俺の最後
……目を覚ますと、視界は真っ暗だった。どうやら全身に袋を被せられているらしい。
それに気がつくまでに、数分かかった。俺はしばらく、ぽかんと口を開けたまま、布で遮られた前方をぼんやりと見つめていた。
これは一体どう言うことだ? 俺の身に何が起きている??
……分からない。
考えてもさっぱり今の状況が掴めなかった。頭が痛い。目覚める前の記憶がスッポリと抜け落ちている。ただ分かっているのは、今俺は袋に閉じ込められて、動けないってことだ。
俺は途方に暮れた。ばかに寒い。薄い布の向こうから、容赦無く冷気が肌を突き刺して来て、俺は思わず身震いした。両手両足の感覚がなかった。視界は塞がれているが、幸い耳は聞こえる。遠くで鳥の鳴き声がした。それに、微かに潮の匂いもした。この感じ、どうやら室内にいるわけではなさそうだ。外……野晒しにされているのだろうか?
いや……俺はすぐさま否定した。地面に転がされているわけではない。体はフラフラと、宙に浮いている。見えないが、感覚で分かるのだ。恐らく縄のようなもので縛られて、宙吊りにされているのだろう。だが、そこまで分かったところで、ますます謎は深まるばかりだった。一体何故??
外で縛られて、宙吊りにされて……俺が一体何をしたって言うんだ?
これじゃさながら任侠映画じゃないか……知らないうちに、俺何かドジを踏んだかな?
記憶を辿ってみたが、正直何も心当たりがない。そもそも今まで生きてきて、そんな世界と関わり合いになったことすらない。
俺は急に怖くなってきた。寒くって怖くって、奥歯が急にガタガタと音を立て始めた。誘拐? バカな。独り身の、碌に稼ぎもない奴を誘拐して何になる?
……まさか、拉致??
袋の中で、俺は小さく息を呑んだ。噂では、※※村にある果樹園、その近くの海岸沿いに、夜な夜な怪しげな外国船が出没するとかしないとか……不意に潮の匂いが強くなってきた。そんな……あっちの方の国では移植のための、臓器の裏取引が盛んだと聞いたこともある。まさか、いやそんな……!
俺はパニックになりかけていた。これだけ寒いのに、冷や汗が止まらなくなってきた……口の中に酸っぱい味が流れ込んで来る。最悪だ。最悪の事態が頭から離れなくなり、恥ずかしい話、自分の想像で気絶してしまった。いや、正直袋の中で酸欠だったってのもある。とにかく誘拐にしろ拉致にしろ、この寒空の下、薄布一枚で無事に朝を迎える自信はなかった。
動けない。暗い。寒い。できれば全部夢であって欲しい。
そんな微かな願いも、次に目が覚めた時、全部吹っ飛んでしまった。どれくらい気絶していたのだろうか、気がついた時には、ギラついた太陽の光が、俺の目を焼き尽くさん勢いで天辺から降り注いでいた。
「おぅ、青島ぁ」
真っ昼間だった。気がつくと、目の前に見知らぬ男が立っていた。いつの間にか袋が剥ぎ取られている。体は縛られたままだ。俺は息を呑んだ。男は、50代か、60代くらいだろうか。顔に深く皺を刻んだ、白目のほとんどない、真っ黒に陽に焼けた老人であった。もちろん記憶にない。一度も会ったこともない。なのに、何でこの老人は俺の名前を知っているんだ……!?
「こいつもそろそろだな……」
そう言ってニカッと笑うと、老人は、手にしていた巨大な鋏を俺に向けて突き出してきた……!
……それが俺の最後だった。
銀色に光る鋏で身体をもぎ取られた俺は、それから、同じく老人に捕まったであろう奴らと共に、無造作に袋に詰められた。まるでさらし首みたいだった。
それから。しばらく軽トラに揺られて、着いたのは人のごった返した場所だった。裏路地の市場にて、道行く人々が段ボールに箱詰めされた俺たちを、ジロジロ値踏みする。
「いらっしゃい」
立ち止まった通行人に向かって、浅黒い老人が俺の残骸を指差しながらニカッと嗤う。
「安いよ、安いよ。奥さん、どうだい? こいつぁ青島だ。こないだ採れたばっかりだよ」
それを聞いて、通行人のおばさんがにっこり笑い返した。
「まぁ。なんて美味しそうな蜜柑」