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世界の鎮魂歌【ばんか】は、俺が歌う!  作者: 和泉ユウキ
Banka3 俺の歌は、誰のために
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第29話 帰りは馬とともに


 狂信者襲撃から一夜が明けた。

 カイリは聖歌で体力を大幅に削られ、あの後すぐに落ちてしまった様だ。気付いたらベッドの中で、フランツが良い笑顔で迎えてくれた。

 更に部屋を出たら、シュリアが白い目をして出迎えたので、気恥ずかしくて堪らなかった。

 狂信者一同は、フランツ達の手によって揃ってこの街にある教会に引き渡されたそうだ。どんな処遇になるのかは、後は彼らに任されるということらしい。もう手を離れてしまったというのならば、カイリは後ろ髪を引かれながらも振り切るしかない。


 だが、ハリエットを助けられた。


 それだけが、カイリの憂いを晴らしてくれた。



「さて。せっかくだから、馬を使うか」

「馬、ですか?」



 朝食を終え、街を発つ前に簡単に荷物を整理した後。フランツは、馬屋へ向かうと歩き出した。

 カイリが彼に並びながら首を傾げていると、隣にいたシュリアが「何でですの!」と物凄い剣幕で怒鳴り始める。耳が痛いので、カイリは少しだけ距離を取った。


「何で! 今回は! 馬なんですの!」

「ん? カイリがいるからな。右足のこともあるし、負担は軽い方が良いだろう」

「何故ですの! わたくしが、ぜえぜえ言いながらいつくばっていた時は、全く馬を借りる気配も無かったですのに! 何故! ……フランツ様、ちょっと過保護すぎですわよ!」

「いや。カイリは俺達みたいに鍛えていないからな。まだ十日以上を、ましてや一日十四時間も徒歩のみは無理だろう」

「むっきー! ちょっとあなた! あなたからも何とか言って下さいませ!」

「え」


 ――何で俺なんだ。


 会話を聞くに、どう考えてもフランツとシュリアの間の問題で、カイリは関係ない気がする。フュリーシアへの帰路はカイリが関係しているとしても、村へ向かう時の事情は何ら関わりが無い。

 故に、カイリは無視をした。

 当然、シュリアが更にうなって叫ぶが、どうしようもない。


「まったく、どいつもこいつも……っ。なっていませんわ!」

「ふむ。シュリアは一体何を怒っているのだ。いつも怒るポイントがよく分からないのだが」

「フランツ様の思考回路がおかしいんですわよ! ……はあ。疲れましたわ」


 勝手に叫んで勝手に沈んだ。

 シュリアは本当に一人で喜怒哀楽を一手に担う。むしろ怒と哀が大半を占めている気がするが、賑やかなのは良いことだとカイリは片付けることにした。


「まあ。しかし、カイリ。体調はどうだ?」

「はい、平気です。でも、聖歌は本当に体力を使うんですね」

「まあな。聖歌語も含め、訓練すれば負担を減らせるが、俺達では聖歌については教えられないからな。帰ってから仲間を紹介しよう」

「ありがとうございます」


 フランツの気遣いに、カイリは心持ち気が楽になった。

 やはり、己の力に不透明なところがあるのは落ち着かない。村を出る時から、己の歌の及ぼす効果が不安で仕方が無かった。

 しかし、フュリーシアに行けば、その不透明さが減るだろう。それだけでも総本山に行く意味がある。


「……しっかし」


 くたびれた風に復活したシュリアが、腕を組んでカイリを一瞥いちべつしてくる。



「良かったですわね。あの娘が、全て夢として片付けてくれて」

「……、……そうだね」



 絶対に意趣返しだ。

 そうは思ったが、カイリとしてもあまり突っ込まれたくない話だ。受け入れるしかない。

 今朝、たまたま同じ宿に泊まっていたハリエット達が、たまたま同じ時間に食事処に来て、たまたま同席して朝食を一緒に取ったのだ。

 その時の会話は、本気で肝が冷えた。



〝それでね! カイリお兄さんってば、すっごいねつれつにプロポーズしてくれたのよ! わたし、すっごくドキドキしちゃった!〟



 昨日見た夢を、あろうことかカイリの目の前で嬉々として話し始めたハリエットは、始終興奮していた。お供の二人も、「起きてからずっとこうなんです」と肩をすくめて呆れていた。



 実はあの夢は現実で、しかも助けるための嘘八百だとは口が裂けても言えない。



 そのため、カイリは乾いた笑いを上げながら目を泳がせることしか出来なかった。

 同席していたフランツは何かを言いたそうに黙っていたが、シュリアは「ふふん」とでも言いたげな目で見つめてきて、何度逃げ出したくなったか分からない。

 ちなみに、お供の二人も昨夜はカイリの聖歌で眠ってしまったらしい。ハリエットを救出するために茂みに隠れていた様だが、悪いことをしたと反省した。


「はあ……、二人には感謝しているよ。本当のこと言わないでいてくれたんだから」

「……まあ、ロリコン認定してあげても良かったのですけれど」

「うぐっ」

「そう言うな、シュリア。お前だってカイリに発破をかけたりと、普段見られない対応に、俺も嬉し――」

「あー! 早く! 馬を借りますわよ! ぐずぐずしていたら日が暮れますわ!」


 だんだん、と地響きを鳴らしながらシュリアが真っ直ぐに馬へと歩いて行く。

 フランツが楽しそうに眺めているのが気になったが、カイリも大人しく従った。


 ――ハリエットは、今頃もう故郷に向かっているだろうか。


 朝食を終えて別れる時、もう一度彼女と指切りをした。改めて再会を約束し、ぶんぶんと手を振りまくる彼女を姿が見えなくなるまで見送ったのだ。

 彼女を助けることが出来たという実感が、じわじわと全身に沁み渡っていく。

 本当に良かったと、心から安堵する。こんな弱い自分でも、助けることが出来た。――故郷の悲劇を繰り返さなくて良かったと、しみじみ感じ入った。

 両親が大好きな彼女。次は、家族と一緒にいる彼女と会えればとカイリは願う。


「……早く、パパとママに会えると良いな」

「ん? 何か言ったか?」

「あ、いえ。……あの、馬ってどうやって借りるんですか? やっぱり業者の人に選んでもらうんでしょうか」

「それでも良いが、自分で選ぶことも出来るぞ」

「そうなんですか」

「……きーっ! 何なんですの……!」

「……って」


 ほのぼのとフランツと会話をしていると、前方から叫び声が上がる。

 二人揃って声を追いかければ、シュリアが馬と格闘をしているところだった。馬の手綱をシュリアが懸命に引っ張り、馬は「ひひーん!」と高らかに叫びながら前足を掲げ、首を思い切りカイリの方へとひねっている。



 あれは、馬とダンスをしているのだろうか。



「何だ、シュリア。馬とダンスでもしたいのか?」



 カイリの心中を、フランツが見事に代弁してくれた。

 何と言うか、ここ数日で分かったことだが、フランツは見た目よりも結構言動がお茶目である。流石はあの父と親友なだけはあると感心してしまった。

 しかし。



 ――何だか、今一瞬馬と目が合った様な。



 前足を掲げて抗議をしながらも、馬の目がカイリの方を向いている気がする。

 引っ掛かりを覚えたが、次のシュリアの猛抗議ですぐに掻き消されてしまった。


「って、そんなわけないでしょう! この馬、ぜんっぜん! 言うこと聞きませんわ……!」

「ぶっひー!」

「ちょっ! あなた、本気で人を乗せる気があるんですの!? 馬なら馬らしく、馬の様に馬になりながら人を乗せるべきです! それが馬のあなたの仕事でしょう!」

「……シュリア。ちょっと言っていることが分からないんだけど」


 混乱しているのか、シュリアが不思議なことを口走っている。フランツはただ笑うだけなので、これが日常なのかもしれない。

 そんな彼女の喜劇を、馬屋の主人が申し訳なさそうになだめた。


「すみませんねえ。このアーティファクトは、とっても気位が高くて。馬屋に来てからこの十年、人を乗せた経験が無いのですよ」


 十年も乗せなかったのか。


 どこからツッコミを入れたものかとカイリは悩んだが、フランツにはさほど重要では無かった様だ。臆せずに馬に近付き、おもむろに馬の頭を撫でる。


「なるほど。古代遺物という意味を名付けられるなんて、なかなか大物の様だな。感心したぞ」


 そんな大層な意味があるのか。


 アーティファクトは、人工物という意味だとカイリは認識していたが、どうやらかなり壮大らしい。

 感嘆していると、シュリアと主人が揃って目を丸くしていた。むきーっと、シュリアは両手をぶんぶん振って抗議をしている。


「ちょっと、あなた! 何故フランツ様には簡単に触らせるんですの!?」

「おお、……驚いた。この十年、触ろうとすれば頭を振り回し、柵を破って逃亡し、十日後にいつの間にかふんぞり返って帰ってきていたお前が……成長したんだなあ」


 ほろっと主人が涙を流すのを、カイリは淡泊に見つめるしかない。

 というより、何故そこまで言うことを聞かない馬を、商品として置いていたのだろうか。ツッコミ所が満載で、そろそろ他人のフリをしたくなってきた。


「ほら、カイリ。お前もどうだ?」

「え? お、俺ですか?」

「ふん! あなたなんて、手綱に触るどころか、思い切り手の平を頭でぶっ叩かれておしまいですわ!」


 笑いながらフランツが促してきて、カイリは少しだけ緊張した。シュリアが野次を飛ばしてくるが、この際まるっと無視するに限る。

 そこまで人慣れしていない馬が、全く馬に乗った経験がないカイリに心を許してくれるだろうか。

 そもそも、馬を間近で見ること自体が初めてなのだ。どう触れて良いのか心得も無い。

 だが。



「……」



 じっと、馬がカイリを一心に見つめてくる。



 やはり、先程の目が合ったという感覚は勘違いではない様に思えてきた。

 馬が、誰か一個人を認識するのかカイリは知らない。

 しかし、今この時は確かに、馬が己の意思でカイリをひたすら見つめてきている様に思えてならなかった。


 だから、カイリも真正面から馬の視線を受け止める。


 見つめ返していると、その瞳が思いのほかつぶらなことを知った。真っ黒な丸い瞳はとても可愛らしいのに、タテガミは勇ましく、明るい茶色の毛並みが日差しを受けてつやつやと輝いている。

 触れたら、どんな心地がするだろうか。出で立ちもカッコ良いし、触れてみたいという気持ちが強くなっていった。


「……えっと」


 そろそろと近付いてみると、馬は微動だにしなかった。

 なので、もう一歩だけ近付いてみたが、それでも馬は動かない。少しは話を聞いてくれるだろうかと、通じるか分からないが声をかけてみることにした。


「初めまして、アーティファクト。俺、カイリって言うんだ」


 ぶるっと、馬が頭を下げてうなる。

 返事なのか、機嫌が悪いのか。頭を撫で続けているフランツが何も言わないので、そのままカイリは話を続けてみた。


「俺、馬に乗ったことはないし、こんなに近くで見たのも初めてなんだ。……君のタテガミ、とってもカッコ良いな。……触っても、良いかな?」


 聞いてみたところで、馬が理解するかどうかは分からない。

 だが、程なくして。



 ――頭を下げて、馬はカイリに寄ってきた。



「っ、あ、ありがとう!」

「え、ええっ!? ど、どうしてですの!?」

「ふむ、……」


 シュリアが悔しそうに叫ぶのと、フランツが何か考える様にあごに手をかけるのを尻目に、カイリはそろそろと馬に手を伸ばす。

 手の平に伝わる心地が、さらさらと指の隙間を撫でて気持ちが良い。タテガミはふかふかで、カイリは頬が緩むのを止められなかった。


「凄い、気持ち良い」

「そ、そうでしょう? うちのアーティファクトは、普段からケアにも食事にも色々気を付けていますからね! ……でも、こんなに人に触れさせるなんて青天の霹靂です。どういう風の吹き回しでしょう。王様みたいに面倒くさい馬なのに」

「……主人よ、なかなか酷い言い回しだな」


 主人が感激する様に目を潤ませるのを、フランツが辛辣に突っ込む。

 シュリアが背後から恨みがましいオーラを存分に発してくるのを感じたが、カイリは構わず馬の感触を堪能した。

 ここまでふかふかでさらさらだと幸せだ。空気が澄んだ様な良い匂いがするし、ずっと触っていたくなる。思わず馬の首に抱き付いて、頬を寄せてしまった。


「ははっ、ありがとう、アーティファクト。すっごい気持ち良かった。カッコ良いな、君」

「……ひんっ」

「でも、こんなに丁寧に育てられているなら、初心者の俺が乗ったら失礼だよね。……フランツさん」


 良ければ、とカイリが譲ろうとすると。



 ぎらっと、馬の目が鋭く輝いた。



「――、え?」



 ぐんっと、馬の首に抱き付いていたカイリは、突然強い浮遊感を覚えた。

 そのまま、ぐあっと身体が宙に浮いているのを知り、頭の中が真っ白になる。


「え、……うわっ!」

「カイリ!?」


 フランツの驚いた声に、咄嗟とっさにカイリは馬の首に強くしがみつく。

 ぎゅうっと抱き付いて堪えると、そのまま体はとすんと何かに着地した。衝撃はあったが痛くは無い。取り敢えず無事だと気付き、ほうっと安堵の息を吐いた。


「……ビックリした。えっと、――」


 己に起こったことを確認しようと見下ろし、カイリは目を見開く。

 自分が着地したのは、先程まで触れていた茶色の毛並みに包まれた馬の背中だった。

 地面は少し遠く、前を向けば景色がいつもと違って見える。一気に背が高くなり、遠くまで見渡せる様な感覚に、カイリは困惑しながらも興奮してしまった。


「え、……え? これって、……アーティファクトの背中?」


 確認する様に馬を見つめれば、馬は得意気にこちらに顔を向けていた。「どうだ?」と聞いてくる様な面差しで、カイリは思わず笑ってしまう。

 歩いているだけでは見られない景色だ。人が笑っている姿がよく見える。大木の青々とした先がより強く映り、一段と近付いた青空に溶け込んだ様な気分になった。

 風が吹き抜ける感触も心地良く、何もかもが新鮮だ。


「ああ、……凄い。景色が高い。最高だな」


 湧き起こる昂ぶりと共に返事をすれば、馬は満足そうにいなないた。そのまま柵を蹴破り、街の中を歩き出す。


「え、え? 待って、俺、乗り方知らない……!」

「カイリ、取り敢えず手綱を握っておけ。振り落とされない様にな」

「は、はい!」


 慌てて手綱を握れば、馬は胸を張る様に闊歩かっぽし始めた。

 走ることをしないのは、街中だからだろうか。乗馬が初めてのカイリとしては、とても助かる。


「おお、……まさか、アーティファクトが誰かを乗せる日が来ようとは……! 今、歴史的瞬間を目にしています!」

「って、何でカイリなんですの! おかしいですわ! わたくしの時はあれほど嫌がって、つばまで吐いてきましたのに!」

「あー、……それは、シュリア。言い方の問題だろう」


 三人の漫才を聞きながら、カイリは馬を――アーティファクトを見下ろす。

 何故、カイリを乗せてくれたのかは分からない。

 だが、彼は――恐らく男だろう――とても嬉しそうに歩いている様に見えた。少なくとも、嫌がっている様には映らない。

 カイリとしても、せっかく彼と仲良くなれたのだ。これからの旅路を、彼に任せたい。

 だから。


「……フュリーシアに、一緒に行ってくれるか?」


 タテガミを撫でながらカイリが聞けば、馬は顔を上げて、ふんっと鼻を鳴らす。

 その唸りが「任せておけ」と答えてくれている様で、カイリは破顔した。



「ありがとう。――これからよろしく、アーティファクト」



 挨拶をすれば、アーティファクトは「よろしくな」と言わんばかりにいなないた。



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