15.クランは忘れた記憶を取り戻し、神殿の日々に思いを馳せる
ちょっとだけ、血の描写が入ります。嫌いな人はお気をつけください。
わたくしが9歳になる年のはじめ……1年半前くらいに。わたくしは風習通り神殿に1年間住むことになった。
はじめのころから、確か、訓練をさせてもらっていたわよね?
頭痛がした。
つまり、違うということかしら?
だったら、何をしていた?
脳裏に、ふと、大勢の子供達の顔が思い浮かんだ。そして、大勢の大人。さらには、何かの血。
「うっ……」
「クランさん、大丈夫?」
「すみません、大丈夫です」
これがきっとヒントよね。
しばらく考え続けていたら、急に、記憶が脳に流れ込んできた。
そう、はじめは……この世界の神々……5柱のことを説明され、お祈りし、自らの手で作業をして過ごした。全然、訓練なんてしていなかった。
どんな内容でしたっけ……
この世界は5柱の神々が暇に飽きて、気まぐれに作った。だから、楽しませるために「神々のいたずら」を起こす……いや、これはわたくしがいたずらをされた時に説明されたこと。あとは……神々のおかげで魔法が使えること。心の神は例外で、魔法ではなく呪いをつくる。
神殿は、神々が気まぐれでつくったこの世界を神々の気まぐれによって壊さないことを祈り、感謝を伝えるために存在する。
神殿で育てている作物は神々に供えられ、神々が気まぐれで作った聖女を守る。
それくらいだったかしら?
そういえば……わたくしは自らの手で作業することは嫌いだったわね。
なぜでしたっけ?
確か……汚れるのが嫌いで、神々が嫌いで、そのためにしなければならないことも嫌いだったのでしょう。
汚れるのが嫌いなのはくだらなかったわ。もう少しマシな理由もあったでしょうに、なぜかこれを他の人に言っていたのよね。
確か、孤児院の子に。
わたくしは、何故かよく、孤児院に遊びに行っていたらしい、この記憶によると。
理由はわからないけど……公爵令嬢として、不自由のない暮らしをしていたからかしら? とにかく彼らのことが気になって、孤児院には何回も遊びに行ったのよね。
「クラン様、今日も一緒に遊ぶ?」
「いいわよ。何をしたい?」
「私はね、鬼ごっこ!」
問いかけると、また別の子が答えてくれる。
「じゃあわたくしが鬼になるわ。10,9,8……」
あぁ、大人げないこと。孤児にまでわたくしと言い、クラン様と敬称をつけさせている。まあ、わたくしというのは仕方のないことかもしれないのだけど……
けど、孤児と……彼らとわたくしは、少なくともあの時は、対等だったはずなのに……
わたくしは、彼らと一緒になって遊んだ、時々は魔法を見せてあげた。そして、子どもたちが喜ぶ姿を見るのが好きだった。
その頃は、まだ、確かに彼らと交流を持っていた。
そして、さっき脳裏に思い浮かんだ血は……たぶん、これが原因ね。このせいで、わたくしは彼らと遊ぶ機会を奪われたもの。
そう、それは神殿に行って5ヶ月くらい経った頃かしら?
ある日、大人が孤児院を襲ってきたの。
「孤児にお金を使うな!」
「そうだそうだ!」
「俺達が稼いだお金が入っているんだぞ!」
「どうして……?」
「なんだこの女。こいつも孤児か?」
「あなた達が親に無償で育てられているのと一緒じゃない! なぜ、彼らだけが救われないの!?」
無我夢中で叫んだのだと思うわ。
けれど、大人たちは襲撃をやめなかった。
「孤児を殺せ!」
「神殿に無駄なお金を使わせるな!」
「どうして! ここは神殿よ! 神々が見ておられるわ! その面前で神殿の行いを……神々へのお礼を……否定するの!? 神々への冒涜じゃないの!?」
もう、何もかも無我夢中だった。
大人たちは、一瞬勢いが弱まったように見えた。安心した。
「けっ、神々などいるわけねーだろ」
「あんなもん、神殿が金稼ぎのために言っている戯言だ」
「あんなもん信じるな」
どうして……どうして……!
神殿は、不思議な場所だった。神々の存在を証明してくれた場所だった。確かにこの頃は神々が好きではなかったと思うけど、それでも存在することは信じざるを得なかった。
なのに……! なぜあの大人たちは、信じないのよ! 信じれないのよ!
「それはね、彼らには余裕がないからよ」
後で巫女さんが教えてくれたわ。
「そっか、わたくしたち貴族とは、やはり違うのですね……」
「あなたは貴族。しくみを変えることができる者。もし、将来、この経験を悔やむことがあったら、民に余裕がある政治を行いなさい」
「そっか……ありがとうございます、頑張りますね」
何で、忘れていたんだろう。
彼らは……孤児たちは、あの後、
「やめなさい!」
「うるせえなぁ」
その一言に、我を忘れてしまった。
「風よ、切り裂け!」
暴れた。大人たちの皮膚を、切った。
人殺しは……怖い。だから、表面を何回も切った。
あたりには……血が散らばった……。
「ごめんなさい……」
「いいのよ。クランはみんなを助けるために立ち上がったのよね。片付けもクランがやってくれた。それなのに、なぜ、謝るの?」
「だって……みんなを……助けられなかったわ!」
「クランが何もしなかったらみんな助からなかった。十分よ」
「もっと早く自分が力を使っていれば良かった! そしたらみんな……!」
「クラン、もう気にするのはやめなさい」
「無理よ!」
「ここは神殿、懺悔する気持ちがあるなら、神々に祈りなさい」
目の前が明るくなった気がした。




