俺くんは国際交流委員5「ゆえに俺くんに感謝なのです」
委員長「俺くん、アプリって知らないの?」
ボブの横髪を耳に挟み、メガネの奥から斜め下に目線を送っている。
知的な横顔に含んだいたずらな気持ち。
視界の端で俺を見ている。
俺「(また俺のことを「俺くん」て言った)アプリ?」
委員長「そう。外国人向けに、電車の乗り換え案内や、外国人向けの宿だとかが英語で載ってるアプリがあるの」
俺「へ~、そーなんだ」
委員長「初めから、それを教えてあげればよかったのよ。私、教えたよ」
俺「なるほど」
委員長「そしたら彼女たち、喜んでたよ」
俺「そうだったね」
委員長「それに、俺くん、ずいぶん会話に困ってたみたいだけど、英会話のアプリもあるじゃない。知らないの?」
俺「そーでした……おっしゃる通りです……」
いま思うと、美人さんたちを前に、俺はアガっていたのである。
緊張のあまり、冷静な判断ができなかった。
何してんだろう、俺……
委員長「でも、彼女たちも無事に目的地に行けそうだし、とりあえずはよかった」
俺「そーだね。委員長には感謝する。助けてくれてありがとう」
委員長「たいしたことないよ。困ってる時はお互いさまだから」
俺「ホントにありがとう」
委員長「どーいたしまして。……私も今日、助けてもらったから」
俺「(?) 助けてもらった?」
委員長「そう。助かった」
俺「(?)」
委員長「俺くんには感謝してる」
俺「(どういうこと?)」
委員長「私こそ、ありがとう」
委員長は、体ごと俺の方を向き、柔らかな表情で礼を言った。
俺「俺、委員長に、何かしたっけ?」
委員長「うん。」
俺「(?)」
委員長の視線は、まっすぐだった。
俺は?マークを委員長に送ることしかできなかった。
委員長「今日、みんなとの初めての顔合わせで、私とても緊張してた。ホームルームの時、ちょっとぎこちなかったでしょ?」
俺「いや、そんなことないよ。立派だった。みんなの前で堂々としてた。司会進行も、バッチリだった」
委員長「ありがと。でも、実は、そんなことないんだ。私がいちばん緊張してた。委員決めも、うまく進める自信がなかった」
俺「うまくいかなくて、あたりまえだよ。初対面なんだし」
今日、委員長は、きびきびとクラスの仕事をこなしていた。
それは、委員決めだけではない。
配付物を職員室から運んだり、黒板に日付や今日の予定を書いたり、回収物を集めたりで、とにかく忙しそうだった。
だからみんなはその姿を見て、彼女に協力しようと思ったのだ。
委員長は、一日目にして、クラスのみんなの心をつかみ、クラスをまとめていた。
委員長の横顔には、やや疲れが見える。
伏し目がちにホームの点字ブロックを見ている。
両足の靴をそろえ、床にかかとをトントンしている。
委員長は続けた。
「いよいよ委員決めになって、みんな、なかなか手を挙げてくれなかったでしょ。当然なんだけど」
俺「うん」
委員長「その時に、俺くんが真っ先に立候補してくれたの」
俺「そうだっけ?」
委員会「そう。俺くんが一番初めに手を挙げてくれた」
俺「そーだったかも」
委員長「私、とってもうれしかった。あの時、俺くんが手を挙げてくれて、助かった」
俺「そんなことないよ。俺はただ、自分の位置を、早めに確保したかっただけだよ」
委員長「(微笑み)」
俺「だから、楽そーなのを確保しただけ」
委員長「でも、俺くんが最初に手を挙げてくれたから、みんな、手を挙げやすくなったんだと思うよ。最初は誰でも様子を見たいじゃない?」
俺「そーだね」
委員長「ゆえに俺くんに感謝なのです! ありがとう!」
俺「どもども」(若干、恥ずかしい)
委員長の頬は、沈みかけた夕陽の色に焼けている。
眼鏡の向こうの瞳が、まぶしそうに俺を見ている。
俺はハッとした。
彼女はとてもきれいだったから。
もう少し委員長と話をしていたいと思い、俺は話題を変えた。
「ところで、委員長。委員長は何で俺のことを『俺くん』って呼ぶの?」
委員長「アー、それはね、俺くんの名前が覚えづらいのと、」
俺「(覚えづらいか?)」
委員長「教室での俺くんの初めての言葉が、『国際交流委員は、俺がやります』だったから」
俺「ハー」
委員長「それに、俺くんはいつも、『俺俺』言ってるし」
俺「そんなに言ってる?」
委員長「うん、言ってる。結構耳につく」
俺「そーなのか?」
委員長「そーなんです」
俺「でも、人から『俺くん』って呼ばれるの、ちょっと変じゃね?」
委員長「そんなことないよ。俺くんに合ってると思うよ」
俺「俺に合ってる?」
委員長「そう、とっても」
俺「そーなんだ」
委員長「そーなんです」
最後はふたりで、ちょっと笑ってしまった。