちゃんと来るのよ? それなのに、待っていられなかったというの?」
え!? そうなの!?
初耳だ……。それなら治癒なんて使わなくてよかったじゃん
「もしかして、そちらから今回来た人たちの誰かだったりしないの?」
「こちらの?」
今度、驚いたのはユーリお兄様だ。
「ええ、常識を知らないんだもの。こちらの国のものより、あなた方の国の者のほうが可能性は高いと思うけど」
「確かにそうですね、ですが、ここにいる者はみな、魔術も使えますよ?」
そうだった、お兄様はまだそのことを知らないのだわ。
「うーん、分が悪いわね。後で、話し合いをしてもいいかしら? 細かい事情を聞いてみたいの?」
「構いませんよ」
ちょっと!? お兄様!?
まあ仕方ないわね。お兄様は事情を知らないのだし大丈夫でしょう。
そして、二人はある部屋に入っていった。
うーん。なんとかして話を聞けないかしら?
「風よ、音を運べ」
無理ね、当たり前だけど対策がなされているわ、何も聞こえない。
これは……待つしかなさそうね。
我慢我慢。
「クラン、お待たせ」
「どうでした?」
「いや、全然分からなかったよ」
「そうなの? 結構長い間喋っていたわよね?」
「そうだね、けれそあちら方も見当がつけられていない出来事だから、仕方がないさ」
「そう……」
とても、とっても良いことだわ。バレずにすんだじゃない!
そして、ハプニングはあったとはいえ、最後の一泊を過ごした。
結局、たかが4泊3日なのよね、こちらにいたのは。
それなのに行きに4泊5日もかけて……帰りは流石に少しは早くなるはずよね? じゃないとわたくしは一人でさっさと帰ってしまうわよ?
……あら? 意外といいかもしれないわ。
そうなった場合はこれを脅しにでも使いましょう。ふふふ、楽しみだわ。
次の日の朝。
「おはよう、クラン様」
「あら、わたくしに勝てないゼノイド様じゃない、どうしたのかしら?」
「どうしたも何も……ただ、君を見つけたから話しかけた、それだけだよ」
「それをわざわざあなたがしてくるの?」
「そうさ、庶民派だからね」
「あなたが庶民派?」
「そうさ」
「それならわたくしはきっと、もっと庶民っぽいのでしょうね!」
「なんでそうなるんだ?」
「考えたら分かることよ? あなたからは平民という感じがしないもの。それに比べてわたくしはどう? 山で一人で野宿したり、断然庶民派だわ!」
「それは、ただ君が強いだけだ」
「ではあなたはわたくしより庶民らしいことをあげてみて?」
「そうだな……まず、浪費をしない」
「浪費をしない? 何当たり前のことを言っているのかしら? そんなの当然よ、しかもそれに加えてわたくしはお金を稼いだりもしているわ」
「そうか……次に、社交が下手だ」
「あら? そんなことを他国のわたくしに言っていいの?」
「別に構わない」
「へえ、でもね、わたくし、普段そういう場を断っているのよね、必要な相手だとしても」
「……そうなのか」
「ええ、だからきっと、わたくしのほうが下手だわ、まず、社交をしなければならない時にしていないんだもの」
「そうか…‥君には勝てない気がするよ……」
「とうとう認めたのね! ……それで、何の話をしていたかしら?」
「何の話もしていないよ」
「あらそう、それなら良かったわ! では次は帰るときね」
「ああ、そうだな」
そして、ゼノイド様は去っていったのだけど……一体何がしたかったのかしら?
まあ細かいことは気にしないでおきましょう。
ただの平和な会話です。




