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世界の鎮魂歌【ばんか】は、俺が歌う!  作者: 和泉ユウキ
Banka1 俺の歌は、秘密の園で歌われる
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第2話 八歳に守られる十五歳とは


 家の外に出て、ゆったりとカイリは広場を歩く。

 遠くに広がる畑は、まだ春ということもあって青々としており、周りに咲く綺麗な黄色い花とのコントラストが見る者を楽しませた。

 村の外まで引かれている川は澄み切っており、時折嬉しそうに魚がぱしゃっと躍り出ている。陽光を弾きながら上がる水飛沫みずしぶきがまたきらきら輝いて、心が洗われる様だ。

 更に視線を遠くに投げれば、雄大な山が厳かに見守る様に鎮座している。頭上に広がる青空はどこまでも広く渡り、その中をゆったりと泳ぐ白い雲が気持ち良さそうに山の先に寄り添っていた。


 本当にのどかな村だ。


 前の人生では、ここまでのんびりした気持ちで日々を過ごすことは無かった様に思う。チート能力というものが無いのは残念だったが、これはこれで幸せな人生だ。

 それに。


「おお、来たか、カイリ」


 目的地に辿り着くと、村長がほがらかに出迎えてくれた。先に集まっていた子供達三人も、「おう!」と元気良く手を上げる。


「きたかー、カイリ! 今日もこのラインさまがたおしてやるからなー!」

「カイリ、がんばるのよ! 負けてもけっこんしてあげる!」

「ちょ、ちょっと待てミーナ! く、カイリ、まだ娘は七歳だからな! よって! 娘はやらん……ぐはあっ!?」

「はいはいお父さん、子供達のやり取りに口出さないのー」

「そうよ! おとうさん、これはミーナとカイリのもんだいなの!」

「ぐほおっ!?」


 実に賑やかな歓迎がカイリを包んでくれる。

 そのまま、体当たりする様に突進してきた子供達を受け止めようとして――盛大に背中から転がった。ごん、と頭をぶつけて一瞬目の前にお星様が散る。お弁当だけは死守したが、おかげで頭がかなり痛い。


「う、ぐ、ライン! お前何するんだよ!」

「へっへー、せんてひっしょう! カイリ、よわいなー!」

「あー、ぼくもぼくも!」

「待て、リック! お、重……っ! お前たち、最近成長してきてるんだから、降りろ! 死ぬ……!」

「こりゃ! カイリはお前たちより大きいが、お前たちよりもはるかに弱いのだぞ! 少しは手加減せんか!」


 そのフォローはどうなんだ。


 村長のあんまりな言い草に、カイリが身を起こしながらふて腐れる。

 そんな態度がおかしかったのだろう。周りの大人達が助け起こす様に集まってきた。


「まったく、カイリは本当に荒事が駄目だな。そんなんじゃいのししに襲われたら死んじまうぞ?」

「ふ、ミーナを渡さない口実が出来上がったな。……俺のしかばねを越えていけ!」

「それ、お父さん死ぬわよね?」

「……しまった!? 本当だ!?」

「……ヴォルクはカイリより頭が弱いからのう。その調子だとすぐに越えられそうだわい」

「ぐぬおーっ!?」


 よく分からない内に、よく分からない決着がついていた。白い灰になって崩れ落ちたミーナの父親であるヴォルクに、カイリは呆れながらも笑ってしまう。

 剣は最弱。狩りも出来ない。基本的に自給自足なこの村で、カイリは男として致命的だ。

 しかし、畑仕事くらいしか村に貢献こうけん出来ないのに、それでも村の者達はカイリに優しかった。出来ないから、と居場所を奪うこともしなかった。



 ここは、本当に優しい人達ばかりだ。



 前の世界では、上に行くためにあざとく人を罠にめたり、蹴落とすために必死に嘘をばらいたり、孤立させるために幼稚な陰謀を企てたり、酷いものだった。

 もちろん善人もいただろうが、少なくともカイリが知る人間はそれ以上に悪人が多かった。

 だからこそ、この村の優しさに最初は戸惑った。何か裏があるのではと、距離を必要以上に取りまくったのも懐かしい。


「ほれほれ、そろそろ稽古けいこを始めるぞい。カイリも立てるかの?」

「も、もちろん!」


 ぱんぱんと村長が合図の様に手を叩き、カイリ達は急いで立ち上がった。自然と人が距離を取り、中心にはカイリと、子供の中でも大人びてきた八歳のラインが残る。

 互いに木刀を構え、カイリは緊張気味に、ラインは余裕を見せながら対峙した。


「へっへー。今日もおれが勝つからな!」

「う、……いや! ライン、今日こそはお前の剣を受け止……!」

「カイリにいちゃーん! ぼくもいるよー!」

「……って、どわあっ!?」


 ラインと向き合っていると、横から五歳になるリックが突っ込んできた。

 咄嗟とっさに横に飛んでかわしたが、正直次にやられたら回避できる自信が無い。


「おい、リック! 危ないじゃないか! 先にラインとやるから、後でな」

「ぶー。しかたないなー。ラインにいちゃん、はやくおわらせてね」

「おう! ま、カイリだからなー。おれにかかれば一発よ!」

「む。そんなこと無いぞ。多分。……」


 最後は自信が無くなったが、木刀を構えてカイリはラインと改めて対峙する。

 相手になる彼は、余裕の笑顔で見つめてきていた。構え方も八歳だというのに、大人と見紛みまがうほどに手馴れている。すきが何処にも見当たらない。

 しかも、相手は更なる優位を見せつけるためか、一向にかかってくる気配がない。じりじりとカイリを追い詰める様に、視線だけで真っ直ぐに刺してきた。


 ――こいつ、本当に八歳児かっ。


 毎度対するたびに思うが、ラインは剣を持つ時は本当に子供には見えない。自分よりも遥かに大きな姿を見せる様に、見上げる壁となって立ちはだかる。

 そうして、数分が経過した頃だろうか。

 全くお互いに動きが見られない中。



 根負けして動いたのは、カイリの方だった。



「……っ、くそっ」



 ラインに一太刀でも浴びせられれば御の字だ。

 最初から、勝てるとは思っていない。何故かいつもカイリの攻撃は、明後日の方向に行くからだ。

 ならば、今日は前に前世のテレビ中継で偶然見た『剣道』の真似をしてみよう。この世界には無い剣術かもしれないし、それならばラインにも有効かもしれない。

 そうと決まれば先手必勝。


「――、やあああっ!」

「――――」


 ぶんっと振り上げると同時に一歩を強く踏み出した。

 一瞬ラインが目を丸くするのが見えたが、それと同時にカイリの手が震える。



〝――、ケ、――――?〟



「――っ!」



 瞬間的によぎった光景が、目の前のラインと重なる。血塗ちまみれの『彼』がいきなり現れた気がして、カイリの太刀筋が大きくぶれた。

 ぶんっと、全く別の方向にカイリは木刀を振り下ろす。

 それを、ラインは微動だにせずに見届け、すぐに己の木刀を左から右へと払った。


「いよっと!」

「……ぐっ!」


 別のことに気を取られたカイリは、まともに彼の木刀を受けて後ろによろける。

 したたかにわきを打ち付けられて、それでも痛みをこらえて踏ん張ったカイリに。



 がんっと、景気の良い音が頭上に振り下ろされた。



「い、……っ!」



 目の前に大量の星が散った。

 一瞬気が遠くなりながら、カイリは無様に地面に転がる。


「うっわ、カイリ! ごめん! だいじょうぶか?」

「カイリ! ちょっと、だいじょうぶ!? もう、ラインってば、てかげんしなさいよー」

「したよ! ただ、手がすべって……ごめん」

「いい、いい……。弱い俺が情けないだけだから、はあ……」


 秒速で敗北した事実に、カイリはいつもながら泣きそうだ。

 八歳に剣術で瞬殺される十五歳――もうすぐ十六歳だが――など世の中にどれだけいるのだろうか。弱くても、普通はもう少し善戦するのではなかろうか。

 頭を押さえて起き上がれば、ラインが少しだけ肩を落としていた。彼は元気で勇ましいが、心が優しい。カイリの頭に直撃したことを気に病んでいるのだろう。

 ラインのせいではない。剣を受け止めきれず変に踏ん張ってしまったからか、彼が木刀を振り下ろす場所に自ら突っ込んでいってしまったのだ。全てはカイリの招いた不手際である。


「大丈夫だよ。ほら、泣かない」

「な、泣いてないぞ!」

「そうか? ……でも、本当にラインは強いよな。村一番のヴォルクさん相手に良い勝負するもんな」

「……へっへー! もちろん! 将来は騎士になるんだからな! カイリのことも、ちゃーんと野盗とかから守ってやるからな!」



 八歳に守られる十五歳とは一体。



 だが、あながち外れてもいないこの状況に、カイリは乾いた笑いしか出てこない。

 それでもラインが元気になったのなら良いかと納得した。

 ちなみに、村一番の剣士であるヴォルクは、得意気に胸を張っていた。隣で妻が呆れた様に笑っている。いつもの光景にカイリも和んだ。


「ほれ、カイリ。少し頭を見せんか」

「村長」


 最初の試合が終わり、次の試合にラインが挑み始めてから、村長が静かに歩み寄ってきた。

 カイリも素直に頭を見せる。彼は村の中で医者の役割も担っていた。


「ふむ、まあコブになるかもしれんの。薬をつけておきなさい」

「はは、……ライン、力、強いからなあ。ありがとうございます」


 村長がつぼを取り出し、中のクリームを塗ってくれる。

 触れられるとかなり痛いが、彼の薬はよく効く。夜にはもう痛みは引いているだろう。


「相変わらずカイリは、剣が弱いの。まだ続けるのかの?」

「……はは、まあ。ええ」


 呆れた様な村長の言葉に、カイリは曖昧あいまいにごす。

 笑って誤魔化せば、村長は溜息を吐いた。それ以上は追及して来なかったので、カイリも話題を移す。


「ライン、大きくなったら騎士になるんだろうな」

「ほっほ。それが夢じゃからの。……少しさみしくなるじゃろうが」


 ヴォルクと打ち合っているラインは、果敢に立ち向かっていっている。

 カイリは剣はすこぶる弱いが、それでも分かる。彼は日に日に物凄いスピードで腕を上げていっていた。本当に強いと尊敬する。

 ヴォルクが右にフェイントをかけると同時に、ラインはそれに乗っかるフリをして相手の軌道きどうを読んでいる。ヴォルクのぎ払いをしゃがんでかわし、懐に一気に飛び込んでいった時には、流石にヴォルクも冷や冷やした様だ。寸ででかわしていたが、一瞬ヴォルクの顔には焦りの様な笑みが浮かんでいた。



 この国には、国を統括する教会騎士団という組織が存在する。



 国を守護する、教会独自の精鋭の集まりだ。

 基本的に教会は宗教の統括をしているというていではあるが、実質は政治も担っているらしい。教会の権力は絶対で、国王と言えども教皇に破門を言い渡されれば法的にも守ってもらえなくなる仕組みなのだとか。

 この村には歴史的な本があまり置いていないので、両親や村長から伝え聞いた話の知識しかないが、前世で言えば中世時代の欧州あたりを想定すれば良いかなとカイリは理解した。

 ラインは、その教会の騎士団に入団することを目標としているらしい。理由はよく分からないが、「カッコ良い」からだそうだ。怪しい集団でなければ良いと願うばかりだ。


「エリックも、前に村に帰って来た時に『教会騎士になる!』といきなり宣言し始めたのう」

「ああ、エリックさん」


 エリックはこの村出身の青年だ。行商人として世界を旅しており、滅多に訪問者が来ないこの村に時折珍しい品物を届けてくれている。

 そんな彼は、三ヶ月前に帰ってきた時に、衝撃的な出会いがあったらしい。教会騎士団に入団したいと言い出し、両親をはじめ全員を驚かせたものだ。


「エリックさんって、あんまり争いごと好きな感じはしなかったですけど」

「うむ。あれから三ヶ月か。どうなったのか……便りも無いから分からんがの」


 一ヶ月に一回のペースで、エリックは己の両親()てに手紙を出していた。

 だが、確かにこの三ヶ月は届いていない。前にも一度そんなことはあったが、あの時は「山()もりをしていた」とあっけらかんと話していた。心配していた彼の両親が脱力したのは今でも覚えている。

 今回もそんな話で終われば良い。秘かに憂いを帯びた彼らを思い出し、カイリは願う。


 ――しかし、教会騎士団か。


 改めて反芻はんすうして、カイリはふと疑問に思った。



「そういえば、王直属の騎士団って無いんですか?」



 カイリとしては、本当に純粋な疑問だった。特に他意も無かった。

 だが。



「……カイリは、騎士になりたいのかの?」



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