35.サンウェンは嘘を付けたことに、驚く
私……サンウェンは焦っていた。
クレマラ様が一体クランに何の用事だろうと、興味をくすぐられて、聞いていただけだ。別に特別なことはしなくても、耳を強化すれば、こんな部屋の部屋の普通の声、普通に聞こえてくる。
そして、聞いた話は、納得できると共に、信じられないものであった。
クランが「神々の気まぐれ」にあったのは納得できる。私も神隠しにあい、そしてそれを隠してきたものだったのだ。
そしてクランが実は聖女でもあるという話。ここらへんで頭がパンクし始めた。魔術を使えるものは、治癒魔術を使えないのではないか?
そして、そんなふうに考えている間に、話は終わり、そして私が動けないまま扉が開けられた。
「今の話、聞きました?」
これはもう逃げれないだろう。諦めて認める。
「あぁ……」
「サンウェン様、お話をしましょう」
クランが誘ってきた。私としても依存はなかった。だから返事をした。
「そうだな。聞きたいことがある」
生徒会室の中で向かい合う。
まず、一番心労にならないものから効くことにした。
「まず、お前は『神々のいたずら』にあったのか?」
「そうですわよ。何もおかしなことはないでしょう? それを言うなら、なぜサンウェン様は『神々のいたずら』を知っているのですか?」
納得した。確かにそこは疑問に思うべきだろう。
「私も遭ったからな」
「そうなのですね。一体何の呪いにかかったのですか?」
「嘘がつけない呪い」
「まあ、心は優しいわね。王族にぴったしの呪いじゃないの」
心は優しい? 戸惑う。私の心についてか? しかし、気づく。心の神……心様の名前を指しているのだ、と。
「心様だろうが」
「え?」
私は心様に無礼を働かないようにクランに注意を促した。もちろん役に立たないが。
「まあいい。それでお前は?」
「わたくしは教えることを禁じられていますもの。まあいずれ分かりますわよ」
「は? バカにしているのか!? いや……いい。それよりもお前が聖女だというのは本当か?」
心労にならないと思っていた話題だったのに……。
心の神を呼び捨てにしている、などと心労になりそうなことが見えてきて、あわてて話題をそらす。悪い方に。
もう、諦めた。
「知りませんわ。ただ、どうやら治癒魔術は使えるようですわ」
「やはり聖女か」
一体どういうことだろうか? 普通の魔術を使えるのに治癒魔術も使えるとは。そんな事が起こったのなら、研究者が殺到するだろう。
「それで、もうよろしいでしょうか?でしたら『約束』していただきたいのですが」
「何をだ?」
「私が『神々のいたずら』にあったこと、聖女みたいな存在であることを多言しないことに決まっていますわ」
約束したところで何になるのだ?
「しかし、私は嘘を付くことができないのだが……」
「大丈夫ですわよ。『約束』していただくことによって、それが正しいこと、になるのですから」
どういうことだ?
「信用していいのか?」
「もちろんいいですわよ」
即、クランから返事が返ってきた。それが効力があるのかは分からないが、クランが満足するのならしれでいいだろう。
「分かった。では『約束』する。私はクラン・ヒマリアが聖女みたいな存在であること、『神々のいたずら』にあったことは多言しない。……これでいいか」
「いいですわよ。わたくしと神々が証人です。では、また来週、お会いしましょう」
「あぁ、またな」
そう言ってクランは帰っていった。
私はとりあえず神官にクラン・ヒマリアだけだったと伝える。
なんだか人を売ったみたいで申し訳なく思ったりもしたが、やることは出来たので悪いことではないのだろう。ならば、仕方がないことなのだ。そう自分を納得させる。
「なにかおもしろい情報はありましたか? クラン・ヒマリアについてとか」
いきなり聞かれてしまったか。これは答えるしか無いだろう。すまんな、「約束」は1時間も持たなかった。
そう、心のなかで謝罪した。
しかし、口が勝手に「知りません」と動いた。動いただけでなく、言葉も発された。
……驚いた。
嘘はつけない。だからこれまで意図的に嘘をつくことが出来なかった。しかし、今、自分は嘘をついたのである。
なぜだかわからないがクランの顔が思い浮かんだ。
まさか、本当に、私が嘘をつけたのか?
クランと「約束」したから? それだけで?
……何が、どうなっているんだ?
その問いの答えは、見つからなかった。
思えば、クランは始めの頃から不思議な人物であった。
大親友エステル・ヒマリアの妹であるが、半年間、名前を聞かなかった。二つ名は知っていたが。大して目立っているわけではなかった。
だから、普通の人物かと思っていたら、ドラゴンを倒したという噂が立ち、そしてそれは事実であった。また、ヒマリア公爵がよく分からない法令も発布していたりして、少しの間話題に登った。さらに、授業でラーネカウティスクを倒したとなり、一躍時の人。そして、それなら十分強いだろうと、生徒会に誘った。……今年の1年は特段強い、という人物がいなかったからな。しかし断られた。
なんとか誘えたが、飽きない人物だった。
そして、今も飽きない。
これからも楽しくなりそうだ。そう思った。




