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滅びの歌を継ぐ者 別バージョン

作者: 柚月 龍

短編小説その6

滅びの歌を継ぐ者【別バージョン】



 風が止んでいた。


 青い空の下、はるか地平線まで続く灰白色の荒野は、まるで世界そのものが息を潜めているかのようだった。

 かつてこの大地は「セレイア平原」と呼ばれ、豊かな森と水に恵まれた緑の楽園だったという。

 だが、それは遠い昔の話。五百年前、**〈沈黙の災厄〉**と呼ばれる大異変が世界を飲み込み、この大陸の大半を焼き尽くした。


 その日を境に、季節は乱れ、川は干上がり、歌鳥は声を失った。

 人々は災厄の正体を知ることなく、ただ滅びから逃げ延びるしかなかった。


 ――そして今、ここにはひとりの少年が立っている。


 少年の名は リオ・アーシェル。

 年齢は十七。

 淡い銀灰の髪を風に揺らし、深い藍色の瞳を細めて遠くを見つめていた。


 彼の足元には、砂のように乾いた白灰色の土。

 手にした古びた地図はほとんど意味をなさない。

 それでも彼は歩みを止めることはなかった。


「……やっぱり、ここも“死んでる”」


 小さく呟き、しゃがみ込んで地面に触れる。

 冷たい。まるで生命の気配がまったく存在しない。

 草一本すら生えていない大地を、リオは見つめながら息を吐いた。


 彼は〈歌〉を探している。

 この世界を再び蘇らせるとされる、伝説の「滅びの歌」を。


 幼い頃、祖母から聞かされた物語がすべての始まりだった。


 ――「リオ、世界はね、歌でできているんだよ」


 祖母はそう言って、いつも夜空を見上げながら微笑んでいた。


 昔々、この世界は**〈始まりの歌〉**から生まれたという。

 その旋律は風を呼び、雨を降らせ、大地に命を芽吹かせた。

 人々はその歌を紡ぎ続けることで、世界の調和を保っていた。


 だが五百年前、ある一つの歌が失われた。


 それが 〈滅びの歌〉。


 その歌が奪われた時、世界の調和は崩れ、〈沈黙の災厄〉が訪れた。

 森は枯れ、海は退き、命あるものは次々と失われていった――。


「でもね、リオ。滅びの歌は完全に消えたわけじゃないんだよ」


 祖母はいつもそう続けていた。


「いつか、その歌を継ぐ者が現れる。

 その人が歌を取り戻したとき、この世界はもう一度、生まれ変わるのさ」


 リオはずっと、その物語を胸に生きてきた。


 リオの旅は、〈セレイア辺境郷〉から始まった。

 故郷は小さな集落で、生き残ったわずかな人々が寄り添い、干上がった井戸水を分け合って暮らしている。

 人々は口を揃えて言う――「もう世界は終わった」と。


 だがリオは諦めなかった。

 祖母の言葉を信じ、旅立つ決意をしたのだ。


 それから一年。

 滅びた村を越え、崩れ落ちた都を抜け、ようやく彼は古代図書館の廃墟に辿り着いた。


 図書館の中心にあった、朽ちかけた一冊の書物。

 そこに書かれていたのは、滅びの歌を封じたとされる神殿の座標だった。


 ――〈歌の墓所〉。


 リオの目指す場所は、世界でもっとも近づいてはならないとされる禁域だった。


 薄暗い空の下、彼は歩き続けた。

 目的地は、北方の黒き山脈。

 そこに「歌の墓所」があるはずだった。


 だが道中、荒野の向こうから一陣の冷たい風が吹き抜けた。

 リオは反射的に身を屈める。


「……っ、なんだ?」


 耳を澄ますと、風の中に紛れて――微かな歌声が聞こえた。


 低く、哀しく、そしてどこか懐かしい旋律。

 だが、周囲には誰もいない。


「……歌?」


 リオは辺りを見渡すが、声の主は見つからなかった。

 しかし次の瞬間、背後で砂が爆ぜる音がした。


 ――ガラガラガラッ!


 振り返ると、乾いた大地から黒い影がせり上がってくる。

 それはかつて人だったものの成れの果て――〈沈黙の徒〉。


 魂を失い、歌を奪われた存在だ。


「チッ……やっぱり来やがったか!」


 リオは腰の短剣を抜き放ち、身構えた。


 沈黙の徒は、喉を裂かれたかのような無音の咆哮を上げると、一斉に襲いかかってきた。

 リオは影の群れを避けながら走り、地形を利用して戦った。


 しかし数は多い。

 汗が額を伝い、短剣を握る手が震える。


「くそっ、歌を奪われた世界じゃ……魂すら腐っちまうのかよ!」


 一体を斬り伏せるたびに、影は黒い砂となって消えていく。

 だが次々と湧き出る影の群れに、リオは押されていた。


 そのとき――。


「――歌え」


 耳元で囁くような声が聞こえた。

 祖母の声に似ている。

 リオは思わず、幼い頃に教わった古い旋律を口ずさんだ。


 その瞬間、短剣から淡い光が溢れ出した。


「……これは――!」


 光は波紋となって広がり、影を一掃する。

 沈黙の徒は砂となって風に散り、辺りは静けさを取り戻した。


 リオは荒い呼吸を整えながら、光を宿す短剣を見つめた。


「……やっぱり、俺なんだな。

 “歌を継ぐ者”は……俺しかいない」


 決意が胸の奥で燃え上がった。


 夜。

 焚き火の前で、リオは膝を抱えながら星空を見上げていた。


 祖母がよく言っていた言葉を思い出す。


「歌を継ぐ者は、必ず〈もう一つの歌〉を見つけなければならない」

「滅びの歌は、始まりの歌と対をなすものだから」


 だが、もう一つの歌とは何なのか。

 答えを知る者は、この世界にはもうほとんど残っていない。


 そのとき、リオの視界に、一筋の光が流れた。

 北の空に走る流星。

 それはまるで、彼の進むべき道を示すかのようだった。


「待ってろよ……歌の墓所。

 必ず、お前を見つけて、この世界を……取り戻す」


 焚き火の炎が揺れ、彼の決意を照らした。


 ――それが、世界を変える旅の始まりだった。

 

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