62.クランは神殿を混乱させる
事件が起こった。
「魔物が逃げたぞ!!」
その言葉が合図となった。
もともと、魔術部門で使うために魔物を檻に入れて置いてあったらしいのだ。それが脱走をしたらしい。
わたくしは……いえ、交流戦に出たもののほとんどが様子を見に行っている。
そして、その先ではユーリお兄様が一人で戦っていた。
わたくしを含めた大半は離れたところにいたので、しばらくお兄様には負担を与えることになってしまう。ここから放ったとしてもお兄様に当たるかもしれないもの。出来ないわ。
「きゃあああああ!!!!!」
誰かが叫んだ。わたくしも叫びたかった。
ユーリお兄様が……致命傷を負っていた。
わたくしは何かを考える前にとにかく祈った。神々に伝わるように。
『今は聖女の力が必要だわ。解放して。』
そう祈ると、何か力が湧いてきたような気がした。
これで今のわたくしは聖女。お兄様を助けられるわ。
急いで走る。
「治癒……」
森を治癒させるわけにもいかないし、これくらいの声……力でいいでしょう。あとはお兄様だけを治癒することを考えて……
失敗してしまったわ。先ほどよりも魔物が元気良くなっている気がするもの。そしてわたくしの方に来ようとしているわ。
『もう封印していいわ』
そう祈る。強く。魔物は急に道しるべを無くしたみたいに右往左往した。
そこをゼノイド様達が頑張って突いて倒している。
現場は混乱していた。そして、その中にはユーリお兄様も、ゼノイド様もいた。まあ普通はそうよね。急に治癒されるなんて偶然が滅多にあるわけがないもの。だけど、サンウェン様は落ち着いているようね。わたくしだというのにはもう気付いているのかしら?
魔物は全部で20頭いたみたい。だから、強いお兄様でも致命傷を与えられた。だけど、こちらは強い人も十分な人数はいる。その後は混乱しつつも順調に倒すことが出来たみたい。
「遅れました……ってもう終わっているわね」
「「遅い!!」」
「別にいいではありませんか。怪我人はユーリお兄様だけ。そしてその怪我も治っている。でしたらわたくしが出るより皆さんの経験を増やしたほうがためになると思いますわ。違うかしら?」
「違わない。現に私は致命傷を負ってしまった。何故かもとに戻っているが……」
あら? ユーリお兄様はこれを治癒だと認識していないのかしら? どう捉えたのでしょう? 気になるけど……深く聞くとこちらになにかあるのではないかと疑われそうね。やめましょう。
「まあみんな元気だったんだ。そんなに文句は言わないでいいだろう」
サンウェン様が取り持ってくれた。
親切ね。
「ところで、あれはお前がしたのか?」
小声でサンウェン様が聞いてきた。
「もちろんですわ。お兄様を守るためですもの。聖女の力を惜しみなく使うべきよ」
実際はそんなに使っていないのですけど……。それくらいの意気込みだってことで許してもらいましょう。
そう、そのころ……
「何だ! これは!?」
「!」
「「聖女が現れた!?」」
仲のいい大聖女と教皇は声が揃った。
大聖女は巨大な聖女の存在を感知して。大司祭は治癒魔術が使われたのを察知して。それもまあまあ大きい。
そして、驚く内容は聖女がいたことではなく現れたことである。
教皇は……
聖女は生きているだけで周りに治癒を放つ。それは捉えることは出来ないくらい小さいものだが、大きくなるときに、もともとあるものが大きくなったな、と感じるのだ。だけど今回は違った。無から何かが出てきた。それに驚いた。
大聖女は……
先程まで何も感じなかったところから急に聖女の存在が現れた。その事への驚きであった。そして、聖女の存在は消えた。
一体何が起こっているの?
理解が出来なかった。そして、あることが頭をよぎった。
先日ジャネル皇国にきたメリーナ聖女は、その聖女は感知できることもあれば感知できない時もあるのだと言っていた。この聖女も同類なのではないか。そして、聖女の価値観が大きく変わっているのかもしれない、などと的外れ……だけどよく考えると的を射ているかもしれない考えに思いを馳せるのであった。
「わたくしが聖騎士を連れて向かいますわ」
「そうか。分かった」
大司教は、大聖女の考えを尊重し、何も聞かなかった。
そのころ……
「!」
「!」
他の場所でも当然のように聖女を感知した者がいた。
ネレイア、マクエニもそのうちの1人だ。
「今、聖女を感じませんでした?」
「奇遇。私も同じ……」
「さっきまで感じてました?」
「いや、感じていない」
「ですよね……。わたくしがおかしくなったのではないということかしら?」
「多分」
「どうしましょうか……いったん他の聖女にも会ってみましょう!」
聖女が住む建物に行く。
「聞きました? 大聖女様がジャネル学園に向かったそうですわ!」
「そうなの!?」
「……!」
「皆さんも感じましたわよね? 今はもう消えてますけど。あの人物を探しに行ったのではないかしら?」
「なるほど……確かにジャネル学園だ……」
「一体どうやったらあんなことが起こるのでしょうか?」
「分かりませんが……友人も少し前にフィメイア学園で同じような現象に遭遇したらしいですわ」
「フィメイア学園? 確か交流戦で明日まで滞在するんじゃなかったかしら?」
「まぁ! すごい偶然ね」
「関係ありそう……」
「「え?」」
そして、つつがなく話は進んでいく……




