4.ユシエルは娘をいぶかしむ 上
私、ユシエル・ヒマリアには自慢の娘がいる。クラン・ヒマリア。
なんでもそつなくこなす、公爵家の名に恥じない娘だと思っていた。
ところがだ。昨日の話になるが……
私は学園に所要があって行ったのだ。
ついでにクラン、エステル、ユーリの様子も見て行こうと思い立って、見に行ったのだ。
まずはクランを見に行ったのだが……
おや? 一人でいるではないか。娘は内向的なのか?
しかし、思いとどまった。
いや、休日は護衛を連れて森まで狩りに行っているのだ。内向的ではないだろう。しかも娘には天賦の才がある。誰からも話しかけられないということはあるまい。偶然一人でいたところを見ただけだ。そう思うことにした。
次に、ユーリを見に行った。
ユーリは、剣の才能が人以上にある。
タイミングが良かったようで、模擬戦をしていた。
いけー! ユーリ!
大人気なく心の中とはいえ応援してしまった。
しかし、ユーリは応援のしがいもなく余裕で勝っていた。
最後に、エステルを見に行った。休み時間にいけたのだろう。少し話すことにした。
エステルは学問に才がある。
私は運が良い。長男に学の才があるなんて。ほかの家では次男に学の才があって、どちらを継がせるか迷う、そんなところもあった。
「ところで、さっき、クランを見に行ったのだが……」
エステルは続きを察したようだ。
「クランなら一人でいたでしょう?」
「その通りだ。あれで……クランは大丈夫なのだろうか?」
「少なくとも、クランは好きで一人でいるように見えます。そのままでも大丈夫かと」
好きで一人でいるのか……。不思議な子だ。
「クランについて悪い噂はないんだよな?」
「そうですね……あぁ、けど、一つそれらしきものがあるかもしれないです。クランにあだ名が付いていて、それが『孤高の公爵令嬢』というものです。私は特に何も思わないのですが、知らない人が聞いたら侮蔑に聞こえるかもしれませんね」
そうなのか。ただ、私には侮蔑には聞こえない。きっと、娘の優しさを知っているからだろう。
娘が自分の意思で、孤独でいると聞いて安心したが……やはり公爵令嬢としては少し疑問が残る。
本来、公爵令嬢は、下の立場とも等しく接し、みんなを助ける存在なのではないだろうか? 少なくとも私の代の公爵令嬢はそうだった。
……一人を除いて。
クランの孤高の態度は、下の立場とも等しく接する、それには準じている。ただ、あのままでは他の者を引っ張っていけないだろう。
娘は人と接しなければならないときにどうするのだろうか? 少し楽しそうに思えたので、試してみることにした。
そしてその晩。
―—コンコン
娘の部屋に行くことにした。
しばらくして返事が来た。
「入っても良いそうです」
「失礼するよ」
「どうされました?」
「クラン、さっきは何も予定を入れていないと言ったが、訂正する。日曜日の夜、パーティーに参加しなさい」
「……なぜ?」
「エステルもユーリも用事が入ってしまい、同伴者がいないのだ」
これは嘘だ。二人とも予定は空いている。ただ、クランを試すためにも必要なことなのだ。
「あぁ、お母様がいませんものね」
「分かっているじゃないか」
なら、賛成してくれるだろう。学校ではあんなふうに一人でいても、クランは公爵令嬢だという自分の立場を分かっている。
「お断りします」
……え? これは想定外だった。娘は立場を自覚してる……そうするように育てた。多分、その理解は今も残っているはずだ。
しかし、それでも断ってきた。
これには……なにか信念があるのかもしれない。
「……なぜ?」
「そういう場には出たくありません」
そういう場に出たくない? 公爵令嬢ともあろうものが? ただ、娘は本当に困っているように見える。これでは理由が聞けないではないか!
せっかく信念があるのなら……言わない方がいい時もあるな。じゃあやめよう。
まったく、親に優しくない娘だ。可愛いけれど。
「どうにかならないか?」
一応粘ってみた。まあ断られるだろうな、とはもう勘付いている。
「申し訳ありません。できれば行きたいのですが、もうやることを決めてしまったので……」
「……そうか。無理を言って済まなかった」
もうやることを決めた……ね。パーティーは夜だから予定が入っていようが開けることは出来そうだけど……
娘には嫌われたくないよねぇ。
娘は頑なにそういう場に行きたくない理由を話さなかった。深く聞いたら答えてくれるかもしれないけれど、それはやりたくない。
これにはなにかあるのだと思うのだけれど……全く検討がついていないのだ。今度妻と話し合ってみようか。
うん、意外といい意見が出てくるかもしれない。
楽しみが一つ増えた。
さて、娘についた嘘を、二人をパーティーに誘うことで本当に変え、嘘じゃないようにしてしまうか。いや、まだ先の話だし、明日の朝にしよう。
今日は、あまり仕事に手がつかなかった……
また、パーティーに誘うことを後回しにしたことで、ユーリが一瞬危機に陥るのを、ユシエルは知らない。




