俺くんは国際交流委員48 最終回
帰りのSHRが終わると、みんなは教室を飛び出して行った。
部活動、委員会、ボランティア、帰宅。
それぞれの理由でそれぞれの目的地に高校生は進む。
隣の席から、シャーペンが紙を擦る音が聞こえてくる。
それは時に止まり、時に滑らかにノートの上を走る。
漢字の学習をしているエリスの大人びた横顔をボーッと眺めながら、俺は考えていた。
彼女は、出会った時からすでに日本語が少し話せた。
俺とエリスは、言葉で繋がることができた。
アロハとは今まで何を話したろう?
彼女とは、まだちゃんと大切な話ができていないのではないか。
アロハの美しさは、俺から言葉を奪ってしまう。
もちろん、それは、内面から自然に溢れ出るものだ。
アロハに接すると誰でも、「この子には何かがある。これまで育ってきた過程で得た文化的背景が、その人柄ににじみ出ている」と感じる。
彼女の存在全部が、相手に伝わるのだ。
だから人が寄って来る。
アロハと接した人は、とても幸せな気分になる。
何も話さなくても、心が満たされる。
そんな人が、いつも俺のすぐそばにいてくれる。
アロハはいつもやわらかな視線を返してくれる。
考えていることが、目を見れば分かる。
俺にとってそんな異性の存在は初めてだった。
だから、初めはちょっと照れくさかったけど、いつの間にかそれが自然になっていた。
でも、エリスと接することで、会話も大切だと思うようになった。
自分の気持ちや考えをしっかり相手に伝えることを重ねることで、より深く相手を知ることができる。
だから、もっとアロハといろんな話をしたいし、しなければならないと思った。
エリスが不思議そうな目で俺を眺めている。
その時、俺は少しのめまいを感じた。
遠くから、巨大な何かが近づく気配がする。
その不吉な感覚に、尻のすわりの悪さを感じた。
すぐに教室の窓ガラスがカタカタと鳴り始めた。
恐怖の表情を浮かべるエリス。
初期微動を感じさせる軽い揺れが、教室を揺り動かす。
突然、校舎全体が大きく揺れ始めた。
しかし、これならばそう大ごとにはならないだろう。
震災の体験から、次に来る地震の大きさが感覚で分かるようになっている。
俺はエリスに、「大丈夫、これ以上は大きくならない」と告げた。
それでもエリスの恐怖は増しているようだった。
俺はエリスの肩を覆うように守った。
久しぶりの大きな揺れ。
校舎のあちこちから悲鳴があがる。
エリスは体をこわばらせ、じっと耐えている。
……やがて揺れは収まった。
放心状態のエリス。
その時、教室のドアがガラッと開き、アロハが飛び込んで来た。
アロハ「俺クン、委員長が!」
ひどく慌てている。
俺「なに! どうしたの!」
悪い予感が走る。
アロハ「階段で倒れた!」
俺は急いで席を立ち、廊下へ駆け出した。
俺「どこ!」
アロハ「あっち!」
2階へ続く階段の踊り場に、女子数人がかがみこんでいた。
そのひとりに上半身を抱えられ、委員長が真っ青な顔で横たわっている。
「委員長! 委員長!」
アロハの呼びかけに、委員長は少しまぶたを開いた。
俺「大丈夫?」
はやる気持ちを押さえて、俺は小さく声をかけた。
虚ろな目で俺を見て、コクッと小さくうなずく委員長。
「いや、大丈夫じゃない」と、俺は思った。
「保健の先生、呼んでくる! アロハはここにいて!」という言葉を置き去りに、俺は保健室に走った。
階段を2段飛ばしで下り、1階の保健室に走る。
「急がなきゃ」
「委員長が大変だ」
保健室は、校舎正面入口のそばにある。
ドアを荒く開け「保健の先生はいますか?」と大きな声を掛けると、棚に手を伸ばしかけた先生がこちらを振り向いた。
俺「先生! 委員長が倒れました!」
先生「分かった。どこ?」
先生はそれ以上何も言わず、すぐ体を移動させる。
俺「こっちです」
今度は階段の上り。
先生の動きは機敏で軽快だった。
俺の方がバテぎみだ。
「さすが保健の先生、体が軽い。ふだんから健康と体力に気を遣ってるんだろう」
余計なことが頭に浮かぶ。
やっと踊り場にたどり着く。
エリスも心配そうに委員長を見守っている。
保健の先生は、「俺くん、ちょっと離れてて」と言って、周りの女子に委員長を取り囲むように命じた。(「俺くん」も有名になったものだ)
アロハは「私に任せて」という表情で俺を見る。
俺は、女子の人垣の外で待った。
先生は、委員長の意識を確認し、服を緩めたようだ。
やがて、周りの女子たちの雰囲気がやわらかくなる。
これなら、そう心配することもなさそうだ。
俺のあがっていた息も落ち着いてきた。
アロハが俺の方を見てうなずき、微笑む。
大事に至らなくて良かった。
こんなふうに委員長が倒れるのは、この時が初めてだった。
ふだんあんなに元気な委員長なのに、いったいどうしたのだろう。
俺にはその理由がまったく思いつかなかった。
◇◇◇◇◇
☆委員長☆
音楽室の掃除を終えた私は教室に向かった。
今年の夏は異常な暑さが続いた。
もう秋も終わりだというのに、少し掃除しただけで汗ばんでしまう。
ハンカチでおでこを拭いながら、階段を上る。
踊り場の窓ガラスが小さな音を立てた。
風だろうか?
私は窓から青い空を眺めた。
次第に校舎のあちこちから小刻みな振動の音が聞こえ始めた。
そして、学校全体が揺れ出した。
久しぶりの大きな地震。
私の胸に、またあの恐怖がよみがえる。
怯えながら私は、壁にしがみついた。
大きな揺れは収まらない。
私の世界は次第に暗くなっていった。
◇◇◇
……ふと、誰かが私の頬に触れた。
それはとてもあたたかく、やさしく私を包む。
ママ?
ギュっと閉じた目を、私は少しずつ開いてみた。
そこにはアロハがいた。
アロハの生命力が、その手のひらから私に注ぎ込まれるようだった。
本当に不思議な子だ。
またアロハに助けられた。
少しの安心を抱き、私はふたたび目を閉じた。
(終わり)
「俺くんは国際交流委員」はこれで第1章が終わりです。
この後第2章へ続きますが、一度ここで区切りをつけ、また新たに物語の世界を作りたいと考えました。
第2章では、これまであまり語られなかった登場人物の背景や、大きな災害があったことなども描いていきます。
偶然集った仲間たちですが、みな、ある思いと理由を抱き、「ここ」にいます。
委員長の名は、衣織といいます。
第2章は、「衣織の物語」を紡ぎたいと思います。
今では、登場人物一人ひとりがとても愛おしく、私にとって大切な存在となりました。
俺くん、アロハ、委員長と出会えて幸せです。
だから、何があってもこの3人は、卒業させたい。
いや、絶対に卒業させます!
この物語が、3人の旅立ちまでたどり着くことができたら幸いです。
これまで読んでいただき、ありがとうございました。
心より感謝申し上げます。
では、「衣織の物語」でお会いしましょう。




